第8話 閑話休題

白龍族の都に来て、1週間ほど経っただろうか。

白水会議を終えて、俺達のこの先の方針が定まったので、今はそれぞれ自身の役割を果たすべく努力している。

この世界、清澄階では日が昇らないらしく、年中夕暮れ時のような空なので、日にちの管理というものの仕方が分からない。

神々は、時間や日にちというものを気にしないので、問題はないのだろう。

俺たち下界から来た者にとっては、自身の体内時計だけが頼りということもあって、朝は各々起きたい時に起きている。

白龍達は基本的に滅多に睡眠を取らないので、一葉や静蘭が起こしてくれることもある。


「相楽殿、朝餉(あさげ)の時間です。」


そう言って部屋に入ってきたのは静蘭だ。

静蘭は、胡蝶という双子の白龍がいる。

背丈は子供並で、すこしかすれ声、こどもそのものだ。

桃色の髪を肩のあたりまでのばし、おかっぱ頭に切りそろえて、長い耳がぴんとでている。

鱗も桃色だ。

気が強いらしく、いつも一葉にとやかく言っている。胡蝶ともよく口論を交わす。

そんな彼だが、テキパキと俺の身の回りの世話をやいてくれるので、とても助かっている。

俺は寝床から起き上がる。

寝床は下界私用にされていて、柔らかい布が何枚にも重ねなれ、周りをたくさんの綿で詰めてベッドのようになっている。

一葉が作ってくれたのだそうだ。

起き上がると、長い髪が顔にかかる。

女性というのはこんなに厄介なものをこさえて生活しているのかと思うと尊敬に値する。

髪を後ろ手に一にまとめる。


朝飯の前に、沐浴をすることにしている。

俺と白石が浸かった湯は浄化され、白き水の最高級品になり、神々の「人格化」に役立つ。

この水が、俺達が清澄階に呼び戻された理由だ。

呼び戻されたというのは、俺達はもともと、下界ではなく、清澄階の人間だからだ。

龍は蛇と同様、卵によって子孫を残す。

清澄階でも子孫を残して親が死にゆくのは龍族だけらしい。

俺達は、その産み落とされた卵の一つだった。

其れが、何故か下界の女性の胎内に移動し、下界で人間として誕生した。

龍族が下界で生まれることは珍しくない事らしく、一葉もいくつか例を見ているそうだ。

俺達と同様、理由あってこちらに戻ってきた人間がいるらしく、今度面会させてもらえる。

そんな下界で産まれた者は、一旦は女性の遺伝子と融合し、人間の両親そっくりに生まれる。

生後15年を過ぎると、本来の姿に戻ろうとして、難病を抱えて死んでしまったり、顔がただれてしまうこともあるらしい。

生後40年を過ぎると、清澄階での遺伝子が消え、完全に人間になるのだそうだ。

この独特の変化について知った時、俺のなかでいくつか合点がいった。

男子なら早くて12、遅くとも15,6には声変わりがはじまり、体つきも変わってくる。

一方で俺は、高校2年でやっと声が変わり、いくらか背も伸びた。

しかし、ほかの友達と比べるとまだまだ体付きは細く、髪も伸びるスピードが早かったために、遠目からみると女性、と言われてしまう自分の体に疑問を持った。

医師の道を志したのも、俺だけ成長が遅い理由を突き止めようと思ったのがきっかけでもあった。

今考えると、その過程は、清澄階での本来の自分に近づこうとしたからで、やたらと水を欲したり、油物が食べられないといった症状は、白龍から人格化して存在するために水分は必要で、清澄階にはない脂質を体が拒絶したためなのだと納得がいく。

