第6話 旅は気まぐれ風任せ


〜夕方 ある森の近くで〜

日は暮れて、暗くなった空の中、風の音を聞きながら全身包帯で出来たダンクは風に飛ばされて空を飛んでいた。

その下ではピリオ・ド・シュリアと言う名前の少年が走りながらダンクを追っている。


「ま、待って…もう走れない…!」

「頑張れ坊主ー。ほれ、新しい回復呪文だよー」


ダンクは呑気な声を上げながらピリオに疲労回復の呪文をかける。

するとふらふらだったピリオは一気に背筋を伸ばし、力強く大地を蹴って走り続ける。


「ま、待てえええ!」

「頑張れ頑張れー、いやー魔法って相変わらず恐ろしい能力だよな、1日中走り続ける事も可能にするとは…」


ダンクは包帯で出来た顔を歪ませニヤリと笑う。

それはさながら新しい玩具を見つけた子どものようだ。


「どれ、もう一度魔法で回復して…ん?」


もう一度魔法をかけようとしたが、ダンクは近くに微量の魔力を感じた。

しかしその魔力は魔法使いが長年かけて練り上げてきた魔力とは違う、自然に作り上げられた純粋な魔力の存在だ。

これは人の身では絶対に届かない境地であり、悪魔や魔力を操る高等な怪物のみが纏う事を許された魔力。

ダンクの魔力探知能力は、それを見つけたのだ。


「どこだ…?

風の流れのせいでどこにいるのか分からない、なんとか近付いて」

「その必要は無いわ」


何処かから声が聞こえてきたのと同時に、ダンクが水色の結界に包まれる。

純粋な魔力で作られた結界は強力で、ダンクの体は動けなくなった。


「魔力の結界?

何だ、随分知恵の高い魔物が居るんだな…それに、随分綺麗な結界だ。

まるで空を切り取って出来たような美しさだな」


結界に捕らえられても焦りを一つも見せないダンク。

何故なら結界に一つの悪意も感じられなかったからだ。

ダンクを閉じ込めた結界はゆっくりと降りていき、地上に触れると同時に消滅する。

どうやら

風は穏やかで、ダンクが吹き飛ばされる程ではない。


「ここはどこだ?」

「こんばんは…不思議な人」


ダンクの独り言に答えたのは女性の声だ。

ダンクが振り帰ると、そこには黒いドレスを着た乙女が立っていた。髪は腰まで届く程に長くまるで上質な絹のような白髪に、湖面のように透き通った碧色の瞳の乙女だ。

ダンクは恭しく頭を下げる。


「さっき助けてくれたのは貴方か?助けてくれてありがとう」

「貴方を助けた訳じゃないわ、貴方を追う少年が可哀想だから止めただけよ」


声色は美しく、天上の琴の音のように心地よく聞こえてくる。

とても普通の人間には思えない程完成された美がダンクの目の前に立っている。

ダンクは少し声色を落とした。


「貴方は一体…?

さっきの結界といいその美しさといい、とても普通の人間には…」

「それを訊ねるのは止めましょう、互いの為にはならないわ」

「ダンク〜〜!」


突然背後からピリオの声が聞こえてくる。

ダンクが振り返ると、ピリオが汗を流しながら走ってきた。

ピリオはダンクの前で足を止め、笑顔を見せる。


「ダンク、良かった!

風が止んだんだね!」

「風が止んだ…?

いや、俺は今この人に助け」


言いながら振り返るダンクだが、そこに乙女の姿は無かった。

ダンクの立つ丘から見えたのは、綺麗な湖と新しい街の風景だ。ダンクは思わず口を止め、ピリオは楽しそうに笑う。


「……」

「うわあ、あれが湖の街アルデガン!?

ダンク、早く行こうよ。

急がないと今晩野宿になっちゃうよ!」

「あ、ああ…」(やっぱり世界は広いな。俺が何百年生きても、知らない事が次々と出てくる)


ダンクとピリオは街に向かって歩いていく。

それを見ていたのは真っ赤な夕陽と、美しい乙女だけだった。



〜某時刻、魔術教会本部〜


魔術教会の作戦室では、執行部隊隊長の証である金色の獅子が刺繍された白いローブをはためかせ、端正な顔付きの青年、サン・ゴルドが狭い室内をうろうろと歩いていた。

室内に端には魔石が置いてあり、通信手がじっと耳をすまして誰かからの連絡を待っている。

ゴルドは通信手に苛々を隠さず話す。


「ええい、ダンクを封印に行かせた魔術師からの連絡はまだか!?」

「只今通信魔術を使っていますが…まだ」

「く……ダンクめ、何故今、封印を破いて外に出る!

貴様はもはや包帯の端から端まで怪物に成り果てた存在なんだぞ!

十年前は大人しく封印された癖に何故今……」

「!

ゴルド様、魔術師ヒデブ様から連絡が入りました!」 「繋げ!」

『ゴルド様……』


通信手が魔石に呪文をかけると、魔石から声が聞こえてくる。

それは先日宿屋を襲った魔術師の声だ。

ゴルドは魔石に向かって怒声に似た声で叫ぶ。


「ヒデブ!貴様、今まで何をしていた!」

『すいません、昨日ノンビーリ村の宿屋でダンクを捕まえようとしましたが、奴めとんでもない術を私にかけてきました』

「何!?どんな術をかけられたのだ!?」

『私は今、砂浜にいます。

近くには仲間がいます(ぶーぶー)私はこれから彼等と共に青春を楽しんで行きたいと思います!』

「ヒデブ?

お前、何を言って…?」

『ヤッホオオオウ!!

俺達の青春はこれからだ!絶対モテモテになってやるんだあああ!』


ブツッという音が聞こえ、もうヒデブの声は聞こえなくなる。ゴルドは思わず叫んだ。


「ヒデブ……!?

どうしたヒデブ!応答しろヒデブ!ヒデブウウ!」

「駄目です、繋がりません!」


通信手の冷静な声にゴルドは下唇を噛みながらも魔石へのを会話を諦める。

そこに、第三者の声が聞こえてくる。


「サンよ、ヒデブがやられたようだな」

「ムーン兄さん…」


サンが振り返ると、そこには封印部隊長の証である金色の龍の刺繍が施されたローブを着こんだ男がいつの間にか作戦室に入っていた。

この男の名はムーン・ゴルド。サン・ゴルドの兄でもある。


「ふむ、ダンクは十年間魔力供給をしなかったから今なら倒せると踏み、一人だけで向かわせたのが間違いだったようだ。

ヒデブの奴、何らかの幻覚魔法を受けたようだな」

「もうしわけありません……」

「何、奴の恐ろしさは魔力が切れた時にある。 まだ僅かでも魔力を費やす事ができたと思えば安いものだ」

「……はい……」


優しそうなムーンの言葉だが、目はまるで氷のように冷たい。サンはそれを直視できず、目線を僅かに逸らす。


「次は俺達の部隊が行こう、30人がかりで行けば奴を僅かな魔力を秘めさせたまま封印する事が可能だ。

…サン、お前の部隊は動かなくていいぞ。

執行と封印ではやり方が違う。邪魔されたくないしな」


ムーンはそれだけ言うと、作戦室から離れる。

残ったサンは思い切り机を叩き、資料が数枚宙を舞う。

そして感情を押し殺した声でこう言った。


「何故、何故今出てきたんだ…怪物ダンクよ…」

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