第12話 保坂

「速魚は、現在の無間で、私の恋人よ。」


后が、無表情で、冷たく言い放つ。


「話がいろいろありすぎて追いつけません。」


私が困惑していると、保坂が少し怒った表情で口を出す。


「ええ、そうでしょうね。

 詳しいことは後で自分で勉強するとして、今はしっかり話を聞いてください。」


「はい。」


保坂に黙っていろと暗に言われたようで意気消沈する。

他の龍たちも驚いた様子も気にする様子も無い。保坂はいつもなのだろう。


「私達、もとい、月代と無間には、避けられない運命がある。

いろんな運命の形があったけど、私達は、かなり悪い例になってしまったわ。」


后は、目を閉じて、ゆっくりと話す。


「速魚はね、今、黒龍の都にいるの。

とある事情でね。

そのことを知っているのは龍族だけ。

そして、今回のように速魚を化けて出させて、ああいう言葉を言わせるのは、黒龍族の、私へのあてつけなの。」


なぜ当て付けを受けるのか、とある理由とは何なのか、気になったが保坂に制されるのが目に見えているので今は口をつぐんで聞く。


「まだ、あてつけと決まったわけではありませんが、白水事件といい、同じ理由ででしょう。」



「問題は、いよいよ白龍にまでとりつきはじめて、害をなすほどにまでなったことじゃ。」


「ええ。

 なので、白水事件の早急な解決が必要になるわ。

二人は話がよくつかめないでしょうけど、これからは私達も鍛錬に加わって、あなた達の育成を早急に進めるわ。」


「わかりました。」



「とりあえず、ここまででいいでしょう。

 お二人は、もうお帰りになって構いませんよ。

あとは、我々の話です。」




保坂に急かされるように、空気を読んで私達二人は外に出た。

情報量が多すぎて訳がわからない。

ため息をついて、相楽の方をみると、相楽もこちらを見つめていて、目があった。


「なんか、よく分からなかったね。」


「そうだな。

 速魚さんて、どんな人なんだろうな。」


話していると、保坂が部屋から出てきた。


「白石さん、ちょっと。」



手招きされたので、慌てて近寄る。



「今日、このあと、ご予定が?」


「いえ、特にないです。」


「そうですか。

 少しお話したいことがあるので、沐浴を済ませて、夕餉を取ったら、ポプラの木の下に一人で来られますか?。」


「ポプラの木。」



「一葉に聞くといいでしょう、では。」



それだけ言い残すと、保坂は部屋に戻っていった。

さすが三大龍。

月代の日課は把握済みのようだった。



「なんだって?」


相楽も気になっているようだ。


「あとで話がしたいって。」


「俺もか?」


「ううん、私一人で来いって。」


チッと相楽が舌打ちする。


「まあ、俺はあいつは気に食わないから、関わりたくないんで。」


「こらこら、あいつって言わない。」



「とりあえず、もどろうか。」



「うん、沐浴だね。」




満点の星空の中、石畳と木々のなかを二人で進んでいく。

遠くに見える山々は木々が生えていないのか険しく尖って見える。

しん、と静まり返った辺りに音はなく、ただ、少し風が吹いているようだった。






「なにも追い出さなくてもよかったのではないか?」


「今はそれぞれ、自分の精神力を養うことが先決です。」


「聞いておいて損はないはずじゃがな。」


「さて、后様。いかがいたしましょう。」



「正直、戸惑っているわ。あちらの要求が次期月代だとして、ここまでされる所以は無いはず。」


「黒龍が、なにか新たに企んでいる、と。」


「そうね、白き水の代替品のほかに、何かを。」


「コヅキ殿は何か言っておったのか?」


后は首を横にふる。


「でも、、こんなことは言っていたわ。支流程度の龍たちを集めているって、、白龍だけではなく。」


「それは以前もやっていましたが、赤龍の逆鱗に触れて誘拐紛いのことは無くなったのかと。」


「ええ、それに、私たちも分流までしか管理しきれていないから、実際支流が消えていてもわからないのよね。」


「コヅキは他には?」


「黒龍に縁のある信頼できる者にも聞いてみるって。」


「正直、七福神をどこまで信じていいかは疑わしいところですがな。」


「今彼らは中立より白龍側よ。頼れるのは彼らだけだわ。」



「信じて待ちましょう。」


「そうね、恐ろしいことの前触れでないといいけれど、一応警戒を強めておいてちょうだい。」


「承知しました。」









「帰り道はこっちでいいのかな。。」


完全に勘で方向を決めて歩いていた。

水が流れてくる上流。私たちの住むところは都の上流にあった。


「この世界に定まってることはほとんどないよ。

帰りたいって思いながら進めばつくだろ。」



「そうだったね。」



相楽が、得意顔だ。

私より、知識をつけている自信があるらしい。

それもそうだ、私はこちらの世界にきてからすこぶる調子が悪い。

持っていた好奇心、行動力、全てにおいて衰えている。

一日中眠い様な、ぼんやりとした感覚。

そんな中、相楽は文を覚え、鍛錬を積み、勉強しているのだろう。



「相楽、こっちきて調子どう?」


「すこぶるいいな。」


そう言って、体術の型を見せる。


「下にいたときよりはやる気もあるし、体も違うしな。」



「体あ?身長とか、そんなに変わってなくない?」


ふざけ調子で言った。

すると、


「お前、何年ぶりに会ったと思ってんだ。」


相楽が、私の両腕を掴み、そのまま私を近くの木に押し当てた。

咄嗟のことで、反応できずに固まっていると、


「いつまでも、お前の弟みたいに思ってんじゃねえぞ。

俺だって、男だ。」



弟みたいになんてもう思ってないよ、昔は周りからはよく言われたけど、といい返そうとして、言う気をなくして、黙った。



「・・・ほら、」



相楽にしばらく見つめられたかと思うと、体を起こし、手を差し伸べられる。

相楽、ごめんね。

そんなことされてドキドキするような乙女では、もう、なくなってしまったの。

今なんて、言葉のタイミングにちょっと怒りを覚えるくらい。



「今の相楽は、綺麗よ。」



本当のことだ。

女性のような、男性のような中性的で、美しい顔立ち、白龍の、男らしい容姿。


「お前は。」



言いかけて、相楽は黙った。

何よ、どう思ってたのよ、というより、どうも思ってなかった?



