第3話 白石

SNSを最近始めた。

俺たちの時代には、まだ携帯が普及してなかったから、年賀状に残っている住所くらいが昔の友達の連絡先だった。

それが、名前の検索だけで昔の友達が見つかるのはなんとも凄いことだった。

まず、昔仲の良かった旧友と友達になる。

そうか、彼女と海外旅行に行ったのか。

好きな女子に告白できなくて相談してきたようなやつなのに出世しやがって。



友達探しが一段落して、ふと、名前が思い浮かんだ。


白石。

中学の同級生だ。

他にも同級生はいるが、彼女は卒業をもって引っ越したため、白石とだけは連絡が途絶えている。

白石が引っ越す前に聞きに行けばよかったものの、当時の俺にはそれができなかった。

白石からは、避けられていたから。


検索欄に名前を打ち込んで見る。

それらしき人物を見てみると、見つけた。


俺の記憶にある白石は、中学時代のものだけだ。

女子の中ではすでに背が高くなっていて、生徒会から大会から勉強からなにからなんでもできたヤツ。

女とは思えない体力で、俺に走ってついてきた。

当時白石の印象的だったのは、なんといっても、髪だ。

長く肩の下まで伸びた髪はサラサラしていて、いい匂いがした。

白石はよく動く奴だったから、動くたびにいい匂いがやってくる。

それがなんとも落ち着くような、むず痒くなるような、不思議な感情を運んできた。

街中でふとその匂いを嗅ぐと、白石のことを思い出す。

顔立ちこそ普通だが、笑った時周りまで明るくなるような笑顔は学年一だと思っていたし、彼女と初めて話したときから、何故か引き付けられるようなオーラを感じた。



白石のSNSアルバムは、頻繁に更新されているようで、中を見ることができるようになっていた。

大学時代の写真がほとんどのようで、バンドを組んでいたことや、学生団体に入って活動をしていたことなどが見て取れた。

活発で、なんでもやってしまう白石そのものだった。

容貌は、化粧のためか、かなり今風になっていて、可愛いらしい。

洋服の趣味もかわっていた。

昔の白石は元気な女の子という感じでジャージにポニーテールといった感じだったが、今は写真を見る限り、淑やかな女性という感じ

で、俺が知ってる白石っぽさはほとんど残っていなかったが、髪型だけは健在のようで、どこかホッとしてしまった。

交際欄や住所、生年月日は入力しないタイプらしく、詳しい状況は分からなかったが、都内にいるらしいということは確実だった。

また、会えたらいい。

そう、思っていた。






ある日、SNSのタイムラインが、就職内定の四文字で埋め尽くされた。

おお、あいつすげえ大手内定もらったんだ、なんて思い、画面をスクロールさせると、もれなく白石のものあった。

俺は、衝動的にコメントをした。たくさんの旧友がコメントをしているから、紛れていてもいいだろうと思ったからだ。


やりとりは簡単なものだったが、返信が来て嬉しかった。

