第13話 文と力
その日は、とても良く眠れた。
神々に睡眠は必要ないが、頭の整理になるだろうし、まだ自分には睡眠が不可欠だと思う。
起きると、そばには蓮の花が活けてある。
ガラスでできた、なんの変哲もない花瓶だが、青く光るその花の存在感だけで部屋中が特別な雰囲気に包まれる。
花は、昨晩、とある湖で手に入れたものだ。
毘沙門天のシンから手渡されたこともあって、その花をみるとシンを思い出す。
昨晩は、こちらに来てから良かったと、初めて思える日だった。
シンとの距離も、縮まった気がした。
沐浴を終えて、着替えていると、胡蝶が元気よく話しかけてきた。
なにやら嬉しそうな様子で。
「白石様!最近良いことがありましたね!」
「うん、まあ・・・。」
保坂を見直したこと、シンと話せたことだろう。
「いいですよ、いいですよ!
白き水の神聖さが増してきてます!
もう少しで、后様と同じくらいになります。」
「そっそうなの?そんなに露骨に変わるものなの?」
「はい。精神が健常だと、いい気が増します。我々にとって気が澄んでいることはなによりも重要です。」
「・・・最近、怖い思いばっかりだったから・・・。」
「・・・お疲れかとは思いますが、日々、良い気を保つことを心がけてください。」
そうか、自分の心の状態が良いことは、
そういう所にも影響してくるのか。
これは、常に気をつけなければ。
朝餉をとるために、食堂へ向かう。
そこにはすでに相楽がいて、なにやら拳法の練習をしていた。
「おはよー。」
「よっす。」
椅子について、相楽を眺める。
首の鱗も艶々していて、髪も鱗と同じ色になった。顔色も良いし、体も馴染んだようだし、衣服や食べ物も、自分で工夫するようになったようだ。もう完全にこちらに馴染んだようだ。
私の倍の速さで時間が流れているのだろうか。
「・・・だいぶ、それっぽくなってきたね。」
「だろ?」
「いつ練習してるの?」
「ずっと」
「ずっと?寝ないでってこと?」
「そ!」
相楽が寝ないで努力している・・・。
しかしそれは私には無理だ。
相楽がひとあせかいて、席についた。
胸元をはだけさせて、扇いでいる。
うっすらと、華奢な筋肉が見えた。
「后さんには、まだ遠く及ばないよ・・。」
「なにが?」
「私の力。」
「ったりめーだろ。
だってあの人の近く行くと寒気するもん。それくらいオーラなきゃな。」
たしかに、后の近くは寒気のようなものを感じる。
「超えてきてる壁の数が近いすぎるよ・・・」
昨日の保坂の話を思い出してつぶやいた。
「ん?何が?」
「・・・昨日、保坂さんからいろいろ聞いたんだ。后さん、すごい人だなって・・・」
なんとなく相楽に話しにくくて、内容を濁す。
「ああ、保坂に会ったんだっけ。
俺、気になってチラッと覗いた。」
「えっ!?」
あの光景を見られたのだろうか。
あの高潔な保坂に頭を下げられるところを。
「宴会やったところだろ?
結界張ってたから話は分からなかったけど。」
「見に来てたんなら一緒に話し聞いてよ。
・・・・保坂さん苦手。」
「ふーん。
保坂は真剣そうだったけどな。
お前を見るときだけ目が違うっていうか。」
「そう?」
「ああ。
お前が関わると、首突っ込んでくるっていうか、気にしてるっていうか。」
私があまりにも馬鹿だから、気にしてくれているのだろうか。
あまり、構われたくないのだが。
「選り好みするってのは、良くないよな。」
相楽が不思議なことを言う。
遠くの方を見ながら、りんごをかじっている。
「保坂さんが?そんなに人によって違う?」
「違うさ。」
具体的には教えてくれないようだ。
私の知らないところで、彼とやりとりをしているのだろうか。
それにしても・・・。
少し落ち着いて、こうやってまじまじと相楽を見ると、息をついてしまうくらい、綺麗だ。
仕草は男性的だが、
少しほねばった細くて長い指。
光沢のある鱗の付いた長い首。
横から見てもツンと上を向く鼻。
長いまつげ。
全体的に、少し冷たい、近寄りがたいような雰囲気を出すようにもなった。
無間は代々女性的な容姿をもつと言われているが、相楽も見事に変化した。
「相楽、ほんと、美人だよ・・・」
ため息をつくと、相楽が覗き込んでくる。
「・・・なによ。」
私の顔を覗き込むように、
上目遣いで見つめてくる。
「・・・。」
すると、しばらく見つめたあと、息をついて、体を戻した。
何が言いたいの。
そんな思わせぶりな態度、いつからするようになったの。
「お前、自分のこと、もう少し気にした方がいいぜ。」
「うんー。もともと自分好きじゃなかったし、今、気にしてる余裕無い・・・」
周りでいろんなことが起こりすぎて、鏡を見る気にもならない。
化粧は愚か、髪も、沐浴のたびに梳いているくらいで、あとは適当に結ったままだ。
衣服も、拘ろうと思えば后のようにニーハイなども誂えることができるが、全く気が向かない。
最初に支給された、白と淡い桃の帯の浴衣を、上着を変えて着ている。
清澄階の女性の神々は、皆個性があって、そこそこにおしゃれをしている。
周りにきれいな人たちが多いのは分かっていても、努力する気が起きない。
「・・・相楽、わたしも恵ちゃんみたいに綺麗にすればいいって思う?」
ちょっといじわるな質問をしてみる。
相楽が、恵とよく会っているのを知っているからだ。
「思う。」
即答された。
すこし、ツキーンと胸に痛みを感じる。
恵と比較されるの西澤ちゃんと比較されているような昔の感覚になって、それが尾を引いているのだ。
が、傷つくと分かっていても、あえて、相楽からその言葉を聞きたくなってしまう。
「だよねー・・・。」
机に突っ伏して項垂れると、一葉が入ってきた。
「し、白石殿!?」
「ああ、白石はショック受けてるだけだから。」
「白石殿、だ、大丈夫ですか?