俺の両親は細身だったし、顔つきも日本人離れしていたせいか、今の本来の姿に自分が変わっても、大きなショックは無かった。


白石は、かなりショックを受けていた。

もともと活発で、なんでもこなせていた白石。

本来の姿は、白龍らしい整った顔つきに、細い手足。動き回るには体がついていけないようで、体力もなくなった。

白石は今の自分が受け入れられず、悩んでいるようだった。

俺も、変わってしまった白石は、まだ受け入れられていないみたいで、元気のない白石を見ると、少し寂しい気持ちになる。

この変化は、まだまだ俺達の問題になりそうだ。



沐浴を終えると、白と薄い青色の衣服を身につける。

白龍の一族は、白を基調として、女は赤色、男は青色といった衣服の色分けがされる。

性別が無いのは原初神々だけで、その他の神々には女は美(み)、男は岐(き)、と言ったように名前から性別がわかるようになっている。

唯一階級らしきものを表すのは、金や銀といったものをどれくらい身に着けているかだ。

白龍一族は質素を好むらしく、だいたい帯だけにそういったものをあしらう。

俺と白石には銀色の帯紐。

后には金色で太い帯が割り当てられている。



静蘭に髪を綺麗に結ってもらい、広間へ向かう。

廊下で通りすがる白龍達は、名のある川の主たちの分流を守護する者達だ。

俺達が住んでいた日本は、芦原の中つ国と言われるが、中つ国で例を上げれば、日本一分流を持つ最長の河川、信濃川。

長い間、運搬河川として栄えた利根川を守護する龍と、その分流を守護する龍達がいる。

これは聞いた話だが、中国の黄河の流は物腰が柔らかく、エジプトのナイル川の龍は音に敏感で気性が荒い、インドのガンジス川の龍は長い間姿を見せておらず、基本的に非協力的なのだそうだ。

