第9話 白水会議
私のおしぼりは、見事に的を外れ、力強くコヅキの隣の人物に直撃した。
筋力が著しく落ちているから、コントロールもままならない。
しまった!
と思って立ち上がると、直撃した男性は、大丈夫だ、と静かに制した。
コヅキは、「いやあ、」と言いながらニヤニヤしている。
今度こそ当ててやろうか。
「おさまったかしら。」
后が不機嫌そうに言う。
「すみません、取り乱して。」
相楽が咄嗟に謝る。
相手が女性だからか、いい顔するんだから。
「コヅキ、つづけて。
あと、次期月代と無間はいちいち取り乱さないように、キリがないわ。」
「す、すいません。」
キリがない、だと。
「いやはや。
さて、まずお集まりいただいたたくさんの方々にご足労を労って白き水をまきます。」
すると、背の高い男性が盆を持って后に近づいてきた。
后は盆に手を付けると、水を一周かき回すと、男性に渡した。
そのまま男性は、机の周りを一周しながら、盆の水をてにつけて、少しづつまいて歩く。
「二人共、今日のために、清澄階の多くの神々がここに集まっているわ。
姿は見えないけれど、感謝の気持ちを忘れないようにね。」
后がキッパリと言う。
人間化している者もいるが、そうでない者もここにいる、ということらしい。
「では、議題にうつりましょうか。
議題は時期月代の側近について。」
「それに先立って今日は七福神を全員連れてきたので、最初にご挨拶しようと思います。」
コヅキは真面目な顔からぱっと笑顔に変わった。
「えー、まずわたくし、恵比寿で、コヅキと言います。
一応、伊邪那岐と伊邪那美の間に生まれた最初の神ということになっております。
福の神として信仰されているので、外界では誰からも信仰を受けるラッキーな存在です。」
会場に苦笑がはしった。
「今日の司会進行を務めます。
また、今回の白き水問題を提訴した張本人ということで、問題解決に勤しみたいと思いますので、何卒ご協力の程をお願い致します。」
珍しく流暢にしゃべり上げた。
ただのフワッとした変人ではないようだ。
「続いて紹介します。
こちらから時計回りに、
毘沙門天のクーベラ、シンです。
続いて弁財天のサラ、
大黒天のマハ、
布袋の契此(カイシ)、
寿老人の寿(ことぶき)、
福禄寿の禄(ろく)。」
次々と頭を下げる。
すると、私のおしほりが直撃した、男性が立ち上がった。
相変わらずの無表情で、落ち着いている。
「毘沙門天のシンだ。
貴金属、宝物を守護とし、戦闘も司っている。
今回の白き水問題では、我々神々も入り辛い黒龍の都へ行くと聞き、宝物の調査と月代一行の護衛も兼ねて、かけつけた。」
すると、シンと名乗る男性は私の方を向いた。
「毘沙門天の名にかけて、月代および月代一行を守護する。
必ず連れて戻る。
以上。」
おもわず、頭を下げてしてしまった。
あまりにも私に向かって言っているように感じた。
最初はしかめっ面で何を考えているのか不安だったが、よくよく見るとイケメンだし、すごい紳士そうな印象。
和風イケメン、といった感じか。
「弁財天のサラでえす。
呼び方は色々あるけど、サラがお気に入りね。
白龍とは知り合いが多いし、この中ではなかなか顔が広いほうだと思うから、何かお役にたてればいいけどぉ。」
サラと名乗る女性。
紫色のストレートロングヘアで、小麦色の肌をしている。
かなり露出度が高い服装をしていて、ふとももが艶めかしい。
ラテン系の血を感じる。
ときどき隣のシンになにか耳打ちしているようだ。
「大黒天のマハだ。
黒龍の都では是非とも日焼けをしたいので、同行させてもらう。
以上だ。」
「それだけだと、同行する価値が分からないわね」
后がキッパリと言う。
「それに、サラさんと並ぶとギラギラしてて眩しいわ、今度から並び順を考えてくれないかしら。」
確かに。
サラは小麦の日焼け肌程度だが、マハはかなり色が黒い。
筋肉が隆々で、髪も金髪なために、見た目がドギツイ。
「あら、后ちゃん?