今日は休まれますか?」
「ううん、大丈夫。ありがとう、一葉。」
一葉はホッとした様子で食器を片付け始める。
私もテーブルを拭いたりする。
「・・・・お前、変わったよな。
本当にだいぶわかり易くなった。」
「なにが?」
「考えてること。」
相楽はじっとこっちを見てくる。
相楽こそ変わったよ。今はもう全く他人。たまに昔の相楽が垣間見えて、懐かしささえ覚えるもん。
「相楽は、分からなくなった。」
「は?」
その、は?の切り返しは昔と変わらない。
人をバカにしてるような。
ちょっと笑ってしまった。
「・・・昔の相楽ってっさ、こう、いつも怒ってて。
でも、その理由って、私がバスケ男と話したりしてたからでしょ?
要するに、ヤキモチ。」
相楽はまだこちらをみてくる。
机に肘をついて、面白くなさそうに。
昔の相楽はそんな堂々としてなかったよ。
外見が変わったから??
「そりゃ妬くだろ。
あの頃の俺にはお前しか頭になかったんだから。」
「・・・随分素直じゃん。」
「お前もな。
昔は何考えてるか分からなった。」
「ああ、確かにあれから十数年も経ってれば、ちょっとくらい変わるよ。」
「お互いにな。」
二人とも黙り込む。
やっといろいろと話せそうな雰囲気だ。
でも、お互い様聞きたいことがありすぎて。
それに、今は想い出話をしている場合ではないのもお互い分かっている。
「白石殿、無間殿、お支度ができましたら、小室へ。」
小室というのは、主に会議を行う部屋だ。
ここでの話は、外部に漏れないよう結界が張ってある。
ただし、外からの出入りは自由なので、物質化していない者も入室できる。
部屋は、水のカーテンで仕切られている。
屋根はなく、木々の枝と星空が輝く。
常に水流音と、木々がそよぐ音が聞こえる部屋だ。
腰掛けて待っていると、ぞろぞろと見知った顔が現れた。
七福神と、三大龍だ。
ハイヒールの音が聞こえてくると、后が入室してきた。
相変わらずのミニスカートだが、なんだがどぎつい色をした衣服を身につけている。
后の趣味だとしたら、興味深い。
「皆様お集まりのようで。」
后が声を発する。
「皆さんは、今回の白水事件に関わっていただいている方々です。
まず、例の件については三大龍の皆さまには感謝します。」
下界へ降りた代償に、私たちは髪を切った。
后はポニーテールができるほどのロングヘアだったが、
今は肩までのボブになっている。
頭をさげる后の髪が、さらりとながれる。
「知っての通り、今回の件は九十九神ではなく、黒龍族によるものでした。
我々の同胞が一名犠牲になり、遺憾に感じています。
本来であれば、龍族同士は話合いで物事を納めます。
しかし、黒龍族としては、もうそのような方法では解決しないということなのでしょう。」
皆が、下を向いている。
「私が赴いて黒龍の所有物となって物事が納まれば良いのですが、それでは無間を失ったのが無意味に帰します。
私たちに必要なのは、今までの譲歩しあっていた協力関係に戻すことです。
そこで、次期月代と無間にも同行を願い、黒龍の都へ直談判しに行く、というのが
私たちに残された方法です。」
后のはさらりと言い放つが、これは複雑な内容を孕んでいる。
無間を失ったことが無駄になる、という言い方。
そもそも、月代は代々、どんな形であれ、黒龍族との架け橋となることで白龍族への青き葉の提供を可能としていた。
黒龍族の無茶な要望であったとはいえ、その流れを断ち切ったのは、速魚だ。
この行いは、白龍族の一部にとっては叛逆で、后を愛するがために勝手に約束を断ち切った速魚のエゴであり、悪いのは速魚である、と言う者もいる。
月代が生贄となって、黒龍族へ嫁げば、白龍族全体が存在できるのだから、妥当であろう、という考えだ。
神々は自己の利益しか考えない。
よって、そのような取られ方で、白龍族内で分裂が起きている。
しかし実際、月代は白き水の生産者であり、月代の力が無ければ、白龍族や他の神々の物質化、もちろん黒龍族への提供も無くなるのだ。
加えて、后のように、黒龍族から虐待的扱いを受けるのは対等な存在としての力の拮抗状態にも影響する。
長い目で見て、龍族と清澄階の安寧を目指しているのが、今集まっている者たちだ。
后の言い方からすれば、一部の者達の思想を廃して進めようとする意思が読み取れる。
白龍族の長として。
そして、次期月代と無間を同行させる、という言い方。
后には絶頂期程の力は既にない。
よって、黒龍族の元へ行っても、帰ってこれる保証がないのを分かっている。
私にはまだ力はないが、要求された時、差し出す者として不足はない。
しかし、后は自分達と同じことを繰り返させない為に、相楽と三大龍、そして龍族以外の神々を同行させ、私が要求された場合は要求を断るつもりなのだ。力づくでも。
神が他の神に助力することは無いが、
コヅキ達七福神は名を上げようとしているし、三大龍としても白き水の生産者が奪われることを恐れている。
そんな全員の利害が一致して、
危険な橋だが渡ろう、という意味なのである。
「しかし、三大龍や毘沙門天がついていようと、本人達にもある程度の覚悟と力が無ければ、この作戦は成り立ちません。
