第5話 清澄階

朦朧とする意識の中で、温かい湯に付けられたこと、暖かく、柔らかい布に包まれたことが分かった。

そこから、たくさん眠った。

自分のいる近くで、話をするのが聞こえた。

コヅキという蛙の声と、もう一人、若い、けれどもまた落ち着きのある女性の声だった。

目を開けると、白く透けた、天蓋が見えた。

屋根の下にいるらしく、その屋根は、ふわふわとした綿のようなもので出来ているようだった。

ところどころが金色に光っている。


「目を覚ましたわ。」


女性が近づいてくる。

起き上がろうとするのを、無理しないで、と征された。


「今、食べるものを持ってくるわね。

 ここのものを食べれば、すぐに良くなるわ。」


女性は、すこし茶色がかった、ウェーブの髪を後ろで1つに結い、質の良さそうな、この世のものとは思えないような質の白と、桃色、黄色の単色の服を重ねたような服を着ていた。


私はゆっくり起き上がった。

私は、たくさんの布と、綿で作られたベッドのようなものに寝かされていた。

ここは部屋とよべるのだろうか、大理石で出来たコリント式の柱が部屋を囲み、少し透けてた布が壁の役割をしている。

布は、風に煽られているように、ゆっくり波打っている。

近くに滝か、川があるようで、心地よい水音が聞こえてくる。

先ほどと打って変わって、ここは温かい。


女性と話していた男性が、笑顔でこちらに近づいてくる。


「よく眠れた?」


「は、はい。」


男性は、銀色の短髪に、金色の目をして、優しい物腰をしていた。

すまして涼しそうな顔は整っている。


「3日ほど、眠っていたよ。

 でも、心配ない。

正常な反応だ。」


「!」


その言い方には覚えがあった。


「あなた、その。」


男性はこちらを見てニコニコしている。

私が言葉に詰まっていると、先ほどの女性がお盆をもって布をくぐってきた。


「そうよ、この人がコヅキよ。」


「!」


女性は、お盆から器をゆっくりと移しながら話し始めた。


「私達は、自分達の姿を幾つかに変えられるの。

だから、たまに下に降りた時に、あなた達のような者に見られてしまって、違う名前をつけられることもあるのよ。」


青い、陶磁器のような品のある器に、おかゆのようなものが注がれる。


「コヅキの場合は、エビスって言われてるそうよ、あなた達の世界ではね。」


お粥に、赤い実をいくつか散らされ、水がグラスにそそがれる。


「さあ、どうぞ。

 ゆっくり食べてね。」


とにかくお腹が空いていたので、お粥に手を伸ばし、口に含んだ。


「あ、甘酒?」


お粥かと思い食べたそれは、少し米が残った甘酒だった。


「そう、甘いの。

 この世界の食べ物は、あなたの必要とする味に合わせてかわるの。

慣れてくると、皆と同じ味がしてくるわ。」


そう言うと、女性は立ち上がった。

首の後ろに鱗がない。

耳も普通だ。

顔立ちも、整ってはいるが、平凡の域を出ない。

兎に角普通という言葉が相応しい。


「ありがとう、助かったよ。

 君は海が領分だけど、女性が必要かと思って。

君に頼って正解だったよ。」


コヅキは女性に会釈すると、布をたくしあげ女性が部屋を出られるようにエスコートした。


「じゃあ、私はこれで一旦お暇するわね。

 慣れるまで、ここにいてあげたいのだけれど、あなた達が来てから、泡たちが元気すぎちゃって。」


「水分(みくまり)の方々にも、よろしく言っておいてよ。」


コヅキは念を押すように言う。


「たまには自分で挨拶に行きなさいな、ではね。」


観念した、という感じで頷き、女性は去って行った。

残っている甘酒粥を食べつくす。


「さっきの人はね、秋津姫(あきつひめ)という方だよ。

旦那さんは、秋津彦(あきつひこ)と言ってね、二人で、海と河を造ったんだ。

本当はめったに会えないお人なんだよ。」


コヅキはゆっくりと、説明してくれる。


「相楽はどこです?」


「ああ、そうだった。

 君が起きるのを外で待っていたんだった。

おうい、相楽君、入っておいでよ。」


外の方へ声をかけると、相楽が入室してきた。

