第9話白 と 黒
決戦の日。
リキに指定された時刻よりも30分ほど早く、ミウは<バトル・シティ>に入った。身体全体を覆うような黒いポンチョの下には身体に密着したバトル用の白いアンダーウェア。すらりと伸びた足が印象的である。辺りを窺いながら、懐かしむような表情で歩いている。
「もう、ずいぶん昔のことみたい」
すべての始まりはこの街だった。
ここでリキに遭遇し、あしらい、後に追い詰められる。ミウは自分が正しいのか、何か間違えたのか、それすら分からなかった。しかし大切な友人が人質に取られている以上、闘うしかなかった。
街はアリサと闘ったままの状態。崩れたビル、砕け散ったアスファルトなど、祭りの後の寂しさが残る街並みは、アリサとの思い出の場所でもあるのだ。
数日前から、磔にされたアリサの写真が出回ったことにより、一気にバーチャル・スピリッツ中にこの闘いのことは広まった。
圧倒的な性能を誇る<楽園>のスピリッツ、アリサとミウ。
それに対応しうるスピリッツが存在し、それらが闘うというだけでも注目の的なのに、あろうことか<楽園>の存在そのものが賭の対象になっている。規格外のバトルへの期待が掛かる一方、その脅威が他のフィールドにも広がるのではないかという憶測もあり、ほぼ全スピリッツの注目が集まっていた。
闘いは楽園テレビが全フィールドに中継を実施していた。
画面にミウが登場すると、各フィールドのコミュニケーション・スペースにわらわらと人が集まってきた。人は増えるのだが、ざわめきはない。人々はそれぞれの思いを胸に、モニターを見つめるだけだった。各フィールドは入場者数を増やしながらも、街は静まりかえるというこの世界初の現象が起きていた。
<楽園>のアルバにも、常連を中心に二十数人が集まっていた。賭けの対象でもあるこのフィールドは避けられているようで、街にいる者自体が極端に少ない。
みな、モニターに映るミウをじっと見つめている。ひとりがぼそっと呟く。
「……どうなるのかな?」
しかし、その答えを誰も出せない。ただ、重い空気が店内を支配していた。
そこへ、ひとりの少年が飛び込んできた。大量のステッカーを手にしたハムイチである。人々の視線が集中する中、彼は叫んだ。
「すまない、みんな! ちょっと手伝ってくれないか?」
元々イベント用フィールドだった<バトル・シティ>はダメージ設定がない。リキの要求により、ダメージ設定が行われたが、それ以外の設定はそのままだ。ダメージ回復はアイテムが使える。それだけでも大きな違いだ。また、フィールド・コントロールはハムイチが握っているので、途中で超重力といった設定変更が行えないのはありがたいと言えた。
ミウが歩いて行くと、リキたちが見えてきた。
「やるしか……ないか」
ビルの瓦礫の上に、リキを中心に5人がバラバラに座っていた。ミウは彼らと距離をとり、足を止めた。
にらみ合う両陣営。
まず慇懃な口調でリキが切り出した。
「いらっしゃいませ、ミウさん。ずいぶんお早いお着きですな」
「アリサを返して!」
ミウの訴えに5人は一斉に笑い出した。
「わははは。それは面白い。そんな虫のいい話がある訳ないだろう?」
「それよりミウさん、今日はポンチョですか」
「んー、残念ですね。すてきなプロポーションが見られなくて残念ですねぇ、けっけっけ」
「いやいや、我々としては、それでは困りますぞ。立派なお胸を見せていただかないと」
4人のコピーは一斉に笑い出した。
下品な言動が目立つ彼らだが、今日は彼らの胸に大きく番号が振ってあった。
「1、2、3、4…と。ずいぶんと、分かりやすくなったじゃない? リキさん」
オリジナルのリキは苦笑いしながら答える。
「いやな、こいつら顔も身体も全く同じだし、表情も変わらねぇ。相手している俺の方が辛くてな」