皆さんには、2人の教育係となっていただき、2人には精進してもらう必要があります。
お願い、していいかしら。
というか、お願いします。」
皆が頷く。
私達も頷く。
こうして、精進の日々が始まった。
闘技室と呼ばれる場所へ招集され、私と相楽は着替えてから、向かった。
服装は、動きやすいものだったが、布が多く、それを紐で体に固定しているだけのものなので叩かれれば痛いし、刺されれば血が出る。
下界へ行った時、保坂達三大龍も同じようなものを纏っていたのでこれが白龍族では一般的なものなのだろうか。
なんとなく手持ち無沙汰にしていると、相楽が何か話がしたいようで、こちらを気にしている。
そんな時間が耐えられなくて、その辺をさ迷う。
すると、后とシン、保坂、布袋の契此(かいし)が入室してきた。
「さて、ふむ。
今日から戦闘訓練を始めるわ。
体術や武術はシン、文は保坂、その他全般はカイシが教授するわ。
困ったら、カイシに聞くといいでしょう。」
カイシは、七福神の一人で布袋のカイシで長身細身の白髪単髪の女性だ。
后に紹介されて、軽く会釈をした。
戦闘系は、毘沙門天であるシンが司るのかと考えていたが、予想外にカイシが登場してきた。
「カイシは武術、体術、文術を総合して扱える貴重な存在よ。
ただ、彼女は戦闘は極力避ける精神なので、あまり知られていないの。」
カイシは再び会釈する。
「極めろとは言わないわ。
私でも時間がかかったし、今は時間が無いわ。基本を習って、カイシから応用を学びなさい。」
「分かりました。」
「では、今日はシンから。
シン、よろしくね。」
シンが会釈した。
挨拶を終えると、3名は退室した。
シンと、私と相楽だけが残された。
「では、始めよう。」
シンが、持っていた棍の先をを床を叩いた。
すると、今まで広間のようになっていた闘技場の壁がなくなり、一瞬でただの白い世界になった。
足の感触から、床はモルタルのようだ。
無機質で殺風景だが、空だけは清澄階の星空だ。
空気も変わって、室外に出たような新鮮な風が身体に当たる。
しかし、感動している暇もなく、シンがひとっ飛びでこちらに飛んできたかと思えば、棍でこちらを突いてきた。
私はとっさに横に交わすが、交わした先には既にシンの棍が待っていた。
相楽の方にはシンの足蹴りが。
相楽は避けず、腕でガードしたようだが、もう片方の足蹴りを耐えきれず、ふっ飛ばされた。
シンは二人を1人で相手するつもりのようで、表情も変えず棍をかまえ、悶ている私達を一瞥した。
「加減はしない。
俺のは荒行だ。
時間が無いからな。」
そう言うと、立て、とジェスチャーをする。
私は棍を思いっきり脛に当てられ、痛みに耐えながら起き上がる。
相楽はスイッチが入ったようで、ステップを踏んでいる。
「いいか。」
シンが問う。
私達は、各々突き飛ばされた場所で頷く。
すると、シンは棍を相楽に投げる。
投げたかと思うと、私の方にはヌンチャクが飛んできていた。
回転するヌンチャクの軌跡を予想して、当たらない位置に避けるが、シンの待ち構えていた体に当たり、そのまま首を絞められる。
相楽は棍を避けるどころかそれをつかみ、こちらに向かって来ていた。
シンの首締めは手加減がなく、苦しくて涎があふれる。
「白石、どうする。」
シンの言葉が遠くから聞こえる。
相楽がシンめがけて棍を振り下ろすと、シンは片手で受け止め、相楽に蹴りを入れる。
私はシンを支えているもう一方の足を足ですくい上げ、拘束から脱出しようとしたがシンはびくともしない。
相楽は蹴りを入れられてもなお、持っている棍を短く持ち、突きの攻撃を繰り出しながら、鍛錬していた体術でシンに攻撃する。
「白石、抵抗しないのか、死ぬぞ。」
シンさん、この間はあんなに優しく感じたのに、今は別人だ。
このままでは、殺される。
そう思えるほど、シンの締付けは本気だった。私は跳ねて体をひねり、そのままシンを床に崩した。瞬間、腕が緩まり、とっさに抜け出す。そして、息を整えるため距離をとる。
相楽も距離を取っていた。
まだ始まったばかりなのに、私は立ちくらみがしているし、相楽はアザだらけだ。
「体制を崩すのは、いい考えだな。」
シンが起き上がりながら言う。
「だが。」
言い終わらないうちに、シンは相楽の元へ跳んでおり、床で締固めをしていた。
「体を崩すだけではだめだ。
何か一撃でも反撃しなければ意味がない。」
バキッと嫌な音がした。
相楽が叫んでいる。
おそらく、腕を折られたのだろう。
「相楽!
シンさん、そこまでやる必要があるんですか!」
「いや。」
シンはこちらを鋭い眼光で睨んだかと思うと、こちらに手をかざす。
身構えると、頭痛がした。
目の奥が重く、耳も痛い。
すると、吐き気を催もよおし、そのまま床に倒れるしかなかった。
全身の力が入らない。
動く気力もない。
叫ぶことすら叶わない。
遠くで相楽の声が聞こえる。
腕を折られてもなお、反撃しているのか。
すると、相楽が私の方へ飛んできた。
私と相楽は、一緒に吹っ飛ぶ。
頭痛が収まり、霞む目で様子を伺う。
すると、ボロボロになった相楽がいた。
「相楽!
