第10話復活 と 混乱

 「知ってるか? 一度負けた怪人はとっととやられるのがお約束なんだよ」

 1号が叫ぶ中、コピー全員がわらわらとその周りに集まって来る。

 一方、緩い空気をまとっているミウとアリサ。

 「知らないわよ、そんなの」 アリサが棍を構え、続けてミウも構えを取ると、瞬時にして周りの空気が張り詰める。

 にらみ合う4人とふたり。数秒の間を置き、1号が号令を掛ける。「いくぞ!」 一斉に走り出す4人。その身体と相まって、巨大は壁が押し寄せるようである。

 一方、ミウとアリサは何の合図もなく同時に走り出す。

 速い、速い、速い。

 巨大な壁に向かっていく矢のようなふたりは、スピードも、姿勢も、歩幅もまるで鏡に映したように寸分の狂いもなく同じであった。

 両者が激突した時、吹き飛ばされたのはコピーたちであった。ミウたちのスピードに乗った攻撃とパワーはコピーたちに太刀打ちできなかった。圧倒的に有利なはずの長いリーチも、棍を使った攻撃で上手く封じ込められてしまっている。

 闘いは一方的であった。

 白と黒の少女たちはコピーたちの攻撃を踊るようにかわし、舞うように反撃を受ける。ピタリと伸びる足、角度まで一致する棍、左右から同時に襲いかかるパンチ、花を咲かせるような回し蹴り。

 <エル・ドラド>の超重力ではミウたちのパワーはコピーたちの重量級ボディに通じなかったが、通常重力のここでは違う。元々その身体に対して過剰なパワーを持つ少女たちは、そのスピードとテクニック、そしてひとつの意思で動いているようなコンビネーションを交え大男たちを翻弄していった。

 すべてのコピーが倒れると、ミウとアリサは床運動のごとく地面を跳ねて距離をとり、背中合わせで立つ。

 「やるじゃない、ミウ。あやとりの成果が出たわね」

 「へへ、なにしろゲロ吐くまでやりましたから」

 ミウは得意気に棍をひゅんひゅんと振り回す。ドヤ顔のミウに、ため息をもらすアリサ。

 「……まあ、いいわ。次、いくわよっ!」

 「えぇ! ツッコミなし?」

 この日、ふたりの足並みが唯一乱れた瞬間であった。


 モニター上ではふたりの少女が大男の集団を手玉にとっている様子が映し出されている。

 ふたりの足が寸分の狂いもなく真上に上がると大男たちが宙に舞い、同時に振り向き棍を繰り出す。相手に休む間を与えない闘いは、経験値の違いを感じさせた。

 各地のモニターの前では少女たちの一挙手一投足にどよめきと歓声が沸き起こっていた。

 鏡に映したようなふたりのコンビネーション。こういうのを“あ・うんの呼吸”と言うのだろう。たまに片方が捉えられても、相方があっさり奪回してしまう。それは、まるで最初から振り付けが決まっているダンスのようであった。

 特に、ここ<楽園>のアルバではハムイチの手伝いを終えた常連が再び集結し、仲間の闘いに際だって大きな歓声を上げていた。

 「うぉぉぉ! すげぇな」

 彼女たちのパワーならば、コピーたちの巨体を吹き飛ばすことも可能だろうに、あえて左右から同時に攻撃を加えるしたたかさ。しなやかな身体の少女たちが、巨体な男どもを蹂躙していく様は、禁断の美しさを持っていた。

 「あいつら、あんな練習してたっけ?」

 「いや。そもそもアリサは人質に取られてたんだぞ、そんな暇あるかい」

 「そうよね、ドールが違うとフィーリングも変わるから、あんなにうまく同期できないわ」

 「それはですな」

 見守る常連達にマスターがドリンクを持ってきた。

 「あのおふた方は、超高速でのバトルを幾度となく繰り返してまいりました。ご存じのように、おふた方のお使いになっているスピリッツは特製でございます。ですが、それをドライブするおふた方ご自身は普通の人間でございます」

