第18話 一葉
こんにちは、一葉です。
お二人のお世話まわりをさせていただいております。
これは、お二人の様子について少し、お話させていただくものです。
「白石殿、入りますぞ。」
部屋に入ると、白石殿は大抵眠っていらっしゃいます。
神々は睡眠を取る必要はないのですが、白石殿は人間時代の習慣を崩したくないそうな。
御簾を上げて、お部屋の中に光を入れると、白石殿は眩しそうにひともがき。白い寝間着からのぞく生白く細い手首。
寝台の周りには数々の花々が。
白石殿は好んでお花を飾られます。
お部屋の匂いもこだわりがあるようで、香木を探してこられてはお気に入りを見つけ、お部屋で焚き染められます。普段女性らしい趣味嗜好をお持ちでない白石殿の、ちいさなそれ。
「お水です。起きられますか。」
白き水をお渡しして、お起こしします。
その時の白石殿ときたら。
白龍の姫とはこういうものか、と思わせるような美しいお顔なのでございます。
眉をひそめてお水を飲まれて、少し上の空になるご様子はとても神秘的で、一様には後光が見えるのでございます。
后様もかなりお美しいですが、白石殿については何をお考えになっているかわからないこともあって、一様にはいっそう神秘的な存在に思えるのです。
白石殿と相楽殿は、彼女のお顔を「一般的」と言われますが、清澄階では違います。
お顔に主張がないながらも、神秘的さを感じさせるその雰囲気や目配せの仕方、喋り方。
耳と髪、鼻のバランス。
白石殿のそれは、清澄階の者なら皆羨むような、それはそれは美しい造形なのでございます。神々の世界で重要なのはそのオーラ。気力とも言いましょうか。その方がいるだけで空気も変わるようなそんな存在感を持つこと。これこそがその方を神格化させしめ力そのものなのです。
建御名方神様や恵殿もそのご様子に驚いていらっしゃいましたが、白石殿の周りは、相楽殿や毘沙門天様、コヅキ様方と云った、「分かっていない」方ばかりで、非常に心苦しい部分がございます。
白石殿を湯殿にお連れして、朝の沐浴をしていただきます。
お洋服は、白い湯間着を羽織って頂いて構わないのですが、后様と同様、人間時代の名残からか、何も身に着けないで入浴されます。
お着替えの時は時々お手伝いするのですが、
白石殿のお体といったらそれはもう。
細い手足は柔らかそうで、お肌は水を弾かれるほどのキメの細かさ。
白龍ならではの白肌は一層白くて、とてもとてもお美しいのです。
最近の白石殿の体調は、そこそこ、と言った感じでしょうか。
白き水の神聖度は徐々に上がっています。
神聖度は本人の心の状態に左右されます。
その点では、后様はいち早く、素晴らしい白き水を作り出されておりました。おそらく、おこころの統制のされ方が上手なのでしょう。
白石殿は、まだ、お時間が必要なようです。
朝の沐浴の後は朝餉。
相楽殿はもう殆どお口にモノを入れませんが、白石殿は朝食を取られます。お出しするお茶のことを考えながら、お着替えの終わるのを湯殿の外で待ちます。
沐浴を終えた、すこし襟足の濡れた白石殿。
龍の中でも女性が美の象徴である白龍の女性であれば、身なりというものを気にされますが、白石殿は無頓着なようで、背で紐を括らねばならないところもそのまんま。
ゆらゆらと歩かれる後ろをついて回って、私どもが身なりを整えます。
気だるそうな着こなしで、お化粧もなさらずにゆったりと歩く様は、猫のよう。
いずれ、他の龍や神々との交流も増えるので、その点については徐々に慣れていただかねばなりません。
食堂として使っている庭のアルコーブにさしかかると、白石殿の歩みが遅くなります。
何かに身構えるような。
「はよ。」
「おっす。」
相楽殿が先に着席されていたので、白石殿が緊張する様子が分かります。
相楽殿は、あさげをご一緒しようと待っておられたのでしょう。
相楽殿と会話をする時、白石殿は目を合わされません。
それを相楽殿は無理やり合わせようと、長い黒髪に風を受けながら視界に回り込みます。