それって小麦肌反対ってことぉ?」
サラがすねた様子でマハに縋り付く。
こうしてみると、サーファーカップルのようだ。
「反対じゃないわ。
むしろ健康的で、日に焼けない私達からすれば羨ましい限りよ。
でも、ちょっと黒すぎないかしら。」
后が真面目なトーンでどうでもいい話を掘り下げ始めた。
「后殿、以前にも話したように、人の姿になる時は様々な危険を伴うのだ。
日々の鍛錬をしておくことで人化している間も攻防には支障が出ない。」
「それを言うなら、そこで仏頂面してる毘沙門天はどうなのよ、白くてヒョロヒョロじゃない。」
「好きなように云っとけ。」
后の毒舌にもシンはうろたえない。
「それにい、こっちのほうがカッコいいじゃなーい。
ほらぁ、下界ではなんて言うんだっけ、リア充っぽい??だっけ」
サラがこちらを見てくるので、取り敢えず頷いた。
「ありゃりゃ、真面目な紹介だったのに脱線しちゃったな、ははは。」
コヅキが笑う。
笑っていないで軌道修正をしてくれ。
「そもそも、僕達を一所に集めて静かにしておけなんて不可能なんですよ。」
座っていた子どもが話し出した。
「じゃあ、はい、途中から、契此。」
「はい。
布袋のカイシと申します。
日にも焼けてませんし、ヒョロヒョロですが、白龍族に手をかせるということで、何か出来ればいいなと思っています。
よろしくです。」
カイシという女性は、背が高く、肌も髪も白い。
頭は男性のようなカッティングがされているが、声としぐさは可愛らしさがある。
なかなかマトモそうで安心した。
「もう、5人分も自己紹介待つの疲れたよお。」
これはまた物腰の柔らかそうな男性だ。
白に近い金髪の髪をポニーテールでまとめている。
後れ毛がなんとも色っぽい。
「福禄寿の禄(ロク)だよ。
まあ、七福神のなかでも男性に強いこだわりを持つ神ってとこかな。
というわけで、相楽君どうぞよろしく。
もちろん、白石さんも。」
「はあ。」
「よろしくです。」
「そんなこと言ったら女の子に興味ないみたいじゃなーい、いいわよお、女の子は。」
サラがシンによりかかる。
「あら、相楽君がタイプだったら早速指導してちょうだい。」
「もちろん、つきっきりでお相手するよ。」
后と禄が怪しげにほほ笑んでいる。
「なんの指導です?」
「いかに女性らしく見せるか、の指導だよ。」
「いや、そういうのは俺じゃなくて白石の間違いでしょ」
相楽がバカにしたように言う。
こいつ、と思って軽く肘でつついた。
「何言ってるんだ君は。
本当に無間の資格があるのか?さっきから見てると大した力も無さそうだけども。」
相楽のすぐ近くに座っていた子どもが口を出した。
「ええ?」
相楽が苛立ち気味で聞き返した。
自分を卑下されるのは昔から好きじゃないよね、変わってない。
「ああ、痺れをきらっしちゃったかなあ、ゴメンネ。」
「コヅキ、僕をいつも子供扱いするのはやめてくれ。
寿老人の寿(コトブキ)だ。
こう見えて、コヅキと同じくらいの歴史を持つ者だ。
子供扱いはやめること。」
なんとも気の強そうな子供だ。
「どういうことっすか。
女性らしい所作って、またこの世界の意味の分からない決まりっすか。」
「相楽、ちょっと落ち着こ。」
興奮する相楽をなだめながら、カイシがうつらうつらと船を漕いでいる様子を伺う。
「いい機会だわ、私から話すわ。」
后がぶどうを掴んで皿に載せた。
皆はそれとなく姿勢を正す。
「無間は月代の守護者よ。
そして、これは極秘事項なの。
特に、黒龍に対してはね。」
コヅキが頷く。
「なんで黒龍に対しては特になんですか?
