一章
第1幕 0部 一人目、主人公
某年6月の梅雨入り。
傘を差して走るのは大変だ。
自分に体力が無いだけだとは思うが、びちゃびちゃに濡れたズボンの裾、靴の中にまで染み込んできた雨にはいろいろ敵わない。
さっきは交差点で車に水をかけられた。
ワイシャツは汚れてしまっている。
とりあえず学校に着いたが上履きなんて履けない。靴下を脱ぎ、裾をまくりあげて、鞄からタオルを取り出し足元を拭う。
裸足で上履きを履く、実に不快なものだ。
「おはよう、
声をかけてきたのは担任の
「おはようございます。」
「見事にずぶ濡れだね、さっさとジャージに着替えて、風邪引くよ。また後でな。」
松原が更衣室の方向を指差して笑っている。なんとも爽やかな笑顔だ。
更衣室に向かうと他の生徒は来ていなかったようで誰もいなかった。
ジャージに着替えて、濡れた制服をビニール袋へ入れ、教室へ向かう。
3年4組、廊下と教室を隔てたガラス戸から人の姿が見えた。
そこで何かおかしいと感じた。
見慣れない生徒がいるのだ。
自分の席の隣、左隣の席に見慣れない生徒がいる。
そこは親友の席なのに、邪魔だなぁ。なんて思ってしまう。
その生徒は金髪で、右耳にピアスを3つ付けて、後ろ髪を紫色のヘアゴムで束ね、尻尾のようになっている。
偏見かもしれない、明らかに不良の生徒だと思われる。
ともかく自分の席に物は置きたいと思い、教室に入った。
無言で教室に足を踏み入れた、その生徒がチラッと自分を見た瞬間に、ぱっと表情を変え目を輝かせる。
「おはよう、
「……え?」
窓際、一列目五番目、親友の席だ。
窓際、二列目五番目、僕の定位置。
まあ、特に何もない、変わらない。
隣にいたはずの見慣れた黒髪が、金髪に染まっていること以外は、何も。
『秀ちゃん』
なんて呼ぶ奴は親友の
「秀ちゃん、今日元気ないね。」
「んーっと、いつもより早く起きたから……かな。」
夢だろうか、それとも僕がおかしいだけなのだろうか。こいつは奏音なのか?
混乱している頭では何も言えない、本当にこいつは奏音なのかと考えているところだった。ガラッと勢い良く戸が開いた。
「おっはよー、早いねぇ、広戸君。相変わらず日生君は不良みたいなのに真面目だねぇ。」
生徒会長をしている
黒髪が金髪にイメチェンでもしたのかと聞きたかったが聞くに聞けない。田辺が普通に、いつもの事のように話しているもんだから。
「広戸君。さっきから変だよ?元気ないもの。」
「秀ちゃん、早起き苦手だからね。ちょっと疲れたみたいだ。」
二人が楽しそうに僕を見て話しているが、こっちは愛想笑いしかできない。
もう疲れたと口に出し、机に突っ伏してみる。
なんか穴が空いた感じ、何か心の底に植え付けられた感じがする。自分は寝ぼけているだけなんだ、この金髪は確かに奏音だっていうのに、誰なんだろうとは。
『誰なんだろうね』
『おかしいよ、それはありえないよ、僕はずっと・・・』
『じゃあ、自分自身を疑ったことは無いんだ?』
不意に目を向けた廊下に黒髪の人物がこちらを見つめているのが見えた気がした。
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