第4話 ダンク


「ああ、十年ぶりに水を飲めたよ」


その声に、ローブの男もピリオも思わず声の方に目線を向ける。

水をかけられた男は虚ろな笑みを浮かべ、そしてまるで空気の抜けた風船のように顔が凹んでしまった。


思わずピリオは驚愕の声を上げるが変化はそこで止まらない。

男の体が顔同様に凹んでいき、体が段々白く変色していく。それはまるで包帯のようであった。

包帯は何かを掴むように空間を蠢いていく。

ローブの男は危険を察し後ずさる。その足元を包帯に姿を変えた足が床を嘗めていく。

ピリオは半狂乱になって叫んだ。


「な、何が起きてるんだよ!?

こいつは一体…何なんだよ!?」

【不味いな…怪物が目を覚ます】


怯えるピリオの前で、もはや全身が包帯に変化した男が起き上がる。顔には目も口もなく、その部分に僅かな隙間ができていた。その目の部分の隙間がピリオの方に向けられ、口の部分の隙間が動き出し、まるで普通の青年のような声が聞こえてくる。


「やっと動けるようになったぜ、ありがとよ少年」


ピリオは何もいえず、とにかく頭をブンブンと縦に降った。

ミイラは次に、ローブの男へ目を向ける。

ローブの男は杖をミイラにとっくに向けているが、その手は震えている。


【く、怪物め、遂に見つけたぞ!】

「おーおー、 たかが人間の分際で俺を殺す気か。

畜生にも劣る馬鹿がまだいるとは思わなかった」


ミイラはトントントン、と足で三度床を叩く。

すると突然桃色に光る魔方陣が現れる。

ミイラは包帯で出来た顔でニヤリと笑った。


「なら、畜生の中で生きれば少しは賢くなる、か。

桃色召喚魔法、『ピンクレギオン』」


魔法陣が輝き、突然豚が現れる。

一瞬、誰もが目を疑った。しかしそれはローブの男にとって致命的なミスであった。

何故なら、その後に現れた豚の群れに対処する時間を無くしてしまったからだ。ローブの男は声帯から声を出して驚く。


「何だこいつはっ!?

豚の群れ!?」

「正解。豚達よ、ここから一番近い海まで走れ」

『ぶー(明日に向かって走るぜえええ)』

『ぶー(青春まっしぐらだあああ)』

『ぶー(俺達の戦いは、これからだ!)』


豚達が喚きながらローブの男に向かって走っていく。

ローブの男は逃げ出そうとするが、何故か磁石のように豚の背中にくっついてしまう。


「うわ、何だ離れない!?

おのれ、ダンクめ…覚えてろ!!」


ローブの男を背中に乗せた豚の大群はそのまま宿屋の玄関から外へ走り出していった。


ローブの男が入り、男がミイラに変身し、ローブの男が豚達に連れていかれる。

十分にも満たない間に幾つもの出来事が起きて、ピリオはただただ目を丸くするしかできなかった。

そんなピリオにミイラは顔を向ける。


「悪いな少年、トンだ迷惑をかけてしまってよ。

すぐこの場を去るから…」

「あ、あの…あなたは一体…?」


ミイラは包帯で出来た顔でフッと笑った。


「世界一お馬鹿な魔法使い、ダンクだ。

さっきは助けてくれてありがとな、少年」


「世界一お馬鹿な魔法使い、ダンクさ。

さっきは助けてくれてありがとな、少年」


肌だけが包帯に変化した男性、ダンクがピリオに話しかける。だがピリオはあまりに驚き過ぎて何も話す事ができない。

ダンクはそんなピリオにこう囁く。


「出来れば少し飯食べていいか?

ここ数年ロクなもの食ってないから大変なんだ」


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


オタクは首を傾げていた。

先ほどまでローブを着た変な男を相手にしていた筈なのに、いつの間にか全身包帯人間に夕飯を食べさせている。

しばらく彼は考えていたが、「そうかこれが魔法少女の恩恵か」と納得した。

一方ピリオはダンクのそばで必死に話しをしようとしていた。


「貴方は本当にダンクなんですか?」

「ああ、本物だよ。

証明する書類はないけどな」

「体は包帯でできているのに何で食事が必要なんですか?」

「何で、てそりゃ食べたものは全部魔力に変換されるからに決まってるだろ?

俺みたいな存在は、食事から魔力を吸収するんだよ」


そう言いながらひょい、とダンクは唐辛子の束を手に取り、一つずつ一口で食べていく。


「あ、あの…辛くないんですか?」

「?

カライって何だ?

ま、いいや。さっきのローブの男なんだがな、ありゃ魔術教会の手の者さ」

「魔術教会!?」


ピリオはずいっとダンクの顔に近付く。

魔術教会とは魔法使いなら誰もが憧れる職業であり、魔術大学院卒業したエリート魔法使いのみがそこで働く事ができるのだ。ピリオも魔法を使う身として、憧れは抱いていた。


「その魔術教会になんで追われてたんですか?

ま、まさか犯罪を…?」

「いやいやいや、俺は悪い事してないからな?

ただ十年前にアイツラに封印されて以来、誰かに呼ばれたから封印を破ってここまで来たんだよ」

「誰かに呼ばれた…?」


ピリオは何か嫌な予感がした。

そしてそれはダンクの一言で的中する。


「誰かがこの辺で召喚呪文をしたみたいでよ、封印されてるから瞬間移動は出来ないし、しょうがないから封印破ってきちゃったんだ。

少年、誰か召喚呪文やってる人知らないか?」

(僕だーーーっ!!

僕が召喚したから、来ちゃったんだーー!)


ピリオの顔が真っ青になる。ダンクがその理由を聞く前に皿洗いしていたオタクが話しに参加する。


「お客さん、何かの間違いじゃないのか?

召喚呪文なんて今じゃ犯罪なんですよ?この村で魔術使える人はいないし、召喚呪文なんてハイレベルな呪文誰も使えないよ」

「そうかなー、確かに呼ばれたんだけど…」

(僕です見よう見まねで魔法したらできちゃいました…ダメだ言ったら捕まる絶対言えない!)


ピリオは二人の視界の外でガクガクと震えていた。

オタクとダンクは相変わらず話しを続ける。


「そういやお客さん、ここには何時までいる気?」

「明日の朝には此処から去るよ。

また魔術教会の奴が来たら大変だからな、朝の霧の中に隠れて何処かへ行こうと思う」

「そうか…」

(明日…)


ピリオは震えを止め、ダンクの方を見る。


(明日で僕が夢見た魔法使いとお別れする…やっと、会えたのに…こうなったら)


ピリオはその時、いつかやろうと考えていた企みを今日やる決意を、静かに決めた。

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