第2話 相楽とは
「はい、では自由学習です。それぞれ集合時間には集まり、怪我の無いように!」
中学生時代、3年生のある時期、自由学習ということで、水田に引き入れる水について友達と現地調査をする授業があった。
親友と田んぼをぐるっと一周し、2つの水路から水を引いていることをいち早く発見して、興奮気味で親友と次の調査プランを立てていた。
そんなことを話していると、われもわれもと調査に同行したがる生徒が現れ、いよいよ先生が引率しながら水路をたどることになった。
最初は親友と並んで話をしていたつもりが、他の誰よりも早く、水路の先がどうなっているのかを知りたくて、駆け出していた私の横に相楽がいた。
相楽は、小学校低学年の時から彼女をつくるようなマセた男子で、スポーツができるし、当時人気だった漫画に詳しかったことから女子の間で少し人気があった。
いきなり拳法技を繰り出してきたり、気に入らないことがあると人に言葉で当たるような短気なところがあったので、おとなしい女子にこそ倦厭されていたが、私は話をしているうちにすぐに打ち解けた。
気付けば、水路の源流の大きな川まで私達はたどり着いていた。
2人で夢中になって走っていたせいか、あまりに先生たちが遅いので、その周りの環境を調べたり、川の源流を予想したりして、2人だけの秘密の発見をいくつも見つけた。
教室に帰ってからの作文や、調査結果プレゼンを2人で行い、他の皆が知り得ない内容を発表するのがとても楽しかったし、注目されて誇らしかった。
その授業があるたび、私達は2人連れ立って、新しい発見をした。
授業が始まる前から目線を合わせたり、距離を縮めてみたりして、誰かとペアを組む前に一緒になれるようしていた。
新しい課題をいつも見つけてくる私たちは発表時間では注目の的になり、他校発表会の学校代表にもなり、優秀賞を得たこともあった。
クラス中からは、公認の二人組、と言われて、気持ちがよかった。
ある日、先生が声をかけてきた。
あまりにも私達が単独行動をするものだから、年頃の生徒との色々な問題を考慮して他の生徒も巻き込んで調査させようという意図だろう。
「二人で行動するんじゃなくて、他の子達も連れて行ってあげてよ。」
私はいつか、そう言われるんじゃないかと訝っていたので、ああ、とうとう言われてしまったかと残念に思いながら、相楽の方を見た。
2人のペースが出来上がっていたし、なんとなく、誰かを会話に加えるのが億劫だった。
「いや、こいつとじゃないと見つけられない事もあるんすよ。
俺らよく走るから、ついてこれない奴とかもいて、支障がでるし。な。」
相楽は泣きそうな顔をして先生に訴えかけながらも、平静を保ったように繕って、私に同意を求めてきた。
それを聞いて相楽に頼りなさを感じてしまう私。そんな自己中心的な意見が、通るわけないでしょ。
「まあ支障は多少でるかもしれないけど。
わかりました先生。
なるべく他の子達もさそって分担しながら調査します。」
相楽は、お前何を言ってるんだ、というような顔をしている。
相楽、あんたそんな理由で先生が納得すると思ったの?こういう時はとりあえず了承しといて、やっぱり二人になっちゃいましたって結果にするのよ。
先生は満足気に去っていった。
相楽はまだ腑に落ちないような顔をしている。
「いや、あのねえ、こう言っといて二人でやっちゃえばいいのよ。」
そう言って相楽を盗み見ると、相楽は救われたような顔をして微笑んでいた。
「だよな。お前、悪いやつだなー」
私は、相楽のことを頼りなく感じていた。
こういうことは、そこまで考えて男子から言って欲しかった。
でも、自分が他の子供と比べて大人びていると思っていたし、人に頼られるのは嫌いじゃない姉御肌的なところがあったから、頼りなさを感じても煩わしさや不信感は抱かなかった。同い年の男子なんてそんなものだと思っていた。
相楽の短気な部分も、まだ感情を制御できない弟をあやす行為と同じようなものだったから、相楽から距離を取る要因にならなかった。私がそんな風に変に寛容だから、相楽も私になついてしまったのだろう。そして気づけば、離れられなくなった。
「相楽とは考え方が微妙に違うから、噛み合ってない感じが逆にいいのかもね。」
「そうかあ?走るペースとかも、よく合ってるじゃん?噛み合っていないようで、噛み合ってるんだよ。」
かけひき、なんて色っぽいことを考えられる年頃ではなかったが、私はよく、相楽をからかった。
私が2人について相性がよく無いような発言をすると、必ず否定してきた。