昔の白石とのやりとりをハッキリと覚えているわけじゃなかったから、変な気持ちにもならず普通の友人として会話を楽しんだ。



白石と、今度会う約束まで取り付けた。

俺は白石に、またやんわり拒否されるのではないかと思っていたから、会うことを了承してくれてから数日立って、コトの重大さに気づいた。


白石と関係を修復させる機会を得たのだ。

聞きたいことは山ほどあった。

昔した、俺の告白になぜ応えてくれなかったのか。

俺ではなくて、マザコン男のことが好きだったのか。

バスケ男と親密な空気をつくっていたのに腹が立った。

急に俺を避けだした理由も聞きたい。

俺が、白石になにをしたといのうのか。

昔のことを思い出して熱くなっていた。


その日からしばらくは、白石と再会する日に話し合うことを考える日々が続いた。





中学生時代、俺は、マザコン男と仲が良かった。

マザコン男は西澤と、ある女子のどちらに告白するべきか俺に相談してきた。

西澤とは、親同士が仲が良いためか、よく家によんだり呼ばれたりして、女子の中では西澤が一番よく知る相手だった。

ままごと遊びが高じて、子どもの名前を決めて、結婚するなんて言ったこともあった。

男と女が仲良くなれば、結婚して、子どもができる。

幼いながらもそんな段取りがなんとなく頭の中にあったために、細かいことまで決めたりして遊んだ。


西澤と俺の仲が良かったので、西澤に好きな相手がいないかを俺に探りに入れてくるのは正しいと思った。

だが、もう一人がよく分からなかった。

白石。

名前こそ聞き覚えがあって、学校の集会でもマイクを握っているような女子だったから、髪が長くて背が高い女子、しかも男子とも仲がいい、ということくらは知っていた。

白石についてはよくわからなかったが、

甘えたがりで泣き虫な西澤よりは、気が強そうでリーダーシップもとれそうな白石が、マザコン男には合っていると思った。


「西澤は可愛いけど、泣き虫だぜ?

 マザコン男チャンには白石生徒会長のほうがお似合いだと思うけど。」



と、冗談半分に言った。



それからしばらくすると、白石とは、いつのまにか親友、と言えるくらいの仲になっていた。

白石は何をしても目立つから、そばにいる自分もいい気分だった。

目立たない一般生徒のような俺が、一躍有名人になる。

特別になった気がして嬉しかった。

俺の白石、なんて。


そんなある日、マザコン男が神妙な顔をして俺に話しかけてきた。


「相楽、俺、白石に告ろうと思う。

 今度、科学館に皆で一緒に行くことになったから、相楽も来て。

 で、協力してください。」


このマザコン男は、男気があるんだか無いんだかよく分からない男だ。

だか、女子にはそこそこ人気があるらしいから、ナヨナヨした男がいい女子もいるんだよな。


「ああ、いいけど。

お前、ちゃんとできんのかあ、泣くなよ?マザコン男ちゃん?」


「お前なー!