目が、開いてない!」
血の涙を流す相楽の目は、潰されていた。
耳からも血筋が見える。
ハッとして自分の耳を触ると、耳から出血していた。
呆然としていると、シンがやってきた。
「そこまでするのか、と言ったな。」
私は怯えて、シンの方を見る。
シンの表情は、相変わらず無表情だ。
シンがこちらに手を伸ばしてきたので、また何かされるのではないかとビクッと反応した。
すると、シンは、私の耳から出る血をすくった。
「月代の弱点は脳だ。
三半規管や前頭葉で神通力を操るからだ。」
そして、相楽の目の血をすくう。
「無間は耳と目。
状況を把握さえさせなければ、何もできなくなる。
物理的に壊してしまえば、無間の力といえども、脅威ではない。」
気づくと、先程できたアザや、耳の出血、痛みが無くなっていた。
相楽の腕も、回復しており、目も治っている。
「全て潰す必要はない。
俺たちは基本的に死なないからな。
だから、動きを無くさせるんだ。
動かしている器官を潰せば、死んだも同じ。」
「くっそ、じゃああれか、神様たちは俺達の弱点ばかり狙ってくるってことか。」
シンは、目を伏せる。
肯定、ということだろう。
「回復はするけど、一回でも一時的に動きを止められちゃうんじゃあ、意味ないってことですね。」
「実際、后は黒龍族の所にいる時間、神通力が使えないよう、アタマに拘束具を付けられる。」
「拘束具。」
「前頭葉と三半規管に電流を流し続ける物だ。」
「そんな、非人道的過ぎます、拷問じゃないですか。」
「人では無いからな。
痛みはあるが、死なない。」
ゾッとした。死ねないから、痛み続けろということか。
后はそんな仕打ちを受けているのか。
「じゃあ、速魚さんは。」
「速魚はおそらく、目と耳を貫く道具を使われているだろう。
自分に何が起こっているのか、どうすれば助かるのか理解する間もなく、痛み続けているだろう。」
「再生する分それを潰され続けるってことですか。」
清澄階、ここは神々が住まう世界だが、地獄かもしれない。
少なくとも、人間の感覚を持った者たちには。
「どうする、続けるか。」
「やるぜ、な、白石。」
相楽の眼光が強い。
私の方へ差し出された手は、昔、二人だけの秘密を発見しに行くときと同じ手だ。
「やってみる。」
それから、何度も骨を折られ、血を流した。
それでも、必ず死守しなければいけない部分がわかってからは、攻め方も変わった。
頭で考えず、自分たちの神通力とやらに身を任せたほうがいいこと、体術は最低限で、神通力によって先を読み、勘を使って急所のみを攻撃する。
誰かががやめろと言うまで、私達の集中力は続いた。
「やめ。」
后の声が響いた。
ぴたりと、私と相楽の動きが止まる。
「シン、時間よ。」
すると、シンは棍を床に付いた。
部屋はもとの部屋に戻り、体が、重くなるのを感じた。
ガクッと床に足をつく。
「お疲れ様。
シン、どう?」
「話にならんな。」
あんなに頑張ったのに、と思うとシンが憎らしく感じた。
きっと相楽も同じだろう。
「でしょうね。
でも、相当やったみたいね。」
后が薄ら笑みをうかべてこちらを見る。
「ふたりとも、一度沐浴をしなさい。
とんでもない顔をしているわ。」
沐浴の場には、誰もいなかった。
いつも手伝ってくれる胡蝶も、一葉もいない。
血で重くなった衣服を脱ぐと、湯に浸かる。
傷は治っているが、水がピリピリとしみるような気がした。
ふと、湯に写った自分を見て驚いた。
目は釣り上がり、頬がこけ、血に飢えた獣のような顔をしていた。
怖くなって湯に潜って顔をふる。
こんな顔、はげろ、というように。
ゆっくりつかって湯から上がると、衣服が変えられて置いてあった。
外に出ると、相楽がいた。
「わたし、すごい顔になってた。」
先程いたのが清澄階かもわからなくなるくらい、今、目に見えている世界は美しい。
緑と、星空。
ガラスと鉄、布、花々で彩られた、無駄のない世界。
相楽の前に腰掛けると、相楽がクックと笑っていた。
「俺さ、嬉しいんだ。」
「なにが。」
「見たよ、俺も自分の顔。
化物みたいでさ。
きっと、あれだぜ、憎しみを感じていると顔が醜くなるってやつだ。
それに、みたか、俺達の力。
ムカついてくると力が増す。
なんかの漫画みたいでさ、おもしれえよ。」
異常な事態なのにそれを喜んでいる相楽。
昔から、そういう漫画好きだったもんね、なりきってたもんね、まさにそれだよね、今の私達。
そう考えると、私も笑えてきた。
とんでもない世界だけど、どこかでこんな世界があるのでは、とおもっていたような世界だ。
予想できないようで、できる。
「たしかに。」