否定されると、俺達はいいコンビなんだぞ、認めろ、と言われているみたいで、嬉しかった。
否定してほしくて、からかった。
返ってくる言葉はいつも予想どおり、私を嬉しくさせるものだった。
相楽が私に特別な感情を抱いていることは薄々感づいていたが、私にとって相楽は私の予想通りに動いてくれて、楽しくさせてくれる男子。一緒にいて、楽しい男子に過ぎなかった。
自由学習ですっかり仲良くなり、授業中、私の目線は相楽に向くことが多くなった。相楽も、先生の目を盗んでは私の方に目線を向け、2人で笑いあったりしていた。
私達の距離感は、これくらいで良かったのだ、これくらいで止めておけばいい思い出として記憶に残ったのに、今考えるとそう思う。
席替えがあった。
当時の私たちの間では、席替えは学校生活の質を決める大イベントだった。
好きな相手や、仲のいい子と近くの席になることは、皆の悲願だった。
私と相楽は、後ろの端の席で隣同士になった。本当に偶然だった。
死角の席でそこそこ仲の良い男女が密着して過ごす日々。
私達の関係は、この時から、変化し始めた。
「とうとう席まで隣になっちゃあしょうがねえな俺達。」
机を移動させながら感じる相楽の体温、髪や柔軟剤の匂い。
「しょうがないって何。
いいじゃん、話しやすくて。」
目配せし合っていると周りに見られたとき恥ずかしいしが、隣にいれば目合わせなくても話ができる。
「お前とはそんなに話さなくていいんだよなあ、俺は。」
「なにそれ、ムカつく。」
私に話しかけるときの相楽はいつも優しい笑顔だった。ちょっと悲しそうな、なんとなく心配したくなってしまう可愛らしい笑顔。
そんな相楽の雰囲気は、一緒に話をすると相楽しか見えなくなってしまう不思議な力がある気がした。
頼りなくて、小さくて、でも一緒にいると楽しい、弟のような存在の相楽。
この時の私たちはお前たち付き合ってるんじゃないのか、と言う周りに対して、はあ?どうしてこんなやつなんかと、とおどけた。
相楽は肯定するのが恥ずかしかったのだと思う。私は、相楽をそんな風に見ていない、なんて公言するのはあまりにも酷だと考えて、なんとなくで答えていたし、胸をはって、好きだとか付き合っているとか公言できないのは、幼い時にこそ芽生える先生や大人たちへの罪悪感や恥ずかしさ、相手をそれほどよく知らないがための、自分たちの気持ちの不確かさにあったと思う。
幼い頃、なんとなく素直になれないのは、こういったまだ知らない不確かさが理由にあったからではないだろうか。
「今日もあの先輩来るかなあ」
親友が話しかけてくる。
あの先輩とは、卒業生で、同じスイミングスクールに通っているために迎えのバスを一緒に待つ間に仲良くなった人で、学校では運動神経が良いと有名な人だった。
「来るんじゃないかな。一本あとの便でも間に合うはずなのにね。」
「きっと一緒に乗りたいんだよ~」
「なに、お前あの先輩と知り合いなのか」
「うん。スイミングが一緒なの。」
「仲、良いの?」
「私からは話しかけないけど。」
「でも、向こうはガンガン話しかけてくるよね~。告られたりして。」
「断るけどね。」
そんな話で相楽は不機嫌になる。
私が自分以外の男と仲良くするのが気にくわない相楽。
「相楽は習い事なにやってるの。」
親友もいるなかで、雰囲気が怪しくなることを避けたくて話題を変える。
「塾とサッカーとピアノ。」
「へえ。少ないね。」
「お前と一緒にするなよ。。」
意識の高い生徒が多いこの学校では部活動は勧められず、ピアノ、塾、そろばんや将棋、書道といったいわゆる「おけいこ」と呼ばれる習い事を多くやっているのが当たり前だった。数が少ないほど意識が低いと見なされる。
私は生徒会をやりつつもピアノ、塾、スイミング、絵画、囲碁、三味線といった習い事をしていた。一時期は卓球やバレエも習っていた。私の親友は英会話教室にいくつも通って、難しい資格をたくさん持っていた。
そんな自分だったから、何気なく聞いたことで、私の中の相楽の評価がまた下がった。
なぜ、これが恋ではないと思えたか。
なぜ、相楽を異性として見れなかったか。
それは、自分より抜きん出た何かを感じて尊敬する、というステップが無かったからだ。
学力やまわりの評判、家柄や顔の造りじゃなくてもいい、自分にはないなにかをもっている人、それが、私がまずその人を自分と対等以上と思うための条件だった。
少なくとも今まで、自分が興味を持つ相手というのはそういう人だった。
「西澤ちゃん、可愛いなあ。」
私のからかい方の一つだ。
否定してほしいのが本音。
そうかなあ?