 マスターはドリンクを配りながら話を続ける。

 「派手なバトルで忘れがちになりますが、おふた方の動くスピードは高速を走る車とさして変わりません。それだけの速度で動きながら、互いの拳どうしを正確に当てる。これがいかに困難であることは想像に容易いでしょう」

 常連のひとりが自分の拳を見ながら言う。

 「確かに。まさしく“手のひらサイズ”の的だもんな。すれ違う車でハイタッチするような……いや、もっと大変なのか」

 マスターはにこりと笑う。

 「左様で。皆さまは<バトル・シティ>での闘いを、ただ漫然と“すごい”と感じてたかと思われますが、あれは奇跡のオンパレードだったのですよ。針の穴に糸を通すようなコントロールを、おふた方は笑いながらやっておられたのです」

 「それは、ふたりの息がとんでもないレベルで合わないと実現しないこと……なんだよな」

 「はい。ですから、あの程度のコンビネーション、造作もありません。どんなに優れた道具でも、使う人によっては全く意味を持たないこともあるのです」

 「きついなぁ、マスター」

 「あ、失礼いたしました。そのような意味ではないのです。あのコピーたちではお二方には対抗できません。しかし……」


 <エル・ドラド>から戻ってきたリキが<バトル・シティ>で眼にしたのは、一方的にやられている自分の分身たちであった。

 肩にかけたワイヤーを握りしめながら「……やはり、アリサは脱出していたか」と呟く。

 少女たちの洗練された動きと、味方のバラバラの動きは素人同然で比較にならない。圧倒的なスピードと機動性、そして足りないリーチを補うアイテム“棍”。コピーたちはパワーで勝るものの、この環境下では彼女たちも十分に闘えるパワーを持っている。勝てる要素がまったく見当たらない。

 「てめえらっ! 何やってる!! 撤退だ!! とっとと下がれ!!」

 リキがフィールド全体に響き渡るような大声で命じると、コピーたちは闘いを放棄しリキの元に逃げ出した。ミウとアリサは彼らを追わずに構えを解いた。

 「いよいよ本ボスの登場だね」 ミウの棍を持つ手に力が入る。

 シュンとなり、リキの前に並ぶコピーたち。睨み付けるリキは、ひと言も発することなく左腕でひと払い。4人のコピーはまとめて吹き飛ばされる。

 ダン! ズダン! ダン! ズダダダダ……。

 地面を数回跳ねたコピーたちは、勢いそのままにビルに激突し、その衝撃で全員がダメージアウトした。このフィールドでの設定ではアイテムで復活するか、バトル終了までこのままとなる。

 ミウとアリサは黙ってその様子を見つめていた。


 「ったく、使えねえ奴らだったぜ」 リキはニヤリと笑い、ミウたちの方に歩き始める。

 その姿を見て、アリサが小声で呟く。 「まずいわね。アイツ、だいぶパワーアップしてる感じ。リキの巨体とアタシの第2.5世代コードって相性が良いみたい。ドールの出来が悪いとは言え、侮れないわ」

 リキがミウたちの前までやってきた。

 「やるじゃねぇか。見直したぜ」

 リキが叫ぶと、アリサがそれに応じる。

 「アタシたちは、ただぴょんぴょん跳ねて拳をぶつけているだけだけどね」

 「……くっ」 それは、以前リキがアリサたちの闘いを揶揄した言葉だ。しかし、それは自身の理解不足であったことを、今のリキは痛感していた。

 あのスピードで小さな拳同士を確実にぶつけ合うことが、どれだけ高等技術か。

 両方から挟み撃ちにすることで、どれだけの威力が生まれるか。

 完全なるコンビネーションの彼女たちの闘い方は、コピーたちの体格を遙かに上回る巨人と同等と言っても過言ではなかった。

 ミウとアリサが構えようとした瞬間、リキは肩にかけていたワイヤーと金具を地面に放り出した。ワイヤーの端は引きちぎった跡がある。

 「まさかこんな単純な方法で<エル・ドラド>から脱出するなんてな。恐れ入ったよ。

 中央の島にワイヤーを投げ入れ、アリサがそれに捕まる。ゲート付近に金具を埋めておき、反対側のワイヤーを通して、引っ張る方向を変えた。つまりミウがワイヤーを持って外周円を走れば、反対側を持つアリサは金具の方に引っ張られ、ゲートに辿り付けるという訳だ」