笑いながら、相楽を見ると、相楽も笑っていた。
ああそうだ、私達の関係はこうだった。
普通とは違う何かが好きだった。
それを二人で共有していることが好きだった。
これは、私達が望んだ世界だったのかもしれない。
「お二人方、ご気分はいかがでしょうか。」
振り向くと一葉がいた。
「気分?いいよ。」
相楽がこちらを横目で見る。
わたしもそれに答えて微笑む。
「沐浴のお手伝いを出来ず、すみません。」
「全然問題ないんだけど、忙しかった?」
「気がケ懸れていると、私達は近づけないのです。」
「気がケ懸れる?」
「ええ、憎しみや怒りなどの負の感情から気が乱れることをそう言うのです。」
言いにくいのか、一葉の目が泳ぐ。
「闘われている方々は、たいていそうなります。
気が立っているというか。
我々は水を守護するもの。
常に清く清々しい気を保たねばなりませんので、気が立っている方には近づけないのです。」
「私がケ懸れると、やっぱり白き水にも影響が?」
「はい。
ケ懸れを落としていただかないと、水は白き水にはなりません。
それに、お力も弱くなります。」
「力が?」
「ケ懸れをうまくコントロールしていかなければなりません。
ケ懸れがたまるほど、神通力は弱まります。」
あくまで定説ですが、と一葉が自信なさげに話す。
「落とすには、白き水に浸かればいいの?」
「程度にもよりますが、一般的にはそうです。
わたくしめは、それで落ちないほどになった例を知らないので。」
一葉は、お茶の急須を置くと、去っていく。
それにしても、精神を一定に保ち続けなければ、こんな部分にまで影響が出るのか。
神通力。
シンが闘技場の訓練で使った、私の頭の機能を鈍らせた力。
触れずとも、耳や目を潰すようなこともできる力。
「白石お前、神通力使えるか。」
相楽が興味ありげに聞いてくる。
私は、目を閉じ、意識を集中する。
一葉や胡蝶、静蘭たち思い浮かべる。
「一葉は青き葉の収穫、静蘭と胡蝶は部屋で片付けをしているみたい。」
「へえ、ちょっとは使えるんだな。」
相楽が少し悔しそうにしている。
私は、下界にいた時から予知夢や胸騒ぎで危険を予知することができた。
こちらに来てからは、誰がどこで何をしているか、少し後に誰が来るのか、
意識すれば、感じることができるようになっていた。
これが、神通力なのだろう。
「本当に、ちょっとだけどね。
まだ、意思疎通とかできるわけじゃないし、正確さにも欠けるけど。」
「どうやるんだ?」
相楽が隣に腰掛けて来た。
距離が近くて緊張する。
「どおって、集中して、ああしたい、こうしたいって思えばいいんだよ。」
相楽は目を閉じて、目の前のガラス花瓶を壊そうとする。
私も、力が届きやすいよう、手のひらを花瓶にむけて念じる。
相楽は諦めたようで、こちらの方を見ている。
相楽に見せたい。
相楽は体術の訓練を寝る間も惜しんでやっている。
私も、成長したところを見せたい。
そんなことを考え始めると、ふと保坂の顔が思い浮かんだ。
こちらを険しい顔で見て、冷たい言葉を発する保坂。
胃の奥がキュウ閉まるのを感じた、と同時に胃が痛くなる。
すると、パン、と花瓶が割れた。
「白石、お前。」
相楽は心底驚いているようだ。
「辛いこと考えたら、できた。」
花瓶を割ることができたのは嬉しいが、保坂のことを思い出すと鬱々した。
そういえば、この後は保坂と文の訓練か。
そう考えると、さらに胃が痛い。
「休まったかしら。」
后が入室して来た。
先程とは服装と髪型が変わっている。
隣にはシンもいた。
二人は腰掛け、一葉からお茶を入れてもらっている。
私と相楽は居直す。
「訓練の成績を言い渡します。」
「初めてということもあったが、二人とも身体能力がかなり低い。
相楽は負の感情に飲まれやすい。
白石は戦う意思が感じ取れなかった。
落第だな。」
シンから、聞き苦しい言葉が出て来る。
私は下を向いた。
「私たちも初めは話にならなかったわ。
でも、やっぱり才能があったのかしら、3回目くらいには
シンと互角になったわ。」
后が無表情で言う。
お茶が熱いようで、息をグラスに吹きかけている。
短いツインテールと赤く塗られた爪が目にはいる。
「相楽は体が動くようだが、白石は、別の方法を考えろ。おそらく、体術は向いていない。」
「と言うことだから、二人とも精進してね。」
時間は限られている。
しかし、具体的な解決方法ややり方も教えてもらえない。
ただ、自分たちで考えて、どうにかなるしかない。
手探りすぎて、先が見えない。
「さて、体のことと、負の感情についてだけど。」
后がグラスを置いて、居直る。
「二人とも、正直、どう感じた?