そんな言葉が聞きたい。
できれば、お前の方がいいよ、なんて。
「まあな。」
そう答える相楽の視線の先をたどると、可愛らしく微笑む西澤ちゃん。
返ってきた言葉と、西澤ちゃんが可愛く笑う様子を目撃させてしまったことに、胸の奥がキュウと鳴る。
そこは、肯定するんだ、へえ、そう。
西澤ちゃんは色白でハーフ系、ちょっと体付きが大人っぽい、天然系女子。女子から言わせればワガママでぶりっこ。
普通の男子は、ああいう娘が好きになるんだろうな、というタイプの子だ。
私はといえば、体は筋肉質で、胸こそ少しあったが、女性らしいとはまだまだいえない。
顔もごく普通で黒目がちで愛嬌がある、と言われる位の女子だった。
私はもともと運動がよく出来て、頭も良かったし、生徒会長をしていたので、クラスでは、男女問わず誰でも仲良くなれたが、やはり可愛い同姓には嫉妬心があった。
私はムキになっていた。
「相楽と西澤ちゃん、仲いいよね。
お似合いのカップルなんじゃない。」
「お前、俺らの何を知ってるんだよ、怒るぞ。」
そういって、パンチをかましてくる相楽の手を避ける。
知ってるよ、西澤ちゃんのこと、好きなのは本当のことだよね。
相楽は、私に話しかける時と西澤ちゃんに話しかける時で態度が違う。
西澤ちゃんには愛しそうに、目を細めて、心配そうに少し笑顔を作って話しかける。
私にはその他女子と同じでいたって普通のように思えた。
だからね、相楽、そんな風に否定されても、私の中の相楽はずっと西澤ちゃんを思う相楽なんだよ。
西澤ちゃんの存在が気になる理由は、可愛い女子というだけではない。
相楽にとって、特別な人で、私たちの関係を脅かす存在だからだ。
相楽は昔、西澤ちゃんと恋仲で、子どもの名前まで決めていたという話を聞いたことがあった。
そのせいか、相楽にはなんとなく「好きな人」について聞くのが怖かった。
西澤ちゃんへの嫉妬心から、彼女を好きになれなかった私にとって、相楽から西澤ちゃんが好きだ、と言われるのが何故か恐ろしかった。
私もこの感情が友情としての好意なのか、異性としての好意なのか分からなかったから、相楽に西澤ちゃんが好きだと言われた時、この関係がどうなるのか分からなくて、分かりたくなくて西澤ちゃんの話題には触れないようにしていた。
なんとなく私が西澤ちゃんのことを気にし始めた時期と同時に、私は、他の男子から好きだと言われた。
細くて頼りなくて、背の高い、ちょっとマザコンっぽい雰囲気の、声の高い男子。
もともと相楽の友達で、相楽と仲良くなったことで話す機会が増えていた。
好きなものの好みも合っていたし、相楽を一緒にからかったりしていた相手だった。
私は返答することができず、なんとなくうやむやにしていた。
クラス中にその話は広まり、相楽もその話題を出すようになった。
授業と授業の間の休憩時間。
それが私と相楽の主なトークタイムだ。
長い休憩時間はお互い同姓の友達といるし、私は生徒会もあったから、その日の話したいことは短い休み時間の間に話す必要があった。
「何、おまえたちやっぱり手ぇつないで帰ったりしてるわけ。」
「は?だれがあいつと私が付き合ってるって言ったよ。」
「お前ら仲良さそうだもんなー。
いいねえ、お熱くて。」
相楽の本心は、きっと私と一緒だ。
気になっているが、言えない。
気にしていることを知って欲しくて、ちょっと遠回しに言葉に出してはみる。
そんな私達。
でも相楽、私からはその核心には触れないよ。あなたが私に期待していることを知っているから。私からその話を出さなければ私達はずっとこのまま。このままでいいの。
「マザコン男は優しいよ。
私のことが好きらしいって話を聞いた時は、まあ、やっぱり嬉しかった。
でも、じぶんがあいつのことが好きなのかはよくわからないな~。
他に好きな人が、いるのかもしれないし。」
これが私の、できる精一杯のアピール。
「ああ、バスケサークルの奴?」
「さあね、でも、奴もかなり気が合う相手ではあるよ。」
バスケサークルの奴。
クラス替え前からずっと仲の良い男子だ。
背が高く、スポーツは学校一。
イケメンではなかったものの、ムードメーカーで兄貴肌。
