第6話 龍族
コヅキの化身たちはコヅキと同じ顔をした女性だった。
彼女たちはコヅキの周辺でしか存在できない。
また、目は退化しているらしく、皆目を閉じたまま動くことができていた。
この世界の者達が下界で目撃されるときに一人であることが多いのは、コヅキのように化身を現すことができるからだという。
化身か、自分の意識を分散させることで命を宿す、式神と呼ばれるものが控えているから、特にだれかを引き連れたり雇ったりしない。
清澄階にはさまざまな者がいるが、誰かが誰かに仕えたりしておらず、各々が一人で独立している。
中には強大な力を持つため、化身や式神に人格を持たせている者もいるが、基本的に自分の問題は自分で解決できてしまうのである。
だから、清澄階の者どうしの問題も起きにくいし、お互いに興味も無いのである。
はじめに連れて行かれたのは、初めて白龍が水浴びするところを見た、あの場所だった。
私は白い薄いシルクのような布を何枚か着せられ、腰のことろを紐で縛っていた。
コヅキの化身たちは6人おり、同じ顔をした白髪で、私と同じ白い布を身につけ、私の周りを囲うように歩いている。
沐浴の場と呼ばれる、温泉のようなの場所は誰もおらず、静かだ。
温泉は滝になっており、高いところから幾重にもかさなることで、空気と交ざり、ちょうどよい湯加減になる。
滝にしめ縄がしてあるのは、この水質は白龍の住処でしかとれない白き水である証である。
ここも先ほどいた部屋と同様、柱と薄い布でかろうじて外から見えないようにはなっているが、外同然で、見上げれば星空と木々、見渡せば遠くの方に灯りが見えている。
着ているものを脱ぎ去ると、少し寒気がした。
それを感じ取ったのか、化身達が扇のようなものをつかって、温かい空気を仰いでくれた。
沐浴の場の湯は、淡い白濁をしていた。
外に流れている水同様、光を放っている。
おそるおそる湯に浸かると、今まで自分の使っていたお風呂同様、気持ちが良かった。
化身たちはいつの間にか姿を消しており、一人きりで、湯を愉しんだ。
「ああ、なんでこんなことになったんだろう。」
声に出すと、声が反射して響く。
そうして、これが現実なのだと改めて噛みしめる。
独り言を言いながら、体をなでる。
「!?」
すると、自分のふやけた皮が、ズルっとむけた。
玉ねぎの外皮を剥くように、皮がはげ、皮の下からは人のものとは思えない真っ白な肌が現れた。
ぞっとして、化身たちを呼んだ。
「ちょっ!
コ、コヅキの化身たちさん!
来てください!」
慌てて湯から上がると、そのまま、臍から下の皮がズルンとむけた。
化身たちは現れない。
そのまま、むけた皮をじっと見ていた。
皮は、そのまま湯に沈んだようにも見えたが、溶けたようにも見えた。
すると、その湯の部分が、透明になっていった。
淡く白濁していた湯が、じわじわと透明になり、発光しなくなってゆく。
寒くなって、また湯に浸かった。
今度は顔の皮がむけたようで、皮膚の一部が湯花のように湯に消えていった。
顔に湯をかけ、どうせ剥がれるならすべて剥がれてほしい、と、夢中になっていると、つかっている湯は完全に透明になって、よく知るお湯になっていた。
湯からあがると、どこから現れたのか、化身達が薄く青い布と、金色の帯を持って付き添っていた。
体を拭い、着せられるがままに布を纏う。
相楽が着ていた服装と似た形状だった。
首の後ろをしきりに撫でたが、鱗は現れていない。
化身たちは誘うように、私を誘導した。
沐浴の場からは離れているようで、白い石畳の上を数分歩いた。
その途中、様々な景色を見た。
基本的にこの辺りは石畳で区画されている。
しかし、どこがなんの施設なのかを示す看板や、特徴的なものは一切ない。
ただ静かで、簡素で、白く、美しい世界だった。
石畳はさまざまに分岐しており、それが白い布で覆われたテントのようなものに通じている。
テントのようなものは、大きく水平に枝を伸ばした木々の枝に括りつけられ、ふわりと風に揺れている。
発光する白い水が流れる水路が幾重にも流れている。
草は柔らかく、様々な種類が茂っている。
雨がふらず、年中星空がでているようだった。
人がいない。
この辺には人影が見当たらない。
テントのようなものの中に、潜んでいるのだろうか。
ある一つのテントに案内された。
布を託しあげられ、中に誘われると、相楽とコヅキが、金色の骨の細い椅子に腰掛けて座っていた。
「やあ。」
コヅキは手を上げ、手招いた。
「あの、皮がむけました、ズルっと。」
「うん、見ればわかる。
そのうち斑が無くなるからね。」
「えっ私の顔、斑になってるんですか。」
