第10話 閑話休題②
「んん?」
西澤によく似た白龍が、シン越しに俺を見てきた。
大きな瞳に小さい顔、長い手足。
美人揃いの白龍の中でも、可愛い系統だと思う。
どこからどこまで西澤に本当によく似ている。
髪が短めなのだけが違うくらいだ。
「こ、こんちは。」
あまりにのぞきこまれるので、目があうなり挨拶した。
「こんにちはー。
この人が次の無間だよね??」
「無間の相楽と月代の白石だ。」
シンが紹介してくれた。
「そうなんだー。
あんまり見ない顔だなあっておもったら、やっぱり下界育ちの人かあ。」
「それは少し差別的な言い方だ。」
シンが諌める。
「あはは。
私、恵(めぐみ)。
利根川を主流とする、その分流の恵川の恵だよ!
よろしくお願いします、無間さま、月代さま。」
あっけらかんと笑うところも西澤によく似ていて、変な感じだ。
「恵さん、私達の友人にとてもよく似ているんです。生き写しみたい。」
白石がこらえきれなかったようで下界事情を持ち込んだ。
「めぐちゃんでいいですよー。
ああ、よくあります、そういうの。
わたしの場合、何回か顔を変えてて、今の顔が可愛いかなって思ってるので。
下界での可愛いによく合ってるってことだね!」
「へえ、君は顔を変えられるタイプなんだね。
分流なのに、結構力あるんだ。」
御名方が感心している。
「そうなんです。
私、分流でも本当に生まれたてなんですけど、そのおかげなのかもしれないです。
下界では小さな川は形がよく変わりますから、それに合わせて私達も反応できなきゃいけないようになったのかもしれないです、って、ご主人様が。」
「ご、ご主人様。」
白石がどんどん引きつっていくのが分かる。
「はい。
利根川のご主人様です。
もうお会いしましたあ?」
「いえ、まだです。
まだこちらに来たばかりなので。」
「会ってみてください、渋くてかっこいいですよー!
でも、私にとって日常的なご主人様はシン様だけどね!」
そういってシンの肩を抱く。
シンは依然として表情を変えずに桃を貪っている。
「二人共お熱いねえ、ね、どう?
白石チャン、僕達もさあ。」
「あ、いえ、大丈夫です。」
御名方がそろそろうるさいので、割って入ろうか。
「で、でも、白石さんは今の状況が続くなら、様々な神々とお付き合いした方がいいですよ。」
「そうだな。
もうすぐ正式に月代になるから、相手をコロコロ変えられるのは今のうちだぞ。
どうだ?俺なんて。」
「ん!?
正式に月代になるとコロコロ変えられないんですか?というか、正式に月代になるってどういう事ですか。」
一同が目を見合わせる。
「御名方、話してやれ。」
シンが桃を貪りながら言った。
「そうだねえ。
代々の月代と無間がどう教育されてたのかは、僕達もよく知ってるし、挙句の果ても見ているからねえ。」
御名方が盃を指で弄びながら言う。
どうやらいろいろと、俺達には言えない事情があるらしい。
現在の無間と、后の話。
「でも、それが白龍族の決まりかもしれないし、それはそれで、知らないからうまく行くこともある。
登る山の高さを聞かないで登ったほうが、辛さが少ないって言うし。」
御名方の笑顔の裏にはなにかありそうだ。
「あのう、盛り上がり中のところ失礼します。」
一葉が申し訳なさそうに入ってきた。
「お二人とも、そろそろ沐浴の時間です。」
「よし、さ、帰るぞ白石。」
俺はこの男だらけの宴会場から早く白石を連れ去りたかった。
なんとなく、だ。
「もうひと押しだったのになあ。」
御名方が残念がっている。
「でも、彼らが沐浴してくれないと、お水がすくなくなっちゃうからね。」
ヤサカが察してくれたようで、白石の背を押している。
「あっ!相楽君、ちょっと。」
帰り際、恵が俺を呼んだ。
恵みのそばへ行くと、恵から紙切れを渡された。
「あとで、読んでください。」
コソコソと囁かれ、恵はシンの元へ戻った。
俺は紙切れを懐にしまった。
なんとなく、白石に見られていないことを確認してから。
「では、お先に失礼いたします。」