「お前は、変わったよ。

 下で、会えたときは嬉しかった。」




星空を、星座を指でなぞりながら、二人きり。



「顔は、変わってなかったな。思ったより。」


「そうかも。」



「あとは、更にでかくなった。」


「でかっ・!!!」




「今は、全然違うな。

 お前じゃないみたいで。」




「下の私がホントだとしたら、今はあくまで仮初の姿ってことだよね。残念。」




今の私は美しい。

だって、白龍の、清き川の神の、姫だもの。

下の私が、本当の私。

あくまで今は、違うだけ。

自分が美しいなんてことは鏡を見れば分かる。

かつての自分からは骨格からして違う今の私。

そんな状態で褒められたって、嬉しくは無いわよ、相楽。


「いや。」



相楽の言葉に反応して、顔を上げる。



「今のお前が、お前らしいよ。」



相楽が見つめてくる。

その、美しい顔で。体で。星空を纏って。

白い歯が見える。


何を根拠にそんなことを言うのか。

そういえば私が喜ぶとでも思ったのだろうか。



高鳴り始めた鼓動は、悟られたくない。

相楽ひとりのための、私じゃない。

もっと、やらなきゃいけないことは沢山あるの。

告白するんならここで、私に襲いかかろうとぐらいしなさいよ、意気地なし。

そうしたら思いっきり振ってやるのに。

それくらいの勇気も無い男に、私の感情を乱されてたまるものですか。



「下にいたとき、無理してるんじゃないかって思うことが多かった。

気を使ってるんだろうな、とかさ。」



「そりゃあ・・・ね。」




「ホントはこうしたいんじゃないかな、とか、こうするんじゃないかな、って思ってた。

それで、やりたいようにやってるなと、そんなのが、今のお前。」



ぴっ。と指を刺される。

なんだか、あの時のようで。



「俺が好きなのも、お前。」





そういう相楽の瞳は真っ直ぐで、

下にいたら目を外してとぼけた筈の私は、

目すらそらせず、相楽の言葉を

100%全て受け取ってしまった。



ああだめだ。

このままでは、オンナの情に、流される。




「着かないね。」



空気を断ち切りたくて、走りかけた。

手を、握られて、引き止められる。




「はなしてっ。」



「なぜ。」



「なぜって!」



「俺の気持ち、分かってるんだろ?」




そうやって、疑問系にして、私に答えを求める。

ずるい。

観念して、言葉を紡ごうか。


口を開きかけると、相楽が私を引き寄せた。

目が反らせない。






「下にいたとき、相楽のことどう思ってたかは・・・わからない。

あの時の気持ちを、恋だったとか、友情だったとか、決めたくないの。」



相楽は黙って聞いている。

私の手を、はなさずに。



「あの時は、楽しかったよ。

 何も考えず、縛られず。損得もなく。

だからこそ、純粋に楽しかったことがすごいと思う。」



「うん。」




「兎に角、わからないよ。今、私が相楽をどう思ってるのか。

いろんなことが、ありすぎて。」




「答えは、でるのか?」



ハッとして相楽を見る。

悲しそうな、そんな表情。昔から相楽が持っている、表情。

このままの相楽では、私の中の相楽はずっと「恋人未満」だ。

決定的な何かが、まだ、足りない。

相楽をオトコとして見ることができない。


出ない、と言ったら相楽はそのまま離れていくだろう。

かつて私が避けたように。

避けられることを知って、自らも避け、さらに引きこもるだろう。相楽。



握る手が、強くなって、はなれた。


「お前がどう思っていようと、俺の気持ちはそういうことだから。」



相楽は私をのぞき込み、手を離した。

ドキドキしていたけれど、どこか冷めている自分。

まだ、無間になった相楽に慣れないからか、実は相楽に興味がないのか。