がんばるわ、もちろん。」


マザコン男の表情が、本気だった。

この時俺は焦った。

俺の白石が、だれかにとられてしまう。

白石は誰にでも良く当たる。こいつとも仲が良いし、もしかしたら、なんてことも。


その日はその後、雨が降った。





俺は傘を持っていなかったので、親の迎えを待っていたが、なかなか車は来なかった。

教室に戻ると、明かりがつけられ、白石のかばんが机の上においてあった。

白石、残っているのか。


この時直感した。このタイミングしかない、と。


教室の外に出て、白石と会えないか、フラつくことにした。

あいつ、こんな時間まで生徒会やってるのか。


廊下を曲がった時、窓越しに下の階の女子トイレに白石が入っていくのが見えた。

急ぎ足で階段を降りて、女子トイレの前で白石が出てくるのを待った。


俺は、白石がマザコン男に取られてしまうことだけは避けたかった。

その一心で、体は動いていた。


雨が降っていて、下校時間が過ぎた校舎は暗く、静かだった。

心臓が、速く打っている。



「うわっ!びっくりしたあー!オバケかとおもった」


「お前を出待ちするオバケなんかいるかよ」


白石は相当驚いていた。

いつも平静で、大人びている白石のそんなところを見て、少し気分が落ち着いた。

優位に立った気分がした。


「どうしたの、もう下校時間とっくに過ぎてるよ。」


「誰かさんを待ってたんだよ。」


「え。」


白石は、また驚いた表情をしている。

そんな白石が可愛らしく思えた。

そんな驚くなよ。


自然と、笑みがこぼれた。

静かで暗い、だれもいない校舎。

今いるのは、俺と白石だけ。


「教室戻る?私、荷物おいてあるから。」


白石は明らかに取り乱した様子だ。

長い髪を何度もさわり、動揺していることがわかる。


「ついてくよ。」


そう言って俺たちは、教室までの廊下をゆっくり歩いた。

こんなに動揺しているのがいつもの白石であることを確認したくて、自然と、白石との距離を縮めて、白石の纏っている香りを探した。

手が触れる距離。

俺の横を、俺に待たれて動揺しながら歩いているのは、まぎれもない、白石。

マザコン男が告白する相手、学校の有名人。

俺の、相棒。


手が、触れた。

白石の手は、震えていた。

緊張している。

あの白石が、俺といるだけで。


教室が見える。

明かりがついているので、先生か誰かがまだいるのだろう。

瞬間、マザコン男の顔がよぎった。

俺は、衝動的に白石を壁に押し付けていた。


「うわっ。」


白石は、俺の知らない表情をしていた。

驚いていて、頬が高潮し、目はうるんでいた。

こんな表情だって、初めて見たんだ。

あいつも、こんな白石の表情をみるのかと思うと。

渡さない。


「お前、俺の好きな奴知りたいって言ってたよな。」


「う、うん。」


お前は、俺の気持ちに気付いている。

そして、お前も俺と気持ちは同じのはず。

俺たちは思い合ってる。

俺たちの関係を、壊されたくない。


「教えてやってもいいけど、誰にも言うなよ」


「で、でも西澤ちゃんだって・・・」


「バン。」




これが、俺の精一杯の告白だった。

その日から、白石は俺を避けた。

俺が話しかけようとすると、席を立つ。

それか、話しかけられないように、背を向け、他のやつと話をしている。


俺は不安になった。

怒りを覚えた。

誰にでも優しくする白石が、俺にだけ冷たくする。

いつも理論的な白石が、理不尽な態度をとる。

白石は、昨日のこと、どう考えているのか、応えが聞きたい。

それとも、気にしすぎなのは俺の方で、白石はなんとも思っていない?

俺の独りよがり?

どうでもいい適当な態度をとるほど、俺はお前にとって大切じゃないのか。

気になって気になって、授業中、いつもなら一日に何通も交わされているはずの文通をしようと、白石のほうに紙を投げた。


白石はきょとんとして俺のほうを見てくるので、

開くように、とジェスチャーをした。

俺は、白石に謝った。

ごめん、と。

こんなぎくしゃくな関係になりたかったわけじゃない、白石を驚かせたから、怒っているのかもしれない。

何の確証も無いから、謝った。


白石は、その紙を見るなりすぐ紙を丸めて授業へ意識を戻してしまった。




その週、白石が俺と会話をすることはなかった。

俺は、白石と話をしていなければこんなに暇だったのかと思いながら、ただ机に伏していることしかできなかった。


この関係を、どうにかする必要があった。


この土曜に、マザコン男が告白するのだ。

けれども、どうすることもできず、当日を迎えてしまった。



メンバーは、俺、マザコン男、その他男子1名と

白石、白石の親友、もう一人の白石の友達の新浪(にいなみ)だ。

マザコン男の家によく遊びに行くメンバーで、俺としては気心が知れているベストメンバーだ。


中学生とはいえ、遊び場所は科学館なので、親も特に心配することなく皆で気軽にあつまれた。

俺たち男グループは早めに到着して待っていた。

マザコン男は告白の日ということで気合を入れた服装をしてきていた。

濃い目で細みのスキニージーンズに、柄シャツ、その上にスポーツブランドの薄めの上着。

当時白石はスポーツブランドの黒い服を好んで着ていた。

マザコン男はその白石の趣味を知ったうえで、同じブランドを選んで着てきたようだった。

マザコン男はセンスがイマイチだったので、まさかそんなところまで考えてコーディネートしてくるとは思いもよらず、俺も同じ考えで同じスポーツブランドの上着を着てきていた。