恵が加わって更に騒がしい座敷を白石と後にした。
「お二人共、よい息抜きになったでしょう?」
一葉がドヤ顔をしている。
俺と白石は目を合わせてから、
「そうだな。ありがとう、一葉。」
と、気を遣った。
「よかったです。
では、沐浴の後夕餉(ゆうげ)を。」
俺は懐の中のメモを確認するように握りしめた。
白石と解散し、沐浴の場へ向かう途中でそのメモを開いた。
文字はない。
ただ、すうっと鼻をくすぐる香りがした。
その瞬間、なんとなく、沐浴の場へ向かう廊下を逸れたくなった。
沐浴の場は大きな滝の近くにある。
廊下といっても石畳と細い鉄の柱で辛うじて建物感を出しているだけのものなので壁があって区画されたエリアがあるわけではない。
滝は遠くの方に見えるので、あそこへ迎えばたどり着ける。
そんなことを考えて迷わないようにしながら気の向くまま進んだ。
すると、向こうからこちらへ向かって来る人影があった。
恵だと、直感した。
恵みは小走りできたのか、会うなり頭を垂れて息を整えている。
「流石無間だねっ。
いきなり白紙を渡しちゃったから、ダメかと思っちゃった。」
パッと顔を上げた恵に、ドキッとする。
少し汗ばんだ額と、頬に張り付いた髪が色っぽかった。
この世界で、熱っぽさを感じたのは初めてで、下界にいた頃を思い出して懐かしくなる。
「いや、なんとなく来てみたらお前に会えた。」
恵は嬉しそうに微笑んだ。
「沐浴の場へ行くんだよね?
近道を知ってるから、歩きながら話そう。」
「別に急いでいるわけじゃないから、そのへんに座ってもいいんだぞ?」
「相楽君は優しいんだね。」
なんとなく恵と一緒にいたかったから、その言葉が素直に出てきた。
「でも、白石サンと時間合わせて行動してるんでしょ?」
白石のことを白石さんと呼ぶその白龍は、下界で最も付き合いの長い女性、西澤にあまりにも似ていて、西澤ではないかと思う。
とぼけて、俺を知らない振りをしているんじゃないだろうか。
「いやあ、お前って、俺の知り合いにホントよく似てるんだよ。」
「そうみたいだね。
いいよ、その人だと思って接してくれて。」
「いや、実は本人じゃないかとも思ってる。」
「あはは。」
くるくると表情が変わる、神らしくないその少女に、つい興味がわいてしまう。
「で、用件はなんだよ。」
「・・・。
ううん、ただ、相楽君とお話したかっただけ。」
「それだけ?珍しかったか?俺ら。」
「そりゃあ、白龍族の次期トップだからね、見たかった気持ちはあるよ!
やっぱり、月代になるコは綺麗だなあって。」
「アイツ、下界では全然顔違うんだぜ?」
「うっそお!じゃあ、こちらに来てよかったんだね!」
「そうだなあ。
元気は無くなったけど、それくらいがウザくないと思う。」
「ひどーい!」
お互いに笑い合う。
友達同士のような、何でもない会話。
「実はね、相楽君はきっと強いと思ったから、お近づきになりたくって。」
「強い?」
「うん。
こう言うのもイヤらしんだけどね、無間になる人は、大抵強いの。」
「俺の前の人も?」
「うん。」
恵の声のトーンが一気に下がる。
「私、あんまり友達とか、いないんだ。
それに、実はね、今のご主人様からは凄く疎外されちゃってるんだ。」
言葉に涙声が交じる。
「お前にはシンがいるだろ、頼れよ、毘沙門天を。」
「頼りたくても頼れないの。
やっぱり白龍は白龍。
人間に近い感情を持つからかな。
シンさんは、あまり私の話を分かってくれなくって。」
「そうなのか。
確かに、仏頂面をしててよく分からなそうな奴だよな。」
「嬉しい。
相楽君は分かってくれるんだね。」
恵は涙で潤んだ顔を上げる。
その表情はあまりに人間的で、儚くて。
「俺で良ければ、相談にのってやるよ。
また、いいな。」
恵のあたまをそう言って軽くたたく。
「ありがとう。」
事情はよく分からないが、力になってやりたい。
そうおもった。
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