言って見れば、愛猫の機嫌をとる飼い主のような。
しばらく相手にされないと、相楽殿は諦めたようにどかっと椅子に直られ、横目で白石殿の様子を伺われます。
おふたりの会話を聞きながら、朝餉の支度をします。
おふたりのもっぱらの話題は、「昔のこと」。
何があったかは聞いておりませんが、昔は仲が良かったお二人になにかあり、白石殿が離れていった。その弁解を相楽殿が試みるも、白石殿は聞く耳を持たない。
そんなかんじでしょうか。
「一葉。」
「あ、はっ、はい!」
「今日は、一昨日淹れてくれたお茶がいいの。」
「か、かしこまりました。」
どう見ても、相楽殿は白石殿を好いておられます。
目線の先はいつも白石殿。
白石殿が男性と会話をすれば期限を損ね、必ず割って入るほど。
美しく好奇心も強く、他のものにもお優しい相楽殿は人気があります。お近づきになろうと言い寄るものは後をたたず。
ですが白石殿相手になればいつも動きかけるのは相楽殿。
我々からすれば、月代と無間は相思相愛の関係ですから、おふたりがそうなられるのはとても喜ばしいことです。
しかしながら、白石殿からは相楽殿に対する好意が感じられないのです。
敵意すら感じるのです。
「どうぞ。」
「ありがとう。」
お茶をお渡しすると、作ったような笑顔をされる白石殿。相楽殿とお話しされている時はいつもこうなのです。
「白石、あのあともシンと頻繁に会ってるだろ。」
言いづらそうに、でも少し怒ったような様子の相楽殿。
「会ってるよ。」
「おれじゃ、その話を聞く相手にはなれないのか?」
相楽殿はいつも子犬のようなすがる表情をしておられる。
「相手にはなるけど、どっちにしろシンさんとは会います。」
淡々と返答して冷たく突き放す白石殿。
そんなに相楽殿の事がお嫌いなのでしょうか。運命的に、そんなことはあり得ないのに。
「・・・相楽。私達は決められた運命でも、心だけはそうは行かないよ。
無理やり色々されたら、疲れる。」
「それは、ごめん。でも、不安なんだよ。
俺にとってお前は、そういう相手なんだよ。」
「・・・ごめん。」
起き抜けのお体で、言い寄られる相楽殿をかわされる。
朝餉の後は各々自己鍛練をされます。
これも、おふたりでやればいいものの、白石殿が個別鍛練を希望なさったためです。
相楽殿は主に体術や文術。
白石殿は、文献に目を通されたり、精神統一をされています。
タイプが違うから、という事なのでしょうか。
白石殿はいつも思い詰めた表情をしていらして、動くことがあまりありません。
お部屋の空気入れ替えや夜の沐浴のお声がけに部屋へ入っても、ぴくりとも動かれません。ただじっと、遠くの方を見つめて考え事をしておられるのです。
考えすぎて、おかしくなってしまうのではないかと心配になります。
夕餉はタイミングが合えば一緒にとられます。
相楽殿は水分だけ。
白石殿は食事を取られますが、相楽殿と同席にならないように時間を調整されていて、最近では自室で取られることも。
そして一葉は見てしまったのです。
自室で夕餉を取る白石殿が泣いておられるのを。
その日から、一葉は白石殿がこの世界に留まることを望まれていないのだと思うようになりました。
数日経っても、カイシ殿からのお呼びはありません。
白石殿は、この状態に不満なようで、イライラしている様子がわかります。
一葉はお世話係。
白石殿が彼女らしくいられることが、私のお仕事。
「し、白石殿。
夕餉はいかがでしたか。あまりお口に合わなかったようで。」
寝台で、外の様子をじっと見られていた白石殿が、こちらを見て微笑まれました。
ああ、また無理に笑顔を作らせてしまった。
「ごめんね。美味しくなかったわけではないの。ただ・・・いろんな気持ちがぐるぐるしていて、食欲が無かったの。」
話すにつれて笑顔が無表情に変わっていく彼女。ふにゃっと微笑まれる様子が見たいのに。
「こほん」
咳払いをして白石殿の寝台に腰掛けると、少しニコッとされる白石殿。