完全に被ってしまったが、黒字に白いラインが入っている、俺の上着のほうが白石の好みだということは、俺しか知らない。

どうだマザコン男。


今流行のカードゲームを取り出して話していると、女子グループがやって来た。


新浪は、女子の中では親分的位置にいた。

体格もしっかりしていて、ショートカットに兄貴譲りの強引さがウケて、完全に女ジャイアンとなっていた。

そんな新浪は、ヒップホッパーばりの斜めがけ帽子に、パーカ、片足だけ裾上げした出で立ちで現れた。

白石の親友はおとなしめで図書委員が似合うタイプ。

ジーンズのロングスカートに、ニットという出で立ちだ。

白石はというと、予想通りのスポーツブランドの緑色の上着に、黒タイツ、白いプリーツのスカートだった。

白石はいつもジャージのズボンやジーパンをよく履いていたため、制服以外でスカート姿をみるのは初めてのことで、新鮮だった。

が、そんな白石を見て可愛いなんて思うのは俺だけでは無いはず。

そんな可愛い白石が手に入るんだなんて喜んでいるマザコン男がムカつく。


新浪が大きな声でチケットの購入を催促するので、それに応える形で、白石に声をかけようとした。


「よっ。

何、スカートとかはいちゃって。

気合入ってんじゃん。」


「スカートぐらい、何もない日でも履くよ。」


白石は目も合わせず、怒った口調だった。

俺も、何か違う言葉が出ればいいのに。


「お、マザコン男、今日カッコイイ服来てるね、いいじゃーん」


「サンキュー。」


白石は俺から向きをかえ、マザコン男に話しかけ始めた。

マザコン男は褒められて嬉しそうな、得意げな顔をしている。

俺の服装に触れないあたり、本当に避けられている気がして悲しくなった。


そんな2人をみていると新浪と白石の親友が話しかけてきた。


「なんだよ、露骨に羨ましそうなか顔して見つめちゃって。」


「白石ちゃんは最近マザコン男すごい気に入ってるよね。

優しいって言ってたし。」


俺が白石とコンタクトをとれない間に、マザコン男が、そこまで白石と仲良くなっているとは思わなかった。


「あのさあ、女子の目から見て、俺って白石に嫌われてる?」


女子2人は目を合わせて、興奮気味に応えてきた。


「お前、それ、ウチラが知りたいことだっつーの。

あんだけ仲の良かったお前ら2人が急に話さなくなって、クラスもおかしいことには気づいてるぜ?」


「私は、白石ちゃんからは、相楽と西澤ちゃんの話しか聞いてないなー。」


「俺もわっかんねえよ。

なんで白石に避けられてんだか。

俺と西澤なんてなんの関係もねえよ。」


「でも、相楽は西澤ちゃんのことが可愛いから好きだっていってたよ?

それで、2人の関係を邪魔しちゃいけないから、距離をおいてるのかなーと私は思ってたんだけど。」


「まあ、ウチラから見れば、西澤はお前のことが大好きって感じが見え見えだからな。」


「ああ。

西澤のことを可愛いと思うかって聞かれたことはあるなあ。」


「それだよ、なんて言ったの?」


「あんま覚えてねーよ。

でも、否定はしなかったよ。

幼馴染だし、嫌いなわけでもないし。」


2人はまた目を合わせた。そして、ため息をついてこう答えた。


「お前、西澤じゃなくて白石が好きなんだよな?」


俺は一息おいて、小さな声で答えた。


「どう考えてもそうだろ。」


「やっぱそうなんじゃん。

勘違いされてるのかもね。

西澤ちゃんのこと好きって言ったことがあるかは覚えてる?」


一瞬、この間の告白のことが頭をよぎった。

あの時、白石は、俺が好きなのは西澤じゃないかと言いかけた。

俺は、それにかぶせるように、白石を撃つジェスチャーをした。

それが、西澤のことが好き、と取られた?