 「ご名答! わざわざ砂漠を渡って調べたのね」

 「ただ、分からない点がある。どうやってワイヤーを中央の島まで届けた? そもそも、あの砂の海を渡るほどの時間はなかったはずだ」

 「簡単よ。投げただけ」

 「はぁ? おいおい、冗談はよせよ。あんな距離、どうやったら届くって言うんだ?」

 「真面目な話よ。規格外のあの娘のパワーがあるから実現した作戦よ」

 「あの娘……新しい方のミウ、ルナか。

 ……いや、あいつは笑ってたぞ。フェイス・シンクが働いていた。つまり、あれはお前が直接ドライブしてたはずだ。ここにいて身動きが取れないはずのお前がなんで<エル・ドラド>にいたんだ?」

 指さして異議を唱えるリキに、ミウは頭をかきながら答える。

 「あれは……フタバだよ」

 「馬鹿言え! あんたとフタバでは顔が全然違う。フェイスシンクが働く訳がない」

 困った顔のミウに替わり、アリサが答える。

 「あれは、モーショントレースを使ったのよ。あらかじめ動きを記録しておいて、それをただ再現しているだけ。

 あのルナはフタバのIDで動かしていて、彼女はどのモーションをするかを選んでいただけ。

 フェイスシンクは、その時に記録されたものがたまたま再現されただけだわ。それはアタシたちが意図した物ではないわね」

 「な……」

 「ルナのパワーならワイヤーを島まで投げられる。想定されるパターンはいくつもあるから、その全てを記録しておいたのよ。<エル・ドラド>の形状がシンプルで助かったわ。単なる同心円状だから、目標点もかなりアバウトで済んだもの。

 それに、建物の転送が目的だから超重力にすることは考えにくい。あの重力では建物自体が潰れてしまうものね。

 そしてルナはアタシよりも遙かに速く走れる。短時間で、確実に脱出するためには、あの娘のパワーを利用するのが一番だったのよ。」

 「意外だぜ。あんたらのことだから、あっと驚く複雑な道具でも開発してくるかと思った」

 アリサはため息をついて答える。

 「リキ。ひとつ、いいこと教えてあげるわ。良いアイディアっていうのは、総じてシンプルなのよ。アタシたちも、色々と考えたわ。ゲートをクラッキングするとか、ミウが引き抜いた木を活用するアイディアもいくつも出したわ。

 でも、確実性や時間の問題で没。

 もちろん、強行突破も考えたわ。でも、砂の海をノロノロと走っていたら、あっという間に挟み撃ちに合う可能性もあったしね。まだバッテリーの回復していないアタシでは簡単にパージアウトしてしまうからダメ。

 そもそも、アンタたちが<エル・ドラド>のゲートを開けてくれる保証が何もなかったからね。ひとりのミウの見かけ上の敗北でゲートを開けて、もうひとりのミウが救出するしかアタシたちに手段はなかった。

 結局シンプルにロープで引っ張るというのが最善策と結論づけたのよ。実際、単純過ぎて想定外だったでしょう? これで完全に形勢逆転、アンタたちの負けよ」

 「……まだ負けてねーよ」 フッと笑い、リキはファイティングポーズを取る。

 「解説ありがとうよ。じゃあ、最後に一発やるとするか」

 アリサは首を横に振る。

 「その前にひとつ。アンタ、たぶん利用されているわよ……」

 動きが一瞬止まったが、その言葉を振り払うかのように「関係ねぇなぁ!」と叫びリキは駆けだした。

 「しょうがない、やるわよ」

 「うん!」

 アリサとミウは棍を構え、対応する。が、予想を上回るリキのスピードとパワーにふたりは跳ね飛ばされる。やはり、コピーたちと比べ、リキの方が戦い方に長けているようだ。一見、力任せな突進に見えるが、そのスピードは棍によるリーチを無効とし、そのパワーは体重差を活かしたものといえた。