リーダーシップが強かったので、女子からかなり人気があった。
私はもちろん彼を尊敬していたし、好きだった時期もあった。
この男はどうしても私から好きだとか気になっているとか言わせたい気のようだ。でも、その気持ちもわかる。
お互いに自分に自信がない。
幼い自分にも、この気持ちにも、自信がない。だけど、絶対に言わない。私からは。
西澤ちゃんと相楽。
私と、マザコン男、バスケサークルの奴。
この5人の関係性について、一喜一憂しあう日々が続いていた。
ある日、暗く、雨の日だった。
私は生徒会で放課後遅くなり、暗く、誰もいない静かな校舎で、一人教室で片付けをしていた。
お手洗いへ行き、そこから廊下にでると、腕組みをしながら壁によりかかる、相楽がいた。
「うわっ!びっくりしたあー!オバケかとおもった」
本当に驚いた。先生方しか残っていない生徒のいない校舎に相楽がいるなんて。
けれど、私から、きゃーなんて可愛い言葉は出なかった。残念。
「お前を出待ちするオバケなんかいるかよ。」
相楽の目は優しく私の視線を捉え、少しわらった。
自分の心臓がバクバクしているのが分った。
驚いたのと、相楽がいることと、もう一つ何かに期待していたことが理由だった。
「どうしたの、もう下校時間とっくに過ぎてるよ。」
私を待っていたのか。
誰もいない、放課後、こんな遅い時間まで。
何をかを・・・言うために?
「誰かさんを待ってたんだよ。」
「え。」
はにかむ相楽はなぜか大人っぽく見えた。
言葉の一つ一つに落ち着きがあって、いつも頼りないのに、大人っぽい表情をした相楽。
私の予想外の出来事が起こりすぎていて、ドキドキする。いつもの自分でいられているだろうか、赤面してないだろうか。
静かで暗い、だれもいない校舎。
何かが起こってしまう気が、する。
「教室戻る?私、荷物おいてあるから。」
「ついてくよ。」
そう言った相楽は、ものすごく近い距離で歩調を合わせてくる。
手が、たまに触れる。
相楽の匂いがする。
近くて、体温を感じる。
告白されるんだろうな、そんな気がした。
でも、横目に見える小さい相楽の頭や、声変わり前の男子の体。
異性としてみることは、やっぱりできない。
だから、相楽に対してどこか冷めたような見方が消えなかった。
あくまでも、仲の良い男子。
でも、好きなこの話をされると辛い男子。
でも、このドキドキは、ビックリしたドキドキ。
教室が見える。
明かりがついているので、先生か誰かがまだいるのだろう。
それを見て、ホッとしたような、残念な気持ちになりながら教室へつながる角を足早に進もうとすると、相楽に肩を捕まれ、壁に押し付けられた。
「うわっ。」
相楽の真剣な顔を見て、思った。
ああ、告白されてしまう。
「お前、俺の好きな奴知りたいって言ってたよな。」
「う、うん。」
知ってるよ、西澤ちゃんと私の、どちらも好きなんでしょ。
「教えてやってもいいけど、誰にも言うなよ」
「で、でも西澤ちゃんだって・・・」
「バン。」
相楽は、両手で拳銃の形を作って、私を撃った。
「・・・ちょっと間隔空けてこいよ。」
そう言うと、そのまま、走って帰って行った。私は、動揺しながら少し時間をおいて教室へ戻った。
教室にはまだ生徒がいた。
告白されたことに対して、戸惑いと悲しみの方が大きかった。
私と相楽は親友のままだと思っていたから。
まだ、好きという感情の次に繋がる感情を知らなかった。
次に取るべき行動も、言葉もわからなかった。
明日から、この関係がどうなるのかが怖くて、その日はずっと相楽のことを考えていた。
相楽が西澤ちゃんと一緒にいるのをみると胸が痛い。
マザコン男に告白されても、付き合うと返事したら相楽がどう思うのかばかり気になる。
この気持ちは、何なのだろう。
ここまで、相楽を異性として見れない自分はおかしいのだろうか、でも、この気持ちを伝えたとして、どうするの。
どうなるの。
変わるのが、怖かった。
とにかく不安だった。
わたしたち2人の今の関係を変えたくない。
今思えば、私は楽しかったのだ。
お互い、かけひきをしながら気持ちを察し合うのが。