同じ龍族だし、この住処にもいるんじゃないんですか?」
「黒龍は、見ればわかる。」
マハが腕をくみつつ言う。
「黒龍は、火と大地の守護者だ。
水を守護とする白龍より数が圧倒的に多い。
そして、彼らはその守護から常に高温、炎天下を好むために、肌の色が濃い。」
「同じ龍族だけれど、全く一緒ってわけではないの。
彼らはそんな特性もあるから、存在できる場所が限られていて、そこには水も存在しにくいことから、我々白龍族が白き水を供給しに行っているのよ。
それと引き換えに、こういった食材なんかももらってくるのだけれど、白き水だけでは足りないというはなしになって、代々一人、黒龍に嫁がせるようになったの。」
后が肘をつきながら、ペラペラとしゃべる。
「でも、そんな人身売買みたいなこと、この世界にあるのがおかしい、っていうのが最近の傾向にあって、嫁がせるんじゃなくて、まあ、養子縁組みたいなことろするようになって、今の私がいるわけ。」
「ですが、黒龍族に人質を取られている状況は変わらない。
月代がここにいられるようになっただけで、実態は変わっていないのさ。」
寿が詳しいようで、自慢げに話す。
「そう。
呼ばれたらすぐ駆け付けなきゃいけないし、かえっていいといわれるまで帰れない。
そこで、女性なら一人だけ同行していい、といわれたのよ。
月代一人じゃ心細いし、同族でないとうまく行かないこともあるから。」
「ふぅーん、そういうことだったの。」
サラが納得している。
「これは、私の代からよ。
で、連れて行くなら私をいざという時守ってくれる者でなければ、ということで、無間が同行することになったのよ。
女装させて、しぐさも矯正させてね。」
相楽を見ると、ガクーっと肩を落としていた。
「そうなんだよね。
代々無間になる者は美形揃いだったから、普通に女性にもなじめたんだよねえ。」
ロクの目が怪しげに光る。
この人、男性好きなのかも。
「なるほど。
ということは、相楽は私の守護者でもあるけど、仲の良い女友達でもあるわけなんですね。」
「そうよ。」
相楽とそこまで深い中になるとは。
そもそも、昔に仲が良くなっただけなのに。
むしろ、こういう運命だったから、無理矢理出会うようになっていたとか。
だって、課外活動がなかったら、ずっと知らない相手だったわけだし。
「ここで重要なのは、無間と月代は永遠につがいにならない、ということさ。」
コヅキが目をギラギラさせている。
相楽が顔をあげた。
「ここまでしくまれている配役なのに、くっつかないんだ。
龍族は性別のある神であるにもかかわらず。
諏訪湖を守護するする諏訪大明神の建御名方神(たけみなかたのかみ)は女性神と夫婦として存在している。
水に関する神は子を成すことで下界での分流として繁栄も見込めるから、性別があることはむしろ素晴らしいことであるにもかかわらず、その最も重要な月代と無間が交わらない。
これは、間違っているかもしれないね。
もしかしたら、代々の黒龍との付き合い方も。」
コヅキが真剣だ。
后も頷きながら聞いている。
「これは、そういう啓示なのではないかと僕は考えているんだ。
清澄階という世界で、龍族だけ特異な状況に置かれ続け、下界の河川の数を主として、数が日増しに減っているのは我々の世界のあり方にも問題があるのではないだろうか。
もっと、白龍族を繁栄させることで、下界の信仰にも繋がるのではないか。
龍伝説として一時期、我々を認識していた時代のように。」
「コヅキ、完璧に龍族になりきってるわね。
その態度は大いに尊敬に値するわ。」
「ということで、話しが長くなったけど、黒龍との関係も考えて僕らが今回の件について主導とさせてもらって、時期月代の側近としてお守りする、ってことでいいかな?」
にっこりとコヅキが笑う。
后は驚いた顔をしている。
「あら、こういう話にするつもりだったのね。
やられたわ。
あなたまさか、遅刻も作戦だったの。」
「いやあ。」
コヅキがニヤニヤしながら頭をかく。
いや、遅刻はたまたまだと思う。
「わかったわ。
もう、様々な神神にも聞かれているでしょうし、今回の件については七福神に一任させてもらうわ。」
七福神が全員立ち上がり、頭を下げた。
まるで打ち合わせをされていたような息のあった動きだ。
「長丁場になったわね。
取り敢えず、今日はここまで。」
后は立ち上がり、ヒールをカツカツ言わせながら立ち去った。
七福神たちは未だに食事をとったり、語り合ったりしている。
「相楽、私より女らしいから、きっといい無間になれるよ。」
「はぁ?女らしいてか?