「最近、いろいろとお悩みの様子が分かります。
その、一葉めに、ご相談していただけないでしょうか。一応、私めも、か、神の端くれです。なにか、参考になれるかもしれません。たぶん、」
白石殿は、私の方をじっと見て、無表情に戻られる。心を開いてくださるのでしょうか。
「ごめんね・・・。
白き水も中途半端。文も読めないし、三大龍には呆れられてる。
保坂さんなんて、私に話してくれればいいのに、全部后さんを通して話すんだよ。信用ないなあ、わたし。」
「保坂様と后様は、旧知の仲ですから。」
「カイシさんのお呼びがかからないのは私のせいだとおもうの。心が、頭が・・・。ぜんぜん集中できないの・・・。」
「か、カイシ殿はコヅキ殿と並んで気まぐれな方です。」
白石殿の言葉に続いて私めも言葉を紡ぎますが、彼女のお心に届いているか。
「ごめんね。ダメダメな月代だよね。
みんなに期待されてるのに。
なんで私がなっちゃったの。なんで・・・相楽が一緒なの。」
白石殿の目から、大粒の涙が。
「相楽殿が、その、お嫌いなのですか。」
「一葉。これは、全部私のせいなの。彼の人生を変にしちゃったのも、彼がああなっちゃったのも・・・。でも、私、彼を支えてあげられない。全部私のせいなのに、自分が・・・自分が大事なの・・・。」
「誰でも、自分が大切です。白石殿だけではありませんよ。」
そう言うと、白石殿は少し怒った表情でこちらを睨まれる。
「・・・一葉。一葉も白き水がそんなに大事?」
ここでハッとしました。
我々は、彼女を人間として扱うのを止めていました。
后様と同様に、なんでもすぐ飲み込まれこなしてしまう、そのうちなんとかなる、貴方は月代なのだから、と。そのために、上辺だけの慰めになってしまったのかもしれません。
「あの。お話のし方が下手で、申し訳ありません。」
「ううん、一葉。私こそごめんね。」
しばらくの沈黙。
白石殿は、きっと自分を攻めていらっしゃるのでしょう。
「白石殿。これは私めの話なのですが。」
白石殿は顔を上げる。
「私にも、新米、と言える時期がありました。もちろん、今もお仕事は満足にこなせていないのですが。」
様子をうかがいながら、話を続ける。
「当時の私がお使えしていたのは、自分の源流の白龍でした。
そこまで大きくはないです。一般河川、と言う程度。生まれたての私は何もわからないまま、周りの龍と同じことをこなそうとしました。しかし、私にはできない事が多くあったのです。」
「神だからって、みんな完璧ってわけじゃないんだ。」
「はい。しかし、一葉はそれを知りませんでした。なぜ、周りと同じことができないのかと。自分だけ、不幸なのではないかと。
ある日、失敗をしてしまって。
主に、弁解と謝罪をしにいったのです。すると、こう言われました。
『全ては陰と陽。お前が失敗したと思っているだけで、うまく行っていることも有るのだよ。ただ、失敗が悪いと思われているだけで。』」
「へえ。」
「その日から、一葉の心持ちは変わりました。
主が、自分の思っていたことを責めない方だったこと。話してみることもいいことだと。」
白石殿がじっとこちらをみつめていて、
話の聞き方や、雰囲気から、その目の奥に、なにか強いものがあるように感じました。
「私は、白龍という肩書に捉えられていたのです。自分の川のためにしっかりしなくては、と日々自分に言い聞かせて、ただ足掻いていた。
実際は、目の前のこと、自分が感じた問題を、一個ずつ解決していけたらそれでいいのです。」
「ほう。」
私の見たかった、白石殿のふにゃっとした笑顔。
「后殿も、私めも、少々長く生きております。考える、ということを重要だと思わなくなったのでしょうね。」
「ありがとう、一葉。
実は、他の方にも、考えすぎるな、と言われたの。」
白石殿が寝台から出て、外へ出ようとおっしゃるので、就寝のタイミングであることをお伝えしてから、ご一緒させていただきました。
「あのね、私、保坂さんに認められたいんだと思う。三大龍にも、后さんにも。
