第4話 異次元

相楽との約束の日が近い。

何を着ていこう、なんて話しかけよう、昔いろいろあったけれど、いい友達としてまた付き合えればいいと思っていた。

相楽もきっとそうだと思うが、過去のことは、引きずりたくない。


昔のことを思い出してどうこう思うのは簡単だ。

過去を悩んでいる今の時間を幸せに過ごすことのほうが難しいから。

人は、簡単な方へ流れていくから。

今を、大切にしたい。

それに、当時気にしていても、いつの間にか記憶は薄れていい思い出になる。

そういうものだ。

と、思ってくれるといいけれど。


私が相楽にしたことは、酷だったとおもう。でも、相楽のどっちつかずの様子もイライラした。普通の友達同士のケンカだ。

でも、謝る必要はある。もう、いい大人なのだ。



最近相楽を意識しているせいか、よく夢を見る。

相楽が、私の近くにいて、何か私がドキドキするようなことをしている夢。

夢の中の相楽はあの時の相楽より背が高くなっていて、体もしっかりしていた。

どんなふうになっているだろう。






相楽との待ち合わせ場所は私が指定した。

その後、相楽の好みでお店を決めようと考えていた。

待ち合わせ場所は、カフェ。

よくあるチェーンのカフェだ。

化粧はいつもよりしっかりしてきたし、服装も派手すぎない、いつも通り。

携帯を触りながら、緊張して待っている。

話しかけて欲しいけど、分かるかな。

携帯のニュースに集中し始めると、頭をぽん、と触られた。


「ひ、久しぶり!」


スポーツ少年だった、小麦肌の相楽は、私の想像を絶する姿をしていた。

背こそ伸びているがそこまで高くなく、小麦色だった肌は透けるような白さだ。

髪は黒く、少し伸ばして1つにまとめていた。

男で髪をまとめている、となるとかなり上級ファッションテクニックが求められるが、こなれた感じにしっかりまとまっている。

白いTシャツ、黒い細見のジーンズに、オシャレなスニーカーを履いて、

ハーフのようだった顔立ちはさらに磨きがかかって、相楽は、美容に興味がある類の、オシャレな男の人になっていた。


「チャ、 チャングンs」


言い終わる前に、頭をペンと叩かれた。

本人にも自覚はあるのか。


珈琲を片手に、私の目の前に相楽が腰掛ける。


「さてと。

 久しぶりだな、お前は、あんま変わんねーな。」


「ん。

化粧するようになったのと、服装がシンプルなの好きになったくらいかな。

あ、でも、背もまた少し伸びてるんだよ。

相楽君は成長したのかなー?」



「男子の成長は女子より遅いんだよ。

 俺はかなり遅い方だったから、高校でだいぶ伸びた。

 172センチ。」


「あっ。あたし168だから、4センチ差!

 でも、とうとうぬかれたかぁー。」



「お前、背が伸びたのもあるけど、だいぶ痩せたな。

男みたいな体してたのに。」


「そんなこと思ってたのー!?

 痩せたかどうかは分からないけど、体質とかかわったかなあ。

 人に引かれるくらい水飲むよ。

 あと、油ものだめになった。」


そう言うと、相楽は珈琲を飲むのをやめて

前のめりになった。


「俺も俺も!

 1日3リットルくらい飲む!

 油ものは、ものによるけど大体ダメな。

 食べると次の日は寝込む。」


そうか白石もか、と言いながら、相楽は嬉しそうだ。

はにかむ相楽の顔は小さい頃のものと変わらなかった。


「相楽、飲み物何頼んだの?」


「ん?