いつも逆の感情があって、そんな自分を遠くから傍観している。


「離してくれて良かった。振りほどきそうになった。」



「それくらい元気があれば、この世界でもやっていけるだろ。」



「あ、コヅキだ!」



道の向こう側から、カエルが跳ねてくる。

久方ぶりの、コヅキだった。


「ご両人、色々ありましたっていう顔だね」


カエルは目の前で止まると、納得するように頷いた。


「おうコヅキ、久しぶり」



「相楽君はだいぶこっちにも慣れてきたみたいだね。文も読めるみたいだ。」



「そうなのコヅキ。

相楽ったら私のいないところでちゃっかり鍛錬してるんだから。」


「無間の役目は月代を守る事だからね。

結構、結構。」


コヅキは相楽の方に乗り、三名で都を目指す。


都にちかくなっているのか、沢のせせらぎの音が大きくなってきた。

もうすぐ、滝が見え始めるのだろう。


「ケモノとやらは、どうだったかな?」



相楽と私は目を合わせる。

誰にも公言するなといわれてはいるが・・。



「黒龍に取り憑かれた白龍だった。」


相楽はコヅキになら話してもいいと思ったのだろう。


「本当か。」


わたしはうなづく。


「やっぱり、白水事件が原因なのか?」


「いや、白水事件が原因というよりは、それ以前の問題が今回の白水事件を引き起こした、という整理になるかな。」


コヅキが頭をかく。


「后は、逆のようにいってたぜ?」


「そりゃあそうだろうねえ」


コヅキがぽかんと口を開く。


「私達に話す順番、重要なの?」




「うん。」



「なんか、ずっと説明が後回しにされてるんだけど、后さんと、その、速魚さんの話・・。」



「その話は、白龍でも上役たち以上しか知らされていないことになってる。

まあ、実際清澄階では有名だけどね。」



「ここで、話さないほうがいい内容か?」


「お察しのお通り。もうつく。」



コヅキはパチンと手を合わせた。


滝が見え、鉄とガラスの都が見えはじめた。


「僕から伝えたいのは、黒龍の都へ行く前に、白石さんの気持ちを、いろんな意味で整理した方がいいっていうことさ。」



相楽が横目で私を見る。

私は下を向く。



「明日から、后や三大龍達が君たちを教育するそうだ。

代々、月代と無間は下界の人間だから、教育はお付きのものがやるんだが、事態が事態だからね。」



「私、保坂さん苦手なんです。」


コヅキは、ああ、もう会ってるんだったね、と私の方へ移動する。


「清澄階では、苦手、とか嫌い、という概念は無い。すべての争いごとはそういう気持ちから生まれる。

皆、自身を変えて、そういう思考にならないように矯正されるんだ。

この世界にあるのは、卑下と哀れみさ。」


コヅキが少し黙って、最後に言った。




「あと、愛、かな。

 僕にはないけど、少なくとも龍族にはある。自分を犠牲にしてまで何かを守ろうとする、尽くそうとするそんな態度。」













その後、コヅキは一回寝たら后に会うと言って去っていった。

私と相楽は胡蝶と静蘭に合流し、沐浴を済ませた。

沐浴が終わり、胡蝶に衣服を着せてもらいながら、訪ねた。



「后さんの、首のあざって。」


「・・・。」



「なにか、蜘蛛に噛まれたみたいな痕だったんだけど・・・」



「我々が生きながらえ続けられるのも、后さまのあのアザのおかげなんです。」


「なんのアザなの?」



「・・・。噛まれた、アザです。」



「蜘蛛かなんかに?」



「・・・黒龍です。」



胡蝶が小さな声で言った。

髪を結い終わり、夕餉へ迎え、と促された。胡蝶はそのあと、その話題に触れないようにしていた。



黒龍に噛まれたあざ。

噛まれた?

そしてそれが、白龍の生活に不可欠なこと?