この館には、そういった名のある川の主たちが話し合いやお祝い等行事のために訪れている。

分流の龍たちは、主のお供や手伝いのために同行することが多いのだそうだ。

清澄階でもそういった主従関係は珍しいため、龍族は人間くさい、とも言われている。



廊下の端に知った顔があった。

初めて清澄階に訪れた時、裸姿を見てしまった、ピンク色の髪をした龍だ。

顔が、西澤と酷似しているのでよく覚えていた。

軽く会釈をすると、その龍は深々と頭を下げた。

うなじから、ピンク色の鱗が見えた。

通り過ぎる数秒間、見入ってしまった。

彼女には、なぜか惹かれてしまう。




髪と、項の鱗は同じ色をしている。

龍だった頃の名残らしい。

俺には薄い青色の鱗があるが、髪色は黒いので、そのうち黒か藍色になるのだろう。

白石と后には、鱗も尖った耳もない。

姿形を限界まで人間に近づけて、黒龍と引き合わせるためなのだという。

代々、月代を継ぐ白龍はその様な姿で人間化するため、判別しやすいのだそうだ。

無間を継ぐ者をどう判別するかは静蘭が「そのうち分かる」と口をつぐんだ。



広間につくと、花の香りのする香が焚かれ、下界で見たことのあるような朝食が並べられていた。

白石はまだ来ていない。

席につき、外に目をやる。

外と言っても、この広間は庭と一続きになっているので、境界は曖昧なものだ。

相変わらずの夕暮れ時の夜空と、池と滝。

ピンクと白の蓮花があちこちに浮いている。

遠くの方に大きい滝があるようで、湯気があがっている。

その様子を見ながら、静蘭の淹れてくれたほうじ茶をすする。

朝食は、俺と白石だけが摂る。

まだまだ清澄階に慣れない俺たちには食べ物は必須で、癒やしでもあった。

食事の間は一葉も静蘭達も席を外してくれるので白石とゆっくり話せる時間でもあった。


白い粥が運ばれてきた。

同じタイミングで、扉の向こうから白石と胡蝶の声が聞こえてきた。

長い前髪が顔にかかって気になる。

前髪をいじっていると、白石が入ってきた。


「おはよ。」


「はよ。」



朝の挨拶をするのもまだ慣れない。

急に親密になったようで照れくさい。



なにせ、俺たちが再開したのは数年ぶりで、最後の別れ方は白石から一方的にフラる形だったのだ。

それが、こんなことになり、今は仲良く向き合って朝食を取り、一つ屋根の下で眠り、クイーンとナイトの関係とまで言われている。



「相楽、また女っぽくなった気がする。

 仕草とか。」


「そうか?前髪、邪魔なんだよな・・・。」


白石は粥を口に運びながら、上目遣いで会話をする。

昔の白石でもつい見てしまうが、今はもう凝視したいくらいだ。

長いまつげと真っ白な肌、黒くて艶のある長い髪。

斑だった皮膚も、もう無くなり、完全体になっている。


「もう、体には慣れたか?」


「段々とね。

でも、いままで飛んで跳ねたりしてた性格だから、しおらしい自分が変な感じ。

でも、黒龍の相手に好みが合ったら困るし、痩せてるほうがいいかなって・・。」



白石は目を伏せた。


ここで、今までのお前も好きだ、今のお前も、なんて言えたら。


「そろそろ落ち着いてきたし、黒龍の相手との面会はまだ先なんだ。

その、俺たち、いろいろあったろ?」


ここまで言いかけて、白石を見ると、白石は目線を外した。

俺は変なことでも言っただろうかと一瞬焦って、沈黙が生まれた。


「ごちそうさま。

 いろいろなんて無いよ、普通の思い出だけ。」


「普通って、お前なあ、俺があのあとどれだけ苦しんだか知らないだろ。」


俺がそう言い終わると、白石はちょっと

怒ったような顔でこちらを見て、黙ってしまった。

そんな沈黙を破るかのように、胡蝶と静蘭が盆を下げにやってきた。

ピンクの頭が小さく2つ揺れる。


「こほん、えーっと。

 白石殿、相楽殿、本日は特に予定もないゆえに、自由に過ごしていただきたい、と言いたいのですが」



俺達は目を合わせた。


「予定がないからこそ、心身を休めねばなりません。本日は他の白龍達の宴も催されますので、息抜きに参加されてみたらいかがでしょう。」



はたしてそれが「休み」になるのかは分からないが、神々にとって空いた時間こそ宴が至福なのである。



「どうでしょう?」



一葉は一生懸命、俺達の息抜きを考えてくれたようだ。

そんな様子が痛いほど伝わってきたので、俺達はまた目を合わせて、了解した。

すると、一葉はぱあっと明るい顔をし、ではでは、と俺達を誘った。



「いえね、お二人から断られてしまったらどうしようかと思いましたよ、なんせ、皆には次期月代と無間がお顔をお出しになると言ってあったので。」


「こらこら、一葉、じゃあやすんじゃおうかなあ。」


白石が一葉に茶々をいれていると、付近の部屋の襖がガラリと空いて、体格のなかなか良い背の高い男が白石に腕をまわした。



「なに、白石チャン来ないの?」


そういうと、男は白石の腰を抱いた。



「おいっ!」


とっさに声が出て、白石の腕をひいていた。

男はそれでも尚ニコニコしている。


「流石は無間サマってかんじだねえ。

やっぱり君たちって付き合ったりしてるの?」


その問いかけに、俺は、いや、そういうことは無い、と言って手を引いた。

白石も、特に何か言うでもない。

この微妙な間を、一葉が察して言葉をかけた。


「あ、えーとですね。

 お二人とも、この方は建御名方(たけみなかた)殿です。

えーっと、お二人の住んでいた国の諏訪湖を守護しておられる白龍です。」


諏訪大社の祀神と言われるその男は、金色の帯紐を身に着けて、コヅキのように真っ白い衣服を着ている。

それから察するに、古く格上の神であるらしい。

出で立ちは、金髪で白がかった金のウロコ。

耳の上の髪を刈り上げ、上の方が長くなったイマドキの髪型に、眉間あたりから三つ編みを垂らしている。


「は、はじめまして、次期月代を任命されました白石です!」


白石が、格上と分かると態度を変えた。

さっきまで腰に腕を回され戸惑っていたのに、すっかり魅入っている。

すると、俺にも自己紹介を求めているかのように、横目で見つめてくる。


「はあ。

 無間とやらになった相楽だ。

 アンタ、古い神なのにスゲえ軽いんだな。」


そう言って睨むと、男は俺と白石を交互に見て、またもやニヤニヤしながら言った。


「へえ。

今回の神代(かじろ)関係も複雑になりそうだねえ。」


一葉が小さな声で、「左様です・・。」と答えた。


「今、時間あるの?