表情が変わらないのは、実際の顔とドールの顔が一致していないためフェイスシンクシステムが正常に動作しない弊害だ。それに無表情の相手に取り囲まれる恐ろしさはミウの方が痛感している。
「正直……助かるかな」
「それについては俺も悪いと思ってる。あれは……辛いよな」
なぜか同意するふたりに、むっとするコピーたち。
「あんたが、胸の大きさで新型と旧型の区別できるようにしたのがよくわかるぜ」
「あ、あれは、そんなつもりじゃないんだけどな」
「ほう。じゃあ、あれはあんたの願望かい?」
「ち、ちがうっ! あれは、じつ……」
「じつ?」
あまりに理由がバカバカしいので、ミウは顔を真っ赤にして黙ってしまう。“実用的”という言葉が、こんなに躊躇われるものだったとは。
リキは、ひとつため息をついて話を元に戻した。
「まあいい。あんた、ひとりで来たのか?」
「……後でくるわ」
「はっはっは。怖いねえ、怖い、怖い」
高らかに笑うリキ。
「もう一度聞くわ。こんなことやめない?」
「くどいっ!」
「……そうか、最期のチャンスだったのに」
そう言ってミウが両手を広げるとポンチョの前が開き、白い裏地と白いボディ・スーツが露わになった。身体に密着したそのスーツは、ミウのボディラインをくっきりと浮かび上がらせていた。そのまま腰を落とし、ファイティングポーズをとる。
「ほう、ずいぶん立派な胸じゃねえか。新型といえと、完膚無きまでに叩きのめしてやるよ。行け! 2号、3号!」
リキが手を前に振ると、胸に2と3と書かれたコピーが走り始めた。同時にミウも走りだす。
今、決戦が始まったのだ。
ミウは一気にスピードを上げると、前の開いたポンチョはマントのように広がる。ふたりの大男と、ひとりの少女が次第に近づき、互いに拳を振り上げた、その瞬間。
「……!」 「!?」
「な、何だあ……」 闘いを見ていたリキが呆れた声をあげる。
ズザザザ……。
ミウが突然転倒し、ふたりのコピーの間を転げていく。
反転し、警戒するコピーたち。ミウの異常な行動に緊張が走る。今のところ、何もない。ジリジリとポーズをとったままミウに近づくコピーたち。
転倒の勢いが納まると、頭を振って立ち上がるミウ。しかし、何だかふらふらして体勢が安定しない。
その様子を見たコピーたちが挟み撃ちにして、攻撃を開始する。いつもの踊るようなステップはなりを潜め、まるで酔拳のように定まらない動きで避け続けていた。
リキはため息をつく。
「おいおい。なんだ、自分のパワーに振り回されているのか? それとも調整ミスか? バランスが全然なっちゃいねぇじゃねえか。
まあいい、時間の無駄だ。お前らも行って、一気にカタを付けてこい」
リキは腕を組んだまま、アゴで残りの1号、4号に指示した。
「うす」 「あいよ」
<エル・ドラド>の超重力バトルと異なり、通常重力ならばリキたちの重量級ボディのメリットは薄れる。全員が過剰なパワーを持つ者の闘いは、テクニックが重要視されるはずだった。しかし一番技巧者と思われたミウの予想外の挙動は、リキたちを一気に精神的優位にした。
ミウは拳を握りしめ大きく振りかぶると、そのままバランスを崩し後ろに倒れそうになる。しめたとばかりに3号が手を伸ばすと、ミウはその腕を掴み、足の位置を直して素早く投げ飛ばすと、駆け寄ってきた1号に激突する。
よろっとミウが立ち上がると、背後から2号が羽交い締めにする。正面から4号が襲いかかってくると見るや、ミウはまだ自由の効く両足でキック。その勢いで2号の体勢が崩れると、するっと左腕を抜いて脱出し、余った右手で2号を投げ飛ばす。
ふらふらのミウにコピーたちが次々と襲いかかっては投げ飛ばされる、という展開が続いた。
闘いをじっと見ていたリキが声をあげる。
「一筋縄ではいかない……か。
おい、てめえら! ミウの足を止めろ!」
その声を聞いたコピーたちは動きを止め、ミウを4方向から取り囲む。中央に立つミウは、構えをとろうとするが、ふらつきが止まらない。