后一人が、何かを背負っている。月代という役目以外にも。




「よお、飯らしい飯、久しぶりだよな。」


「相楽・・・。」



「ん?どおした?」



席につき、食事が運ばれて来るのを待っていると、一葉がせっせと準備しはじめる。



「后さんのアザ・・・、黒龍に噛まれたあとなんだって。しかもそれが、白龍の生活に不可欠なんだって・・・。」



「なんだそれ、生贄みたいなことをしてるって言うのか。」


「たぶん・・・・。」



「后がやるってことは、お前もやるんじゃないのか。」



「うっ・・・・・。」




やはりそういう思考になるか。

后がやっているなら、あとを継ぐ私も。




「こほん、さ、夕餉をどうぞ。」



一葉がずいっと話題にはいってきた。



相変わらずの白粥と、果物類。

この粥は食べる者に必要な味がするか割ったもの。

最近はめっきり味がしなくなってきたが、それはこの世界に適応してきて、食事が不要な体になってきた、ということだろう。



「白石殿、そういえば胡蝶が申してました。白き水の神聖度が上がってきていると。」



一葉が興奮気味に言う。


「?それは、いいことだよね?」


「もちろんです!しかしこれは、后さま以上ですぞ。」


「后も、そうだったのか?」



「はい。后様もこちらに来たての頃は一般的程度な水でしたが、しばらくして急に神聖度が上がり始めたのです。

ああ、あれは、速魚様が・・・・」



言いかけて、はた、と一葉が止まる。



「速魚が?どうかしたのか?今の無間、后の恋人だろ?」



「ええ・・・、そうだったのですが・・・」



一葉が動揺し始める。



「これ以上は一葉からは言えません・・・喋りすぎました。すぐに片付けます!」



明らかに様子がおかしい一葉。

龍族総出で后と速魚の話をしたがらない。

これは、究明を急ぐべきだろう。


このあと、保坂に会うと思い、水盆を鏡にして、身なりを確認していると、相楽が近寄ってきた。



「ほーう。おんなっぽくしちゃって。」



相楽がおどけて言ってくる。


「・・・三大龍なんだから、礼儀正しくしなきゃでしょ。」


いちいちこういうことに構ってくる相楽。

嫉妬しまくりですという態度を表に表して、それが嬉しかったのは昔の話。

いまは、その態度に反応するのはただ面倒くさいだけ。



そういうの、女々しいよ、と言いたいが

相楽はすぐに拗ねるし、いま関係を悪くするのは火に油だ。



「じゃ、行ってくる。

一葉、ポプラの木ってどこ?」



食器等を片付けていた一葉に問いかける。


「あ、はい。以前、建御名方様方と宴会をしました部屋の、庭に、あります。」



「ああ、あそこにあるの。ありがとう。」




時間は指定されなかったが、待たせていると思うと悪いので、駆け足で向かう。



以前宴会をした場所とは、こことはそう離れていない。


ただ、龍族以外の神々も訪れるために、部屋が人間階らしくきらびやかで、様々な神々が右往左往しているためにすこし疲れる。



石畳を駆け抜け、鉄とガラスででひた建物群からの離れると、木造でできているだろう平屋の小旅館風の建物が見えてくる。

赤と金を基調にしたそのたてもののしつらえは全て繊細だ。



外側から見ると、小旅館なのだが、中はとてもひろくなっている。



建物内に入り、足を清める。

木造の廊下を、神々の宴会の様子を感じながら静かに通り過ぎると、

来たことのある部屋に辿り着いた。



「失礼しまーす・・」



誰もいないとは思うものの、挨拶してゆっくりと入る。


すると、庭付近に、人影があるのを感じた。



近づくと、人影は2つあるようだった。

様子を見ると、保阪と恵だった。



保坂と目があったので会釈すると、ここにいて待っていなければいけないような気がした。


恵と話をしているようなので、終わるまでまとうと思い、縁側に腰掛ける。



すると、保坂が恵に険しい顔で何かをいい、恵は涙を流しているようだった。


そして、下を向いて、こちらへ向かってきた。



「こ、こんにちは。」


恵とすれ違いざま挨拶をした。

すると恵は気付いていなかったようで、泣きはらした赤い目でこちらを向いた。


恵は何かを悟ったかのように目を見開き、保坂の方を一瞬見て、言った。



「また、月代なの・・・?」




「???」



よく分からずにいると、恵が私を避けながら言った。



「一応わたしの方がこの世界にいるのは長いんです。ちょっとは敬ってください。時期月代といえど。」



恵は一方的にそういうと、去っていった。


私はすいません、といったが、聞こえていないだろう。



保坂の方へ近づく。

保坂は、ポプラの木の幹をなぞり、何か考えているようだった。



「あの、すいません。タイミングが早すぎました・・・。」



「我々に速すぎる、遅すぎる、ということはありませんよ。すべて、起きるべきして起きる事ですから。」


保坂は爽やかに笑う。

先程の会議とはまた違う、柔らかい雰囲気だ。



「恵さんのご主人様って、保坂さんだったんですね・・・。」



「ああ・・。あの娘とは知り合いでしたか。」



「挨拶程度でしたが、しました。その、シンさんと一緒におられたので。」



「えっ。毘沙門天とも知り合いなんですか。

さっそく顔が広いですね。」


「・・・そこの座敷で、宴会がありまして。」



「そうですか。宴会にももう出ているのですね。こちらに来て勉強ばかりで、そういったことにはご無縁かと。」




下で、勉強不足だと言われたばかりなのに、その言い様。

優しいかなと思ったら嫌味のようなことを言われる。

辛い。



「すみません、勉強は頑張っているのですが、一葉が、息抜きに、と・・・」


「一葉はいいのですよ。困るのは、あなたですから。」



先程から、保坂の言葉が刺さる。私、この人の事苦手だ・・・。




「そうですよね。」


ちょっと引きつっているだろう笑顔が限界だ。


「おはなしって、なんでしょう。」


