第19話 照火と限界



「肖様のご様態は。」


「依然、何もお口に入れようとなさいません。」


「そろそろ白龍が必要か・・。」


「次期月代も清澄階にやっと転生したし、いよいよであろう。」




幾つかの部屋を介していても、ここまで話が聞こえてくる。

聞こうとせずとも、聞きたくない事までなんでも頭に直接響いてくる。

相手の思惑を読み取ることは造作無い。

神通力の強いモノならば未来だって見通せる。

わからないのは、突発的に行動するものや思考を抹消して過ごしているモノ。または、相当の間抜けか。


「なんでも、情報筋によると次の月代は物凄い美貌なんだとか。」


「きっと肌の色なんて無いに等しいのだわ。」


「后様みたいな方なのかしら」


「やあだまたガリガリなの?もっと膨よかなのじゃないと私達には張り合えないわ。」



后。白龍の姫。月代。だが、人間。

自分と同じ。同じであるが故に考えが読めない。自分と同じ、阿呆だからだ。

そのくせ人間らしい仕草を殆ど見せない人形のような女。


「み・・・光臣??」


「どうしました、お水ですか。」


寝台に横たわる美しい主。

黒龍でありながら色白な肌に汗ばんだ漆黒の髪が張り付いている。


「頭が、割れそうだ。」


「また痛み始めてしまいましたか。お薬を飲みますか?」


「あの、ドロドロしている物は嫌いだ・・。」


「お嫌いなのは承知の上なのです。しかし、お身体に一番効くのはこれしかないのですよ。」


先程取ったばかりの液体が入った乳白色の小瓶を摘んで布に含ませて、もう長い間起き上がることのできないでいる主の口元に近づける。

これは少しばかり生臭いが、意識の過集中による頭痛には一番効く。何故なら、これは我々とは正反対の物質だから。


「さあ、目を閉じて。大きく深呼吸をして────そう。」


口元の赤を拭って、またさらに部屋を暗くする。ガラガラと鳴り響く重たい扉を何重にも閉めて。

最後の扉を閉めたところで、側近が音も無く近づいてきた。


「光臣様、例の者からの物です。」


「ああ、ありがとう。そこに置いておいてください。」


書斎の書類に手を付けると、すぐ後ろに気配がした。


「次期月代と無間が現れた様だな。」


「おお、咲耶姫(さくやひめ)様。ようこそこの熱い所へ。」


気配を消して急に具現化した神は木花之佐久夜毘売(コノハナノサクヤビメ)であり、主に火を司り物事の平安を導く神だ。女神であるが現在は女性用の衣服を身に着けた細身の男性の姿で具現化しており、大きく笑う時などは女性の顔つきに戻る。