驚いていると、相楽が水盆を差し出してきた。
鏡にしろ、と言っている。
覗き込むと水盆には、真っ白い皮膚と、今までの自分の皮膚が斑になって、目を背けたくなるような自分が映っていた。
あまりにまだらなので、見ていられず、直ぐに盆を返した。
「おっと、大事に扱えよな、この水、貴重なんだぜ」
相楽が、大切そうに水盆を机上に置いた。
「もう、なにがなにやらよく分からない。。」
困り果てて頭を抱えるとはこの事だった。
頭を抱え、机に頭を伏せようとしてうまく行かず、ゴンッと思い切りぶつけた。
すると相楽は私にすり寄り、後ろから私を抱き締めて、ぶつけた頭に手をそえて気の毒そうな目でこちらをみている。
私は馴れ馴れしさに怒りを覚えたが振り払う元気がなかった。
「そうだねえ、なにから話そうか。」
コヅキがグラスに水を注ぎかながら話し始めた。
「まず、君たち二人の事だ。
君達は人間じゃない。龍で、白龍族だ。
ある事情によって、君たちの代は、下界で出生している。」
「人じゃない。。」
「そうだね。受け入れがたいと思うけど、生まれ持った使命は果たさないと。」
「俺たちがこうなるって、分かってたんですか」
「君たちは特殊な運命だからね。君たちと同じ運命を持った龍は運命が決まっている。」
「私たちがいない下界は、私たちが元いた場所はどうなってるんですか、騒ぎになってるんじゃと心配で」
「騒ぎにはなっているだろうね。」
想像して頭を抱えた。
「もう、帰れないんですか」
「以前の君たちとしては帰れないね。もうきこうなってしまったら。」
私が項垂れると、相楽の抱き締める力が強まった。
「帰りたいのは分かる。さぞかし暮らしやすかっただろうからね、特に白石さんは」
「どういう意味ですか」
「白石さんは下界では優遇されていたはずだよ。苦労をしなくていいように。」
衝撃だった。
今まで自分の努力でどうにかなっていたと思っていたことは仕組まれていたというのか。
目を伏せて話すコヅキ。
金色の椅子に腰掛け、真っ白な衣服に銀色の髪が映えている。
長い指で透明なグラスを弄ぶ。
伏せた瞳にながいまつげ、高い鼻筋。
この世のものでは無いような者からそんなことを言われれば信じるしかない。
「俺は?」
「相楽君も同じはずだよ。」
「そんな感じはしなかったんだが。。」
「優遇されるとは限らない。でも少なくともふたりで一緒にいたときは何か違っただろう」
「私は特に。でもまあ、相楽のことが心配でしょうが無かったくらい。」
「俺は、その、白石が居ないと不安だった。一緒にいると他はなんでも良かったし、白石と居るときだけ物事がうまくいってた気がする」
それって単に私のことが好きなだけじゃん、と思った。
「正常、正常。そういうことなんだよ。そして二人はまた一緒になることになったんだし。」
私は相楽の方を見る。
相楽は私に優しく微笑んだ。
この相楽と私がどんな運命だっていうんだ。
「まず、清澄階の者が下界で出生することはありえない。
それは、我々には死がないからだ。
死がない、というよりは、死という概念がない、ということかな。」
「私たちも死なないということですか」
「まず、清澄階の者は人でも動物でもない。
その姿を借りることはある。
だから、老いることは無いし、飢えて死ぬことも無いし、首を落とされて死ぬこともない。
転生することはあっても、構成する原子は変わらず存在するから、死はないんだ。」
「俺たちは、その清澄階の者、という存在になったのか?」
コヅキはなにか考えるように顎に手をあててから、答えた。
「白龍族が、下界とつながりが深いという話はしたね。
それは、白龍族が下界と清澄階の中間に位置する、わりと最近生まれた存在だからなんだ。」
コヅキが机の上にくるくると円を描きながら図を作って説明する。
「だから、君たちには死がある。
龍族は転生という言葉を使っているが、僕からすれば、それは死だ。
生まれたものは赤子の形を取り、一定期間成長する。
成人を超えた頃、成長は止まり、そして朽ちる。
新たに生まれるものは朽ちたものの記憶は無く、姿形も全く異なる。
これは、死だ。」
コヅキの眼光が強くなった。
「白龍は、そんな人間と似た死生観が人間の信仰に結びついた。
特に、君たちのいた日本には、黒姫という姫が、龍族に恋をし、子を成して共に朽ちたという話があるだろう。
あれは、龍族にとって重要な歴史だ。
龍族が、なぜ水を運ぶ一族とされているのか、なぜ寿命があるのか、なぜ、水は、常に電子構造が変化し、この清澄階に一定で存在できないのか。
これは、龍族を架け橋として、人間の信仰心を絶やすべきでないとする、だれかの意志だ。」