 俺、そこで知り合いと呑んでるんだけど、ちょっと顔出してかない?」


男は白石に腕を回して顔を覗き込む。

白石は顔をあからめている。

チッとつい舌打ちをしてしまった。


「ね?一葉、いいだろ?」


男は一葉にウインクをした。

一葉はどうぞどうぞと快諾した。

少しは俺達の意見を聞け。



「ダメだ、俺達は今休暇なんだ。

 酒のんでる場合じゃない。」


俺は白石に回された腕を解いた。


「いいよ、ちょっとご挨拶しようよ。

 こちらのお酒も飲んでみたいし。」


白石がそんなことを言っている。


「そうだよ無間くん。

 女の白龍もいるよ、お気に入り見つければ?」


「相楽だ。

 分かったよ、だが、少しだけだからな、白石。」


女の白龍につられた訳ではないが、ここで押し切っては空気を悪くすると思ったので、とりあえず参加することにした。

すぐ近くの襖を開けると、沐浴の場のような湯だまりがある庭が見える大広間になっていた。

その真ん中に、何人かの白龍がいた。

湯には、誰かが浸かっているようで、声がした、女性の声だ。



「みなさーん、こちら、次期月代と次期無間のおふたりでーす!」


男はそう言うと、俺達を軽く前に押した。


「よ、よろしくお願いします。」


面々を見ると、落ち着いた雰囲気の女性と、白水会議にも出ていた強面の男。

気分の悪そうな顔をした男に、体格のいい男がいた。


「紹介するね。

 こっちの女性は僕の奥さんで、ヤサカ。

 こわーい顔したイケメンが、毘沙門天のシン。

病弱そうなのは黄河の分流のセイメイ。

ゴツイのが、多摩川のタカヒト!