 しかし、ミウたちも負けてはいない。すぐさま立ち上がって、ふたりで挟み撃ちにするようにポジションを移動する。が、高速移動するリキをなかなか上手く捉えることができない。逆にリキはバラバラになったミウを、アリサを個別に攻撃し離脱する。

 コピーたちのパワーバトルから、いきなりのハイスピードバトルに切り替わり、当初は押され気味だったミウたちであったが、そもそもは彼女たちの得意分野。次第にリキのリズムを読み取り、攻撃を上手く避け始める。

 「チャンス!」

 アリサの叫びを合図にふたりは左右から横腹に突きを入れるが、リキはその衝撃に耐えた。

 「ぐ、ぐぅ……」

 一瞬停止したふたりの棍を両の手で掴み、そのままブンと振り回す。

 「きゃあ!」 「うわあ」

 リキを中心として、ミウとアリサは遠心状に吹き飛ばされた。ハイスピードバトルに決着を付けたのは、リキの耐久性とパワーであった。

 ここぞとばかりにリキは掴んでいた棍を放り投げ、アリサに向かって突進する。それを見てすぐさま立ち上がり追いかけるミウ。アリサは立ち上がるや否やファイティングポーズをとる。カウンター狙いだ。

 リキが大きく振りかぶりアリサに殴りかかる。ミウが加速し、地面を蹴る。アリサは巨大な拳をすんでの所で躱し、そのまま回り込みながらリキの腹に回し蹴り。と同時に、ミウの蹴りも背中から襲う。

 ズーーーーン。

 ふたつの攻撃による音は完全に重なった。全てのパワーが逃げることなくリキの身体に集中した。

 「決まった!」 「よしっ!」

 ふたりが確信した時、リキがニヤリと笑う。

 「っく……甘いわぁ!」

 アリサの足を両手でがしっと掴みグィンと自身の身体を半回転させミウに叩きつける。ふたりの身体は絡み合うように地面に叩きつけられ、大きくバウンドする。空中に舞い上がった所をリキが追いつき、左右のビルにキックとパンチで吹き飛ばした。

 ドゴーーーーン。

 リキが着地すると同時に左右のビルにふたりの身体が激突し、巨大な土煙が舞い上がった。

 「まいったね、こりゃ。リキさん強いわ」

 土煙からミウが頭をかきながら現れる。声の方向に振り向き様子を伺うリキ。ミウは歩みを止め、ニッと笑い、腕をブンブンと振り回した。

 「んじゃま、作戦変更と行きますかっ!」

 そう言うとミウはビルの壁を駆け上がり、頂上階付近で壁を蹴りグンと高く舞い上がる。緩やかな円を描きながらミウが頭上から襲いかかる姿勢になると、リキは応じる形で拳を握りしめ、腰を落とし力を貯め、神経を集中させる。

 その瞬間を待っていたかのように、反対側のビルの土煙の中からアリサが飛び出した。

 「しまった! ミウはおとりか!!」

 ミウのオーバーアクションが気にはなっていたのだ。恐らくは、あれで合図を送り、タイミングを取っていたのだ。ミウに集中していたリキは背後に迫るアリサに対応できない。このタイミングでは落下するミウよりもアリサの方が先にたどり着く。貯めた力は自らを縛る鎖となり、避けることもできない。

 「ぐはっ!」

 予期せぬ方向からの攻撃に対応できず、リキはアリサの回し蹴りを背中にマトモに受けてしまう。吹き飛ばされビルに激突するリキ。アリサはキックした体勢を素早く変え、地面に手を突き、2本の足を揃えて高々と上げる。その足に吸い寄せられるようにミウが着地し、ふたりの膝がぐぐっと折れ曲がるが、吸収しきれない衝撃でアリサの手が地面に食い込む。

 「いくわよ!」

 アリサは腕力に物を言わせ、ぐぐっと身体の角度を低く定め、狙いを決める。動きがピタリと止まった瞬間にアリサとミウの足がピンと伸びる。ふたりの強靱な脚力によってミウはミサイルのように打ち出される。

 ドゴーーーーーン!!

