『百鬼夜行』【肆】






火間虫入道ひまむしにゅうどう


 ――――人生つとむるにあり

 つとむる時はとぼしからずといへり

 生て時に益なく、

 うかりうかりとひまをぬすみて一生いっしゃうをおくるものは

 死してそのれいひまむし夜入道となりて

 ともしびの油をねぶり

 人の夜作よなべをさまたぐるとなん――――


(――鳥山石燕『今昔百鬼拾遺/霧』)




 二日後の夕方、カインと菅原、そして明満の三人がとあるビルの前に並び立っていた。

 入り口付近には御影石の石看板が設置されており、大きな岩を真っ二つに割って鏡面仕上げに磨かれた断面には、きっちりした顔真卿体で《暇田ひまだコンサルタント》と彫り込まれている。なんとなく、儲かってはいなさそうな社名だと一行は思ったが、こうやって日曜日も営業している程だから、それなりに忙しくはあるのだろう。

 カインたちの調べたところによると、この会社は社名の通り、コンサルティング業を生業とする営利企業のようであった。コンサルティングとは、企業や機関などの組織的な顧客から依頼を受け、運営上問題の改善やアドバイスなどを請け負う仕事であり、それこそ経営方針から資金繰り、法的な事柄まで、様々な分野のコンサルタントが存在する。

「……ここで間違いなさそうですね。表向きにはグレーゾーンぎりぎりの商売をしているようですが、裏では暴力団関係と直接的な繋がりがある……というより、むしろ普通企業を装った犯罪組織以外の何物でもありません。なかなか尻尾を出さないので、普警の組織犯罪対策課も手を出せていないようです」

 カインが手帳を繰りながら、調べた情報を読み上げる。

 ――聞き込み捜査の結果、先日の路地裏で猫たちに餌をやっていた人物は、旧皇都郊外に多くの土地を持ち、アパートなどを経営している地主の老人――大隅おおくま 重頼しげよりであることが分かった。

 自宅を突き止め訪ねてみたもののもぬけの殻で、周辺住民の話によると、ここ一週間ほど姿を見せておらず、家も留守にしているとのことだった。

 現場に残された血痕のDNAと、旧皇都都民病院に登録してあった大隅の遺伝子情報の照合を、研究機関《クヌーズホルム・カンパニー》の日ノ本支社に依頼した結果、その二つは同一人物のものであると断定された。

 さらに調査の結果、この老人は土地をめぐるトラブルで、悪質な地上げ屋の嫌がらせに遭っていたことも判明した。カインたちはその地上げ屋の依頼の元をたどって、この《暇田コンサルタント》に行き着いたわけである。現場で拾ったバッジも、この会社の社章と同じデザインだった。

 老刑事明満を先頭に、二人の若い刑事が後に付く。彼らは正面玄関からビルの中に堂々と足を踏み入れ、まっすぐにフロントまで突っ切り、警察手帳を突き付けた。


「――アポは先日のうちに取ってあります。社長室まで通していただけますか?」

 と、明満。


 落ち着きのある、しっかりと聞き取りやすい声。そして、老人の穏やかな細い目。それらが逆に、若い受付嬢を委縮させてしまったようだ。

「し、少々お待ちいただけますでしょうか、い、今、確認のほうを……」

 受付嬢がパソコンを操作しようとしたところへ、玄関ホールに内に、階段を降りてくるカツンコツンという大げさな靴音が響き渡った。

「何してる――? 大事なお客様だ、さっさとお通ししろ」

 張り上げられた濁声だみごえ。ゆっくりと階上より現れたのは、濃紺のスーツを着た細身の男。その両脇には、はたして護衛だろうか秘書だろうか、屈強な男が二人ばかり控えている。

「俺――あ、いや私が暇田コンサルティング社長、暇田ひまだ 麗司れいじだ。これでも忙しい身だからな、用件はなるべく手短に頼みたい」

 段上から刑事達を見下ろす濃紺スーツの男――社長こと暇田麗司は、派手な赤いペイズリー柄のネクタイに、靴は白い蛇皮。そして貴金属のブレスレット、両手の指にはジャラジャラとシルバーの指輪――――彼の身に纏う空気は、一言で言い表すのなら、「高級感の漂う下品さ」だろう。

「よく来なすった、オマワリの犬ども――もとい、国家警察の皆さん。ささ、私自ら社長室にご案内しますから、とっととついて来やが……って下さい」

 まだ若く、一見チンピラだかホストだかよく分からないような見た目をしている。顔立ちだけ見れば、少々くどいものの、どちらかと言えば男前に入る部類ではあるが、それを台無しにするように染められた髪は、目に痛い紫色をしている。髪型は、短く刈り上げた右半分と、伸びた左半分とにアシンメトリーで分かれており、さらにワックスによってエキセントリックにセッティングされている。極め付け、両耳には軽く引くくらいの量のピアスが開けられていた。とても一社を治める会社の長とは思えない出で立ちであった――。

「何だか、クセのありそうな野郎っすね」

「……そうですね。気を付けて掛かった方がよさそうだ」

「相手は普通企業を装っているとはいえ、その実は広域暴力団の傘下組織ですからねぇ。さすがにこの状況で警官に手出しはしてこないと思いますが、お二人とも、油断なされないでくださいね」

 ぼそぼそ声で話しながら、カイン、明満、菅原の三名が階段に足をかける。

 それを見計らっていたかのように暇田が、指を「パチン」と鳴らした。

 ―――――—すると、突然に理解し難いことが起こる。

 決して大したことではない。何が起こったのかというと、まるで申し合わせたかのように、三人が一斉に足を滑らせて階段を踏み外したのだ。

 新喜劇さながらのその様子を見て、暇田は冷笑を浴びせてきた。

「おやおや、まるで一昔前のコントみたいだ。最近の警察官の方々はユーモアのセンスまで持ち合わせていらっしゃる。……ははは、冗談冗談。そう恐い顔はせずに。この通り、当社の階段はよく磨かれておりますゆえ、今後せいぜい足元にはお気を付け下さいませんかね?」

 暇田は相変わらず不快な笑みを浮かべている。両隣りの護衛らしき男二人も、口の端を歪めて笑っていた。しかし、その表情にはどこか自分たちの社長への畏怖の念が籠っているようにも見受けられた。

「(今、一体何をされたんだ――?)」

 カインは、明満と菅原の二人と顔を見合わせたが、彼らも同様に疑問と驚きを隠せないといった顔をしていた。

 確かに社内の床や階段はワックスで奇麗に磨かれているが、気をつけて歩けば足を滑らせることなどそうそうないはずだ。ましてや、階段の上に、踏み付けて足をとられそうな物が転がっていたわけでもない。この状況で三人の人間が一斉に同じタイミングで滑ってこけるなど、おそらく天文学的数値の確率だろう。

「さあ、早く起き上りやが……って下さいませんかね。それとも手をお貸ししましょうか?」と暇田。

「……結構です」

 そう言ってカインたち三名は立ち上がった。


 上の階に登り、社長室に通された三人。全面ガラス張りで京の街並みを一望できる広々とした室内は、やたらと意識の高そうなインターナショナル・ミニマリズムテイストに統一されている。その無機質なインテリア群にまぎれてひとつだけ、一種、異質な存在感を放っている物体――デスクと革張り椅子の後ろにでかでかと控えている、モノリスのような黒い大理石の石版。そこに金色で彫り込まれているのは、やはり、五芒星を内包した格子模様。