「まあ、座りましょうか。」


はやくきりあげたいのに・・・・。


保坂に導かれ、縁側に腰掛ける。


「そんなに離れて座らないで。」


間を空けて座っていたら、詰めて座るように促される。

嫌い、苦手、という態度が現れてしまっているのだろうか。



少し詰めて座ると、もっと詰めろと言われる。

嫌になり始めて密着してやった。


「ええ。それくらいでいいんです。」



なんだこいつ、変態かと思ったその時、保坂が何かをつぶやいた。

すると、耳鳴りと喉の乾きを覚えた。


青い、淡い光が私と保坂を包む。

これは、下でも見た、守護の文と同じものだろうか。



「聞かれたくない内容なので、音が聞かれないように結界をはりました。

あまり離れていると、体力を浪費しますので、協力してもらいました。」


じゃあ最初から言ってよ。

と思ってしまった。この人とは、リズムが合わない。早く切り上げたい。疲れる。



「話というのは、后様と速魚様の事です。」


私は顔を上げた。

皆が避けたがる話題を、これから話してくれるというのか。



「お二人は、こちらの世界に来る前から、付き合っておられました。

心のつながりも、相当強かった。」



保坂が指をくるくると回しながら、遠くの方を見て話す。


「月代になられるために、こちらへ来てものすごく勉強されていました。

人間であれば、眠らなければいけない筈のなれていない体なのに、もう寝るようなことはなさってませんでした。




そのかいあって、月代に交替されるのはとても早かったのです。

力も、早い段階で本来の月代の領域まで上がっていました。



それを知って、有能な月代がきた。これで白龍族も安泰だ。と思っていたわけです。」




そんなに后が優秀だったとは。

すごい努力だ、と思った。



「速魚様は、もともと才能がお有りで、こちらへ来て体が変わったと同時に、本来のちからをほぼ得ていました。

じっさい、鍛錬をしていたかも分からないほど、努力の必要がない才能でした。

長い文は一瞬で覚えるし、体術、蘇生術等も難なく覚えていました。



代々人間が成っていた月代と無間の、素晴らしい代が訪れる。

皆そう思っていたのです。」



「速魚さんて、どんな人だったんです??」


「ええ。黒髪の癖毛で、切れ長の目が美しい少年でした。

受け答えもハキハキしていて、頭も良かったです。話術の才能もありました。」



「今は、いらっしゃらないのですよね。」



「ええ。

ここからが、本題です。

后様から直々にお話があるとは思いますが、先に知っておいてもいいでしょう。」


ごくり、とツバを飲む。



「速魚様は、后様をかばって、黒龍族に囚われています。今も。」



「でも、后さんは死んだって・・・。」



「・・・。かつての速魚さんは、もう居ない、という意味でしょう。

実際、いま黒龍の都にあるのは速魚様の物質、体だけです。」



「そんな・・・・。死体がある、ということですか?」



「清澄階に死はありません。

 ただ、隠居、という言い方をして、神という肩書からは外れます。

交替した先代の月代、無間はそういった形を取っています。」



「なるほど。それでも后さんが死んだと言っているのは?」



「体だけある状況というのは、精神がないということです。

速魚様と会えたとしても、会話は愚か、目すら会わないでしょう。」



「なぜ・・・そんなことに・・・。」






「后様をかばったから。その代償です。」



「なにから・・・。かばったんですか?」



「ええ。そこが重要ですね。

后様は、稀に見る才能でした。その評判は、龍族以外、清澄階中に広まっていました。

それを知ってか、黒龍族が、后様を手に入れたがったのです。」



「そこで、黒龍が出てくるんですね・・・。」




「ええ。

黒龍族と白龍族は、今まで譲歩し合って共存してきました。

白き水で、食物栽培し、体の水分を保っている黒龍。

その食物や、建物に必要な材料、その他物体化していることで必要になるもの全般が黒龍から分けてもらう事が必要な白龍。


大昔から、うまく物々交換しながら、やってきたのです。

それが、后様を取り込みたいがために、白龍への供給を取り止めたのです。」



「モノが欲しかったら代わりに后さんをよこせ、と。」


「ええ。

白龍族は、黒龍族からの供給が止まっても、白き水は提供し続けています。

そう、后様が決めたのです。」



「黒龍族だって、白き水が無ければ生活できないんですよね。それなのに、白き水が無くなるかもしれないのに供給を止めたってすごい自信ですね。」




「后様いわく、黒龍族は、極秘に、白き水に代わる水分得ていたらしいのです。

それがあったから、白き水は必要ない、と。」



「なるほど・・・。いつ、そういう交換条件が出されてもしょうがない状態ではいたんですね」



「そして、黒龍からの供給が止まった事を受けて、后様は、自らを黒龍族へ引き渡す決心をなさいました。もちろん、白龍族が月代を失う代償は大きいです。何と言っても白き水の供給量が減りますから。」





「后さんの選択は、共感できます。私もきっと、そうします。」



「この段階で、反対しているのは、白龍の一部でした。その中に、速魚君もいた。

速魚君は、とても聡明で、合理的な人物だったんだが、后様がそういう状況になると知るや、人が変わったように、なんとしても止めようと様々なことを画しました。」



「・・・。かつてないほどつながりの強い、月代と無間だったんですもんね・・。」



「ええ。

しかし、それを振り切り、后様は黒龍へ嫁ぐことになったのです。」



「嫁ぐ。」




「黒龍が后様を欲しがったのは、同時期に、黒龍属の月代、無間なる者、もとい、照火(てるひ)、限界(げんかい)が交替したばかり。そして照火は、とても病弱だったのです。

黒龍族としては、そのままでは他の龍が不安がりますので、力の強い后様を迎えれば、照火の評価も上がるし、照火にも自信がつくのではないか、という考えがあったようです。」