「ほう」 「なるほどね」 「こちらから攻めないと」 「なんともならんという訳か」
じりじりと動くコピーたちの反応に合わせ、ミウは向きを変える。
だが、それだけだ。彼女が反撃に出る様子は見えない。
ならば、答えはひとつ。
4人は同時に足に飛びつき、ミウを押し倒した。そして、素早く右腕、左腕をそれぞれふたりずつで押さえつける。
「ふっ、これで動けまい!」 2号が勝ち誇るように言う。
が、ミウがその腕力にものを言わせ、のしかかる大男4人を一気に吹き飛ばした。
「うわぁっ!」
よろよろと立ち上がるミウ。
「く、こいつ……」 コピーたちは、圧倒的有利に思える状況にもかかわらず、攻めあぐねていた。
「ちッ、馬鹿かあいつらは……」 その様子を見ていたリキはゆっくりとコピーたちの元に歩きはじめた。
「動いた!」
理沙は、コックピットでミウたちの闘いを見守っていた。楽園テレビの中継だけでなく、<エル・ドラド>のゲートも同時にチェックしているため、コンソールにはものすごい量の情報が滝のように流れていく。
「今のところ、ミウちゃん上手にやってるねぇ」
イヤホンマイクからフタバの声が入る。
「それにしても……イヤホンして、その上にヘルメット付けると耳が痛いわね」
「アリサちゃん、ガマン、ガマン。<エル・ドラド>はチャット禁止だから、ケータイで会話するしかないから仕方ないのよ」
苦笑いしながら理沙はイヤホンマイクのボリュームを絞った。本当にフタバはリアルとは性格が変わっているように感じられる。
「フタバ。これからが、勝負よ。アイツらは絶対<エル・ドラド>のゲートを開く」
「うん。その時がアリサちゃんを取り戻すチャンスなんだよね」
「ええ、チャンスは一瞬かもしれない。失敗すると、アリサは奪還できないかもしれない」
理沙は苛立ちからテーブルとトントンと叩き続けている。
エンからもらった情報を解析すると驚くべき事実が判明した。リキがコードをコピーする際、システム全体に影響が出ていたのだが、その原因が分かったのだ。
リキがデータ転送を行う時、別のセキュリティ・ホールを使ってゲートを無効化しているのだ。恐らくは別のシステムを流用したために、その仕組みがそのまま残ってしまったのだろう。本来の目的については、公一が走り回って対応してくれている。
理沙たちは、その問題を利用してアリサを取り戻す作戦に出たのだ。すなわち、リキがコピーを行う瞬間に<エル・ドラド>に進入する。
セキュリティ・ホールを突いて強引にゲートをこじ開ける方法も提案されたが、それは却下された。アリサとミウの性能がチートレベルに突き抜けているため、理沙たちは常に不正行為の疑いを掛けられていた。ひとつでも誤った手段を採ったなら、そこを口撃される恐れが常にあった。アリサの磔写真は、そういった手段に出られなくする効果もあったのだ。
モニター上では、ミウが適度に反撃しながらも、次第に押されている映像が流れている。彼女が殴られるたび、目を伏せたくなる。
しかし、これはアリサ救出のためにやってくれていることだ。涙がこぼれそうになったが、それをぬぐうことはもちろん、一瞬たりとも眼を離すことは許されない気がした。
モニター上のミウは四人がかりで背後から羽交い締めにされ、ついに身動きが取れない状態となった。
そして、オリジナルのリキが前に立ちはだかった。
「いよいよね。フタバ、準備はいい?」
理沙の指がテーブルから離れ、キーボードに移動する。その時が来たら、すぐにログインするためだ。
フタバからも言葉がなくなった。
モニターではミウが挑発している様子が見て取れる。
リキが動くたび、理沙の指は反応するが肩すかし。まだ、その時ではない。
幾度となく繰り返すうちに理沙の不安は広がっていく。
ミウとリキの会話も頭に入らない。もしかすると、自分たちの推測は外れたのではないか?