「主、白龍を喰ったとか。」


咲耶姫は口元を吊り上げて笑む。


「いやはや、なんでもお見としですね。」


「どうやら彼等はお前達からのあてつけと見て武装し始めたらしいぞ。」


「武装。それは心外ですね。きっと誰かの入れ知恵があったに違いありません。最近、白龍の都に頻繁に出入りする神がいるとは聞いていますが、困ったもので。」


「その神の一人から聞いたのだ。」


研究室として扱う部屋であり、椅子が書類や研究材料で埋もれているにも関わらず咲耶姫はどこからか椅子を探してきてどかっと腰掛ける。衣服から組まれた細い生足が覗く。


「ワシは何があってもお前を庇うつもりでいる。今の清澄階ではそれが正しいと直感しているからな。」


「とても光栄です。」


「しかし喰らうとまでは予想していなかったぞ。下界に影響のない白龍にしていたが神墜ちさせてしまってはあちらも宣戦布告と捉えても仕方があるまい。」


神墜ちとは、不老不死の神の実体としての死を意味する。ケ懸れが過ぎると清澄階では具現化することができない。


「心配には及びません。后への不要な言葉を残してしまったのは懸念されますが、それこそ他の要因からああしたケ物になってしまったのではないかと。」


「お前の言うアレか。」


咲耶姫は懐から豪華な扇を取り出して扇ぐ。男性の胸板が汗ばんでいる。


「白龍はアレの犠牲になってしまったのです。同じ龍族として捨て置けない。」


「主が白龍を救うとは思えんがな。」


「お見通しのようで。」


咲夜姫は立ち上がり、鏡を見て髪を結い直しながら言った。


「兎に角、あ奴らは近いうちに武装してこちらに来るぞ。主の策略の本質を見抜いている神は少ない。今回のことであまり我々を騒がせてくれるなよ。」


「分かりました。」


すると咲耶姫の姿は見えなくなった。



「白水事件、ですか。」


光臣は乳白色に小瓶を取り出して握り返す。


「白石さんに、相楽君。わざわざ后様までご足労いただけるのですから、宴の準備をしないといけないですね。」


男は不敵に微笑えんだ。




ーーーー


「光臣と肖?」


「ええ。どちらも私達と同じ元人間で、龍族よ。」


滝を見ながら、茶を飲んでいる。

后はボブヘアが気に入らないのか、とても短いツインテールを頭頂近くに作り、纏めきれない後れ毛が大胆に残り子供っぽい髪型になっている。

白石と相楽は自主鍛練をしていたが一葉に声をかけられ、こうして茶の席に同席している。


「照火が肖さんで、限界が光臣さんですか。」


「そうよ。どちらも男性よ。」


「恋人ばかりかと思ったら、兄弟か何かなのか?」


「いえ、あれは、恋人かしら。」


后のその言葉から暫く、お茶をすする音だけが響く。


「その、それはゲイ的な意味ですか。」


「ゲ??」


真面目な后は怪訝な顔で理解しようとしている。


「おまえ、后さんは俺らより前の時代を生きてるんだぞ、知るわけ無いだろ。」


「その、男性同士で愛し合っているのですか、その。」


「ええ。愛し合っていると思うわ、とても。」


白石はのけ反る。


「それなら、后さんなんて求める必要無いじゃないですか。」


白石は言いかけてハッとする。これは知らないことになっているんだっけ。


「ああ、保坂あたりから聞いたのね、うむ。まさにその話をしようと思ったのだけれど。時間が省けたわ。」


「どういう事だ?」


相楽が混乱している。


「私は黒龍に人身御供をしているの。

この首のアザはその時のものよ。

何をされているかって、私は意識をなくされているから、何をされているかはわからないの。」


后は茶碗を置いて、茶の水面をじっとみている。


「白石さんの言いたいことは分かるわ。私が、あんなことやこんな事をされているということでしょう。

もしかしたらされているかもしれないわ。でも、速魚からもそんな酷い話は無かったわ。」


白石は胸をなでおろす。


「そうね、愛し合っているのよ、あの二人は。私達とは違う愛情ね。親と子というか飼い主と愛犬というか、恋人というか。でも、悲しい愛だとは思うわ。」


「ああ良かった。正直、性欲魔神かなんかなのかと思っちゃいました。」


「性欲はあるわよ、元は人間だもの。」


「后さん、その二人、どんな人なんですか。やっぱり首に鱗が?」


「お、お茶菓子に焼き菓子をどうぞ。」


一葉が差し入れを運んできた。

焼き菓子は、米を粉にしてふかした生地に砂糖を溶かしたもので、一葉が下界仕様のお菓子として得意としているものだ。


「一葉、照火と限界について話してあげて。」


后は焼き菓子をほうばる。


「ああ、ええと?ですね。

肖様は中国の元人間です。眉が太く、逞しい色白の美青年です。光臣様は日本の方で切れ長の目の、長い髪を束ねた体格の大きい方です。」


相楽が私の方をチラチラと見てくる。美青年とか体格が良いというフレーズに私が興味を持つのか気になるのだろう。


「黒龍の都は日照りが強いので、皆肌の色が濃いです。肖様は病床についておられるので白いのかと。

黒龍と白龍の外見の違いはそれだけですね。」


「日焼けしてるかしてないか?」


「あ、ええ、はい。」


「付け加えると、体格が良い、ってことかしら。」


后が指先の砂糖を舐めている。


「女性は皆出るとこ出て、男性は皆筋骨隆々なのよ、なぜか。」


「面白い違いですね。」


「黒龍は熱いところでないと存在できないのか?火の神だから?」


「是非とも言い難いわ。

白龍と黒龍は元々は一つの龍族だったのよ。いえ、そうだったとされているの。肌の色も体付きも一緒。そもそも火と水、大地と風なんて守護のくくりも無かったの。それが何故か、区別されるようになり、都の場所が変わり、日に当たる暑いところにいることで外見に違いが出たとされているわ。」