「なるほど。

でも、嫁ぐっていうんですか。

白龍であることには変わりないし、名字も権利も関係の無いこの世界で。」



「嫁ぐ、というは、名字が変わるという意味で使われていますね。しかしこの世界では、主に、交わるという意味で、使われます。」




「それが、何か違うのですか?」


保坂が下を向いて、ふ、と笑った。


また、不勉強を笑われてしまったのだろうか。



「交わるとは、まさにその意味のままです。

性的に交わる、ということ。

・・・清澄階には少ない、元人間。

神々のなかでも清らかと言われる白龍の姫であり、黒龍にはない、透きとおる肌。鱗の無い首筋。

清澄階の者たちは、性的な興味はありません。

子孫を残す必要もないし、そもそもその器官は機能していない。

しかし、黒龍の、しかも照火と限界は元人間。

我々とは感覚から何から、違う。」




保坂の声色がどんどん低くなり、怒っているように感じる。

こちらを、人間を、攻めるような。



「・・そんな・・・。

后さんは、身売りしたようなものじゃないですか・・・それに、そんなことを嫁ぐなんて言い回しして、あたかも当たり前みたいに・・・!」




「・・・月代と照火、無間と限界には歴史があります。

関係を持ったことがない代がほとんどですが、一部では、そういった趣向があったようですね。

それを、白龍の一部は嘲笑的な意味も込めて、嫁ぐ、と言っているのです。」




「あくまで元人間同士だから、そういうことに陥りやすい、ということですか・・・。」




「そもそも、月代と照火は、白龍と黒龍の外交役のようなもので、

頻繁に顔を合わせていたのです。

しかし、嫁ぐ習慣ができてからは、他の者の反対もあり、どんどん遠い存在になっていき、后様の代ではほとんど会うことはありませんでした。」



「元人間だった、私達が悪いってことですね・・・だから、止めもしなかったし、ど

こか皆さんが后さん・・・人間を蔑んでいるような感じがしたのは、そのせい、と。」


肯定される、と思って身構える。



このことを言いたかったから、保坂の声色が低かったのだろうか。

私のような、無勉強な元人間が、月代になんかなるから。

だから、白龍族が困るのだ、と。

そう言いたいのだろうか。




「いえ・・・。悪いのは、その流れを変えられない私達なのです・・・。」




保坂は、歯をくいしばって、拳を握った。

その様子は、とても悔しそうで。


保坂は、肯定しなかった。

悪いのは人間だ、とは言わなかった。

あくまで、変化を起こせない自分たちが悪いと。



少し、保坂に対する考え方が変わった。



「后様は・・・・。耐えられました。

体中が痣だらけになり・・・、

神の力を絞り取られても、なお、耐えられていました・・・。」


保坂が震えている。




「人間の感性は、私達には想像がつかないほど豊かだと言います。

その、感性をもって、彼女はどんな仕打ちを受けたのか・・・。

想像するだけで、恐ろしく、労しい。」



「保坂さん・・・。」



「速魚君は、それを予想していたから、抵抗していたのでしょう。

我々は、彼をもっと信用するべきだった。」




「后様は、具体的なお話はされませんでした。

黒龍の都へ嫁ぐ代わりに、数日はこちらへ帰ることが許されたので、力を回復させ、必要な公務をされていました。


しかし、或る日、速魚様が耐えきれず、

后様の代わりになって、黒龍族のもとへ赴いたのです・・・。」




「えっ。へ、変装とかして、ですか???」




「ええ。

無限は代々、女性的な顔立ちです。

速魚様と后様は似ておられましたから、

所作や声だけ揃えれば、なんとかなると思ったのでしょう。」




「神様相手に、バレそうなものですけどね・・・。」




「まあ、照火の力も弱かったので、黒龍の側近が勘付かなければ可能でしょう。

なんせ、速魚様です。抜かりなくやっていたでしょう。」




速魚さん。

あの后さんと相思相愛だった、心のつながりも、深い人。

一体どんな人だったのだろう。



「しかし、それも長くは持たなかった。

なんせ、照火が求めたのは体の交わり。衣服を脱げば、体は男。」



「そりゃあ、そうですよ・・・、よくバレずに続いたと思います。」




「詳しくは解らないのです、