<エル・ドラド>のゲートは一向に開く気配がない。
「早く……して……よ」
ミウをこの状況から解放するには、アリサが自由になる必要がある。ジレンマに、理沙自身が押しつぶされそうであった。
そして、ついにその時が来る! リキが、あの五角形のマークの付いた右手をミウに向けて伸ばし始めた。リキは力を欲している。<エル・ドラド>での闘いで、自分たちが入手したのは第3世代コードでないことは気づいたはず。だから、ルナの第3世代コードは喉から手がでるほど欲しいはず。アイツは触れるだけで、それを奪取することができる。
その瞬間がアリサを取り戻すチャンスでもあるのだ。
リキの右手がミウのほほに触れるまでに近づく。
「……いよいよ、ね」 理沙とフタバは、リキの動きに全神経を集中させた。
しかし、リキは予想外の行動に出た。ミウのアゴを指先で掴み、クイっと持ち上げ、こう言い放った。
「あんた、てんで弱くて話にならない。ホントにフルチューンしてんのか?」
「うっ……」
ミウは感情がすぐに顔に出るタイプである。超重力下でミウと戦闘をしていないコピーたちは騙せたが、実戦経験のあるリキの目は欺けなかったのだ。通常空間であればアクアのパワーでも、コピーたちの相手は充分にできる。上から体重をかけて押さえ込んでも、彼女のパワーの前では無意味。バランス調整に失敗した振りをして、戦闘慣れしていないコピーたちを誘導していたのだが……。
理沙の目の前が暗くなった。どうにかしてリキにコピーをさせる方法はないか。
思考がそこに集中した時、耳元で悲鳴に近い叫びが上がった。
「大変! ゲートが開いちゃってる。このままじゃアリサちゃんが、死んじゃうよっ!」
ベキィッ! ミウの頬にリキのパンチが当たる。
睨み付けるミウの腹に、リキは無言で腹パンチを加える。ズウゥーン! 大地を揺るがすようなパワーをコピーたちが4人がかりで押さえ込む。
「あのなぁ、あんたの強さは<エル・ドラド>の時から変わってねぇんだよ。むしろ何だ、その不抜けた闘いはよぉ」
重いパンチを挟みながらリキが語りかける。ミウのダメージは、ものすごい勢いで蓄積されていく。
「まぁ、いい。ここはアイテム回復以外認められていない。エネルギー・ゼロになれば勝負は終わり。トドメを刺して、<楽園>の権利を頂くとしようか。楽園テレビを見ている全員が証人だ。そして次は別のフィールドがターゲットだ。しばらくは、陣取りゲームが楽しめるかな? 一方的になるだろうけどなぁ!」
リキのセリフは、楽園テレビを見ている者たちに衝撃を与えた。やはり、彼らは<楽園>を手始めとして、全フィールドに挑むつもりなのだ。しかし、<楽園>のふたりは最強であった。つまり、この一戦でバーチャル・スピリッツというシステムは事実上、リキたちの支配下に置かれることとなる。
もはや自分たちの命運はミウに託されたのだ。しかし、彼女はぐったりとして動かない。
「よし、お前ら。そいつには一度騙されてるからな。しっかりと押さえ込んでおけよ」
そう言うと、リキは大きく腕を振り上げ、身体を大きく捻る。コピーたちは腰を低く構え、最大級の衝撃に備える。
「これで、終わりだ!」
ピーーーーーーーー。
リキがパンチを繰り出そうとした瞬間、モニターには回線が閉じているはずの<エル・ドラド>からのアラートが表示された。
「おい! 何で<エル・ドラド>のゲートが開いているんだ!!」
慌ててモニターを切り替えると、両の腕に力を込め十字架を引きはがそうとするアリサの姿が映し出された。
「ふん……ぐううぅぅぅ」
アリサの腕よりもはるかに太い鋼鉄の十字架がぐぐぐ……と手前に折れ曲がっていく。
グロッキー状態のミウが呟く。
「へへ、やったね。これで<エル・ドラド>はゲートを閉じられない。アリサはログインしているから、ゲートを閉じれば自動的に脱出できる。私たちの勝ちだよ、リキさん」
狂いはじめた計画にリキに焦りの表情が浮かぶ。
「うるせぇ!」
挑発するミウにリキは蹴りを入れ、そしてコピーたちに命ずる。
「おい、ちょっとそいつを押さえたままにしておけ。俺が様子を見てくる」
その場で<バトル・シティ>をログアウトし、リキは<エル・ドラド>に向かった。
「これで最期だ!」
ここ数日で増殖した謎のステッカーの上に、ハムイチは自分の創ったステッカーを重ね貼りする。
ボシュ!