 刑事らは着席すら薦められることもなく、まずそれぞれに名刺を渡された。そこにも例の、格子模様の中に星の図形の社章が印刷され、


『 ◆株式会社《暇田コンサルタント》VヴァイスPプレジデント 暇田 麗司 』


 とある。他には会社のホームページURLや電話番号、メールアドレスなどが記されている。

 続いて、さきほどから脇について来ていた護衛らしき屈強な二人組を紹介される。二人ともギャングのようなトレンチコートに首からマフラーを下げ、両手には革手袋――どう見ても堅気の人間には見えないが――どうやら彼らは社長付きの秘書であるらしかった。二人の秘書は「権田ごんだ」「若槻わかつき」と名乗った。

「このあともすぐ予定があるのでね。なるべく手短に済ませてくれないか」

 暇田は不機嫌そうにそう言って、黒石碑モノリスの前の社長椅子に、どかっと座り込んだ。

 彼らは、権田、若槻を含め三人とも、襟に小さなバッジをつけている。それはまさしく、カインが二日前、例の現場で拾ったものと全く同じ造形だった。

 それを見て、カインと明満が無言で目配せし、頷き合う。カインは相手側に悟られないよう、自然にコートのポケットへと手を伸ばし、中に入っている小型録音機のスイッチをONにした。

 そんなカインの挙動を見て、暇田はニタァ……と笑った。その笑みが何を意味するのかは、カインにはまだ分からなかったのだが。

「さて、御上おかみの皆さまがたが本日は、一体どういったご用件で参られたのでしょうかね。無論、仕事の依頼だったら喜んで引き受けますよ。商業企業、芸能、建設、金融、法律関係――うちは何だってやります。実績だってある」

 社長机に肘を乗せて指を組み、暇田麗司が誇らしげに笑った。厭らしい笑みである。まるで人外がヒトの皮を被っているのではあるまいかと疑いたくなるような、怖気おぞけのする笑み。だが、カインは退かなかった。

「でも、やり口が汚いため、評判はすこぶる悪い――そうですね?」

 最近、京を拠点に近畿地方界隈で台頭してきている《暇田コンサルタント》ではあるが、カインの今言った通り、大多数の企業や同業者からの評判はすこぶる悪い。

 何と言っても暇田の行うコンサルティングは、法の網をギリギリのラインで掻い潜るようなやり方が非常に多い。しかもそればかりでなく、本来のコンサルティングの姿である「企業を助ける」というやり方よりもむしろ、悪質な嫌がらせや妨害工作でクライアントのライバル企業の足を引っ張り、失脚させ、競合者を排除していくようなやり方を得意とする。

「そんなものは、私が成功していることに対する妬みそねみだ。くだらない」

 暇田は心底どうでもいい、といった感じだ。しかし、刑事達も追及の手を緩める気はない。今度は明満が口を開いた。

「そればかりではありません……顧客の層もどうも、お天道様に顔向けできない輩の方が多いみたいですねぇ……」

「ああ。そうですとも。当社では大切なお客様を差別したりしませんからね。依頼さえあれば何だって引き受けます。たまたま、そのクライアントが、ヤクザやマフィアであったとしてもね」

 そう、表ではコンサルティング業として通っている《暇田コンサルタント》だが、その裏では実質、数多くの暴力団組織の運営アドバイザーとしても活躍している。

 もっと言えば真相は真逆で、この企業の本来の姿は、巨大な暴力団組織がこれまでのやり方とは違う新たな分野を開拓するために設立した一部門――といったほうが正しかった。

 職員はまだ警察にマークされていない構成員ばかりで固められ、不正な金と人員の隠れ蓑としての役割を果たしている。それと同時にブレーンとして下部組織や末端組織の育成、資金の調達と運営、法律そしてインターネット関連など、様々な分野の面倒をみるためにコンサルタント企業として産声を上げたのが、この《暇田コンサルタント》なのである。

 社長などと宣ってはいる暇田麗司も、その実は普警警視庁も危険視している広域指定暴力団《荒塵会こうじんかい》の幹部の一人だった。「荒塵会系傘下暇田組組長兼若頭筆頭」――それが暇田麗司のもうひとつの肩書きである。

「そしてバレないように幾つものダミー会社を通して、銃器や薬物の密輸、国外向けの人身売買などの方針もアドバイスしているんっすね?」

「まったく、人聞きの悪い。一体何を根拠に。俺た……いや、私たちの会社は――って、ああ!! もう、めんどくせえ!」

 すでに剥がれかけていた破れかぶれの化けの皮だったが、いよいよ面倒臭くなったのか、暇田はそれを勢いよく引っぺがした。

「ったく! 最近はもうなぁ、従来のヤクザ商売じゃシノギを稼ぐのも難しい時代になってきてる。重要なのは新しいプラットフォームの開拓、そしてカルチャーの変革だ。今どき、ヤクザだって法律やらインターネットやらに強くねえと、生き残れねえんだよ。コンプライアンス(企業における法令遵守)? そんなモノはクソに混ぜ込んで豚にでも喰わせてやりたいね。あんたらだってまどろっこしい、分かってんだろ? 俺らの会社が完全ブラックだって……よっ!!」

 インテリヤクザ暇田は、高級そうな椅子から素早く跳ね起きて、机を飛び越し、三人の刑事の前に降り立つ。爬虫類じみた、気味の悪い動きだった。

「幸運なことに俺には、この商売にお誂え向きの才覚があった!! ヒトの弱みを嗅ぎ付け、ミスに付け込む……っ! ねぶり取る……っ!! 機会チャンスは油一滴だって逃さねぇ……っ!! 今まで! 人生で! 俺は他人の足を引っ張ることでここまでのし上がって来た……っ!! 部活も、勉強も! 受験、就職、出世争いだって!! 親兄弟友人知人恋人同僚、皆利用して蹴落としてやった…………っ!! ヤクザ社会におけるこのポジションだって、……あ゛? 世話んなった兄貴分や同じような傘下組織の組長ども失脚させて手に入れたもんだよ、文句あっかァ!?」

 血みどろに汚れたキャリアパス――どうやら《暇田コンサルタント》の経営方針は、社長自身の歪んだ人格に直結しているようだった。

「ゲスめ……」

 カインは暇田の生き様を聞き、カッコウの「托卵」と呼ばれる生態を思い出す。過酷な自然界の生存競争を生き抜くため、カッコウの親鳥は、自分とよく似た卵を産む別種――ホオジロやモズなどの巣に卵を産みおとし、その種の親鳥に自分の子を育てさせるのだ。そして孵ったカッコウの雛は、自分以外の卵や雛鳥を、巣から追い落して、親鳥のよこす餌を独占しようとする。

「ふん。ほざいてろイヌめが」

 暇田はカインの顔を下から覗くように屈み込み、いやらしい目つきでネクタイを緩めた。おそらく彼生来のものであろう、どこまでも人を舐めくさった態度で。

「で、お前ら一体何しにきた? ガサ入れか? 探したけりゃ、どこを探してもらったってかまわないぜ? アポなんぞ取りやがって間抜けどもが。どうせ今探したって、チャカもヤクも取引データも、何一つ出てこねえなぁ! ッハハ!!」