 ビルに激突したリキを、ミウが体当たりしてさらに押し込むと壁が砕け土煙が舞い起こる。

 「きゃっ!」

 土煙の中からミウが投げ飛ばされるが、空中で姿勢を変えビルの方向を向いたまま器用に着地する。

 ズガガガガーー!

 しかし勢いは止まらず、地面に長い溝ができてやっと停止した。

 「だ、大丈夫!? ミウ」

 「な、なんて奴なの!!」

 「……ただ、強敵ではあるけれど、ひとりで何とかならない訳でもなさそうね。ミウ、お願いがあるわ。ここは、アタシひとりでやらしてちょうだい」

 リキに飛ばされた棍を回収しながら、アリサが語りかける。

 「え? ちょっと待って、アリサ」

 「第2.5世代コードをコピーしたアイツは、言わばアタシの歪んだ分身。バランスを無視してセルだけを増やしたあのボディに、アタシ自身がどれだけ対抗できるか知りたいのよ」

 「でも……」

 棍を構え、正面を見据えたままアリサは言う。

 「アンタはアンタがやるべきことをやって。アタシたちは負けられないのよ」

 土煙の中からリキがゆっくりと姿を現した。

 リキをにらみ付けたままの横顔を見たミウは軽くうなずく。

 「……分かった。負けないでね、アリサ」

 「ありがと。だからアンタ好きだわ」

 ミウはアリサを見つめたまま、後ろに下がった。

 「ほう、あんたひとりでやるのか? 俺は構わないが、手は抜かねぇぜ」

 「当たり前でしょ!」

 アリサの返事を聞くと、リキはちょっと考える表情となる。

 「……なあ、ちょっと聞いていいか? ルナは第3世代コードを使ってるんだよな。それなのに、なんであんたの第2.5世代コードの方がパワーがあるんだ?」

 「あの時のルナは未完成だっていったでしょ? 部分的に昔のコードが残っていたのよ。それをあのエロガキが偶然コピーしただけ」

 「エロガキ? ああ、あいつのことか。なら、ルナはあんたより強いのか?」

 「当然、強いわよ。アンタとは比較にならないくらいにね。それより、あのエロガキは何者?」

 「……なら、あんたとは闘う意味がないな。とっととルナを出しな」

 「アタシに勝ったら、彼女を紹介してあげるわよ!」

 その言葉が終わるやいなやアリサは駆けだし、リキは防御の姿勢を取る。アリサが棍を足に向けてブンと振る。リキはひらりとジャンプでかわすが、アリサはそのまま回転を続け回し蹴り。

 ドゴォォーン。

 ビルに大穴と巨大な土煙が立ち上る。アリサは、リキを追って土煙の中に飛び込むが、すぐさま反対側のビルに叩きつけられる。

 まさに、力と力のハイスピードバトルが始まった。

 有り余るふたりのパワーは、ぶつかり合うごとに街の形を変えていった。

 圧倒的なパワーを誇るリキ。対するアリサは足りないリーチを棍で補い、空中の起動をも棍を利用して変えるという離れ業を駆使していた。一撃離脱の攻撃を繰り返すアリサは、手数は多いものの致命的なダメージを与えられずにいた。

 リキも見かけよりは遙かに軽快なフットワークでアリサを追い詰めていく。

 ふたりの闘いは熾烈を極め、崩れゆくエリアが次第に広がっていく……。


 「お疲れさまでした」

 <楽園>のアルバに戻ってきたフタバは、マスターからの労いの言葉を受ける。

 「ありがと、マスター」

 常連たちは店内のモニター中継に釘付けだ。アリサが復帰し、超高速バトルを繰り広げている。しかし、今日のフタバはそれに加わる気になれなかった。人のいない角の席にドサッと腰を落とす。