「そうかもしれねえ。」


「やっぱりね。

 相楽、完全にアンタの一人よがりだよ。

 白石ちゃんは何も悪くない。

 相楽がひとりでややこしくして、悩んでるだけ。」


ということは、俺の気持ちが伝わってないってことか。




焦った。

焦って、白石を探した。

けれども遅かった。

マザコン男と白石は、2人きりで複雑な科学館の順路を辿っており、完全に見失っていた。


「くっそ!!」

おれは悔しくて思わず壁を叩いた。

その様子を、見て居た友達が、俺たち三人に言い放った。


「バスケ男も白石のことが好きらしいって聞いたよ。

白石ってモテるな。」









白石たちと合流したのは、閉館間際のロビーだった。

マザコン男の告白は成功したらしく、白石と仲が良さそうに歩いてくる。

俺は、過去の自分の行いを後悔していた。

が、2人を茶化すことしかできなかった。


「よっ、お二人ラブラブだねえ」


白石の方を見ると、俺の方を睨んできた。

俺は、なんでいつもこう、思っていもいない言葉しか出てこないのか。


「白石ちゃん、ぜんぶ見て回れた?」


「うーん。ところどころ、かな。

 マザコン男とはなししてたからなあ。」


「白石、お前、体力測定のところじゃ全然ダメダメだったよなあ。」



皆が、2人の仲をみとめている空気が辛い。

あの、マザコン男の位置は、俺だったはずなのに。


この出来事があってから、クラス中に話は広まり、

白石とマザコン男は公認の二人となった。


白石と話していた休み時間、俺は西澤と話すことが多くなり、

席は隣同士でも、ほとんど話すことはなくなっていった。

白石は、マザコン男とつきあう気でいるらしいことがわかってる以上、それを承知した上で何か話題を作るほど俺に余裕はなかった。


俺と白石の距離が離れていく。

あんなに、近かったはずなのに。

課外授業で、気づけば俺の横にいた白石。

授業中、秘密の文通をして、笑いあった白石。

俺に向けられていた視線は、今はマザコン男に向けられている。

白石だけでなく、クラスの人間も。


そんな状態の俺に、拍車をかけるように、卒業前の最後の席替えが行われた。

皆、ざわつく中、俺と白石はだまって、座席番号が書き込まれる黒板を見つめていた。


とうとう、無くなる。

唯一、白石との接点だった、話す場所だったこの空間が。

あの日、俺がしっかり気持ちを伝えていれば。

でも、今となっては自信がない。

マザコン男のことが好きだと言われたら、俺は。

でも、せめて西澤のことだけは伝えないと。

いや、最後の機会だから、言ってしまうか。


席替えのくじを引く順番が近づき、白石が席をたつ気配を感じた。

おれは、白石の手を握っていた。



「うわっ!!!なにっ」


白石の声に、周りがこちらに注目した。

俺はすぐに手をはなして、小さな声で話した。


「俺ら、これで終わり?」


俺は泣きそうだった。

情けないが、どしようもない。

白石が俺のことをどう思ってるのかもはや分からないし、俺に自信は残されていなかった。

何か、白石から言葉がほしいんだ。

俺について、なにか。


「終わりって、何が?

席替えだからね、隣同士はおわり。」


白石は無表情に、そっけなく、応えた。

周りの目が、気になる。



「そうじゃなくて。

本当に覚えてないのか?