私は、告白をうやむやにすることにした。
そしてこの関係を続けることを望んだ。
次の日、隣同士の席の私達はなんとなく話しづらかった。
気まずいし、返事を聞きたいと言われたくなかったことから、相楽を避けたが、相楽は私に声をかけられるまで待っているようだった。相楽もあれが精一杯だったのだろう。
授業中、相楽の席から紙くずが飛んできた。
相楽の方をみると、紙くずを開け、とジェスチャーした。授業中なら二人きりだし、お互い邪魔するものもない。私も逃げられない。
先生の目を盗みながら、ドキドキして紙をひらいた。
走り書きで、こう書いてあった。
「昨日はごめん」
瞬間、頭が白くなった。
なんだ、ごめんって。
やっぱり一晩考えたら私じゃなくて西澤ちゃんがよかったってこと?
告白してごめんってどういうことよ。
意地悪な私は、こう返した。
「昨日?なにかあったっけ。」
返事は、かえって来なかった。
それからの休み時間、相楽はずっと机に伏していた。
私は特に声もかけず、いつもどおりふるまっていた。
その時、告白してきた男子のマザコン男に話しかけられ、席を立って2人で話した。
内容は、他愛もないこと。
マザコン男は天然で、私を壁際に押しやり、耳元で話をしてみたり、壁に手をついたりする。背が高い男は目を合わせない私相手にそうしてしまうのだろう。
クラス中はそれき騒ぎ出し、女子たちはキャーキャー騒いでいる。
そんな仲、相楽が私たちの側をスッと通った。
「おあついねえ。」
相楽をみると、こちらを睨みながら去っていった。
私は落胆した。
そして、相楽は休みがちになっていった。
私の周りは、いつも多くの友達が取り囲む。
その中で、何も喋らず机に伏し、私に何かを囁いている相楽の存在で、私と相楽の間に何かあったことは、皆感づいているようで、相楽にも声をかけないし、私たち2人のことについて言及する者はいなかった。
その後、私は告白してきたマザコン男と仲良くしていて、相楽は会話する女子といったら西澤ちゃん、というように仲むずまじかった。
相楽は何も言ってこなかったが、私とマザコン男が一緒にいると、必ず何か囁いて去っていく。そのことから、私は相楽が'私がマザコン男を選んだ’と思っているのだ、と推測していた。だから、西澤ちゃんと仲良くしていたから、’お前にフラれたから西澤といる’という意味に受け取っていた。
やっぱり、西澤ちゃんと一緒に居たいんだね。告白の返事をしなくても、いつも通り話しかけて欲しかった。元に戻りたかった。
お互い、相手に見せつけながら、時間をすごす。
気にしているのはいつもお互いのこと。
隣の席でも会話はない。
お互い目を合わせようとしない。
そんなことが日常になったある日、席替えの日になった。
呼ばれた人から順に前に出て、くじを引いていく。
ざわめきながら待機するクラスメイトたち。
この関係も、終わるのか。
席まで離れたら、話すきっかけはどんどん少なくなるだろう。相楽は、その他クラスメイトになってしまうのか。
そんなことを考えていると、机の上にあった手のひらを覆うように、相楽が手をかぶせてきた。
汗ばんで、少し震えていた。
「うわっ!!!なにっ」
女気のない叫びが出てしまった。
相楽はすぐに手を離した。
「俺ら、これで終わり?」
ああ、相楽。
その決断を私にさせるの。
いつも、いつも、わたしに答えを求める。
私発信じゃなくて、相楽から動いてほしいの、じゃなきゃ、私、ずっと相楽は弟みたいにしか見れない。
なんでこのタイミングで言うの。
もっと早く言ってよ。
この条件で焦って私が何かすると思ったの、甘えたな相楽。
睨んで嫌味ばかり言って、今日まで話しかけてこなかったのは誰よ。
西澤ちゃんで良かったんでしょ。
私なんて、実はどうでも良かったんでしょ。
ドキドキする心臓と相反して、出てくる言葉は冷静なもの。
「終わりって、何が?席替えだからね、隣同士はおわり。」
「そうじゃなくて。本当に覚えてないのか?放課後のこと。」
「お、覚えてるけど。」
「わかるだろ、俺が好きなのは、西澤じゃなくって。」
「じゃなくって?」
相楽が泣きそうな顔をしている。