 カフェラテに、オレンジソース入れたやつらしい。

結構うまいよ。」


「オレンジソースー!?合わないよー!!」


「ん?飲んでみるか?」


相楽が、紙カップをこちらによこしてくる。


これは・・・・・。



昔の馴染みとはいえ、お互いいい大人。

後ろめたさを感じる相手も今はいない。

相楽の目の前で、戸惑いをみせるのも失礼か。

まあ同級生。

昔だってこうした。



相楽の差し出す紙カップに、手を伸ばす。

熱い、オレンジソースが入った珈琲。

私は、それを手にした筈だった。

急に頭痛と目眩に襲われ、強烈な吐き気がした。船酔いににた感覚だった。意識を保っていることができない。ふわふわとして気持ちが悪い。


気づくと、私と相楽は二人、カフェの椅子と机、そして溢れた珈琲ごと、瞬間移動してしまっていた。相楽の指に私の指が近づいた途端、静電気が走った。


「っ!!」


私は反射的に手を引っ込め、相楽は、渡すはずの手が離れたために、紙カップを机の上に落とした。


「相楽!ごめん!大丈夫!?」


「大丈夫なわけ、ないだろ。。。」


相楽は、辺りをみまわしながら、答える。



私達は、森のなかにいた。

森の中だが、明るい。

空には星が輝き、辺り一面は湖だった。

湖の真ん中、ここは浮島のようになっており、湖なのに水のゆらぎは一切ないため

浮島には、水に枯らされることなく、湖ギリギリまで緑の草木が青々としていた。

緑の草木と、真っ白い玉砂利が模様を作って、私達のいる、浮島の中央部分まで伸びていた。

浮島なのに、孤立した印象をうけないのは、木々の枝葉がここまで延びていて、

天蓋のようになっているからだ。

今までに見たことがないほど、長く、水平に伸びた枝は、湖のほとりには生えている木々のものだった。

自然の重力に勝って、こんな長さにまで枝が伸びるとは。


「あ、相楽、シャツ、コーヒーで汚れてる」


「本当だ。

 お前、そんなこと言ってる場合かよ。」


相楽は立ち上がって服を脱いだ。

私は携帯を触るが圏外だった。


「あれ、珈琲飲んでたよね、君は相楽君だよね?」


すると相楽は私の顔を覗きこんできた。

私は驚いて肩を押す。


「おまえ、久しぶりに見たけどやっぱちょっと顔変わったよな」


「うるさいな、何年かたてば顔くらいかわるよって言うか何があったの、変な薬でもやっちゃったかな」


「立てるか?」


相楽が手を差し出す。

あのときより大きい、節くれだった大きな手。相楽って背、たかくなったんだなあ。


相楽の手を握り立ち上がると、相楽は私をそのまま抱き締めた。


「相楽!!こんなときに!」


驚いて押し返してもびくともしない。

もうあの頃とは違うと思い知る。


「ごめん、でも、会いたかった。本当に。」


「・・・放して」


「ずっと触りたかった。あのときから。」


「もう、さすがに今はやめて、本当に、怒るよ!」


相楽はゆっくりと私を放した。

私は色々と混乱した。


「ちょ、落ち着いて。言っとくけど、当時、渡しは相楽を異性として見てないから!」


そう言うと相楽は少し沈黙してから、辺りを見てくると言って離れた。


私は落ち着きを取り戻そうとそのあたりをうろうろしたが、どう考えてもここは異次元だった。


しばらくして相楽は帰ってきた。

暗くて表情は良くわからないが、機嫌は良さそうだった。


「相楽、ここ、夜だ。

 妙に明るいとおもったら、水が、発光してる・・・。」


「冷静に考えよう。

 俺たち、瞬間移動しちまったんだ。

 瞬間移動は、今の科学じゃできなくもないから、まあいいさ、でも・・・ここはちょっとオカシイぜ。」


相楽が小声になった。腰を低くかがめて、こちらを手招きしている。

相楽が何かに警戒していると悟り、私も身をかがめて相楽に近寄った。


「なに、なんかいた!?」


小声で会話をする。


「しっ!