照火が本当はどういった目的で月代を側に置きたかったのか。

少なくとも、ただの体の交わりだけが必要だったわけではなかったようです。



后様と速魚様はよくお打ち合わせして、

必要なときだけ、后様と交代していました。

そして、なるべく、そうならないように手を回されていました。」




愛する女性が身売りしている。

それを嫌がるのは当たり前だし、必死になるのもわかる。

が、バレたらどうなるかわからない、一族の存続にも影響が出るとも言える状況で、とっさの判断で的確な決断をし、身を投じることができる。


その精神力は、すでに尋常ではないだろう。



「どれくらい、バレなかったんですか。」



「だいたい1000日ほどでしょうか。」



「そんなに・・・。でも、だめだったんですね。」




「はい・・・。その間にも進歩は多くありました。しかし、勘付かれて、速魚様は黒龍族に囚われたのです。」




「囚われただけ?」





「・・・・、言葉で表すには控えたい、内容ばかりです。

速魚様は、拷問以上の屈辱を受け続け、

そして、彼の強靭な精神力も砕かれ、

今は、会話も通じない、廃人のような状態で、

黒龍の都にいらっしゃいます。」






言葉が見つからなかった。

保坂は顔を手で覆い、下を向いている。



皆が言うのを憚り、后も話さない。

速魚は死んだと言う。

狂気を感じた。


本当にここは神の世界なのだろうか。

そんなことがあっていいのだろうか。

そして、なぜ助けに行かない。

后も、何故、死んだと言って諦める。




「本題は、ここからです。」




一息ついて、保坂が、こちらを向き直った。


真面目な瞳は、まっすぐこちらを見つめている。

目をそらしたいが逸らせない。

保坂の力か。



「速魚様を元に戻してほしいとは言わないです。

せめて、彼を、体だけでも、后様の元へ戻して差し上げてください。」




「えっ」



「そんな経緯があり、今、黒龍と白龍の関係は過去最悪な状態です。

白き水問題も、ずっと続いていた・・・・。

しかし、今回の件のように、黒龍はいよいよ我々の子ども達にまで手を出してきた。


これは、人間界にも影響を及ぼします。

白龍が減れば、水源を守る者が減る。

川や湖が干上がり、植物たち、動物たちも死に絶える。



我々白龍は、小さな一族です。

しかし、われわれの担っているものは、世界を維持し、清澄階の者たちをも脅かすもの、水なのです。」



保坂の説明は、分かりやすい。

故に、ハンマーで殴られたかのようなショックが、言葉が耳を通過すると同時にやってくる。

私は、冷や汗をかき、震えていた。





「お願いします。

后様はお強いですが、無間がいない今、そうとは言えない。そして、后様の月代の力も枯れてきている・・・・。

后様のため、白龍のため、清澄階のために、

どうか、白き水問題を解決してほしい・・・!」





保坂は、頭を下げた。







私は、そんな風に保坂に頭を下げられ、ただ、ただ、頑張ります、としか言えなかった。

そして、なんとなく、保坂は后のことを愛しているのではないかと感じた。


后は、口には出さないが、影で苦痛を味わっていた。

しかも、自分たちの種族のために。

自分は、己を犠牲にしてまで、そのようなことができるだろうか。




部屋に戻りながら、一人考えた。

まだ、自分はこちらの世界のお客様側の立場で考えていた。

しかし、もうしばらくすれば、私も月代になる。

后の跡を次ぐ。

白龍族の、下界の、水の守り神の要となる。

このままでは、いけない。





すると、ふと、視界が開けた場所に出た。

まだ見たことのない、大きな湖だった。

あたりの草花は弱く発光していて、幻想的な風景になっている。


水に触れたくて、湖に近寄る。

水は、冷たく、気持ちがいい。

こちらに来てから、水は怖いものという観念がついてしまっていたけれど、やっぱり水は好きだ。



足をつけたり、水に触れたりしていると、近くで人の気配がした。

目をやると、毘沙門天のシンがいた。


「シンさん!水汲み、ですか?」


シンが竹筒を持っていたので、聞いてみた。


「ああ・・・。」



「すいません、わたし、水に浸かっちゃいました!」


浸けていた足を引き上げると、シンに制された。


「月代が浸かった水は、白き水。