ほらね、やっぱり言えないんだ。
相楽も私と同じ。
どうなるのか分からないし、どうなりたいかもよく分からない。
バスケ男やマザコン男だったら、ちゃんと言ってくれるかもしれないのに。
あなたはやっぱりダメ。
男の人には、その辺しっかりして欲しかった。
くじを引く順番が来た。
わたしたちの関係は、おわり。
席を立つと、相楽を机を叩いた音が聞こえた。
悔しいんでしょう、悔しがればいい。
私に言えないくせに、物にあたって、自分が怒っているアピールはしてくる。
幼いよ。
頼りないよ。
私に西澤ちゃんとの仲をみせつけた代償として、相楽が傷つけばいいんだ。
席替えはおわった。
席替えをする前までの私たちの学校生活はこうだ。
登校して、始業まで友達と過ごす。
相楽は机に伏しているか、明後日の方向を見ている。
休み時間はそれぞれ友達と過ごし、給食は皆で仲良く食べる。
昼休みから放課後にかけては、「みせつけ」をして、帰る。
それが日常だった。
席替えをすると、私の隣はマザコン男、前はバスケ男になり、いままで在った友達と過ごす時間が、この2人の男を含んでの友達と過ごす時間になった。
相楽はというと、私の後ろを通るときに、相変わらずボソッと何か呟くくらいで、全く会話をしなくなっていった。
私も相楽のその態度が気に食わなかったので、しっかり話しかけてくるまでこちらから話しかけることはしなかった。
それにひきかえ、私は、マザコン男とバスケ男をどんどん気に入っていった。
バスケ男は、私と考えがもともとよく似ていて、両思いと騒がれる相楽よりずっと互いのことを理解していた。
生徒からも先生からも目立つ存在である自分達を自覚し、それなりの役をこなすために押し殺している感情があるということや、幼い自分達に「付き合う」とか「好き」というやりとりはまだ手に負えないから、あまり触れないようにしていることを理解していた。
そのことについて、お互い話し合ったことがあるわけではないが、話し合わずとも分かるし、そう思いあっていることも自覚し合っていたことが、絆を作っていった。
マザコン男は、いなくなった相楽のポジションを、うまく埋めた。
私より背が高く、予想外の行動をとる不思議な男だったから、スリルがあって、楽しかったのかもしれない。
私の学校生活に、相楽の入る隙は、用意されていないように感じた。
私は、バスケ男に感化されて、自分も新たにスポーツの習い事を始めることにした。
陸上競技で、毎週二日、家から離れた市民体育館で、三時間練習を行うものだった。
他校の知らない子ばかりだったが、もともと足が速く、運動ができた私は、すぐに良い結果を出し、強化選手になった。
そのことが学校でも話題になり、生徒会でも名前がすぐ上がる私は、学校の有名人になっていた。
水曜日の練習日、ストレッチをしていると、コーチが人を何人か連れてくるのが目に付いた。
よく見ると、相楽がいた。
こちらを見て、よっ、と、手を挙げた。
同じ学校の知り合いがいない環境でちょっと嬉しくなって、手を挙げて応えた。
久しぶりに相楽からアプローチがあったこと、わざわざ私のいるチームを探し当てて来たと考えると、その日の練習は、身が入らなかった。
次の日、バスケ男とマザコン男、私の友達で壁が作られていた私の席に、堂々と相楽がやってきた。
「お前、なかなかちゃんとやってんじゃん。」
自信のあるような、そんな表情。
「相楽、もしかして通うことにしたの?」
「さあね、まだ見学段階だからわからないかな、でもお前だけ陸上強くなられるのも癪に触るしな」
「続けられるかなー?結構ハードだよ?相楽君には無理なんじゃないかな?」
昔の、いつもの調子だ。
久しぶりに相楽と会話したから、ちょっと緊張したが、口からは思ってもいないことがスラスラでてくる。
相楽は、私の学校生活に、共通の話題を持つことで割り入ってきた。
相楽が、私を追いかける形で陸上を始めたのか、単に、自分も足が速かったことを理由に、陸上を始めたのかは分からなかったが、学校以外の時間で相楽と会う機会が増えたために、話をするきっかけが多少増えた。
学校では話さなくても、練習中はよく話した。