 「ふわぁぁぁぁ、疲っれたぁぁ」

 「気分だけになりますが、こちらをどうぞ」

 マスターはドリンクを差し出した。

 「ありがと。アリサちゃん、すごいね」

 「ですな。カメラの動きが激しくて、見ていると疲れます」

 確かに、上下左右前後に激しく動くこの闘いは、現場にいたらとても眼では追えないだろう。仮想カメラ・SDCステルス・ドローン・カメラのならではの迫力ある映像だ。これを違和感なくスイッチできる楽園テレビの連中の技術もたいしたモンだとフタバは感心していたが、疲れてそれどころではない。この店の中でマスターと自分だけが、あの激しい映像について行けないのだ。

 「……ねぇ、マスター。あたしって才能ないのかな?」

 フタバは姿勢を正し、問いかける。

 「どうしなされたのですか、いきなり」

 「今、ルナをミウちゃんの替わりにドライブしてきたんだけど、全然上手く行かないの。モーション・トレースの合間のちょっとした動作、たとえばワイヤーを拾うとか簡単な動作なのに全然ダメ。10回ぐらいやりなおしてやっと成功したくらい。もう、それこそ針の穴に糸を通すような作業だった。

 ミウちゃんは平気で走ったり、投げたり。あんなこと、よくできるわぁ。あたしは、もうクタクタ」

 マスターはニコリと笑う。

 「あの方は特別ですから。知っておられますか? アリサさまも第3世代機のドライブはできないそうですよ」

 「え!? そうなの? アリサちゃんだって上から数える方が早いくらいドライバーとしてのランクは高いよねぇ」

 マスターはうなずき、話を続ける。

 「第3世代機はドライブが非常に難しく、補助プログラムがないと普通のに方には動かせないそうなのです。アリサさまも例外ではありません。

 ところがミウさまは、それなしでドライブしてしまうのですよ。普通の方ではコントロールできない細かなアクションをあっさりとやってのけるそうで。だから優先的に最新鋭のスピリッツがあてがっているのだとか。

 あ! アリサさまには内緒ですよ、私が話したこと」

 マスターは人差し指を立てて口に当てた。

 「りょーかいっ。そっか、アリサちゃんでも無理なのかぁ。ちょっと安心したかな。

 ふふ。でもアリサちゃんがいなければ、ミウちゃんもルナ動かせなかったんじゃない? 何となくそんな気がする」

 「恐らく。あのお二方、似ているようで似ておりませんからな。お互いに刺激しあって、良い所を伸ばしていらっしゃる」

 「さらに面白いのは、あのふたり自身が、それに気づいていないことよね。リアルで会ったら笑いをこらえるのが大変だったわ。あのふたりって、見てるだけで楽しくなってくるのよ。ミウちゃんなんか、あたしと真逆なのにね」

 マスターの営業スマイルがさらに柔らかくなったように思えた。

 「そういえば、先日の<バトル・シティ>でのバトル。あれはルナが間に合わず未完成だったということになっておりますが、実はミウさまが確実にドライブできるようにスペックを落としていたそうですよ」

 「え!? ハムハムもアリサちゃんもそんなことひとことも」

 「あの方たちは、そういうお方です。ミウさまに余計な負担を掛けさせたくはないのでしょうね。もっとも、バッテリーの強化を忘れたのはマジだったようですが」

 「あはは、マスター。キャラ作り、忘れてるよ」

 「フタバさまこそ、さっきから猫被るのをお忘れのようで。はっはっはっ……。

 うぉっほん。

 で、本来は先に創る補助プログラムを、今回は逆にミウさまから採ったデータを元に創るようです。ですから、ルナは他の方に動かせなくて当然なのです」

 その言葉を聞いたフタバは、突然テーブルに身を伏せた。

 「? どうなされたのですか?」

 怪訝な顔のマスターにフタバからキーボードチャットでメッセージが届く。

 (マスターの後ろにリキの仲間がいる。悪いけど、自然に去ってくれる?)

 マスターは無言で頭を下げ、カウンターに戻っていった。フタバの視線の先では、赤服、青服のふたりがテーブルの下を探っている。あそこは例のステッカーが貼ってあった場所でもある。

 (ねえ、マスター。あたしたちの話、聞かれたかな?)