 んべぇ……、と舌を出して挑発的態度をとる暇田。

 ――その舌を見て、刑事三人は一様に顔を顰める。

 なぜなら暇田の舌は、彼の比較的端正な顔立ちには釣り合わないほど――――長かったからだ。あごを越し、喉仏あたりのラインまでぶら下がったその舌は、優に二十センチはありそうだった。そして先端部分にはリング状のピアスが開けてある。……不気味というよりは、単純に、生物学的に気持ちが悪かった。

「――今日私たちが来たのは、それが目的ではありません」

 そんな挑発や奇妙な舌にも見向きもせず、明満がおっとりとした口調で言う。

「このバッジ、見覚えがあるでしょう? 貴方がたの襟元についているのと同じものです」

 老刑事のくたびれたトレンチコートから取り出されたのは、証拠管理用のビニールに入れられた、例のバッジだった。

 目の前に掲げられた物品を、まじまじと見つめる暇田。

「ああ、確かにこれはウチの社章だ。西洋魔術における五大元素の象徴でもある五芒星――これはつまり世界を構成するすべてを表し、格子模様に関しては檻の中にその全てを閉じ込め、我らが手中に収めることを表している――だったか。錬金術かぶれだった先代社長の受け売りだがな。

 ついでに、西洋タロットカードにおけるスターのアルカナは『希望』、『閃き』、『願望の成就』を暗示してる。ビジネスにとって非常に重要なファクターであるそれらを捉えて逃がさないようにってのも意識したデザインなんだが……」

「デザインに関しては、正直どうでもいいのです」

「――ふん、ムカツク刑事デカだ。で、それがどうした? どこで拾った?」

「大隅重頼氏の管理する土地の、氏の自宅近く、人目の付かない路地裏で見つかりました。現場には氏の血痕も残っています。何か心当たりはありませんか……?」

「あぁん。大隅のジジイか……俺も直接交渉に出向いた事がある。あれはなかなかガンコで、土地を譲れといくら交渉しようが、取り付く島も無かったほどだ」

「交渉? 脅迫の間違いでしょう?」と、カイン。「あなたの雇った悪質な地上げ屋と大隅氏が口論していたのを見ていたという近隣住民もいます」

「……大隅さんを、どこにやったっすか?」

 菅原がずいと一歩近寄ると、二人の屈強な秘書も、社長を守るように、すっと前に出た。一触即発と言ってもおかしくないような状態だ。

 秘書――権田と若槻に守られながら、暇田は今度はおもいっきりふんぞり返った。

「何だ? 証拠も無いのにウチのもんの犯罪だと決めつけるのか? ウチの社員やAE営業だって交渉関係で何度も大隅のところを訪れているんだ。たまたま現場にバッジが落ちていても不思議じゃないだろう。大隅の行方? 知らないね、そんなものは」

 ただ――と、暇田は続ける。

「あのジジイ、歳のわりにゃ妙に元気でアウトドア好きだったらしいからな。居ないというなら大方、釣りに行ったか山にでも登ったか――」

 暇田は笑いをこらえきれずに、プッと噴き出した。

「――ま、探すならきっと山か湖だぜ。行方不明ってことは、運悪く木の根っこに養分吸われてるか、もしくは魚のエサにでもなってなけりゃぁいいけどなあ? ヒヒャハハ!」

 つまり、埋めるか沈めるかしたということか――カインは眉間にしわを寄せた。

「はっきり言って時間の無駄、下らん事はやめろやめろ。どうせ見つからないさ。仮にアンタらが証拠を掴んだとしても、そんときゃこっちは下っ端のスケープゴートに懲役んでもらったら済むだけのハナシだ。分が悪いぜ?」

 暇田サイドはあくまで強気に出るようだった。もはや隠す気も無いらしい。証拠能力のある具体的な言葉こそ含まれていないが、これではほとんど「自分達がやりました」と言っているようなものだ。

「では最後に。最近京の界隈で多発している、暴徒の連続襲撃事件について、なにか知っていることはありませんか……?」

 カマを掛けるため、カインはあえて異能に関するワードを出さなかった。彼ら「明満班」は今日、通常の警察にカモフラージュしてこの会社を訪れているからだ。あの路地裏で発見した、奇妙な死に方をした猫の死骸のせいもあるが、どうもこの胡散臭い会社と、一連の『百鬼夜行事件』の裏には、何かしらの関係性があるような気がしてならないのだ。

 それに対し、当の暇田は、まるで興味なさげな顔をしていた。

「知らんな。最近治安が悪いのは商売柄よく知っているが、我々は一切関知しない」

 そこで、今まであまり口をきかなかった権田と若槻の二人が、暇田に向きなおった。

「……暇田社長」

「お時間です」

「ん。……おお、もうこんな時間か。俺は忙しいんでな、これで失礼する。あとの対応は別の部下どもに任せるから、警察のアンタらは帰るなり社内を調べるなり、好きにしてくれていいぜ」