放課後のこと。」


「お、覚えてるけど。」


「わかるだろ、俺が好きなのは、西澤じゃなくって。」


「じゃなくって?」


「っ。」



こういう時に限って、周りの目が気になる。

たくさんの視線が、向けられている気がする。

白石の目を、見つめた。

俺は、甘えた。

あの時も、今も。

誰にでも優しい白石が、俺の思っていることを、俺のいいように受け取ってくれる、と、思った。

けれど、白石は席を立ってしまった。

おれは、自分に悔しくて、机を叩いた。


「くっそ!!」



席替えの運すら、俺にはなかった。

俺にとって最悪の結果。

俺は西澤と席が隣になり、白石は、マザコン男、バスケ男と一緒になった。

大切なときに限って、白石に甘えたせいで、俺は、残りの学校生活を初めて好きだと思えた人物と他の奴が話して笑顔になっているのを、指を加えて見て過ごすことになった。


俺は、落ち込んだ。

自分の中の大切なものが、無くなった感覚だった。

何をしても足りなく、いつも白石のことばかり考えていた。


この時期、男子は第二次成長期をほとんどが経験する。

異性に興味を持ち始め、ホルモンの影響で、性格が変化する。

理性では抑えられない、イライラした感情や、女性への欲求が膨らみ、自分がこんな人間だったのかと嫌悪感すら抱く。

当時、そんなこともよく理解していなかった俺はなんにつけても、うまくいかない原因は白石との関係にあると思い込み、日々悩み、考えた。

自分が他人と比べて、独占欲が強いこと。

体を動かせば、多少は楽になること。

なにより、水が俺の救いになった。

川を眺めたり、水をあびたり、神聖な場所へ行って

水に触れると、気がだいぶ楽になるのを感じた。

白石と駆け回った課外授業のことも思い出せた。

この頃の悩んだ経験は、今の俺の人格形成の基礎になっている。




白石との接点は、完全に消えた。

距離を置くこととなって、改めて知ったのは

白石が、いかに周りを気遣っているかという事だった。


生徒会長という肩書もあるが、それ以上に、品格とよべるようなオーラを、白石は持っている気がした。

後輩からもよく慕われ、先生はもちろん、不登校で保健室登校している生徒からも信頼を得ている。

白石は、話術というか、人を魅了する何かを、持っているのだと思う。

そして、俺以外にも、白石を目で追う輩は思った以上にいた。

信頼の目や、好意の目。

同姓からの敵意の目もあった。

俺は、自分に自信がなくてハッキリ言えないのだ。

こんなに皆から愛され、注目され、優秀な白石と、俺が釣り合っていいわけがない。

冷静に、自分を分析して、諌める自分がいた。



ある日、壮行会が行われた。

俺は、サッカークラブに所属はしていたものの、壮行会に出れるのは地区大会以上の出場者だったので、ステージの上に立つことは無い。

そんなことを考えながら、吹奏楽部の奏でる応援歌を聞きながら、ステージにあがる生徒を眺めていると、女子たちのの小さな歓声が上がった。


よく見てみると、ステージには白石、そしてバスケ男が隣り合って立ち、他の選手に紛れながらも、歓声を上げる生徒たちに手をふって応えていた。


俺は、驚いた。

白石は、生徒会をしていたはずだから、部活やサークルに入っていなかったと思っていた。

しばらくすると、司会が選手の紹介をし始めた。


「卓球部、○○大会出場、〜君、〜君、〜君、、、、」


「個人。

 北信越陸上競技大会、高飛び 出場

 白石君。 


 新潟県バスケットボール大会 出場

 ○○君。」



白石とバスケ男は並んで、前に立ち、一礼した。

体育館じゅうからは、頑張れという声援が挙がっている。

この時も、白石は長い髪をゆらし、他の生徒とは抜きんでたオーラを放っていた。

こうしてみると、白石は色白で、手足が長く、姿勢が良いせいか、同じ年の女子とは感じられなかった。

いままでは、叩きあったり、騒いで走りまわったり、至近距離で目を合わせることもしたのに、本当にそれが現実だったのかと疑ってしまうほど、白石は非現実のように感じた。

それが今は、他の奴の物になっている。