 (離れておりますし、大丈夫でしょう。それにフタバさまのテンションもだいぶ低めでしたから)

 そこにハムイチがキーボードチャットに割り込んできた。

 (赤服、青服が現れたって?)

 (うん、今監視中。なんか、コソコソ話してるけど、ここからは聞こえない)

 (カウンターに戻る際、<ヘヴン>がどうの言っているのが聞こえました)

 (ハムハム。今、アイカメラの画像送ったけど見られる?)

 (えーと、OK。バッチリだ。あ、今、あいつらが席を立ったな)

 (なんか企んでる顔してる。しょうがない、追跡するね)

 (おい、大丈夫か? マスター付き添えるか?)

 (先ほどは総出で作業でしたから店を閉められましたが……)

 (今、見逃すと危険だと思う。ステッカー作戦が失敗したから、何か別のことやるかもしれないし。アイカメラ繋いだままにしとくから……行くね)

 (あ、フタバさま、先にカウンターに寄ってください)

 フタバは立ち上がり、帽子を取り出すと深く被り出口に向かった。気休めの変装だがやむを得ない。さりげなくカウンターの方に近づくと、マスターがすっとキャンセラ-を差し出した。フタバは前を向いたまま、それを受け取り店を出た。


 <バトル・シティ>ではアリサとリキの死闘が続いていた。

 「ええぃ!」 アリサはビルの壁面を蹴り、リキの背後からの跳び蹴りを試みる。

 「甘いな!」 リキは動きを読み、身体の角度を変え蹴りを避け、地面を強くパンチで砕いた。

 棍を地面に突き、空中に身体を浮かすアリサは飛び散るアスファルトを受け姿勢を崩してしまう。

 これをチャンスとみたリキは、アリサの後頭部をその巨大な手で掴み、ビルの柱に向かって叩きつける。

 ドーーン。

 続けざまに助走をつけ、少し離れたビルにの壁に突入する。

 ズズーン! ズズーン! ズズーン!

 内部で連続して柱を砕き、そのたびにビルが巨大な音を立てて傾き始め、隣のビルにもたれかかる形となった。

 そして、巨大な衝撃音が発生するとビルの壁を突き破りアリサの身体が宙高く舞い上がった。ゆったりとした放物線を描いたアリサは、嫌な音と共に地面に叩きつけられた。手にしていた棍が、乾いた音を立て地面に落ちる。

 ビルに開いた巨大な穴から、ゆっくりとリキが現れる。途中で棍を拾い上げ、アリサに近づく。アリサは動くことなく空を見つめている。リキはアリサの視界に入ると、見せつけるように棍をへし折った。

 「降参するかい?」

 アリサは首を振った。

 「冗談じゃないわ。誰が、アンタみたいなニセモノに」

 「へっ、そうかい」

 リキはアリサの首根っこを掴み高々と掲げあげると、ニヤリと笑った。

 「こういうのは効率よくやって、最終的に勝てば良いんだよ。くっだらねぇ努力して、それで負けて。あんた、惨めだなぁ」

 アリサは歯を食いしばり、リキをにらみつけた。

 「ほう、良い表情だ。その方がこちらとしても、遠慮なくやれるからなっ!」

 その言葉が終わるや否やリキが拳をふるう。アリサの顔が大きく歪むと弾丸のように吹き飛ばされ、二度、三度と大きく地面で跳ねた。

 「あははははは、やるなら徹底的に、な」

 <バトル・シティ>には、リキの笑い声だけが響いていた。


 フタバはゲートを抜け、<ヘヴン>に着いた。

 「……ビンゴ! マスターの言葉がなければ見失ってたわねぇ」

 <ヘヴン>オーナーのテンはハムイチを目標にしていることもあり、ここは<楽園>とよく似た造りになっている。また、交流も頻繁に行われており、フタバにとっても土地勘のあるフィールドでもある。