たまたまそこで会ったから、誘ったんだ。」


誘ったって。

随分暇を持てあました神々だ。

早速仲間に加えられ、盃を渡される。

小さい赤い杯が、下界らしくて懐かしくなった。



この世界の物は、金か、ガラスか、布か、黒い鉄状の何かしかないので、色が付いているものは植物か料理、衣服くらいしかない。

色物の物体がある場合、誰かが外界から持ち込んできたものだと考えるのが妥当なのだそうだ。


食べ物は、基本的に粥状の物に、よく見知った果物や野菜が出される。

粥状のものは、白き水と同様、この世界で人間化するために必要な物質が含まれた物で、味は無いが、食べる人間に合わせて変化する。

飲み物は、白き水を基本として、お茶からジュースまで、外界と同様のものが得られる。

ビールなどは見たことがないが、米から作られる酒は大体揃えられている。


いま目の前には、桃とぶどう、柿だ。

酒はガラス瓶に入れられ、白濁している。

白石は酒に酔わない体質らしく、勧められるがままに飲んでいる。

俺はアルコール耐性は普通で、どちらかといえば弱いほうだ。



「こっちにはなれたの?」


と、御名方が白石に話しかけ続ける。

ずっと腕を回したままなのが癪に障る。


「無間くん、えっと、名前は相楽君だっけ?」


白石たちを睨んでいると、女性に声をかけられた。たしか、御名方の妻、だったような。


「あ、はい、えっと。」


「ヤサカ。

 八坂売女(やさかとめ)が本名。

 私には興味ない、か。」


「あ、いや、そういうわけではないんです、神様の名前って、長くて難しくって。」


「無理しないでいいよ。

 もともと、私存在感薄いからね。

 君たちの大将と違って。」


そう言って、ヤサカははにかんだ。

大将とは、后のことだ。

確かに、ポニーテールニーハイソックスのツンツン女に比べれば、ヤサカは地味だ。



「あの人は、まあ。

 スイマセン、前々から思ってたんですが、あなた方神々は、人間化するときに好きな形をとれるんですか?」


「うーん。

 そういう人もいるね。

 私もやれば出来るのかもしれないけど、興味ないなあ。

だから、これはありのままの私。

生まれて、気づいたらこうなってた。」


ヤサカは柿を食べながら、御名方の方を見て言う。


「旦那さんは、もともとああなんですか?」


「そう、昔っから。

 でも、彼はよく降臨するから、下界の流行りに敏感で、コロコロ顔形は変わるわね。

最近はアレで安定してるけど。」


「なるほど、要注意ですね。」


「相楽君てさ、白石さんのこと、どう思ってるの?」


「それ、なんかに関係あります?」


「大アリだよ!」


そう言って、ヤサカはさあ酒を飲めと言わんばかりに酒をついでくる。


「代々、月代と無間は何かしら関係のある者同士がなるのよ。

父と子、恋人同士、兄と妹、とかね。」


「俺達そう言うんじゃないんですよ。」


「そうなの?

 どう見ても相楽君、白石さんに気があるとしか思えないけどな。

守りたい思いがある人が、無間になるの。

だから、君たちの関係あってこそ、選ばれたんだよ。」


「白石には言わないでください。」


白石の方をみると、毘沙門天のシンと話をしている。

シンは強面だが根は優しい。

白水会議で白石のお手拭きを直撃しても怒らなかった。

白石はあれ以来、シンに興味があるらしく、今も目を輝かせて話している。

何を話しているのか気になる。



「そのうち知ると思うよ。

 ちなみに、今の無間がいない理由は知ってる?」



「そういえば、見たことないです。

 后、月代だけです、しってるの。」


「そっか。」


ヤサカは下を向いた。


「きっとそのうち、后さんから直々に話があるんじゃないかな。」


「はあ。」



ヤサカの発言を耳半分に、俺はシンと白石が気になって席を立った。



「え!シンさん、お酒弱いんですか、もっと飲んでくださいよ。」


「だから、酔うといろいろと面倒なんだと言っている。」


「大丈夫ですよ!私酔わないんで、面倒になっても介抱してあげます!」


白石がからみまくっている。

シンは相変わらずの表情を買えず対応している。


「はいはい、無駄に絡まない。」


俺は二人の間にわってはいった。


「ちょっ!相楽!なんで真ん中に入ってくるかなあ!」


「お前が迷惑だからだよ!

 毘沙門天だぞ!?ちょっとは遠慮しろ!」


「昔っからそうだよね、私が誰かと話してると邪魔してきてさあ。」


白石を無視してシンに話しかける。


「いやあ、すんませんね!

 コイツ、ウザかったでしょ?」


「いや、俺は別に。」


なんとも思っていないようだ。


「シンさんー!かっこいいです!イケメンですよね!彼女とかいるんですか!」


「白石チャンー。俺は?」


シンに興味を示す白石に御名方が絡む。


「シンはねえ、彼女たっくさんいるよ!

 毘沙門は白龍からもモテるんだからあ。」


「え!そうなんですか!