シンと戦って、骨を折られてみて。」
「痛いっすね。
でも、知らない間に治っている。
正直、怖いっす。」
「私は、シンさんにいろんな指摘をいただいて、どんどんムキになっていました。とにかく何かしなくちゃって。」
「うん、ふむ。
そうよね。」
后が、上着をはだけさせ、自分の首筋を露わにした。
そこには、幾つものアザや、切られたような痕がかさぶたになっていた。
「これは、私たちの治癒力を持ってしても治らない傷よ。」
下に行く時の后の着替えの時に見かけた傷だ。
「近くで見てみて。」
私と相楽は顔を見合わせた後、恐る恐る后の首筋を覗き込む。
首筋の傷は、近くでみると火傷のようになっており、
皮膚の下の真皮の部分が赤くなっていた。
しばらくみていると、その部分は、赤くなったり赤さが薄くなったりしていることに気づいた。
「傷の状態が変化し続けている?」
「そう。
これはね、黒龍の手によってつけられた傷なのよ。
黒龍の、彦(おうじ)、照火にね。」
「照火によってつけられた傷は治らない?」
「いいえ、そんなことはないわ。
特定の誰かにしかつけられない傷なんて存在しない。
これは、照火の、黒龍族の、負の感情によるものなの。負の感情は呪いのような、毒のような力をはらむ事があるの。これは、その毒と私の治癒力が拮抗しつづけている状態なの。」
「負の感情を持っていると、神の力は弱まるんだろ。」
「ええ。
なんらかの理由によって、照火は負の感情を制御できなくなっている。
神の力は弱まり、黒龍族全体に影響を及ぼしている。
そして、今回の事件にもつながっている。」
「今までは白き水の供給と、月代の訪問で済んでいたのに、それで済まなくなるほど困っているから、月代を人質に取るようになったのか。」
后は頷く。
「照火は、負の感情が制御できなくなって力が弱まっているんですか。」
そう言うことなら合点がいった。
しかし、なぜそんなにも負の感情が。
「怒りや憎しみが負の感情につながることはわかったでしょ。そして、こういう傷をつけてしまうようになるほどになるともう、神ではないわ。ただの、ケ懸れ。」
后が衣服を直す。
「というわけで、負の感情がどういったことになるか、治らない傷をどうやってつけるか、理解できたかしら。」
后が鋭い眼光でこちらを見つめる。
私と相楽は頷く。
「よろしい。
では、保坂を呼びましょう。文の練習を。」
后とシンが去って行く。
「相楽、私、保坂さん苦手なの。
冷たく言われたら、助けて欲しいんだけど。」
「ああん?あいつを苦手じゃないやつなんていんのかよ。いいじゃん、イケメンなんだから。」
「またそういうこと言って。言っとくけど、私保坂さんタイプじゃないから。」
相楽はその言葉を待ってましたとばかりに
笑顔になる。
わかりやすいやつだ。
「お前、文は読めるのか。」
「まったく理解できない。無理。できる気がしない。」
「白石は戦う気力がない。」
相楽が、先ほどシンから言われたことをイジる。
「ちょっと、やめてよね。
だって本当にやる気ないもん。
体動かないし、筋肉もないし。」
「俺の知っている白石は、なんでもできたんだがなあ。」
「小さい時の話でしょ。
私だって手を抜くときくらいあるわよ。続かないもん。」
そんな話をしていると、一葉が入ってきた。
「お二人方、では、闘技場へ。」
これから保坂と会うと思うと、胃が痛かった。
闘技場で待っていると、保坂が姿を現した。
いつもの白い衣服で。
私とは、目も合わせない。
先日、あんなに会話して、頭まで下げられたのに。
まるでその時とは別人のようだ。
「最初に、適性から見ます。
相楽くん、君は多少なりとも文が使えるようだけど、どんな方法でやっている?」
「えーと、書物を読んで、文を覚えて、
思い描きながら文を唱えてますけど。」
「やって見て。」
相楽が、人差し指を口元に当て、何か唱えた。
すると、青い円状の光が、相楽の前に現れた。
「白石さん、話はきいていたね。
自分にもできると強く思って、同じことをやって見て。」
私は相楽の見よう見真似で、なんとなくだが同じことをやる。
だが、何も起きない。
「うん。白石さん、これは、防御の文です。
文は、防御、攻撃、変化、の三種類がある。
神通力は物を召喚したり、傷を治したりできない。物体を動かすことはできても、無いものを召喚したりはできないのです。文でないと、飛んでくる物から身を守ったりできない。
白石さんは、どうしますか。」
「話が見えないんですけど、私には、文は使えないってことですか。」
「いえ、白石さんなら、どうやって身を守るんですかと聞いているんです。」
そんなこと言われても。
先ほどはシンからの攻撃ですら避けれなかったのに、ましてや呪文で防御するなんて。
保坂が、手を振り上げた。
殴られると思ってとっさに身構える。
が、何もされないので恐る恐る顔をあげると、手を振り下ろそうとして止まっている保坂がいた。
「保坂さん!」
叫ぶと、保坂は解放され、肩を回している。
「なるほど。
白石さんは、直接型ですね。」
「直接型。」
「文の原理は主に二つ。
口から出る周波で空気を震わし、物理的動作につなげるのを間接型。神通力で周波を作り出すのが、直接型です。」
「白石は、文を覚えなくていいのか。」
「そういうことになりますね。」
「なんで相楽は間接型しかできないんですか。」
「神通力の強さに関係しています。神通力で物質を構成する原子レベルものを変化させるのは相当の力と集中力が必要です。誰にもできることじゃない。白石さんは、それができる。」
「私、何もしてないです。ただ、叩かれそうになったから、嫌だな、と思っただけなんです。」
「それが、適正です。」
保坂はただでさえ苦手だ。
そんな相手に攻撃されると思ったから、力が働いたのだろうか。
「僕の腕の止まり方を見ましたか。」
「動きが止まっているわけじゃなくて、見えない壁で手が止められてるって感じだったな。」
「ええ。これは、防御の結界でしょう。その点では、相楽君よりも強くて大きい結界を張れています。」
ホッとした。
体術はおろか、文もできないなんて言われたら、月代の名が泣く。
「あとは、自分で制御できるようにすることですね。それが、白石さんの訓練でしょうか。相楽君は、とにかく場数を踏むこと。」
「はい。」
「あとは、僕の式神がやりますので。
お二人とも、頑張ってください。」
保坂はそう言い残すと、衣服の汚れを落としながら、去っていった。
警戒していた保坂があっけなく退室して、ホッとする。
が、興味がないようにも感じられて、少しさみしくなる。
すると、大きな紙に、文字が書いてあるだけの式神が現れた。
相楽の回りには、背の小さい式神が集まっている。
私の前には、大きい、天井にも届きそうな式神が現れ、鉈のようなものを振り下ろしてきていた。
式神が大きいため、鉈を振り下ろす軌跡は読みやすい。
しかも、先ほどのシンとは違い、先回りされることもないので、鉈を避けるのは容易だった。
相楽の方をうかがい見ると、すでに防御の文を唱えながら、攻撃の文を唱えているようで、
透明な剣のようなものが光を反射しているのが見える。
相楽によって、式神は破り捨てられていくが、すぐに復活しているようでキリがない。
「相楽!どんな感じ!」
「切るのは簡単だが、攻撃力はそこそこあるみたいだ!