 ただ、いつもとは違い街中に人は少なく、各種にあるショップなどに集まり中継を見ていた。 

 赤服、青服が入っていった交流所“サンセット”もそのひとつ。アルバよりも大きく、秘密基地のような閉鎖的な外見が特徴の建物である。

 「ここに入ったのね……。あそこの入り口は結構目立つんだよなぁ。今入ると尾行がばれちゃうよねぇ」

 フタバは、角の建物に隠れてサンセットを見張っていたが、人の出入りは全くない。他人に紛れて入り込むのは難しそうだ。

 「仕方ない。一か八か、入ってみましょうか」

 フタバは意を決し、足を踏み出す。

 その瞬間、後ろから肩をつかまれ、フタバは建物の影に引き込まれてしまう。

 「……喋らないでくださいな」

 その人物はフタバの口を手で塞ぎ、静かに言った。


 サンセットは四方の壁が巨大なモニターで構成されたイベント空間を兼ねたコミュニケーションスペースであった。天井の高さもあり、映画館のスクリーンに囲まれたような迫力のある映像が楽しめるのが特徴で、現在もアリサとリキの闘いを中継していた。巨大モニターゆえ、みながバラバラの方向を向いているのも特徴で、待ち合わせには向かない場所とされていた。後日、入店者があった場合にウィンドウが開き、その者を映し出すように改良された。

 アルバが現実にありそうなお店をモデルにしているのと対象に、サンセットは非日常な未来空間を目指しているようだった。

 窓のないサンセットはその外見に反して開放感のある空間だったが、今は重い空気が漂っている。モニターに映るアリサが劣勢なのが誰の眼から見ても明らかになっていったためである。

 「うわぁ、まただ」

 「もう、無理じゃない?」

 悲鳴のような声を上げる住人を、ただふたりだけが笑ってみていた。赤服と青服である。

 そして、そのふたりをこっそりと監視する眼があった。

 「あ、あいつらぁ~」

 「落ち着いてくださいな、フタバさん。せっかく一般には知られていない裏口から入ったのに、バレては意味がなくなりますわ」

 「でもさぁ、テンテン。きっとあいつら、何かやるに決まってるよ」

 「今は辛抱です。ちゃんとハムさんにアイカメラの映像送ってますか?」

 「あ、それは大丈夫。テンテンが、あたしに声かけてきたのも中継されてるよ」

 「それは、それは。ハムさーん、ちゃんとフタバさんと合流しましたぜ」

 フタバの前で手を振るテン。彼は<ヘヴン>のオーナーゆえ、このフィールドの裏道もバッチリ把握している。

 「テンテン、邪魔ぁ」

 フタバはテンの頭を押しのけ、赤服たちの監視を続ける。

 「しかしアリサさん、だいぶ劣勢ですなぁ。ちょいと信じられませんわ。<楽園>さんが負けたら、あいつらに対抗できる勢力はなくなりますからなぁ。ウチも他人事じゃありませんわ」

 テンが言うまでもなく、店内には不安の声が渦巻いていた。

 「……ごめんなさい、巻き込んでしまって」

 「いやいや、<楽園>さんが悪いんじゃありませんから」

 両手を前で振って否定するテンだが、フタバには返す言葉がなかった。サンセット店内は下手すると、暴動に発展しそうな空気さえ生まれつつある。そうなると<楽園>のフタバや<ヘヴン>オーナーのテンは標的になりかねない。その場の“空気”という奴はどう人々を動かすか分からない。自然とふたりの声は潜むように小さくなっていく。

 勝ち誇るリキの姿が映るモニター。その片隅に小さなウィンドウが開き入店者の情報を映し出す。

 「あ……」

 「どうしたんですか?」

 フタバは身を伏せてつぶやく。

 「あいつが現れた」

 「あいつ?」

 店内に入ってきた少年は赤服たちの元にやってきた。三人はモニターに映るアリサの姿を見ると、歯を見せて笑った。

 「もしもし、ハムハムぅ。聞こえる? あいつが来たよ。予想は当たってたみたい。……うん、“エロガキ”」

 少年は大きな身振り手振りで、赤服と青服に何やら指示を出しているようだった。

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