ただ、保坂さんはなぜか私にとって特別で、なんていうか、近い感じがして、保坂さんにも、私を特別扱いして欲しいのだと思う。だから、悲しいし、ままならなくてイライラするの。で、どうしたらいいか考えちゃうの。」
「なるほど。」
長い髪をサラサラとなびかせて、すこし清々しい表情で歩かれる白石殿。
「カイシさんは、私のこころを見透かしてて、私のモヤモヤが晴れるまで現れないのではないかとおもってしまうの。だから、早くモヤモヤをどうにかしなきゃって。」
「カイシ殿はそこまで・・・?」
彼女にそんな甲斐があっただろうかと思いを巡らせていると、白石殿が驚く。
「・・・一葉も、分からないんだ。」
「え?あ?はい。カイシ殿は思考を読むことができると聞いてはおりますが、と。」
「みんな、カイシさんが来ないことを不思議がっている?」
白石殿のお顔が近づく。
「もちろんです。一刻を争う事態ですから。」
「そっか。。」
白石殿は憑き物が落ちたかのように表情が明るくなり、私の手を握った。
「みんな、分からないんだね!
私、みんな神様だからカイシさんのこと分かってて、私たち元人間の愚かさを影でわらってるのかとおもっちゃった。」
「そんなことはありません!一葉は、一葉は・・・いつも、白石殿を心配し申し上げております・・いつも、あなたと同じ気持ちでおります・・。」
「一葉・・。」
「ですから、ご不満がありましたら申し付けてください。至らない側仕えですが、相談にのらせてください・・・お話を・・聞かせてください・・」
すると、白石殿は私を抱き締めてくださいました。小さい子供をあやすような。
「一葉、ありがとう。私と、同じ気持ちでいてくれたんだね。」
「・・・一葉は至りませんが、その分、あなたと一緒に精進していけます。どうか、私めを同類、いえ、下僕と思って、なんでも打ち明けてください。」
しばらく抱き締められたまま、お伝えしました。白石殿は何度か頷いたあと、ゆっくりと体をおこされました。
「一葉あまりどもらないでたくさん話せたね。」
「あ、いや、そ、そうでしたか。」
「優しいんだね。」
「わ、私めは誰にでも分け隔てなくしてしまうが故、、、」
「そなの?相楽と私では態度が違うように思えるけど。」
それは、なんとなく聞いているお二人の話の流れ的に白石殿の味方になってしまっていたのかもしれませんね 。
言いかけて白石殿の方を見ると、白石殿はニコニコとして心から楽しそうにしていらっしゃいました。
それを見て、私はホッとしたというか。
「白石殿に言っていただければ、貴方だけに優しくする事もできます。」
「あはは、じゃあ、本当にそうしてもらっちゃおうかな。寝る時横にいてとか相楽のアタックから守ってとか。あと、胡蝶に体吹かれると大変そうだからやってとか。」
「はあ。よろしいので?一葉は男の性ですので、下界ではそういう事柄は避けるべきとされていると思いましたが。」
「え!!」
「?」
「一葉、男の人だったの。」
「え?あ、はい。あの、お会いした際に申しませんでしたでしょうか。」
「聞いてないよ!!うわ、さっきの無しね。胡蝶でいいから!」
「あの、女性とお思いで?」
「うん、ごめんね。声低いのはわかってたけど、そういう女性の人、この世界では多いじゃん。仕草も、みんな大らかで分かんないし。」
ずっと女性と思われていたことなんて問題ではないはずなのに、どこか苛立ちのような悲しさを感じる。
「い、以後、どうぞ宜しく、、」
「わー!一葉ごめんね!」
その日を境に、白石殿は小さなことでも私に相談してくださるようになりました。
ただ、彼女の心な中に潜む何かの罪の意識のようなものについては話題に出ることはありません。
その部分を、少しでもお手伝い出来ればと思うこの頃なのです。
ただ、あの時の言葉があのような事態になってしまうとはこの時思いもよりませんでした。
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