その姿に、また驚いた。

相楽は、女性のような衣服を着ていた。

この世界の人々は、着物とドレスの中間のようなものを身に着けている。

床まである長い、質の良い白地の布に、赤い刺繍が施された布をまとい、帯でしめ、その上にストールのような、白く透き通った布を纏っていた。

相楽のうなじには、淡い青の鱗がうっすらとみえた。耳も、多少形が違う。

1つに結わえた髪は、以前より伸びているように感じる。


私の近くに来るなり、相楽は、長い裾と袖を捲りあげて腰掛けた。

一瞬女性のようにも見える相楽のその行為は、何も知らない人をぎょっとさせるのにたる行為だと思った。

美人がいきなりすそをたくしあげ、ドカッと足を開いて座るのである。


「ああったく。

 なんだよこの鬱陶しい服装は。

 意味わからん。」


まっとうな人間を久しぶりに見れたせいか、私は笑った。

良かった、相楽が近くにいる。


コヅキは私を見て、安心したようだった。


「相楽君には、君が眠っている間にいろいろと説明させてもらったよ。」


相楽の方を見ると、こちらをみてうなずいた。


「君たちがこちらへ来てくれたタイミングは、実は予想通りなんだ。

 予想通り、遅れている。

 君たちにはこれから多くのことを知ってもらわなければならない。

そして、傷つくとこもあるとおもう。

ゆっくり慣れてほしいと言いたい所なんだけれど、そう言ってられないんだ。」


そんなことを言いながら、飲物をすする。


「白石、俺たち、しばらく帰れそうもないぜ。」


相楽は、嬉しそうな、悲しそうな、複雑な顔をしてそう言った。


「まず、その身体に慣れることが先決だね。」


そう言われて、ハッとした。

自分の体をまさぐる。

首の後ろは・・なんともない。

耳も、通常どうりだ。

むしろ、肌全体が以前よりもなめらかで、薄く、白くなっている気がした。

そして、目に入る自分の手足が、細くなっていた。

髪も伸びていた。


「見てごらん。これが、君の本来の姿だ。」


そう言われて鏡を受け取る。


重くずっしりとした青銅の鏡を両手で持ち、覗き込むと、そこには変わり果てた自分がいた。

首は長く、顔も小さい。

目は深い碧色。

鼻はとおり、以前の自分の、イマイチだと思っていた部分がすっかり修正されていた。

水浴びをしていた美女たちには劣るかもしれないが、十分、美しくなっていた。


「そんな。

 今までの私達は、どうなるの。」


何もかもが理解不能だった。

そこから、コヅキがこの世界とあちらの世界について話をしてくれた。





この世界は、清澄階(せいちょうかい)と言う。

私達が住んでいた世界は、下階(げかい)と呼ばれており、芦原の国、というのが地球のとこらしい。

そのなかで、清澄階の者がよく姿を表すのが中つ国と言われ、日本のことを指す。


清澄階と下階の関係は詳しくは不明だ。

時間軸もよく分からない。

けれども、エビスと呼ばれるコヅキは、豊穣を司り、下界からその意志が伝わってきた時、豊穣のカミとして何回か、下階へ出向いて人々の願いを聞いた事があるという。

この世界との関係性を気にする者はあまりいないらしく、呼ばれればまあ行く、みたいな感覚なんだそうだ。


このことに詳しい者というのは数人しかいないらしく、その者も、自分の仕事のために研究しているに過ぎないのだそうだ。

コヅキが知る限り、下階と関係が深いのは、龍の一族らしく、私達が最初に見た、水浴びをする集団がそれらしい。

龍は大蛇として下界で受け入れられ、カミとして祀られることが多かったために、清澄階の龍の一族が、下界との橋渡し役を買って出たのだという。


清澄階と下界の唯一切っては切れないものは、水なのだという。

下界、地球にある水は、ほとんど奇跡の産物とされており、清澄階の水分子は地球のそれを模して、やっとできたのだという。

ときおり、下界の水分子が帯びる電気特性を得るために、龍の一族が下界に降臨(私達がしてきた瞬間移動は、形を作る原子が降ってきて、意志をもって集まろうとすることから出来うることらしい)し、水を浴び、鱗に水分子を含ませて戻ってくる、ということをするらしい。