 ・・・・・なんか、音がする。」


言われて、耳を澄ます。

草木が風に揺れる音、小鳥達が鳴く声、その後方、かなり遠いところからだと思われるが、笛の音が聞こえる。

それとかすかに、琴のような音。

まだ他にも聞こえるが、何の楽器なのか検討もつかなかった。

怖くなってきて、相楽にさらに近寄る。


「私達、神隠しに遭ってる・・・???」


今の私達の知識で、この状況を表せる言葉はそれだけだった。


「知らねーよ。

 どうする、ここでじっとしてるか?」



相楽、なんでも私に決断をくださせようとするところも

変わってないわね、なんて思いながら。


「いい?

ここは水が光ってるし、木もおかしい。

私達が地球にいるっていうことをギリギリ信じるとして、このままここにいても、お腹はすくし、さむいし、また瞬間移動できるとは考えづらい。

他の生物になるべく見つからないように、ここから移動した方がいいと思う。」


「お前すげえな、頭の中が男なのも相変わらずだな。」


私は相楽を睨む。

相楽はおどけている。


「俺の意見はこうだ。

 まず、こういう時は寝る場所を確保するのが先決だ。

二人共緊張して、普通の判断ができなくなってると考えていい。

まず、この環境に適応しよう。

考えるのはそれからだ。」


「了解。」


二人でコソコソ動く。

昔の課外授業を思い出す。


「昔みたいだな。」


相楽が同じことを言い出すので

笑ってしまった。



一緒に移動してきてしまった机と椅子を置いて、身をかがめながら浮島を離れる。

浮島と陸を繋ぐ道は2本あった。

どちらも一直線に陸とつながっていて、

取り敢えず明るい方へ伸びている道を選んだ。


発光している水は気味が悪かったので

喉が乾いていても飲む気にはなれなかった。


黙って静かに歩いていると、この世界の美しさが、得も言わせずにす主張してきた。

木々の生い茂った森の先には、幾つも滝があるようで、蛍のような発光物体がたくさん浮いている。

滝の水しぶきなのか、蒸発した水分なのか、ぼんやりとあたりは霧がかっていて、水とホタルのようなものの光をさらに散乱させている。

ここは、天国なのだろうか。

私達の歩く道は、玉砂利の内側に、さらに石が敷き詰められていて、しっかり道になっている。

陸にたどり着くと、作られた道は森の奥へ続くものと、湖の周りを回るものに分かれていた。

とりあえず、道を外れて、草の上を辿ることにした。


「寒い。」


「大丈夫か?ごめん、おれ、着せられるもの何もねえや。」


「相楽は寒くないの?」


相楽は隣を歩きながら、頭をポンと触ってくる。

昔はそうされるとドキドキしたが、もう、そんなウブな心はない。

女性が好き好んで頭ポンを好んでいるとでも思っているのかこの男は、なんて考えがよぎる。


相楽も寒いらしい。

寒さを感じさせる理由は、森を覆う霧と、足元の草の露にあった。


「不思議だ。

さっきの道みたいなところを歩いていた時は霧なんて感じなかったのに。」


「草の上は温度が低いから、霧が出やすいとか?」


「いや、そうだとしたら、さっきの石張りの浮島とか道の上のほうが温度低いだろ。」


二人で話をしながら、なんとか現状を理解しようとしている。


「ダメだ、闇雲に歩いても、体温奪われるだけな気がする。

寝床だけちゃっちゃときめて、作戦を立てようよ。」


「お前に言われなくてもそう思って探してるよ、でもねえの。」


だんだんお互いの態度が昔に戻りつつあった。

必死で、寝られそうな、どうにか火がおこせそうな場所を探した。


「ダメだ。

さっきの道の上を行こう。

人に会えたらなんとかなるし、宇宙人とかだったら逃げるしかないけど今はもうそれしかねえ。」


「そうだね。」


「・・・・。

 そのうち鼻水が出てくる。

 その後寒気がしてくるぞ。」


「さすがお医者さんの卵。」