 そんな事を言いながら社長室から去ろうとする三人に向かって、カインがぼそりと一言だけ、言葉を発した。

「異能者――」

 ドアを開けて既に部屋から出かかっていた三人が、一斉に振り返った。

「あん――? 何言ってんだ」

 芝居なのかそれとも素なのか、暇田は大した反応を見せなかったが、秘書の権田と若槻は違った。ビクリと露骨に身構える二人。その一瞬を、カインは見逃さなかった。

「猫の死体――おそらくあの場で大隅さんともめた時に何匹か暴れたのを弾みで殺してしまったんでしょうけど――残しておいたのは失敗でしたね」

 カインが権田を指差し、

「丸焦げの二匹はあなたですね。そして――」

 続いて若槻の方を指差す。

「感電死していたほうは、あなただ」

 異能を持たず、事件にも関係のない者ならば、何のことだかさっぱり解らない内容だろう。だが、強面の秘書コンビはおろおろと狼狽するのを隠せないでいた。

「ぐっ……!!」

「貴様ッ……!!」

 二人がカインの方に完全に向き直った。

 今にもカインに襲い掛かりそうに見えた二人だったが――

「おい」

 怒気を孕んだ低い声――。

 暇田の発したものだった。決して荒げるような大きな声ではないが、そこにはドスの利いた、不気味な迫力があった。

「ヒッポウ、ライジュウ――――やめろ」

 怒り露に歯ぎしりをしていた権田と、脂汗をかき額に青筋を立てていた若槻だったが、暇田の声を聞いた途端に顔面蒼白になり、動作を停止した。

 二人の部下を厳しく睨みつけたあと、暇田はカインの方をちらと見て、「ふん」とつまらなさそうに再び背を向けた。

「いくぞ、二人とも」

「「……は、はい! ヒマムシさん!」」

 社長命令に従い、秘書二名はいかにも委縮した様子で暇田のあとを付いていった。

 今回の訪問は「任意の捜査協力」という名目である以上、明満らに暇田を引き止めたり拘束したりできる権限はない。

 それから結局、社内や、PC内のデータをある程度洗ってはみたものの、暇田の言った通り、特警側に有利になるような情報・物証は何も出てこなかった。


《暇田コンサルタント》本社ビルをあとにした三人は、捜査本部に戻るため、車に乗り込んだ。時間はすでに夜の十時を回っている。

 運転は菅原が、そして助手席には明満が座り、カインは後部座席に。

「案の定、何も出てこなかったっすね。でも、あのインチキ会社が怪しいことには変わりないっす」

 ハンドルを握った菅原が呟く。

「特に、最後の秘書二人の慌てっぷりは明らかにおかしかったっす。……それにしてもカインさん、どうして分かったんすか?」

「え? 何がです?」

「いや、ほら。ヤツらを異能者だと思った理由っすよ。あいつらのあの態度を見る限り、どうやら図星だったようっすけど……」

「ああ、そのことですか――」カインは、ぽん、と手を打った。

「俺が『異能者』というキーワードを口に出した時、権田と若槻の二人は過敏に身構えました。その際、若槻の親指と人差し指の間に火花――多分、先端部位から放出された電流がスパークしたんでしょう――その光が走ったのが見えました。エレキテル(帯電体質者)の人たちは、緊張や怒りの感情を表した時、抑えきれず無意識に能力を発動させてしまうことが意外と多いんですよ」

「へえー……っ」

 よほど感心したのか、ぽかんと口を開けている菅原。そんな若手体育会系刑事に代わり、助手席の老刑事明満が後部座席を振り返った。

「なるほど……それで秘書の若槻さんと感電死した猫の死体が結び付いたわけですね――。では、権田さんのほうはどうだったのですか?」

「彼の場合、まず近づいた時にりんの焼けたあとのような匂いが鼻を突きました。これは発火能力者パイロキネシストによく見られる傾向なのですが、それだけなら単にマッチや火薬を使ったあとの残り香という可能性も充分にあり得ます。ですが彼が腕を上げた時、コートの袖口とその内側――裏地が焦げているのが見えたんです。普通、火を使って衣服の外側が焦げる事があっても、あんな場所だけ焦げる事はそうそうありませんからね。そのうえ、手首に火傷の跡などはみられませんでした。おそらく、権田は手や腕から火炎を放射するタイプの能力者だと思われます」

「はぁー、さっすが! やっぱり実戦と場数を踏んでる特殊刑事は違うっすねー」

「い、いえ、そんなことは……」

 今まで厳しい先輩連中に囲まれ、手放しに誉められたことなど数えるほどしかなかったカインは、思わず赤面してしまった。

「でも、一つ分からないことが……。暇田の言っていた『ヒッポウ』『ライジュウ』というのは一体、何だったんでしょうか? それに、秘書の二人も暇田の事を『ヒマムシさん』と呼んでいた……」

 単純に仲間内での呼び名だと言ってしまえば、それまでだろう。もしくは何かしらの暗号の可能性もあるか。しかし、その疑問符にすぐ答えを出したのは明満だった。

「〝畢方ひっぽう〟に〝雷獣〟――どちらも、妖怪の名前ですね」

「え……?」

「きっと、あざな――仲間内でのコードネェムというやつでしょう。権田さんが『畢方』、若槻さんのほうが『雷獣』だと考えて間違いありません」

「なぜ分かるんですか? それに、その二つの妖怪というのは一体――」

「畢方は、中華大陸に住む、鳥の姿をした妖怪です。この怪鳥の降り立った地には必ず不審火、もしくは大規模な火災を齎すと言われています。いわゆる、火の怪ですね。大陸の地理書にして博覧誌『山海経せんがいきょう』に曰く、章莪山しょうがざんに住まう鳥のような妖怪であり、その状は鶴のごとくにして一足――とあります。また、後漢時代の学者、張衡の『東京賦』にも記載があり、それについて同じく後漢、呉の武将であり政治家であった薛綜せっそうが “畢方は老父神、鳥のごとし。一足にして両翼あり。つねに火をくわえ、人家にありて怪災をなす。” と述べています。まあ、火を吐きながら飛来して、家を焼く一本足の怪鳥だとでも思っていただければ簡単ですかねぇ。

 で、もう一方の雷獣ですが――こちらは本国の東の地方によく聞く伝承で、その名の通り、雷を司る化生けしょうです。落雷と共に奇妙な獣が地に落ちてきたところを発見した、もしくは捕まえたという話は各地に多く残っています。こういう時、雷獣は大概ヒトに害をなすのだと恐れられています。見た目に関しては統一感無く様々ですが、大体の場合、犬だか狸だかよく分からない哺乳類、六本足で鋭い爪があり、二股に分かれた尾を持った姿で描かれることが多いですね」

「なるほど。火の妖怪と、雷の妖怪……。そして、発火能力と帯電能力……か」

 これはちょうど、カインの推測した権田と若槻の能力とも一致する。偶然の符合ではないだろう。

「はぁあ。しかしっすよ? 『雷獣』って聞いたらなんとなく、字面からどんな妖怪かも想像もつきそうなもんですけど、『ヒッポウ』なんて俺、聞いたことないっすよ」

「火の妖怪、というだけなら確かに、他にもメジャーどころが沢山いますからねえ。例えば、人魂、鬼火、狐火と言われるような火の玉系統ですね。油坊、遺念火いねんび、じゃんじゃん火、天火てんかといった多様なバリエーションも、この系統に分類されます。これらはどちらかというと、妖怪というより怪現象に近く、火災も伴いません。以上からも分かるように、火と関わっている妖怪は数あっても、“火を操る”とか、“物を燃やす”といった行為をする妖怪というのは、実は意外と少ないんですね。ちなみに畢方についても、この国の四国地方にも似たような妖怪、波山ばさんというのが居ますが、これは別名犬鳳凰いぬほうおうとも呼ばれ、青白い炎を吐き出す、大きなニワトリのような妖怪だと言われています。ただし、こいつの吐く火は熱を持たず、決して物を燃やさない。だから、恐ろしい見た目に反して実は竹藪で急に現れて人間を脅かすくらいの妖怪なんですね。

 私がかねてより興味深く思っていたのは、異国の神話にいう不死鳥フェニックス、また鳳凰を四神『朱雀』として南方と火を司る神に当てはめたり、そして仏教もしくはヒンドゥー教にも見られる迦楼羅天かるらてんガルーダのように、火と鳥というのは密接な関係にあるのかもしれないということですが、他にも、そういった神格には劣るとしても青鷺火あおさぎび、ふらり火、ヒザマ、といった、〝鳥の姿をした火の怪〟というのはこの国にも何故か結構多いのです。しかし、発火能力者のあざなに『波山』や『ふらり火』などの国産妖怪ではなく、知名度の低い中華妖怪の『畢方』を使ったのは――もっとも、大陸の方に限って謂えば、畢方だけではなく、火災や旱魃かんばつを引き起こす鳥の妖怪というのは、殊の外多く存在しますが――、そういった妖怪の〝特性〟と能力の合致を重視した理由からでしょうかね。おそらく彼らの内には、国内外の妖怪に詳しいブレーンがいるとみて間違いないでしょう」