「そんなに昔の話なんですか。そもそも、その区別が無ければ白き水と青き葉の交換の必要なんてなかったでしょうに。」


后が頷く。


「り、龍の治世は長くに渡ります。創始の神のみぞ知る、というところです、はい。。」


后より都が長い一葉も知らないようだ。


「これは前々から気になっていたんだが、龍族はどっちが力があるんだ?立場として平等なのは分かる。数とか、戦力とか、技術面では?」


「うむ。人間らしい発想ね。

そうね、戦力という意味では大きな意味で私達のほうが有利ね。数では圧倒的に不利よ。技術面、では向こうのほうが上手ね。白き水の代替品を見つけているのだから。」


「そんな劣勢で、私たちの戦力が有利である理由は?」


「水と風は炎を消し、大地を削るでしょ。」


「神通力で、主に水や風を操れる白龍のほうが強いってことでしょうか。」


后がはにかむ。

それを見て一葉が興奮気味に付け加える。得意分野なのだろう。


「こほん。白石殿、清澄階では物理攻撃の強さは重要ではありません。

我々神と呼ばれる存在は、人間達の信仰によって存在の有無が決まります。

信仰が強ければ神も強い。それは神通力だったり、目の前に現れれば言うことを聞いてしまうようなオーラのようなものに反映されます。

信仰のためにはその対象が無ければなりません。我々であれば川や海、雨など。雨をふらせてほしいと願う民や川が荒れないように祈る民。その存在こそが私達を神たらしめているのです。

火や大地も同じこと。しかし、太陽は雨と風と雲で隠れるし大地は水で消すこともできてしまう。やろうと思えば黒龍の信仰の対象を消すことができるのが、たまたま白龍である、ということなのです。」


「なるほど。でも火が強ければ水も蒸発するし、大地が無ければ作物も育たないですよね。持ちつ持たれつなのでは?」


「ええ。しかしそもそも原子レベルで水というのはイキモノにとって大切なモノなのです。」


「月に大地はあるけど、水と生物はいないでしょう。」


「ああ、科学とか凌駕してるような世界でこんな話されてもなあ!」


「でも、スッキリしました。何となくですけど、黒龍の立場が弱い気がしていたんです。その理由が掴めてきました。」


后は大きく頷き、辺りを見回すと目を閉じた。

后のツインテールがなびいたのと同時に、耳が痛くなって喉の渇きを感じた。保坂の時と同様、結界を張ったのだろう。


「これはあくまで私の考えだけれど、黒龍の目的は白き水ではないと思うの。」


一葉が聞いていいものなのか分からずオロオロしている。


「白き水を独占するために月代を生け捕る、というのが白水事件の目的でしたよね?」


「ええ。間違ってはいないわ。でも、おそらくその先があるわ。」


「その、黒龍というのは光臣様のことでしょうか。」


「ええ。アレはキレ者よ。アレの考える事だから、白き水を逆手に取って白龍を従わせ、清澄階の神々にも手を出すつもりでいる。其れが本心だと思うの。」


「弱い立場だった黒龍の下克上か。」


「光臣と肖の治世は長いわ。隠居せず神堕ちもなく続いてきたことだけあって、龍族の知識も多いわ。」


后が結界を解く。


「私の力は弱くなってきている。

速魚、無間がいなければ月代といえどこの程度のものなのよ。」


后が悲しそうに微笑む。


「私が力になれるうちに、この問題を解決しましょう。私は、この件に命をかけるつもりでいる。」


喉の奥がキュッとしまって、動悸が激しくなるのを感じる。


「鍛錬は辛いでしょうけれど、急いでいるの。カイシが手合わせしてくれるようになるまで、難しいことだけれど、頑張って頂戴ね。」


急げ、とは言わずにいてくれた后の優しさがことの重大さを更に自覚させる。



「私たちがあちらへ行ったとして、どうするんだろう。話し合いはダメだったのよね?」


后が去って、相楽と茶を飲む。

一葉がさりげなく腰かけている。


「まず、速魚を返せと言うんだろう?もとの龍族の関係に戻れるように。それから、白き水と青き葉の物々交換の復活を乞う、と。」


「し、しかしあちらは白き水の必要性はもう無い、代替品があるから、よって物々交換は成り立たなくなる。き、后様の白き水を作り出す力が要らない以上、我々が有利に話し合いを進めることは出来ないのかと」


「やっぱりそうだよねえ。そこで、后さんは他にも向こうの狙いがあるから、その真相を突き止めて話し合いに持ち込めないかってことだよね。」


「で、なにも分からなかったら実力行使に出るわけだ。恐ろしいことをしようとしてるな、俺たち。」




「・・・何も、私たちの代でこうならなくったって良いと思うんだけど」


いいかけて二人を見る。

相楽は黙っているいるし一葉も黙っている。


耐えきれなくなって外に出ることにした。



「鍛練に、戻ります。」





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清澄階物語 白水編 南 夕星 (みなみ ゆうせい) @Undomiel96

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