式神の真ん中に核みたいな硬い玉があって、それを壊さないとキリがない!」
なるほど。
この大きい式神にも核があるのだろう。
相楽と私でそれぞれ対応の違う式神。
これを倒し切るのが保坂の課題か。
シンの時より可能性が見えて俄然やる気が出る。
しばらく攻撃を避けて、式神の動きを観察する。その隙に、自分も攻撃できるようにイメージし、念じる。
だが、先ほどはできた防御ですら、発動しない。命の危機を感じなければ、発動しないのだろうか。
そんなことではダメだ。土壇場の力というのは日々の積み重ねあってこそだ。
「ちょっと、相楽はちゃんとできてるのに!」
どんどん敵を倒していく相楽を横目に、焦る自分。
「どうすれば、できるのよ!
もう、私、月代なのよ!」
精神を集中させて、この状況を改めて認識する。
少しも時間がない。
けれども、一向に力は出ない。
相楽は攻撃の文を何種類か試しているらしく、大きな声で報告してくる。
その様子はとても楽しそうだ。
いいな、相楽は楽しめて。
どうしても、この大きな式神をどうにかしなければいけないのに、いくら倒すイメージをしても、いくら声に出しで見ても、全く効果がない。
相楽は、剣を召喚する文、光の玉を出して遠距離攻撃をする文、相手の目を眩ませる文が使えた。
核は、剣ではきれなかったため、対象物を爆破する文を唱えた。
狙いが定まりづらいので、目を眩ませて、怯ませてから。
そうして、相楽の式神は制圧された。
倒し切ると、満足げにこちらを見ている。
「白石い!こっちは終わったぞ!!」
焦る自分、一向に成果は出ない。
しばらく私の様子を見た相楽は、見飽きたのか、体術の型の練習に入った。
そんな自分が情けない。
「ダメ、いくらやっても、無理。」
そう思った時、保坂の気配がした。
この部屋の、どこかに保坂がいる。
先ほどまでは感じなかった保坂の気配。
いる。確実にいる、そして、こちらを見ている。
「落ち着け、保坂さんが見てる。」
動きを止め、胸に手を当てて深呼吸をする。
「核、核、まず核を出さないと、出ろ、出ろ。」
ねんじると、身体中の毛穴が開いて、毛が逆立つのを感じた。
髪の毛も、逆立っている。
一瞬、頭痛がした、と感じた瞬間、式神の腹が割れ、核が露わになった。
やったか、と思った瞬間、式神の腹は修復された。
ダメだ、回復するタイプの式神らしい。
では、どうすればいいのか。時間がない、保坂も見ている。相楽も呆れている。
あんなやつ、最初からいなくなればいいのに。
ふと、そんな考えが浮かんだ。
そもそも、式神なんてなければ、こんなに困らなかった。
消してしまおう。
一瞬で、そんな考えが浮かぶ。
また、毛が逆立ったと思ったら、式神に変化があった。
核へ向かうように体が収束し、核に吸い込まれ、その核は割れて飛び散った。
「終わったあ。」
ホッとして、間の抜けた声が出る。
すると、目の前に保坂が現れた。
「終わったようですね。
正直なところ、驚きました。」
相楽が駆け寄ってくる。
「総評です。
相楽くん、君はある程度文を覚えていることもあってか、なかなかいい線を行っていました。核の本質を、もう少し早く見抜けると良かったです。」
「本質?」
「白石、お前、気づかずにやっていたのか。
核は、俺たちの闘争心とリンクしていた。やってやろうと思えば思うほど、核は硬くなり、壊れなくなる。
だから、闘争心をできる限り抑えて、最低限の力で破壊することが必要だった。ま、闘争心とやらが何かは分からないが、少なくとも、焦りや不安、怒りなんかを沈めたら、勝手に壊れたっていうのが本当のとこかな。
だから、実は、文で倒したわけじゃないんだ。」
「そうなの。」
「お前、じゃあどうやって制圧したんだよ。」
相楽が不審な顔をして聞いてくる。
どうって、消えればいいと思っただけ。
「そこです。白石さんは、核の本質どころか、本質があるのかどうかさえ疑わなかった。長い時間、平行線でした。文も出ない。
しかし、急に収束した。しかも、あの倒し方はとても次元が高い。」
「消えて欲しい、と思っただけなんです。皆に見られて、焦って、早く終わらせなきゃって。」
「見られて?」
「うん、保坂さんや、相楽に見られて、焦りました。」
「私の気配を感じ取っていたんですか。」
「はい。」
保坂が、顎に拳を当て、考え込む。
「実のところ、こんな倒し方をした例はないんです。皆、核の本質に気づいて気持ちをコントロールすることで、解決していました。
白石さんのやったことで異例なのは、自分の一部を消滅させたことになるのに、本人に害が出ていないこと。
文を使って日も新しいのに、物体を瞬時に変化させ、消滅させることができたこと。
これは、私にも経験がありません。」
「はあ。」
「どうですか、体調が悪くなったり、していませんか。」
「頭痛はしましたけど、全く。
疲れては、います。」
「どうやらそれが、白石さんの力のようね。」
部屋に、后が入ってきた。
「実は、体術の訓練で、彼女は動けなかったのよ、動かなかったといえばいいのか。