「一連の百鬼夜行事件と関係があると見て間違いなさそう、すかね?」と菅原。

「ええ。《暇田コンサルタント》の組織力、財力、そして背後に控える暴力団組織の影響――確実に今回の事件に、一枚も二枚も噛んでいると思いますよ」

 明満は頷きながらそう言った。

 カインも概ね、その意見に賛成だった。暇田たちが異能者大量発生事件に関与していると見て、まず間違いないだろう。だとすれば、近いうちに《暇田コンサルタント》――いや、暴力団組織『暇田組』の連中と、正面切って衝突する可能性は高い。

「……それにしても明満さん、陰陽師の家系というだけあって本当に妖怪にお詳しいんですね」

 カインは、改めて感心していた。妖怪の名が頻出するこの事件、明満のような知識豊富な味方がいることは大変に心強い。

 明満は、相変わらず照れているのか困っているのか判別しづらい笑みで、反応を示した。

「いえね、私の父は陰陽筋という家柄か、民俗学者となって妖怪文化について調べておりましたので。それで現地調査の土産話など聞かされているうちに、自然と私も詳しくなってしまったのですよ。おまけに、私の家には先祖代々、家宝として、ある古書が受け継がれておりました」

「古書――?」

「原初の妖怪図鑑と云われているものの写本です。その昔、遥か紀元前の大陸に住まう全知博覧の霊獣が、ときの皇帝に問われて述べたと云われている、ありとあらゆる怪力乱神を書き記した幻の書物――それを、とある陰陽の大家が手にいれた。そこに仕えていた私の先祖の陰陽師が、毎夜、蔵に忍び込んでは、これを盗み見て、必死に書き写したのだそうです。実際『書』――と呼ぶには相応しくない、本棚ひとつでは納まりきらないほど大量の紙束ですが、私は幼い頃からそれを読んでは空想に耽っているような子供でしたから」

「そうだったんですか……昔から妖怪がお好きだったんですね」

「へえー。そういえば自分も小学校の頃とか、図書室にあった妖怪図鑑みたいなの、よく読んでた記憶があるっすねー。面白かったすよ、水木しげるとかの」

 ハンドルを握りながら、菅原が懐かしそうに言った。

 カインはここでもうひとつ、明満の知恵を借りようと、疑問をぶつけてみる。

「そういえば、権田と若槻の言っていた『ヒマムシ』――というのも、何か妖怪の呼称なのでしょうか? もし奴らが妖怪の特徴を異能のコードネームとして使っているのなら、そこから暇田麗司の能力を推理することも出来るかもしれない……」

「ヒマムシ――おそらくは“火間虫入道”のことかもしれません」

 陰陽師兼刑事の老人は、思い出すような仕草をして答えた。

「ひまむしにゅうどう……一体どういった妖怪なんですか?」

「火間虫入道については、画師鳥山石燕『今昔百鬼拾遺/霧の書』にて図解付きで軽く触れられています。曰く、怠け者が死んだ時、その霊魂は火間虫入道となり、人が書き物などをしているときに夜な夜な現れては、行燈あんどんの火を、その長い舌で舐め取って消してしまうというのです。まるで、人の作業を邪魔することが存在目的みたいな妖怪ですよ。きっと、一生を無為に過ごしてしまったから――努力を知らず、自分が生きている間に何も出来なかったからこそ、頑張っている人の足を引っ張ることに固執するのかも知れませんね」

 菅原は「うっわ、なーんか地味にヤなヤツっすねー」と、舌を出して嫌そうな顔をした。

 カインも、

「確かに暇田が語っていた生き様というか、彼の会社の経営方針そのものみたいな妖怪ですが……」

 しかし、相手の能力を探るヒントには少し弱いか――と、ひとりごちた。

 というよりも、その前にまず暇田が異能者だと決まったわけでもないのだ。階段で三人一斉に足を踏み外したあの一件も充分に怪しいが――暇田の仕業と断ずるのは早計だ。

「念のため、奴が何か重要な事を言っていなかったか、録音データをもう一回確かめてみますか……」

 カインはコートのポケットから、暇田との会話を録音しておいた小型のボイスレコーダーを取り出した。

 既に録音が停止、データが入っていることを確認してから、再生ボタンを押してみた。――が、しかし。

「……あれ?」

 カインは首をかしげた。

「どうかしたのですか?」と明満。

「いや、ちゃんと録音したはずなんですけど……おかしいな」

 カチカチと何度も再生ボタンを押してみるが、機械から聞こえてくるのは、「ピー」や「ガガガ」などの雑音ばかり。肝心の会話は一切録音されていない。

「どういうことだ――――?」

 用意したのは最新式の録音装置――高性能で操作も簡単、ミスの入る余地などない。買ったばかりなので、故障ということも考えにくい。

 車内が妙に気まずい空気に包まれたその時、唐突にカインの携帯電話が鳴った。慌てて出てみると、相手は王だった。

『おいカイン! 無事か!? てめえ今まで何してたんだ? 携帯も無線機も、いくら掛けても繋がんねえし、電源でも切ってやがったのか?』

「え? いや、電源は入れてましたよ。いつ連絡あってもいいように……。圏外になるような場所にも行ってないですし」

 カインが不思議そうな顔をしていると、次の瞬間、菅原と明満の携帯電話も鳴り出した。――なにやら、不吉な兆候を感じさせるものだった。

『連絡がつかなかったのはお前だけじゃねえぞ。何度も電話したが、何故かお前らアケミツ班全員、繋がらなかった…… だがまあ、この際そんなことはどうでもいい。とにかく菅ちゃんとミチハルさん連れて、本部まで戻って来い!』

 先輩刑事の慌てた様子、そして電話の向こう側から伝わってくる喧噪の雰囲気――只事ではなさそうだ。

「一体何が起こったっていうんですか……?」とカイン。

 とにかく緊急事態なのだと、王が電話の向こうでがなり立てた。


『櫓坂隊長が異能者の集団に襲われて、意識不明の重体なんだよ――!!』







 ――特警・旧皇都支部隊長、櫓坂 甚七は異能者数名が暴れていると通報を受けた公園にバイクで乗り付け、いち早く現着した。

 まだ妖魅どもが跋扈するにはいくらか早い、明るみのうち――夕暮れ前の憩いの場だというのに、堂々と、目を覆いたくなる惨状が広がっている。

 休日を楽しむ観光客や近隣住民を標的にした、死屍累々の現場。彼はただ一人、異能者の群れに二輪駆動の鉄の塊で突っ込んだ。

 数人を轢き倒すが、車体の前方にはふてぶてしくも立ち塞がるがひとり――全身から無尽蔵の粘液を分泌する異能者、【なめくじら】。地面とタイヤが、ぬるりとぬめった大量の体液で覆われた。

 スリップするバイクを乗り捨てながら、櫓坂は円軌道の派手な飛び後ろ廻しで一挙に二人の異能者を巻き込むように蹴倒し、着地する。驚異的跳躍力で飛び掛かって来ていたニホンザルめいた男【やまこ】と、オランウータンじみた巨躯の老人【猩々しょうじょう】の二人が、一撃で叩き落とされ、沈黙した。