その日、白石が陸上をやっていると知ってから、おれはすぐに同じ団体に加入しようと思いたち、幾つかのクラブを見学して回った。

結果、一番大きな、有名なクラブに白石が所属していること、そのクラブには入団試験があることを知った。

俺は、もともと足が早い方だったのでクラブに入ると決めてから、少し意識的に走るように心がけ、入団試験を受けることに決めた。



試験当日、コーチらしき人物につれられ、皆がをウォーミングアップしているトラックへ向かった。

するとそこには、白石がいた。

白石は俺と目があうなり、少し動きを止めて、俺の方を見ていた。

俺は、手を上げて、よっ、と挨拶をした。

白石も軽く手を上げて応え、またウォーミングアップに戻った。

学校ではないので、知り合いがいる事が嬉しかったし、久しぶりに白石と意思疎通できた気がして、気分は最高だった。

俺は、幅跳びと短距離走の試験を受けた。

両方とも、他の人間の試験結果より勝っていたため、2種目を自分の競技することができ、無事、試験に合格した。


良いこと続きの俺は、何か風向きが変わったと思えた。

次の日、俺は、白石に声をかけた。

マザコン男と話す白石。

白石をからかうバスケ男。

そんな空気の中でさえ、俺は、突き進むことができた。


机の横に立ち、机をコンコン、と叩く。

白石たちの目線が俺に向く。


「お前、なかなかちゃんとやってんじゃん。」


あえて、陸上クラブとは明言しない。

俺と白石にしか、会話が分からないように。


「相楽、もしかして通うことにしたの?」


「さあね、まだ見学段階だからわからないかな、でもお前だけ足早くなられるのも癪に触るしな」


試験に合格してること、入団するつもりであることは言わない。

ここで他の奴らに俺も俺もと入ってこられたくない。


「続けられるかなー?結構ハードだよ?相楽君には無理なんじゃないかな?」


「ま、そういう訳だから。

 何かあったらよろしくな。」



いつもの調子で、会話ができた。

白石の様子も、いつも通りだ。

清々しい。

たった一人との会話で、こんなに気持ちが安らぐとは。



学校でこそ、話す機会は減ったが、

陸上練習中、話をすることで、白石と話すことができた。



あの時のことや、色々なことを聞きたかったし、話したかったが、お互い、その話題には触れないようにしている気がしたから、その空気を大切にした。


すこしづつ、関係が良くなればいい。






卒業が近づいて、授業が受験勉強になった。

皆が試験勉強をしている中、白石とバスケ男だけ呼び出されて、違うことをしているようだった。

それについて白石は、髪を撫でながら

「皆と違う内容の試験勉強をしてんの。

で、バスケ男とはいろいろ学校に貢献したから、謝恩会でスピーチすることになってて、その内容を考えてんの。」


とのことだった。


試験勉強時間中は、かなり自由だった。

殆ど自習に近い状態だったため、生徒たちは各々好きなことをやる時間に近く、席を変えたりして自由にやっていた。

卒業後が近いこともあって、なんとなく浮足立つような、そんな雰囲気が学年中にあった。

男子は女子を気にし始め、女子は女子同士で恋話とやらに花を咲かせていた。

俺はというと、席が隣になった西澤がなんとなくしてくるボディタッチに、悪い気もしなく、そんな時間を楽しんでいた。


西澤は、俺の事が好きだ。

これは、態度や声色から分かる。

俺は、白石という人物を知らなければ、西澤と恋に落ちていただろう。

西澤は、そうなっても良いと思える女子だった。

だが、こういう光景が、白石に誤解させてしまった原因とわかっていたから、俺は、西澤と付き合いたいと言い出している、俺の友達に協力していた。


違うクラスの男を、西澤にアピールするのはなかなか難しい。

西澤はそんな俺を見て、甘ったれた声で言ってくる。


「もう。

相楽君てば、〜君のことばっかりい。

なんでえ?」


と、取り合ってくれない。

最近になって、向こうから声をかけられただとか、放課後にに誘われた、と進展があった。



そんなある自習時間。

俺はその友達から、西澤に思いを伝えて、付き合ってもらえるように返事を聞いてきてほしいと言われてしまった。

