第13話 バトル・オブ・ケーキ



〜ノダリアは恵まれた街である。

もし永住するなら、私はまずここを選ぶだろう〜 旅人メリー


〜嗚呼、旅を永遠に続けるのはなんて素晴らしいんだろう。

たとえこの身が滅んでも、私は永遠の中を歩いていたい〜

〜旅人メリー〜


〜レストラン・シーハー〜


「どうやら、話しでは決着が着かないようね」

「だが人前で戦うわけにもいくまい?この状況、先に武器だした方が負けるぜ?

それより良い勝負方法がある」

「何?」


ダンクの言葉に呼応するように自分達が座っているテーブルに『料理』が運ばれてきた。

背丈2メール(この世界では2メートル)もある巨大なウェディング・ケーキが2つ、テーブルに並べられる。

5段に重ねられた巨大なケーキは、まさに白い巨塔だ。


「…え?」

「何、これ…?」

「大食い大会選手権、予選はこのウェデング・ケーキを半刻後(30分後)までに食す事です」


目を丸くするピリオとメリーに、ウェイターは説明する。

そしてテーブルの端に小さな時計が2つ置かれた。


「今から半刻後までにケーキが残っていれば、敗北…。

逆に食していれば、大会に出場する事ができます」

「なに!?」


叫んだのはメリーだ。

彼女は何も知らずにダンクと同じモノを頼んだのだから、当然といえば当然の反応だろう。

メリーは立ち上がりダンクを睨み付ける。 ケーキのせいで顔が見えない。


「このケーキを先に食べ尽くした方が勝ちか!」

「あ…?あ、ああ、そうだ」

(あれ、なんか今ダンク、震えていたような…?)


ピリオは今の言葉に妙な違和感を覚えたが、メリーは気付かず話を続ける。


「良かろう…私が勝てば貴様は私のモノだ」

「だが俺が勝てば俺の事を追うのは止めろよ?」

「ふん…追うのは止めてやるわ」


二人はケーキ越しに睨み付け、そこから少し離れた所で店長はニヤニヤと笑う。


「ククク…早くその唐辛子ケーキを食べて悶え苦しむがいい!

そして二人を我が部下に!」


そしてウェイターは静かに始まりの鐘を鳴らす。


「それでは、スタート!」


メリーは先ず立ち上がり、一番上のケーキを取ろうとするが、メリーの背丈では一番上に届かない。


「ピリオ!」

「え、僕?」

「貴方、手を貸しなさい!」

「え、でも僕…」

「ぐだぐだいわずにさっさと来い!」

「は、ハィ!!」


ピリオはメリーの気迫に押され、ケーキを取ろうと必死に手を伸ばす。

そしてピリオはこの時気付かなかったが、ダンクはケーキに手を付けようともしていなかった。

実はダンク、ケーキを食べた事が一度も無かったのだ。


(ナニコレ?

けえき?俺そんなの知らないよ?

なにこの白い物体?

色がない!)


ダンクが今までケーキを食べた事が無い理由は、色がないからである。

味覚の無いダンクにとって色彩を楽しむ事が食べる事の一番の楽しみだった。

しかし目の前のケーキは白一色。

ダンクにとって、最も苦手な色だ。


(これならへんな勝負持ちかけるんじゃなかったぜ…)


そんな事を考えながら一口食べる。

味はしない上に魔力は殆ど回復しない。もしこれが勝負でなければダンクはさっさと何処かへ行く所だ。

ダンクは二人の方に目を向ける。

ピリオが下ろしたケーキをメリーが高速で食べていた。


(ありゃ多分あいつも食べ物を魔力に変換してるな。

…うだうだ考えても仕方ない…食べるか)


ダンクはゆっくりとケーキをカットし、ぱくりと食べる。

そこで少し違和感に気付いた。


(ん?

なんだ?ケーキの中に何が?)


ダンクが見ると、それは唐辛子だった。それも加工せずそのまま入れられている。

見るとケーキの生地の中に大量の唐辛子が入っていた。

それをみた店長がニヤリと笑う。


「クカカ!

どうやら食ったみたいだな、激辛唐辛子入りケーキを!

強烈な甘味と辛味のハーモニーを受けて、悶え苦しむがいい!

クカカカカカ!」

「店長仕事してください」


ウェイターが突っ込み入れるが店長は聞く耳持たない。 しかし、ダンクから聞こえたのは悲鳴ではなく歓声だった。


「おおお!

これは凄いぞ!

紅白とはめでたい!

ガンガン食べれるぜ!」

「!?」


店長が見ると、ダンクが物凄いペースでケーキを食べているではないか。

そしてダンクはケーキを頬張りながら店長に向けて一言こう言い放つ。


「プレゼントありがとよ親父さん!