 地中の粘菌を爆速的に増殖させる異能者――【太歳タイサイ】、彼は強烈なフラッシュライトとばら撒いたオートミールなどのエサを駆使し、粘菌類、いわゆる変形菌の原形質流動をコントロールする。そこらじゅうに散布された【なめくじら】の体液も有機質をふんだんに含み、粘菌のエサとして申し分ない。人ひとり飲み込めそうな大きさにまで育った、クリーム色をした気持ち悪いスライム状の変形体が、急速に蠢きながら櫓坂にまとわり付こうとしていたが、櫓坂は構わずに粘菌使いいのうしゃ本体に突撃、戦闘用ブーツでの上段回し蹴りを喰らって【太歳】の意識が飛んだ途端、粘菌たちは増えに増えた体積を維持できなくなり、散り散りに崩れ落ちる。

 しかし、それと同時に。

「独壇場ォオ!! 完成ィイ!!」

 ――大量の粘菌にまぎれ、【なめくじら】は櫓坂の足元にまで己の体液を展開していた。スケート選手のように高速で地表を滑走してくる――粘液を潤滑油がわりに、地表との摩擦抵抗を軽減しているのだ。

 接近から、手の平に分泌させた多量の粘液を、掬い上げるように振り抜いてぶっかける。今までの粘液よりも明らかにねばつき、粘性が高い――おそらく、気道を塞ぐことによる窒息狙いか。

 顔面に降りかかるそれを、櫓坂はダッキング気味の入り身で回避、そして迎撃。胴、首への二段蹴り、頬への左フックへ繋げ、最後に右鉄槌・斜め打ち下ろしで膝側面を打ち砕く、切れ目のないコンビネーション――が、全弾命中したにもかかわらず、相手はねばっこい笑みでニヤつくばかりで、あまり効いていない。躰全体を多量の粘液で分厚く覆っているため、打撃の威力を吸収・緩和してしまうのだ。そのうえ、接触した瞬間につるつると滑ってしまい、急所を芯で捉えることさえできない。

「ならばっ……!!」

 腰の両側に提げていた武器を、それぞれ両手に装備する櫓坂。形状はトンファーに似ている「かい」と呼ばれる短双器械の中華武器に、さらに鎌状の曲がった切っ先を持つ「鉤鐮刀こうれんとう」(もしくは「双鉤」などとも呼ばれる)を掛け合わせた、櫓坂専用の武装――彼はこれを「双鈎拐」と呼んでいた。

 トンファーのように握りを掴み、持ち手からT字に分岐した刀身の長い側をくるりとこぶしの延長線上に持ってきて、カギが相手を向くように構えれば――奇しくもそれは、まるで蟷螂が鎌を持ち上げ、いざ捕食に入ろうという様に似ていた。蟷螂拳を得意とする、櫓坂らしい武具だ。

「ひっ……!!」

 刃物を見て恐れをなした【なめくじら】だが、逃げようとしても、もう遅い。相手は警官――おそらく警棒や拳銃なら、使われても、自分の能力でどうにかなるとたかをくくっていたのだろう。次の瞬間には、交差した蟷螂の鎌が両肩口から胴体、脇腹へ抜けてナメクジの躰を切り裂いていた。

「ぐげぇぇぇええええーーーーーっ!!!!!!」

 異能者の上げたみっともない悲鳴。――が、腐っても異能者。切り傷は一瞬のうちに粘液で覆われてしまう。粘度を調節し、傷口をコーティングしている。分類上は「肉体強化系」の能力者である彼が強化するのは、粘膜を保護するための「粘液腺」や、体内でリンパ液等を造るための機能。そうやって造り出した体液と水分の混合率を操作し、自在に粘り気を調整する。

 しぶとくも止血をはかる敵に対し、櫓坂は双鈎拐の持ち手を緩めて軽やかに刀身を半回転させ、両腕を諸手突きアッパーのように振り上げ、敵の大腿を鎌状の切っ先――鈎尖ゴォウヂィェン部位で下から上に引き裂きながら、同時に拳から三寸ほど突き出た短い方の刀身部位――鈎鉆ゴォウヅゥァンで、両脇を刺し貫いた。

 完全に機能停止した相手の躰を蹴り離し、次なる異能者の襲撃に備える。

 先日、王との組手――徒手空拳どうしでは、手心を加えていたとはいえ互角の戦いを演じていた櫓坂。しかし、この「双鈎拐」を振るっての実戦とあらば、たとえ刀を持った王が相手でも二手も三手も先んじ、圧倒できる自信がある。

 残り八人――――問題ない、やれる。と櫓坂は判断する。

 有刺鉄線の巻かれた金属バットで殴りかかってきたのは、真っ赤に鬱血した全身の皮膚の下に、ぱつぱつに張り裂けそうなほどの筋肉を搭載した肉体強化系能力者――【前鬼】。彼の異能には、超人的な膂力を発揮する代わりに、血圧が異常なまでに上昇するという負荷効果がある。

 そして、その背後から工事現場で使われるような極太のチェーンを振り回している女――【後鬼】。血流をきつく止めれば止めるほど比例的に身体能力が向上する彼女は、二の腕や太腿ふともも、首などを結束バンドできつく緊縛しており、チアノーゼを起こしたように全身が真っ青だ。

 鎖は、上空からの叩きつけ、横薙ぎ、直線の投げつけ、と乱暴に鞭のごとく振るわれる。櫓坂は京劇役者が舞うかのように、きびきびと躱す。

 走り込んできた赤鬼――【前鬼】のバット大上段を、片手鈎拐で受けた。トンファーの基本操作などに見られる、防御的運用法だ。受けてみて分かったが、敵の金属バットは見た目からは想像できないほどの重量を有していた。空洞部分に、鉛でも流し込んでいるのか――まさに鬼の金棒と言ったところか。しかし、打ち込みが大振り過ぎて、防御が疎かになっている。少なくとも、武道の動きではない。

 即座に空いたほうの左鈎拐で【前鬼】の首を狙う櫓坂だが、太いチェーンが鈎の刀身に巻き付いて、その斬撃を妨害する。その鎖は青鬼――【後鬼】によるアシストだった。多少はコンビネーションを意識しているらしい。

「(なんや。こいつら、つるんどるんか――)」

 組織立った犯罪には到底見えなかったが――と櫓坂は不思議に思う。

「(……それにしても、この娘はん、えらい馬鹿力や)」

 長年、拳法で鍛え続けた圧倒的フィジカルと内丹を誇る櫓坂に対し、筋肉質であるとはいえ細身の女性である【後鬼】。両者の腕力はほぼ拮抗していた。

 超重量級トゲつき金属バットを、袈裟懸けに殴り付けてくる【前鬼】。櫓坂は鈎拐を用いた内側向きの内小手受けで防御。敵は連続して、今度は下から金棒を振り上げる。下段払い、鈎拐の刀身をぶつけてガード。

 そこへ新手の異能者が、地面を這うように近付いてくる。【蟒蛇ウワバミ】――全身の筋肉と関節を柔軟化し、蛇類のような挙動を可能にしている。足元から、鎌首をもたげるように起き上がろうとしたその男を、櫓坂はミドルキックで一時的に退しりぞける。

 なかなか仕留めきれない相方に業を煮やしたのか、【後鬼】がハンマー投げのように、櫓坂の躰ごと鎖を振り回した。彼女を中心に、紐コンパスで円を描くように、櫓坂の躰が引きずられ、地面に跡が残る。ぐるりとほぼ一周した先に待ち受けていたのは、野球選手のように一本足打法で構えている、【前鬼】。

