第5話 そして新たなおとぎばなしが始まる。
深夜
宿屋『魔法少女のウインク』、食堂。
ダンクはこっそり食堂の食べ物を漁っていた。
「うー、十年ぶりに食事をしても、全然魔力が回復しないな。何か食べ物は無いか…ん、なんだこのノート?
『ピリオ魔法少女育成計画』?ピリオって誰だ?
ま、いいや…食い物食い物っと…」
「ダンクさん」
ダンクは驚い後ろを振り返る。
そこにはローブを着たピリオが立っていた。右手には燭台を持ち、火の付いた蝋燭がピリオの顔を照らしていた。
「うわ、何だ少年!?
あ、いやそのまだ何も食べてないから泥棒じゃ」
「話があるから、こっちに来て」
そう言うとピリオは食堂を出る。
ダンクは首を傾げつつ、それに付いていった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
宿屋の外は暗く、月灯りがローブを着たピリオを照らしている。
ダンクは先程とは違う気配に違和感を感じながら訊ねる。
「少年、どうしたんだ?
こんな所に呼び出して」
「…僕の名前はピリオ。
ピリオ・ド・シュリアだよ」
「ピリオ?さっきその名前をどこかで見たような…」
「話しっていうのはね」
ダンクの疑問を遮るようにピリオが話しをする。その言葉は重く、緊張しているのが分かる。
ダンクは口を止め、ピリオの言葉を待つ事にした。
「僕と一緒に世界を旅してくれませんか」
「なんだって?」
「僕はこのノンビーリ村で生まれ、ノンビーリ村で育ちました。
でも、僕は世界を知らない。この森の向こうに何があるのか全く分からない。
僕は知りたいんだ。世界がどんな場所なのか、どんな魔法が存在しているのか…この目で見てみたいんだ」
「それなら一人で旅に出ればいいだろ。
まさか俺にお前の子守りをしろって事じゃ」
「ダンクさんは世界中を渡り歩いた事があるんですよね?」
ピリオはローブから絵本を取り出す。
タイトルには『おばかなまほうつかいダンク』と書かれていた。
ダンクの言葉は再度遮られ、ピリオは必死に言葉を重ねていく。
「僕はお父さんの魔力鉱石から世界の情報を聞いていた…でも僕はずっとそれを聞く事しか出来ない。
生まれてから死ぬその瞬間まで、世界の端の端にいるんだ!
だから、だからどうしても世界を見たいんだ!
お願いします!僕と一緒に世界を旅してください!
お願いします!」
ピリオは必死にダンクに向けて頭を下げ続ける。
ダンクはじっと考えた。
(ここで断るのは簡単だ。
というか断るのが普通だ。こいつはただの臆病者で世界も人生も深く考えて生きてはいないんだからな)
ダンクは包帯だけの姿になってもう数百年以上は生きている。人間が生まれ堕ちて果てるだけの人生を何度も見ている。
この少年はその中で最も堕ちやすいタイプだ。1日あっただけの怪物に自分の人生を預けようとしている。
(こいつは馬鹿で阿呆で間抜けで無謀で愚鈍で無意味な選択をしようとしている。
こいつは止めなければいけない。かつての自分と同じ思考をしている。自分と同じ過ちを繰り返してはいけない。そんな危険な思考はしてはいけない!)
ダンクは顔を上げ、少年を見る。
少年はじっとダンクを見つめていた。
ダンクは口の部分の包帯を歪ませ、フッと笑う。
「分かった。一緒に行こうじゃないか。
世界が今どんな姿をしているのか、興味があるから」
「本当に!?
ありがとう!」
ピリオは嬉しそうに頭を下げ続ける。ダンクは口の部分の包帯を歪ませる。
包帯で表情は分からない筈なのに、何故かピリオには懐かしいモノを見る時のような表情に見えたという。
~~~~~~~~~~~~~~~~
朝日が昇る少し前。宿屋の前でオタクは宿屋を背に、ピリオとダンクは道を背にして立っている。
ピリオの背中は宿泊道具が大量に入ったリュックを背負い、その脇には普段愛用しているサルスベリの杖が差し込まれている。
オタクは心配そうな声でピリオに話しかけた。
「ピリオ、本当に行くのかい?」
「うん、僕はもっと世界を知って逞しくなって絶対帰ってくるよ。
だから心配しないで」
「本当はピリオを看板娘にしたかったんだが…決意は硬いみたいだね、しょうがないか」
「うん、ごめんねおとうさ……看板娘?」
「あ、そうだ!
逞しくなって帰る前に、記念撮影しようよ!
ほら、魔法少女の服が一杯あるぞう!」
「ダンクさん早く行こう、ここは危険だ!」
「お、おう…それじゃ親父、ピリオは暫く預かるぜ」
「ダンク殿も気を付けて!
…あ、そうそう、これ持っていきなよ」
そう言うとオタクはポケットの中から0、2メールぐらいの皮袋を2つ取りだし、一つずつ渡そうとするが、ピリオは警戒して受け取ろうとしない。
ダンクはオタクに訊ねる。
「これは?」
「記憶袋さ、これがあれば旅で起きた事を全部記憶してくれるんだ。
長い旅になるかも知れない、思い出はきっと長い旅を続ける上で必要だよ」
「ありがたく受け取らせて貰うぜ。
……ほれ、ピリオも受け取りな」
「う、うん」
ピリオはおずおずと皮袋を手に持つ。
その手をオタクが掴む。
「あと、これもだ」
「?」
「我がシュリア家の家紋を刻んだバッジだよ。
きっとこれは長い旅で必ず必要になるさ。
……大切に持ってるんだぞ」
「……父さん……」
ピリオが顔を上げた時、オタクは涙を拭いピリオに背を向ける。
「あ、やっべ!
早くしないと魔法少女の放送始まっちゃう!
急げ〜!」
そう言い残し、急いでオタクは宿屋の中に入っていった。ダンクはピリオに話しかける。
「……いい親父さんだな」
「うん…行こう、ダンクさん」
「そうだな、先ずはどこに行こうか。
この近くなら湖の町アルデガンが良いだろうな」
「じゃあ、そこに行こう!」
「ああ…ん?」
歩き始めようとして、ダンクは足を止める。
そして後ろを振り返り、じっと見つめた。
「どうしたの?まさか魔術教会?」
「違う、だがこれは、まずい」
「?」
「昔の事なんだけどな、俺は世界中を歩き回るのが面倒で自分にある呪いをかけたんだ」
「どんな呪い?」
「風が吹いたら…」
その瞬間、強い風が二人の横を流れていく。
するとダンクはそれに飛ばされていってしまう。
『風が吹いたら流されてしまう呪い』と言う言葉を残して。
ピリオは目を丸くして驚く。そこに宿屋から魔法少女の放送が聞こえてきた。
『本日の天気は風が強いよ〜!皆気をつけてね〜!』
「はーーい!
今日も魔法少女の為に、頑張っちゃいまーーす!」
今の声はオタクだ。
しかしピリオにそれを気にかける時間はない。
急いで流されていったダンクを追いかけなければ!
「ダンクさーん、待って〜!」
ピリオはダンクが飛ばされた方へ走り出す。
こうして、包帯で出来た魔法使いダンクとその弟子ピリオの、不思議な旅は始まったのだ。
風の向くまま気の向くまま、二人の旅はどこへ行く?
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