「私達は、龍族で、水と関わりが深い一族。
で、今、この世界には水がなくて困ってる、そういう話?」
コヅキが熱く語りだしたので、諌めるように本題に戻した。
コヅキは、ああ、と笑って話を戻した。
「この水盆の水は、さっき君が浸かっていた水なんだよ。」
「えっ。」
汚い、そういう私をコヅキが諫めた。
「それが全く汚くないんだ。
月代が浴びた水は白き水の高級品だ。
この世界で僕達がヒトの形を取るのに最も必要な物質さ。
今は、貯水した水を大切に使っている。
だから、さっき君が浸かった水も、全て僕の化身たちに貯めさせてある。」
「俺も、それ聞かされて驚いたさ。
皮がズルむけになって、日に日に肌が真っ白くなっていくんだ。
全てむけたと思ったら、今の肌色に落ち着いた。
顔の変化も収まった。」
「僕達も、下界に降臨して戻ってくる時は同じ症状が起こる。
でも、その症状も人それぞれで、僕の場合は発熱して怒り狂うみたい。」
コヅキが怒るって、どんなかんじだろう、と想像していると、コヅキが猫のポーズをとってきた。
「有名な話では、黄泉階へ行った伊邪那美は、皮膚がむけて腐ってただれ落ちていて、伊邪那岐が絶句して逃走した、という話があるね。
あれも、この現象の黄泉階版だ。
僕達が姿を取るときは、それぞれ、その階級に相応しい姿に変化するんだ。」
天の岩戸の逸話だ。
その先がどうなったのか、聞きたかったが、口をつぐむ。
「君たちも今、その変化の真っ最中だ。
キミの場合は、筋力も衰えてるから、力加減には気をつけてね。」
コヅキは額を指差しながらニヤニヤしている。
さっきから頭をぶつけるのは、そういう事だったのか。
水を、ぐいっと飲む。
風呂上がりの体に澄み渡るようだ。
「水。」
コヅキの眼球がまた鋭くなった。
「水が、君たちと関係が深いことは気づいていたかい。」
「俺と白石は川の上流にいく機会に知り合った。」
「うんうん、それに、水、好きだったはずだよ。逆に油ものはだめ。特に、動物の油は。」
私と相楽はまた顔を合わせた。
「白龍と水は切り離せない。だから求めるのは自然なことだ。それに、動物の油は清澄階には存在しないから、受け入れられないのも自然だ。どう、自分たちの運命に納得できそうかい。」
そんなことを言われてもまだ夢物語のようだ。
「水は、本当に恐ろしいものだ。
誰かが独占するなど、あってはならない。
これは、大きな問題になる。」
「無いと、困るものなのか?」
「さっきも言った通り、僕らは死にはしないが、姿を変えて現れる必要はある。
今みたいにね。
たまに下界に降臨するにも、他の者と交渉するのも、姿形が必要だ。
それが、できなくなる、ということは、この清澄階どころか黄泉階まで、秩序のない混沌状態になる。
その影響は、下界にまで及ぶだろう。」
鋭い眼光で、コヅキがこちらを見つめる。
「こんな機会が訪れるなんて思いもよらなかったよ。
でも、この機会を活かして、僕は自分の身の安全の確保を固められる。」
「どうりで尽くしてくれるとおもったよ。
やっぱりこの世界も、そういう駆け引きがあるんだな。」
「そうだよ。
僕らは七福神と言われているが、この清澄階での地位は殆ど無いに等しい。
僕だけは指折りの古き者として有名ではあるけれど、七福神という括りになるとめっぽう弱いんだ。
今回のこの「白き水事件」で僕達の地位の確立をしたいと考えている。」
「なるほどね、コヅキ、貴方をいい人だと思っちゃった。
ただのいい人じゃないんだね。」
「まあね。
清澄階のものは他人に興味がない。
それに必要なとき以外は接触を図らない。
しかし、この、水という重要な資源になれば、食いつかない者は無い。
僕達はそれに便乗して、他の者達に僕達のこの存在を印象づける。」
コヅキが立ち上がった。
ふわふわと、テントを出ていく。
どうやら外に出るらしい。
相楽が呼び止める。
「最後に一つ、確認したい。」
なに?と、コヅキがこちらを振り返る。
その顔は、楽しそうだった。
「さっきから、七福神、伊邪那美、伊邪那美やら、こっちの世界での神様の名前をお前は挙げているが、この世界は、清澄階は、神々の世界、と考えていいんだな。」
そうだよ?と、コヅキは当たり前だ、というように頷く。
「だって、さっきからアンタ、神様っぽくないし、~のモノって言い方して、自分達が神だなんて言わないから。」
訝しげに私が言うと、
コヅキは、一息おいて、銀色の髪をなびかせ、金色の目を光らせながら言った。
「だって、自分のことを神様っていう神様、かっこ悪いでしょ。」
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