相楽は以前のように、からかいや、探り合いはしなかったし、私も、西澤ちゃんや「放課後」の話には触れないように、陸上の話や、学校での他愛のない話題を持ち出すことにしていた。
会話はしていたが、中身の無い会話。
大事なことには目を瞑る。
卒業が近づき、進路を決定する時期になったある日、私とバスケ男は先生に呼び出された。
生徒たちの前で呼び出されたものだから、クラス中が注目し、ざわついた。
進路指導室につれていかれ、先生が口を開いた。
「なぜ呼び出されたか、わかる?」
私は身構えた。
かつて相楽と授業中文通まがいのことをしていたこと、マザコン男と仲良くしすぎて学生にはあるまじき噂がたっていること、さまざまな「学生らしからぬ行為」についてお叱りを受けるのでは、と固くなった。
バスケ男も思うところはあるらしく、下を向いて黙っている。
「君たち二人に関係することだよ」
えっ、と私たちは互いを見合わせた。
「君たち二人は、県外に進学するよね。
そのことについて、今日は整理することがいくつかあるから、こうして呼び出したんだ。
叱られるとでもおもった?」
先生に虚をつかれて驚いたが、もっと驚いたのはお互いが県外に進学するということだった。
お互い、自分だけの話だとおもって秘密にしていた。
「君は、バスケットボールの強豪校へ進学。
あなたは家の都合で県外の公立へ進学。
あなたたち以外は皆、ほとんど同じ学校へ進学するから、皆で同じ作業をすればいいんだけど、これからはその作業の時間、あなたたち2人は別行動をとって、違うことをしてもらう必要がある。」
こうして、残りの学生生活は、ほとんど、皆から隔離されて、違う過程を踏むことになった。
卒業までの授業として残されていたのは、掃除と、卒業式の準備や謝恩会の準備、入試に向けての特別授業だった。
特別授業のときは、私とバスケ男は違う部屋で、謝恩会時に皆にあいさつするお別れの言葉を考えたり、それぞれの入試にむけて勉強する時間になっていた。
「アンタも、他校へ行くことにしてたんだね。」
お互い、誰もいない教室で、机に向かいながら目は合わせないで話をしていた。
「バスケがしたかったからな。
皆同じところに行くって聞いてたから、最初はそうするつもりだったけど、
やめた。」
いつもは元気よく話すこの男が、ゆっくりとした優しいトーンで話す。
こっちが本当の奴なんだろうな。
「私、みんなと同じ所に行きたかったなあ、きっと楽しかったのに。」
問題集にグリグリと円を書きながら話す私。
「俺は、お前が県外へ行くって聞いたから、やめた。」
顔を上げると、バスケ男が真剣な顔でこちらを見ていた。
「うそ。」
「なんとなく、お前の話を聞いてると、ああ、転校するだなって気がしてさ。
お前の親友に聞いたら、そうだって言ってたから。
その時点で、やめた。
お前が同じところへ行くって聞いてたら、俺も行ってた。」
「それって。」
「まあ、そういう理由だけで決めるつもりはなかったけど、お前といれば、楽しい気がしてさ。」
背もたれに身を預けながら、窓の外を見ながら、バスケ男はいう。
「うん。私も、そう思う。でも、実現できなかったね。」
「そういうもんだよな、人生って。
って思って、俺は自分の好きなことをすることにしたんだ。
お前も、元気でやれよな。」
「うん。」
私は、泣いた。
バスケ男は、静かに、私が泣き止むまで、机に向かって、見ないようにしていてくれた。
この時泣いたのは、皆と別れるという実感が湧いてきて、寂しくなったこと。
そこまで、考えて決心をしている人間がいた、ということへの嬉しさ。
バスケ男が、自分とバスケを天秤にかけていたことへの嬉しさ。
最後の最後に、やんわりと気持ちを伝えてくれたことへの、ありがたさ。
私は、バスケ男と、もっと早く、こういう話をしていればよかったと後悔した。
「で、お前、卒業するまでに、相楽とマザコン男、どうするわけ。」
ここで、相楽と自分、どちらが好きか、なぞと聞かず、自分は対象外のように振ってくるところが、優しいバスケ男らしい。
あくまで、私のバスケ男への好意は、異性としてではない事を、理解してくれているかのようだった。