おかげで勝てそうだぜ!」

「な、ななななななにいいいいい!!?」


店長、驚きのあまりカツラが吹き飛ぶ。

しかしそれには目もくれずダンクは高速でケーキを食べていく。

それを見たメリーはほっと一息つく。


(良かった…ダンクがやる気になったみたい、でも…)


ピリオはメリーを見る。

恐ろしい速度でケーキを食し、2メールあったケーキはもう半分しかなくなっていた。




大食い大会・予選…10分経過。

現在、ダンク ケーキ残り半分

メリー ケーキ残り三分の一


(まさかここまで食べるのが早いなんて…)


ピリオは目を丸くしてメリーの食事風景を見つめていた。

メリーは早く速くケーキを平らげてはいるが、ガツガツと食べるわけではない。

可愛い少女の見た目通り、優雅に食べているのだ。

とても優雅で、まるでそこだけ時間が切り取られているようだった。


(対して、ダンクは…)


ダンクもまたこぼさないよう注意して食べているが、食べ方が凄い下手くそだ。

ピリオは焦りを隠せない。

一方メリーは余裕さえ感じていた。この勝負は勝てる、と確信していた。


(私は勝つ。

我が運命の人を取り戻すためにこの勝負、必ず勝つ!)


メリーは更に食べる速度を上げた。後少し、後少しでケーキを食べ終える事ができる!



一方ダンクはケーキの食べ方に四苦八苦していた。

クリームが上手くフォークに乗らず、崩れたスポンジ生地に手を焼いていたのだ。


(あ、あれ?また崩れた?

唐辛子は綺麗だけどケーキは俺には難しい料理だな、だが、負けるか!)


二人は必死にケーキを食べ続ける。

食べて食べて食べて食べて食べ続けて……そして、遂に一人が食べ終え立ち上がる。

立ち上がったのは、メリーだ。


「ご馳走様でした!」

「メリー選手、勝利!」



見守っていたウェイターは拍手を送り、2メールのケーキを平らげたメリーは余裕の笑みを浮かべる。


「私の勝ちね、ダンク」

「そんな!

ダンク!」


ダンクは何も言わず、ケーキを食べ続ける。

そして半刻以内にダンクはケーキを食べ終えた。

何も知らない観客達は拍手で迎える。店長は狂喜のあまりカツラを振り回し喜んでいた。


「クカカカカカ!

私の勝ちだ!私の勝利だ!」

「店長何と勝負してたんですか?」


ピリオはダンクに駆け寄る。

ダンクはピリオに向け、一言謝った。


「悪いピリオ、負けちまった!」 「ダンク…そんな、やだよ!

今すぐ逃げないと!」

「やめろ!

そんな事して旅してもつまらないだろ!

すまないご主人様……いや……」


ピリオはダンクの手を引っぱりダンクはピリオの手から包帯を取る。


「去らばだ、ピリオ」

「ダンク!」

「悪いけど、お喋りはもうおしまい」


二人の間に悪魔の人形が割って入り、ダンクの手を掴む。ピリオは人形を睨み付けるが、彼女は全く気にも止めない。


「約束通り、貴方達は主従の関係を失った。これでダンク(の魂)は私の者に」

「なぁ…」


ダンクはそっとメリーの手を離す。


「?」

「悪いがこの先は二人だけでやらねぇか?

俺の大切なモノを奪われる所、誰かに見せたくないんだ」

「…案内してくれる?」

「喜んで」


ダンクは頷き、少女の手を握りエスコートしながら店を出ていく。

最後までピリオを振り返りもしなかった。

ピリオは暫く呆然としていたが、不意に正気に戻りダンクを追いかけ店の外に出る。

そして辺りを見渡すが、もうダンクの姿は見えない。ピリオは感情に任せてダンクの名を叫ぼうとして、


「キャアアア!!」


メリーの悲鳴が聞こえて叫ぶのを止めた。

そして悲鳴の聞こえた路地裏へ走る。すると路地裏からメリーが走り去っていくのが見えた。


「メリー!?」

「あ、あんな魂…私には無理!イヤアア!!」


メリーは悲鳴を再度上げ、人混みの中に消えていく。ピリオは路地裏に目を向けると、暗闇の中にダンクが一人立っていた。


「よお」

「ダンク…何したの?」

「…ただ魂を見せただけだ。

だがアイツには受け入れがたい姿だったみたいだな」


ただ姿を見せただけで普通の人はいや、悪魔だって逃げない。

嘘だろうとピリオは否定したかったが、先程の悲鳴が耳から離れず言い出す事ができなかった。

絶句するピリオにダンクは尋ねる。


「…また一緒に旅できるな」

「…うん。

ああ、どっと疲れたよ。

しかも僕あのレストランで何も食べてないじゃん」

「そうだなー…あ、ヤバい!」


突如強い西風が吹きピリオは視界を一瞬塞ぐ。すぐ目を開かせるとダンクの姿はなかった。


「あれ?」

「たーすけて」


風が吹いた先に、小さいダンクの悲鳴が聞こえる。ピリオは一瞬よろけたが直ぐに立ち直り、ダンクを追いかけようと走り出す。


「待ってよ、ダンクー!

何処にいくのー?」



大食い大会には出られなかったが、二人の旅はまだまだ続く。

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