「おおンッ!!!!」

 鬼の全力で振り抜かれたバット――当たれば頭蓋だろうが内蔵だろうがぐちゃぐちゃに砕くであろうその一撃を、櫓坂は側宙で間一髪、回避した。こめかみを、耳元を、「ぶおん」と唸り声を上げながら、怖ろしい速度と重さの乗った金属塊が、すれすれに通り過ぎていく。

 宙返りと同時に、櫓坂は鎖を手繰り寄せ、たわみを作って、着地する己の躰の運動に合わせて、金属バットにそれを絡み付かせた。グイ、と引っ張ると、バットは鎖に巻き上げられて【前鬼】の手から宙に放り出される。

 敵の背後に着地した櫓坂は、一瞬で右鈎拐を振るい、背中を袈裟斬りに、両ふくらはぎを横一閃、撫で斬りにした。蟷螂が鎌で引っ掻くように、腱を切断された【前鬼】は前のめりに倒れ込む。傷口からは噴水のような勢いで血が噴き出していた。

「全身、筋肉がまるでポンプみたいに血流を速めとる。それやと躰じゅう、どこ斬られても動脈みたいなもんや。よう刃物の前に立てたな」

「このっ……!!」

 怒りに任せた【後鬼】が櫓坂ごと鎖を振り回そうとする前に、櫓坂は自分から踏み込んで、距離を詰める。彼女の顔を近くで見ると、壊死を起こしそうなほどどす黒い青紫に変色し、苦しそうに喘いでいる。

「どないやら、血管を圧迫して馬力バリキ出しとるみたいやけど――」

 やれやれ……と、櫓坂は鈎拐での瞬撃五閃、【後鬼】の動脈部を圧迫している結束バンドをすべて切断した。強くなるためには己の首を絞めなければならず、かといって苦しくて解いてしまえば、ただの人――これでは良くて短期決戦専用、欠陥品以外の何物でもない。

 力が抜けたようにぺたん、と座り込む女異能者。歴戦の特警支部隊長は彼女の後ろに素早く回り込み、首を固定し、延髄への当て膝で寝かし付けた。

 鈎拐に巻き付いた鎖をほどく。既に後続が攻め込んできている。蹴りのダメージから起き上がった【蟒蛇】。そして樹上から、大の字に広げた腕と脚の間に毛皮のような膜を張ってムササビのように滑空してくる【野衾のぶすま】。真下と頭上からによる、上下方同時攻撃。

 櫓坂は異能者の蛇体を踏み台に、跳んだ。

 腕とさらに鈎拐を伸ばしても、まだ上空の敵には届かない。櫓坂は双鈎拐のカギ側を背後に回し、両方の鎌をがっきり噛み合わせる。片方を離して、繋いだ鈎拐でリーチを伸ばし、ワイヤーアクションさながらに躰をきりもみ回転させながら、上の敵を叩き落とすように攻撃を繰り出した。

 櫓坂の双鈎拐は、トンファーの握り手にあたる部位が、槍の石突のように尖っている。その尖端が【野衾】の首に突き刺さった。

「ぎぃえぇぇえ!!」

 櫓坂は墜落するムササビ男の首から鉤拐を抜き取る。

 「拐」としての持ち方ではなく、革が巻かれている、「鉤鐮刀」としてはちょうど柄に当たる部分を握り込む。刀身から二本の支柱に支えられて突き出した「月牙」と呼ばれる装飾が、ちょうど護拳の役割を果たす。これは相手の武器を絡め取ったり、殴り付けるように斬撃を繰り出すのにも使える。

 落下しながら、順手持ちの刀剣のように振るった鈎拐で、ヘビ男の躰を唐竹割りにした。

「残り四人――!!」

 順手握りの左鉤拐を前に突き出し、トンファー持ちの右鈎拐を躰にひき付けるように格闘戦の構えをとる櫓坂。

 そこへ、無人のバイクがウィリーしながら突進してくる。先ほど櫓坂が乗り捨てた特警用武装二輪車だ。

「おぉッ!?」面喰らいながらも、やにわに跳び上がった櫓坂は、バイク前輪に足を掛け、たたたっと駆け上がるような軽身功で車体を飛び越す。

「……けったいな。念動力使つこうた操作かいな?」

 だが、車体は繊細にブレーキとハンドルをコントロールし、方向転換した。

『いいや、違うね……!!』

 ――バイクが、喋った。

『オレは【輪入道】、元レーサーなんだがね。おおよそ、車輪が付いている物にだったら何にだって〈憑依〉できる』

 実際にはホーン(クラクション)の音なのだが、なぜか喋っているように聞こえる。その声に合わせて、暴走族が吹かすエンジン音のように、マフラーが独特の音階を奏でる。

『今の俺は機心同体!! 回路の隅々まで、パーツのひとつひとつまで手に取るように把握できる!! 心臓が俺のエンジン!! ガソリンが俺の血だァ!!』

 急発進――猛牛のような突撃。ハイビームのヘッドライトで目眩ましをしてくるが、櫓坂は闘牛士のようにひらりと躱す。【輪入道】が急ブレーキ。前輪を支点に、車体を持ち上げる。逆ウィリー、いわゆる「ジャックナイフ」でターン、浮き上がった後輪をぶつけようとしてくる。

 櫓坂はしゃがんで回避。回転からの斬り付けで、軸足――前輪部を狙う。斬撃はゴムタイヤを掠ったが、浅い。パンクはさせられなかった。【輪入道】はかまわずに後輪でのストンプ。鋼の躰――250kg以上の体重を利用した踏み付けを、櫓坂は転がって避ける。

 櫓坂は残りの異能者に目を配った。そのうちの一人、フルフェイスのヘルメットをかぶった、レーサー服の男。膝から、切り傷による出血が見えた。

「(あいつが本体かい――憑依中は本人にもダメージが行くみたいやな)」

 異能者本体にダイレクトアタックしたほうが得策か――彼がそれを実行に移そうとしたとき、二人の異能者が守るように【輪入道】の前に立った。

 ――そのうち一人は、真っ白な骨がにょきにょきと肉を押しのけ生えてきて、全身を巨大な外骨格のように装甲する。

 ――もう一人は、見る見る体色が深緑へと変色し、禿げ上がった頭部と背中を硬質化させた(両手にキュウリを持っている)。

 背後では【輪入道】のバイク体が、やたらと大きな排気音を吹かし続けている。まるで、何かを隠すように――。

 はっと櫓坂は気が付いた。バイクの騒音に紛れて近付いてくる、もうひとつの走行音――――【朧車おぼろぐるま】、自分が乗っている乗り物を、能力。不可視の大型トラックが、地面にタイヤ痕だけを残しながらフルスピードで公園内に突入し、爆走した。

 それはさながら光学迷彩車輌、まさに走る凶器。

 そう、櫓坂が残り四人だと思っていた異能者は、実は五人――公園の外にもう一人、機会を窺って潜んで居たのだ。公園で殺されている被害者の何人かには轢殺体も見かけられたのだが、迂闊にも【輪入道】だけの仕業かと思っていた。