ぜんっぜん嬉しくねえよ。」
相楽は机に突っ伏した。
月代と無間は交わらない、夫婦神のようにならない、そう言われてホッとしている自分がいた。運命だなんて言われるから、そういうklとかと思ったけれど。
私はちらりとシンさんの方を見る。
すると、シンさんと目があった。
思わず目を背けて下を向く。
シンさんが視界の端で立ち上がり、こちらに向かってくるのが分かった。
話しかけられる!?
「白石。
少し、話がしたい。」
シンさんは真剣な顔で見つめる。
かっこいい。
美しくて、怖くて、かっこいい。
「は、はい。
なんでしょうか。」
みるみる顔が赤くなっていくのが分かる。
顔が暑い。
するとシンさんは私の前に片足をつき、私の手を握った。
プロポーズをする男性のように。
私の横で、相楽がヤキモキしているのが分かる。
イライラして貧乏揺すりをしている。
「これから、様々なことが起きて、色んな話を聞くだろう。
だが、自分だけ信じていろ、惑わされるな。
神は貪欲で、自己主義だ。」
シンさんの黒髪がサラサラとながれ、太いまゆにドキドキする。
まつげも長くて、真剣な表情の前では言葉も出ない。
「い、いきなり言われたことなので動揺していますが、分かりました。
ありがとうございます。」
ドキドキしてままならない乙女になることもできた。けれど、そこは私。
どんなことがあっても、誰かに見られていると思うと平静を装うことができる。
シンさんは少し笑って、頭を軽く下げて立ち去った。
心臓はまだドキドキしている。
「顔真っ赤だぞ。
どこの世界でもモテていいですね、白石サンは。」
「いい人だなあ、さすが毘沙門天。」
相楽がお決まりの妬みをはいてくる。
「シンから話しかけてきたの?」
「コヅキ。」
「珍しいなぁ。
シンは自分からは話しかけないんだ。
特に女性には。」
シンさんは私を特別扱いしてくれたのだろうか。
嬉しい。
「モテそうだよなアイツ。
周りに女、たくさんいるんだぜきっと。」
「相楽、負け惜しみは身苦しいぞ。」
「ふん。」
「兎に角、こういう事だから。」
コヅキはニッコリと笑う。
「こういう事ってどういうことよ。
結局私たちは帰れなくて、かつ、黒龍の陣地に踏み入れるだけてはなく、嫁入りまでするんでしょう。」
「まあまあ。
多くの神々が聞いていたからね。
中には黒龍も紛れていたかもしれない。
そんな場でいけしゃあしゃあと全部話せないよ。」
「へえ。」
感心した。
これはお芝居だったのか。
「コヅキィ。
私達帰るけど、いい?」
「ん、また頼むね。」
「りょうかあい。
良かったでしょう、日焼け話。」
「ああ、助かったよ。」
二人のやり取りを聞く限り、本当に仕組まれた会議だったようだ。
「今日は疲れたろ。
ふたりとも、休みなよ。
もちろん、無間と月代とはいえ、部屋は別々だけどね。」
「あたりまえよ!」
こうして白水会議は終わった。
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