「ん。マザコン男とは、このままで、しっかりお別れは言うよ。
相楽は、西澤ちゃんとうまくいってくれることを願ってる。特に何かしようとはおもっていないの。」
「お前なあ。どう見ても、相楽はお前に気いありありじゃんか。
それを、あくまで見ないふりするって、ちょっとかわいそうだぜ。」
「相楽は、西澤ちゃんが好きなんだよ」
「そうかなあ、どうみても、お前のことが好きって言ってるようなもんだと思うけど。
お前、モテんなあ。」
「ちょ、ちゃかすな。」
バスケ男は、話の引き際がうまい。そういうところも、好きだった。
隔離時間が終わり、ふたりで教室に戻る最中、私は見てしまった。
相楽が、西澤ちゃんを壁に寄せ、横に手をつき、真剣な顔で話をしていることを。
西澤ちゃんも、嬉しそうに、頬を染めて、見つめ合っている。
私は、息が止まった。
冷や汗がでた。
「うわ~」
バスケ男が私の方を向いた。
一緒にその場を引き返し、遠回りして、教室へ戻った。
そりゃそうだ。卒業間近、カップルが成立するような浮き足立った雰囲気で、あの二人が距離を縮めないわけがない。
子供の名前まで決めるほどだし、さぞかし熱い言葉をささやきあったにちがいない。
「白石、、。」
「ね、相楽は西澤ちゃんなんだよ。」
バスケ男は難しいな~と言いながら、私と教室まで話をしながら付いてきてくれた。
その日の陸上の練習から、私は相楽をまた、避けた。
よくわからないが、避けたかった。学校でも、なるべく避けた。
その様子に、友達たちは気付き始め、相楽と接触しないようにしてくれた。
相楽は西澤ちゃんとうまくやるんだから、もう、私の生活に入ってこないで。
感情を乱さないで。
それが、私の本心だった。
相楽が、私に何かひどいことをした、という噂が浸透し、クラス中が相楽をそういう目で見始めたころ、相楽はほとんど登校してこなくなり、私の中から相楽の居場所は無くなりつつあった。
ある陸上練習のときだった。私は水を飲みに、練習場の裏の水飲み場で水を飲んでいた。水を飲み、振り返ると、腕を組んで道を塞ぐ相楽がいた。
私は声をかける素振りもせず、通り過ぎようとしたが、相楽は私をつかんだ。
手を振りほどこうと強くふったら、力が勝ってしまったのか、振り解けた。
「おいっ」
なに、西澤ちゃんを触った手で触らないで。
「俺、お前になにかした?」
したよ、しすぎたよ、つかれた。
「さあね。」
したことに、気づかない振りをしているのかこの男は。
気づいていて、私から全部言わそうなんて思っているのか。
そんな労力、使いたくない。もう、あんたは西澤ちゃんを選んだんだから。
これが、私と相楽の最後の会話だった。
卒業を迎え、卒業式後の謝恩会では、私とバスケ男を中心にとりあげられ、
お別れ会が開かれた。
マザコン男は、最後まで私を好きだったこと、これからも頑張って欲しいということを言ってくれた。
バスケ男とは、特段そういった話はしなかったが、しなくても、もう十分にお互いに気持ちの整理がついていたので、その必要もなく、最後に握手をして、終わった。
進学先でも、連絡先を交換していたマザコン男とはしばらくやりとりをしていた。
数ヶ月後、マザコン男は気になる女子ができたということを報告してきた。
その女子を知っていたが嫉妬心は芽生えず、素直に祝福し、応援した。
マザコン男は、あくまでお友達として自分の中で捉えていたから、悲しくなかった。
しかし、相楽と西澤ちゃんには嫉妬心が芽生えた。
きっと、相楽は特殊な例だったのだ。
理性で友達、異性、として整理する方法はあてにならないのだ。
私の中で、その頃の幼い時代の恋心に、そう区切りをつけた。
相楽はその後、転校したらしく、情報が無かった。西澤ちゃんは留学し、バスケ男はバスケを極めて強豪大学に入ったらしい。
一年のうちの短い間の出来事だったが、相楽との日々は今でも色濃く覚えている。
いい結末では決してなかったが、青春時代らしい、いい思い出として心に残っている。
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