 どうにか一瞬早く気付けたおかげで、櫓坂は横っ跳びの緊急回避に成功。

 危ないところだった――と胸をなでおろす暇もなく、おぼろげなトラックはそのまま異能者たちのほうへ突っ込み、【輪入道】【がしゃどくろ】【河童】の三名をぼろきれのように轢き倒した。何せ視えないのだ。味方も避けられない。トラックは減速もしないままに雑木林と衝突。シートベルトを着用していなかった【朧車】はエアバッグの作動も虚しくフロントガラスを突き破って投げ出され、樹幹に激突、即死した。

「なんちゅう……」

 流石に呆然としている櫓坂。

 残された異能者、最後の一人が歩み寄る。

「妖獣、【ヌエ】――それは〝鵺〟である。その姿、なんぴとたりとも見定めることは能わずや」

 鵺とは――おそらく、妖怪である。分かることはそれだけだ。不気味な鳴き声だけで、決して姿を現さない。鵺を退治したという伝承や物語も存在するが、その容貌が明かされたとしても、様々な動物をつぎはぎに混ぜ合わせた、出鱈目でいい加減な姿。記述される書物によっても、姿かたちは、まったくのバラバラということもざらだ。「よく分からないモノ」――すなわち、それこそが「ヌエ」なのだ。

 【鵺】を名乗って近付いてくる人物は、黒いスーツに身を包んでいること以外、すべてが不明瞭だった。発するのは、何十人もの僧侶が読経しているような、地鳴りのように低い声。だが、ヘリウムを吸ったあとのように、ふざけたくらい高い声にも聴こえる。男なのか、女なのか、それすらも分からない。大男のように見えて、そのくせ子供のように小さくも見えるが、はたして老人の可能性もある。

 距離感がつかみにくい、と櫓坂は警戒する。敵の体格と、一歩一歩の歩幅さえ把握が困難なせいで、あと何足のうちに肉弾の間合いに入るのか――。 

「たぶんに、さっきのトラック野郎と同じよな『認識阻害系』か――」

 決して〈〉能力――それが【鵺】の異能。

 櫓坂は鋭敏に殺気を感知した。おそらく、殺し合いの間合いに入った――。

「(突き――――いや、蹴りか? 右から来るか、左からくるか……)」

 今まさに目の前で動いているというのに、何をしているのか断定できない。

 【鵺】の挙動はすべて、暗いもやがかかったかのように曖昧模糊で、有耶無耶である。

 ゴガッ。

 ――正解は正面。膝蹴りだった。

 櫓坂の胸元に叩きつけられる。さらに、同時に頭突きの感触。顔面に喰らって、数歩後退る。

「ぐっ……」

 左右の拳の連撃――らしきものが三発、ないし四発か五発ほどヒットする。もしかしたら、蹴りか肘も混ざっていたかもしれない。

 技の繋ぎの自然さ、そして打撃の硬さと重さ。何か確実に武術をやっている者の動きと躰だ――櫓坂はそう確信する。だが、やはりと言うべきかもちろんと言うべきか、その武術の正体や流派が一体何なのかも、異能に覆い隠され、判別は困難だ。

 右鈎拐フックと左順手――二連斬撃から回転の勢いで右月牙打ち下ろし。息もつかずに左足を高く真上に振り上げ、引き戻したそれがまだ空中にあるうちに更なる右を蹴り上げる、『二起蹬脚』。左鈎拐、握り込んだ柄を縦拳のように、月牙部分で殴り付ける。さらに手首を返して、刀身を斬り上げ。続いての右、鈎鉆突き。

 櫓坂の猛攻は、本人にとっては手応えのない靄を切り裂いただけにしか感じられない。だが、返り血の飛沫を顔面に数滴浴びたのと、鈎拐の刀身に確かな血痕が付いているのだけは、分かる。全てを避けられたり、防がれたりしたわけではないらしい。無論、どれほどのダメージを与えたのか、それが把握できないと戦略が立てづらいことに変わりはないが――。

 相手が動いた気配がした。櫓坂は防御に徹しながら突破口を探る。

「目視がアカンのやったら――」

 櫓坂は左手の鈎拐を、敵のいると思われる方向に投げつけ、咄嗟にスマートフォンを取り出した。

「記録ならどないや――」

 そう言って、カメラを相手に向け、ビデオ録画モードにして、リアルタイムで画面に【鵺】を映してみる。敵を直接見ることはせず、携帯の画面越しにあい対する。

 認識阻害の異能とは所詮、見る者、聞く者の脳に対し作用して、術者の存在を誤魔化しているだけに過ぎない。ならば。観測、監視、認識――そういった概念や思考を持たぬ機械が、ただその姿と行動を――――。

「正体、見たり」

 櫓坂はほくそ笑んだ。相手はサングラスをかけた黒スーツの、中肉中背の男。暴力団のようなバッジを付けている。手傷は三箇所。顔面打撲傷、左肩裂傷、左腕刺傷。

 ――正体不明の妖獣は、その姿を看破された。謎を暴かれた怪物のあとに残されているのは、退治される運命のみ。

「がぁっ!!!」〝が叫んだ。

 体重の乗った、右上段回し蹴り。空手の蹴りだ。右腕を引かず、両腕とも、開いた掌を前に置いて上段へのカウンターを警戒しているのを見るに、伝統派――それも実戦的な古流か。かなりの高段者かつ、こういった戦いの場にも慣れていると見受けられた。――だが、型にはまっているぶん、分かりやすい。

 カメラ撮影状態でのタイムラグはあったものの、櫓坂は初動だけで敵の動きを見切り、既に回避行動を終えていた。【鵺】の脚が地面を離れ振り上げられる頃には、彼が狙っていたはずの頭部はもうそこにない。櫓坂が低くしゃがんで、蹴りが空振ったかと思うと、蟷螂の鎌が銀色に煌めき、敵の軸足を刈り取った。

 己の武具を、拐の握り手からぱっと手を離し、瞬時に柄の逆手持ちへと持ち替える。左手で相手の腕を引き込み、右鈎拐は脇下から通され右肩越しに握り把の部分で首を引っ掛け倒した。敵の首から上と右腕は、鈎拐で封じられる。同時に水月も肘で押さえつけられ、苦しくて息もできない。櫓坂はグラウンドで組み伏せた相手の躰をまたぎ、横四方のようなポジションに移行、頭部をがっと固定して、四つん這い状態から思いきり振りかぶった膝蹴りを、側頭部――耳の下あたりに叩き込んだ。

 【鵺】は完全に失神。仮にすぐ覚醒したとしても、三半規管へのダメージでしばらく起き上がれないはずだ。

 大方、片付いたか――――櫓坂は立ち上がって、周囲を見渡した。

「ふしゅぅう……」

 顔の返り血を袖で拭き取り、少しばかり乱れた息を、丹田呼吸で整える。

「さて、そろそろ応援が来てくれはってもええ頃なんやが……」


 陽は傾き、空は薄くだいだい色に、夕刻に差し掛かろうとしている。

 休息も束の間――夕暮れと宵闇の狭間。昼夜を分かつ、日没の瞬間。夕闇に姿を潜めた影。

 正体を隠した〝物の怪〟が、息を殺して黄昏時たそがれどきの『境界』に控えていたことを、櫓坂はまだ、知らない――――。






(【伍】へ続く――)

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