清澄階の者は、ものを食べなければ生きられないという次元を越しているため、不老不死であるが、水だけは何をするにしても必要なのだという。


清澄階に必要な水を、下界から運ぶ役割を唯一担う一族、龍の一族。

龍の一族は九つあるといわれ、白龍と黒龍の一族以外は、あまり世に出るものではないらしい。

私達のいるところは、清澄階にある、二大龍の一族、白龍族の住処なのだそうだ。

白龍族は、水を運ぶ一族とされ、由緒正しき古き一族であり、清澄階でも有名らしい。

私にお粥を渡してくれた秋津姫は、清澄階でも最も古い者の1人であり、水を司る者であるため、白龍族とも関係が深い。

下界から来た白龍族が珍しい、ということと、そのような関係もあるために、足を運んでくれたのだそうだ。

私と相楽は、なんと、そんな白龍の一族の一員らしい。


いま、清澄階では水が枯渇しはじめているらしく、その解決法を見出すため、白龍族が一族をあげている。

その解決法の1つを、運命的に私達が担っているのだそうだ。


コヅキは豊穣を司る者の1人であるが、住処である、白竜の一族の住処の中にある琵琶の湖には、下界からやってくる者がなぜか現れやすいため、この世界に流されるものの世話係となっている。

そのために、下界のことにも成通し、白龍族にも顔が通る。

そして、私達が流れ着き次第、案内するようにと言われており、待っていたのだそうだ。



重要なのは、黒龍族との関係だ。

水と風を司る白龍族は、太陽と火を司る黒龍族とは、陽と陰の関係にある。

黒龍族は、白龍族が運んでくる水の、最も清い白き水を存在の成分としている。

白龍族はそれと引き換えに、黒龍族から、食糧とも言える、青き葉を提供してもらうことで存在できる。

口には含むが、栄養分として摂取するのではなく、体を物質として存在させる必要な成分を摂取するため、食べるのだそうだ。

長年、白龍の姫と黒龍の彦(おうじ)が婚姻関係を結ぶことによって、両一族の関係は続けられてきたのだという。

しかし、近年は黒龍族との関係が危ぶまれているのだそうだ。

清澄階の水、食糧不足の原因は、黒龍族あるのでは、というのがコヅキの考えだった。

水の生産源である白龍族に最も近い関係にある黒龍族が、水に影響を与えているとしか考えられない、と。

しかし、この世のしくみを管理し、理解している者は少数しかいない為、あくまで推測の域を出ないのだという。

たとえば、清澄階を創生したと言われる、天之御中主(アメノミナカヌシ)と呼ばれる者や、清澄階の者を生み出したとされる伊邪那岐(イザナキ)、伊邪那美(イザナミ)は、それぞれの者が持つ役割や、この世界の仕組みを知っているだろう者達だが、それらの古き者達を、物質として確認したものはおらず、声すら、声として認識できたものはいないとされている。

コヅキは、自分も古き者で、秋津姫もまた古き者であり、清澄階でも滅多に姿を表さないと言っている。

コヅキも古き者であるため、多少のことは理解しているが、やはり詳しいことは分からず、清澄会にいるその道の専門家に頼り、作戦を練る他ないと言う。


聞きに行く専門家は、コヅキより若いらしいが、姿を表すことは滅多になく、住処も、分かっている幾つかをしらみつぶしに探す程であるため、相談するに必要なピースを揃えるために、私達に知恵を与えて、連れて行き、説得に使う必要があると言うのだ。



甘い粥をたくさんたべ、

甘さが消えて、粥に飽きてきた頃、コヅキは話を切り上げた。


「さてと。

 姫の身支度を整えて、白龍族との面会だ。

 身支度は、僕の化身たちが手伝ってくれるから、安心するといい。」


コヅキは、相楽の背を押して、退室を促す。

どこにいたのか、コヅキの化身たちが現れ、私を立ち上がらせた。


「もう少し、予備知識が必要だからね。

 一旦穢れを落としたら、僕の部屋へおいで。」


笑顔でそう言うと、

白くすけた衣服をフワッと翻して、

コヅキは、何か言いたげな相楽と姿を消した。

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