西澤と仲がいい男は俺だけだったから、俺は了解してしまった。


「西澤、ちょっと、いいか?」


教室を出よう、と、廊下の方を見やる。

西澤は子犬のような表情をしていう。


「なあに、秘密の話?」


と、嬉しそうに付いてくる。

教室から少し離れた廊下。

この辺りでいいだろう。


「西澤、前から話してる、あいつのことなんだけど、お前、正直どう思ってんの?」


西澤は、そんなことかあ、という表情をして応えた。


「えー。

 いい人で、ちょっと格好いいかなって思うけど、それだけかなあ。

 なんで相楽君がそんなこと聞くの?」


「あいつに頼まれてんだよ。

 西澤が、付き合ってくれるのか聞いてほしいって。」


「お付き合いなんてしないよう。

 相楽君は、私のことどぉ思ってるの?

 私のことは、相楽君が一番よく分かってるよ。」


西澤は、俺の両手を握って、上目遣いで話してくる。

二人きりになるといつも、西澤はこうだ。


俺は誰に見られてるか分からないという考えが先行して、その手を振り払い、西澤を壁に追いやり、人に聞かれないように顔を近づけて話した。


「お前もわかってると思うけど、

 俺はお前のこと幼馴染としか思ってない。

頼むから、あいつと付き合ってやって欲しいんだ。

今の俺より、あいつはお前のこと見てるよ。」


西澤は、最初は嬉しそうに、いつも通り俺に甘えるような態度をとっていたが、言葉の後半では、無表情になっていた。 



「じゃあ言うけど、白石さんはマザコン男君と付き合ってるんだよ?

 バスケ男君だって、白石さんのこと好きだと思う。

相楽君、避けられてるじゃん。

それでも、白石さんがいいの?」


「わかってる。

分かってるけど、今の俺の気持ちはそれしかないんだ。

お前は、良い奴だよ。

でも、ごめん。」



西澤は泣き出した。

俺は西澤が泣き止むまで、待つしかなかった。

西澤はその後、それぞれで教室に帰りたいと言い出したので、俺はそれに従った。



しばらくして、白石からまた避けられた。

唯一話をすることができた陸上練習ででさえ、俺の方を見るなり向きを変えて、明らかに避ける態度を見せる。



また俺は、何かしてしまったのだろうか。

良い関係が築けていたじゃないか。

白石がトラックの外へ出ていくのが見えた。

練習にも身が入らず、白石ばかり見ていたので、行動は予測できた。

水飲み場にいると予想し、小走りで向かう。白石は練習場の裏の水飲み場で水を飲んでいた。

白石は水を飲み終わると、手で口元を拭って、俺の前を通り過ぎようとする。

目もあせずに。


俺は白石の手を、つかもうとした。

すると、白石は思い切りその手を触り解いてきた。

そんなに俺が嫌いかよ。


「おいっ。」


立ち去ろうとする白石を呼び止める。


「俺、お前になにかした?」


俺のなにがいけないんだよ。

全く分からないよ。

俺は、お前に合わせたのに。


「さあね。」



それが、俺と白石の最後の会話だった。











卒業式の答辞は、生徒会長の白石が役だった。

その日の白石は長い髪を赤いリボンで1つに結わえて、胸元の赤い花も

白石の白い肌をと黒い髪を引き立てていた。

いつにも増して、白石、やっぱりお前は綺麗だよ。



謝恩会のスピーチは、答辞と打って変わって、涙を流しながらのスピーチだった。

そこで、俺は白石とバスケ男が他県へ進学することを知った。

どこか、そんな気がしていた。

白石に避けられるようなってから、白石と俺の間にある人としての差を感じて、

俺がずっと話せないんじゃないかと思ってから、なんとなく、遠くに行ってしまうのではないかと、どこかで感じていた。


そこで、俺の中では踏ん切りがついた。

というか、つけた。


バスケ男と親密だったのも

同じ境遇だったから、思うところが一緒だったのだ、と思おう。

白石が仲の良い友達と遠くに消えるのを見送りながら、俺の初恋は終わった。

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