相楽が昔より頼れる、と、その時はじめて思った。

そう言えば相楽は、医学部の学生だった。


相楽を先頭に、石畳を歩く。

本当に、この道を使えと言わんばかりに、道の周りは照らされ、どんどん明るい方へ導かれていく。

気づいたら、遠くに聴こえていた音楽のようなものが、近づいていた。



「白石、ちょっと。」


相楽が足を止めて、後ろ手に私を止める。


「な、なに?」


相楽は前を見たまま振り返らない。


「人、のようなものがいる。」


「!!!」


「でも、様子がおかしい。

 ちょっと隠れて様子を見よう。」


また道から外れて、木々の間から際立って明るい方を伺い見る。

声が聞こえる。

英語のような、流暢な中国語のような。

声は、女性たちのものだった。

皆声が高く、話す言葉は聞いていて気持ちがいい。

相楽は、私の方を見ると、笑って、またそちらの方に目を移した。

私は不思議に思い、相楽の見ている方を見てみた。

そこは、人間のような女性たちが、水浴びをしている所だった。

透き通った水、そこへ流れる小さな滝がいくつもある。

滝の一つ一つには、しめ縄がかけられている。

女性たちの姿は、まるで人間だった。

ただ、人間とは決定的に違うのは、首の後ろと、耳の部分だった。

首の後ろには、色とりどりの鱗のようなものがみえる。

耳も同様、硬そうで、先が尖っており、耳の裏側には鱗が付いている。

女性たちは皆肌が白く、美しかった。

目の色も髪の色もそれぞれ違うようだった。

彼女たちは人間と同じ裸の形をしていた。

丸みがあり、柔らかそうな肌は人間そのものだった。


その中に、目を疑うようなものを見た。

西澤ちゃんに似た、人物のようなものがいた。

体は美しく、首の後ろは、紫がかったピンク色の鱗だった。


「相楽。」


「ん?」


「見とれてるでしょ。ピンクのコに。」


「当たり前だろ・・。

こんな光景、本物の西澤でも見せちゃくれないぜ。。」


反射的に、相楽を叩いてやろうと思って、肩の方を見た。

すると。


「いやあ、困ったねえ。

 予想外の動きをするとは思っていたんだけど、まさか沐浴の場に現れるとは。」


相楽の肩の上には、蛙、のようなものが手を組んで乗っていた。


「ひっ!」


私は尻餅をついた。

相楽は固まっている。


「か、蛙が喋ってる。」


「蛙ではないよ。

今は仕方がなくその姿をとっているだけさ。

それより、なぜ石畳の上を歩いてこなかったんだい。

いや、しかし穢れを落とす沐浴の場に現れるというのは実は最もなのかも。

本能的に、本来の姿に戻ろうとしたのかも。

いやあ、興味深いね。」


蛙は、自問自答している。

相楽は蛙のつぶやきが終わるやいなや、

蛙を手で振り払い、戦闘のポーズをとった。

蛙は、ふりはらわれると、胡座をかいて手を組んだままの状態でふわりと中を1回転し、気にする様子もなく地に着地した。


「自己紹介が遅れたね。

 僕は、コヅキだ。

 流れ着きし人々の世話係、兼、琵琶の湖を見守り、湖の収穫を管理する者だ。」


私は吐き気をもよおしていた。

蛙が言葉を話しているショックからなのか、この環境がそうさせるのか分からないが、立っているのがやっとで、とうとう膝をついてしまった。


「白石!」


相楽が駆け寄ってくる。


「うん、正常な反応だね。

キミがこうならないのは流石、というところだ。」


蛙が近づいてきて、私と相良の方をキョロキョロと見る。

近くで見ると、コヅキと言う蛙は、綺麗な淡い緑色で、背中には3本、金の線がはしっていた。

声は柔らかく、若い、成人の声ではあるが、どこか包み込むような、達観した感じを受ける声をしていた。

なんだ、気持ち悪い蛙ではないじゃないか、と、そう思うと、私は意識を失った。

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