そして、それをこうやって直接貰えるとは、とても貴重だ。」



シンが表情を変えずに言う。

節目がちに、竹筒を懐にしまった。



「なんだか、ぼーっと歩いていたらここにやってきたんです。水、気持ちいいなって。」



「そうか。」



シンがこちらに向かって来て、私の隣に腰掛けた。

すこし、緊張する。

保坂のときとは違う、安心感のある、緊張感。

重いような軽いようなゆったりとした衣服だが体に合っているようで動きやすそうだ。

シンの長い黒髪が風になびくのを見る。


「シンさんは、どうしてここへ?」



「ここは、思い悩んでいる者が引き寄せられる湖だ。

限られた者しか、来ない。」


シンは私が膝を抱えて座るのを見て、同じように居直した。

何も考えていなさそうなシンだが、思い悩んでいたにだろうか、綺麗な指先を見ながら思う。



「だから私も来ちゃったんですかね。」


また、足を水につける。

シンも、足をつけようとする素振りを見せたが、少し考えて、やめたようだ。

そんな仕草がちょっと可愛いと思った。



「何を、思い悩んでいる。」



「・・・シンさんは、今の月代と無間の話をご存知なんですか。」



「ああ。」




「さっき、その話を保坂さんから初めて聞いて、速魚さんを救ってくれって頼まれちゃったんです。

かつての偉大な人にもできなかったのに。」



「ああ。」


「私、そんな話聞いたら、急に怖くなっちゃって。后さんにも、保坂さんにも出来なかったことを、私に出来るのかなって。」



なんだか涙声になってしまった。



「不安、なのか。」



「そうなんだと思います。」



「人間らしいな。」


「え?」


シンは体制を変えて座禅を組んだ。



「不安というものは、自分がこうしたいという理想が叶わないかもしれないという気持ちだ。」


「はい。」


「俺たちに不安はない。

 やるか、やらないかが問題だ。

やるのであれば、何故やるのか。

その理由付けをするために俺達は長く生きている。」



「なるほど。」




「来るものは来る。やらなければならない。

分かりきったことだ。」




「そう言われてみると、そうですね。」


簡単なことだが、神様にそう言われるととてもしっくり来た。



「人間は、小さなことで悩んだり、怒ったり、悲しんだり、するのだな。

俺たちから見ると、幼稚に見えるが、反面、そういう感受性を持っているからこそ見えるものもあるのだろう。」




シンが、やけに言葉を発する。



「シンさん、もしかして、励ましてくれてます?」




シンの方を向くと、目があった。

が、顔は背けずに視線だけはずされた。

肯定、ということでいいのだろうか。



「ありがとう、ございます。」




いつもぶっきらぼうなシンが、私に気を使ってくれた、と思うと、どこかほっこりした。

嬉しくて、笑みが溢れる。




「シンさんは、何を悩んでいたんですか?」




「話し、すぎたな。」




シンが立ち上がる。

私も慌てて一緒に立ち上がる。



「シンさんと話せて良かったです。

私にとって、保坂さんとシンさんは、先輩、のようなお兄さん、のような存在なんです。

シンさんと話していると、とても安心します。」




「そうか。」



シンが、私の足元を指差した。

そこには、小さな白い蓮が咲いていた。

ブルーの粒子が花びらに散りばめられていて、とても神秘的だ。



「さっきまで無かったのに。」



シンはその蓮を摘み取り、私の頭の上に載せた。




「悩みが晴れると、花が咲く。その人物にあった花が。」


シンから花をもらったみたいで、花がとても愛おしく感じた。大切にしよう。



「保坂、だが。」



「?」



「あいつは特殊な奴だ。

 言葉が気にかかることもあるだろう。

だが、奴の言葉を無碍にするな。思いがあるからな。」




「思い、ですか?」



「そのうち分かる。」




そういうと、シンが歩きだした。


「あ、ありがとうございました!」


背中にそう叫ぶと、シンは右手を上げて応えた。






私は蓮の花を胸にだいて、少し晴れた気持ちを味わいながら、帰路についた。



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