 シンさん、いっぱい彼女いるんですか!」


シンはだまって桃をほうばりはじめた。


「否定しなーい!」


白石の反応がウザかったので頭をペンと叩いた。


「ほらねー。

 やることやってんだよ、こう見えて。

 最近はあれだよね、ピンクの娘にご執心なんだよね。

どこのこ?」



「あっちにいる。」



シンが静かにゆびをさした先。

庭の、湯が出ている方向だ。


「えっ、連れてきてるんスか。」


白石が引きつっている。


「ほらね、ご執心でしょ。

 だから月代チャン、シンはやめときなよ。」


御名方が白石の肩をポンポンと叩く。

それにしても、子孫を残す必要のない神々が、特定の者に執着する理由は何なのだろうか。


「シンや御名方以外にも男性神はいますよ。

白石サン。」



今まで静かにこちらを伺っていた二人がやっと話題に入ってきた。


「えーっと、セイメイさんとタカヒトさんですよね。」


「まあ、俺達の呼び方なんてどうでもいいんだけどな。」


一人は前髪を長く伸ばし、顔がよく見えない。

一人はいかにも体育会系らしい体付きに、雰囲気だ。



「と、取り敢えず、セイメイって読んでください。

本当は、シンさんみたいに中華系の読ませ方をするんですけど、認知されてる神々って音読みした方が体裁保てる気がするんですよね。」


うつ向き下限でペラペラとしゃべる。


「シンさんの彼女ってみなさんご存知なんですか。」


皆がシンから興味をずらそうとしている空気を読まない白石。


「あいつはなあ、いっつも違う女連れてんだよ。

気にしてたらキリがねーぞ。」


タカヒトは腕まくりをした太い腕を使って全員の盃にさけをついだ。


「こっちの世界でも異性関係って重要なんですか。」


俺は、なんとなく詳しそうで厄介そうでないタカヒトに聞いた。


「そりゃ、まあな。」


タカヒトは一瞬俯いて答えた。



「でも、下の世界では結構自由に出来るかもしれないんだが、こっちではそういう訳にはいかないってかんじかな。」


タカヒトは深刻そうな顔で話す。

何か問題でもあるのだろうか。


「ぼ、僕ら神々は、特定の者と長期間関係を持たないんです。」


セイメイが話し始めた。


「ある神がある神に肩入れしすぎると、下界に影響が出ますから。 

だ、だから、ある意味でシンは正しいんです。

じょ、女性を取っ替え引っ替えするっていうと聞こえ悪いけど、特定の神に肩入れしないっていうのは守ってますから。」


皆がシンの方を見る。

シンは、知らん顔で桃をかじる。


「そ、だから、僕もお咎めないの。

夫婦神ってことで、一緒に祀られる神はいるけど、基本、奥さんって下界の意味とは違うからね。」


ヤサカは頷いている。

だから、御名方がこんなにチャランポランでも怒ったりしないのか。



「それでも肩入れちゃった場合はどうなるんですか?誰か、やりそうですけど。」



白石がつぶやくと、皆が黙った。



「白石チャン、鋭いね。

 ひとつ、僕らから言えるのは、神々は執着心がほぼ無い。

あっても、しっかり制御できる。

人間とは違うからね。

 そういう制御が効かない連中もたまにはいるけど、大事になる前に誰かが止める。

だから、神々同士でそういったことは起きない。

起こさない。」


御名方が静かにかたる。


「制御できない連中?」


俺は、気になった。

また一同が沈黙した。


「こ、これは、御名方様しか説明できません。」


「俺ら新しい者には畏れ多い話だな。」


「あら、信仰の深い我々にとっても荷が重い話よ?」


「うーん。

 神々は、大丈夫だとしたら、残ってるのは?」


「人間?かな?」


「そうだね。でも、清澄階には人間はいない。

いたとしても、本来の姿、本来の神の姿になってるよね?」


「???」


「龍族か。」


俺はつぶやいた。


「えっ私達!?」



皆が苦笑している。

白石が解説を求めているようなので、話してやるか。


「白石、自分で考えろ。」


「相楽理解したの!?

 えー、龍族は人間に近いと言われてるし、私達みたいな下界育ちがいくらかいる、だから、何かに入れ込むことや感情的になることが多い、そういうことかな?」


俺が考えていたよりも先まで答えられてしまったが、まあだまって頷いておこう。



「私達、重要存在じゃないですか。」


皆が頷く。


「だからこうして、白水会議なんていって神々が集められて、出来る限りそういうことがないように、今回の問題を解決できるように他の神も巻き込んでるってわけ。」


「コヅキは自分達の利益しか言ってなかったが、七福神は白龍が暴走しないようにするための保険ってことか。」


そんな時、庭の方から声が聞こえた。


「あっお酒だあ!」


振り返ると、ほぼ全裸に布だけ、という女性がいた。

俺は反射的に目を背ける。

白石は固まっている。


「そうだよ、君がシンのお気に入りか。

こっちで飲もうよ。」


御名方が誘う。

本当に誰でもああいう対応するんだな、と感心した。



「ありがとうございます!

 お気に入りだなんてそんなあ、ね、シン!」


女性はシンと俺の間に入ってくると、シンにベタベタしはじめた。

白石が引きつっている。

俺は声を聞いたことがある気がして、その女性の方を見た。

そこには、西澤にとてもよく似たピンク色の鱗の白龍がいた。



閑話休題②へつづく

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