今回も、自分の考えを曲げることなく、倒す方法を模索した。
要するに、頑固なのよね。」
后に真面目な顔で言われると傷つく。
「でも、彼女の強みは、その頑固さに基づいた素直さにあると思うの。
素直さ、誠実さは、神通力の強さに直結するわ。
彼女、シンから、神通力一本で体術をカバーできると言われたのよ。」
そんなことをシンが言ったのか。
落第だ使い物にならないなんて言われていたのに。
「毘沙門天が。」
「ええ。」
「要するに、神通力が強いから、消滅の文も繰り出すことができたし、失われたはずの己の一部も回復していて、自覚がない、と。」
「いいえ。
神通力が強いから、自分の思うがままに状態を変えられる、ということかしら。」
「失われたはずのものを、失われないように変えてしまう、と。」
后が頷く。
「だから白石さん、落ち込まなくていい。
あなたに月代はできるわ。」
后には、私が月代になる資格がないのではないかと感じていることが分かっていた。
「后さん。」
安心して落ち着いたのか、涙が溢れてきた。
保坂に見られるのは恥ずかしいが、しょうがない。
「彼女に、文の訓練は必要ないということでしょうか。」
「いえ、訓練は必要よ。
私もこの例は見たことないもの。
ギリギリ今の説明ができるけど、何が起こるかわからないわ。」
「分かりました。
では、文の訓練は二人とも続けること。
自分の感情をコントロールし、その状況に適した文を使えるようになることが目的です。
式神は強いものでは無いので、落ち着いて日々鍛錬をしてください。」
「はい。」
后と相楽は去っていく。
去る保坂の横顔を見ると、后と笑顔で会話している様子が見えた。
その様子に、胸の奥がキュウ、とする。
私には笑いかけてもくれない保坂。
后が羨ましとも思うが、今は、認めてもらえるまで努力するしかない。
「お疲れ。
すごいじゃん、体術も文も神通力でどうにかなっちゃうなんて。」
「すごく無いよ、神通力使えなくなったら何もできなくなっちゃう。」
本当のことだ。
これでは黒龍の都に行って、拘束具をつけられたら何もできない。
「カイシさんの訓練は明日なんだ。
休もうぜ。」
「うん。」
相楽が、手を差し伸べてくれた。
疲れ切ってヘトヘトになった体には、とても嬉しかった。
沐浴を終え、部屋に戻ろうとすると、そこには相楽がいた。
「ちょっと、時間いいか。」
出待ちされて、少し嬉しかった。
「無間と月代、俺たちの関係について、どう思ってる?」
星空の下をなんとなく歩きながら、話をする。
「今までの人たちは、恋人だったり兄弟だったりした。
でも、私たちは違う。
昔仲が良かっただけで、ただの友達。」
「じゃあ、なんで俺たち二人がそうなったんだろうな。」
「さあ。」
相楽と二人入りでいると、なぜか冷たくしてしまう。
冷たくしても、めげないで接し続けて欲しいのが本音だ。
「俺は、お前の事が好きだ。
今も、昔も。」
声のトーンが変わった。
相楽の方を見ると、いつになく、真面目な顔をしている。
「なんか、今の相楽に言われても、相楽に言われてる気がしないよ。」
本当のことだ。
背は昔よりちょっと変わったくらいだが、顔つきはほとんど別人だ。
声も、私が知っている声より低い。
「じゃあどうすればいいんだよ。」
キレないでよ。
どうすればいいって何。
あんたがどうなりたいかなんてしったいこっちゃないわよ。
「他に好きな奴がいるのか。下界にいたのか。」
「いないよ。」
「じゃあ。」
「じゃあ、何、付き合おって?
この状況で仮に付き合ったとして何をするの。
体の関係はモテても、子供ができることもないし、結婚なんてこともない。
気持ちのつながりの方が大事よ、この世界では。
私にはまだ、相楽のことを思うには時間が必要。」
「時間があれば、俺のこと、思ってくれるのか。」
相楽が泣きそうな顔をしている。
ああ、もっと、男らしい人が相手だったら、こんなにガッカリしなくて済んだのだろうか。
「少なくとも、今よりはマシになると思う。」
「そうか。
ホッとししたあ。」
相楽が伸びをする。
「でもごめん、正直、シンさんや保坂さんの方が、男性として見れてる。」
言うと、相楽が固まった。
「シンはなあ。
でも、保坂は苦手だったんじゃないのかよ。」
「苦手だし、タイプでもないけど、相楽よりは男性って感じする。」
相楽がチッとが舌打ちする。
「でも、相楽、かっこいいよ。
私にはできないこといっぱいできるし、尊敬してる。」
相楽は、嬉しそうに微笑む。
この関係である限り、無間である相楽を愛する時が来るのだろう。
でも、まだその時期ではない。
実際、無理だ。
自分が人間界で経験した数ない恋愛経験の中では愛というものは分からなかった。
この先、この男を、そう思えるのだろうか。
今は、これくらいで十分だ、少しずつ、相楽を知っていこう。
そう、思っていた。
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