その瞬間、謎のステッカーが光り煙を上げ出す。
「間に合った~。ギリギリだぁ~」
地面に大の字になって空を見上げると<楽園>のあちこちで煙が上がっているのが見える。
作戦は成功したのだ。
「全て間に合いました。本当にみなさんのおかげですな」 ハムイチの顔をマスターが覗き込む。
「はは。ホント、ギリギリだったよ」
ほっとする少年の顔に老人も喜びの表情を浮かべる。
「キャンセラー、足りた?」
「はい。数枚残っております」
ハムイチとマスターの元、わらわらとアルバにいた人々が集まってくる。
「ハムさん、マスターの指示通り、俺の分は貼ってきたぜ。何なんだ、あれ? いきなり光り出して」
「んー、そうだな。“封印のお札”かな?」
「???」
「はは、そりゃそうだ。わかんねーよな。あいつらは……、リキたちは<楽園>を盗もうとしたんだ。
街に貼ってあったステッカー、あれは転送用のポートなんだ。あれが貼ってある建物は、全て対応するポートに転送されてしまうって仕組みだったのさ」
「……! そんなことができるのか?」
「ああ、バーチャル・スピリッツの世界はデータでできているからな。
電子メールだって巨大なファイルを添付できるだろ? この街のデータだって送れないことはないのさ。ただメチャクチャ遅いけれな。でも、始まったら止められない」
「もしかして転送先は<エル・ドラド>なのか?」
「ああ、ご名答。データ転送時に<エル・ドラド>のゲートが開く仕組みになっていたんで、その隙にアリサを奪還する予定だったんだ。
リキがミウのセルのコピーすると思ったんだが首謀者がせっかちな奴だったみたいでな、とっとと<楽園>のコピーに走りやがった。転送に時間が掛かるから走り回る俺たちでも何とか間に合ったって訳だ。マスターが的確に順番を指示してくれたおかげだな」
「で、アリサはどうなったんだ」
「もし……転送が始まっていたらアリサは街のデータが上書きされ、システム的に存在しない物となったはずだ。存在そのものが矛盾するからな」
「!? それって……」
「もう、アリサは二度とログインできないし、下手すりゃドールに過度な負荷がかかり物理的に破壊されていたかもな。でも、もうそんな危機は去った。もう、アイツは自力で何とかできるだろう。みんなのおかげだ、助かったよ」
「じゃあ、もしかしてあんたが配ったキャンセラーは……」
「転送コマンドをキャンセルし、ポートを破壊するっ!」
「こわ……。それであんな爆発が……」
「見た目は派手だけど、ダメージはないはずだぜ。ただし、今<エル・ドラド>は大変なことになってると思うけどな」
「大変なこと?」
ハムイチは各地で未だに続いている爆発を見ながら言った。
「対応する<エル・ドラド>のポートは、もっともっと派手に爆発しているはずなのさ」
「な、なんだぁ!」
<エル・ドラド>中央の島にあるゲートを抜けたリキが眼にしたのは、フィールド中いたるところで発生している爆発群であった。地面が白く五角形に光ると、爆発音と共に一気に光の柱が立ち上る。まるで何かに堰き止められたエネルギーが逆流しているようにも見えるそれは、一定の時間が経つと自然に消えるが、とにかく数が多い。。
「あいつらの仕業か? くそっ!」
触れてもダメージは受けないようだが、視界がひどく制限される。まずはアリサを捕まえなければならないのに、目標点が定まらない。リキはがむしゃらに十字架のある方向に走った。ゲートをくぐる以外の脱出方法はないのだから逃げ道は限定される。そうそうに確保してしまうのが一番の良策に思えた。しかし行く先々で小規模の爆発が起きるため、リキの足はすぐに止まってしまう。特別な訓練を受けた訳でもないリキは、本能的に身体が反応してしまうのだ。
道しるべとなる物もないため、やや時間を掛けて目的地に着くと、すでにアリサはいなかった。そこには、アリサのパワーで破壊された歪んだ十字架と、地面に“Bye”の文字が残るのみ。
「くそっ!」
島の中心部にある光の柱はすでに止み、ゲートのあった場所まで直接見渡せるようになったが、アリサの姿は見えない。
「あの小娘、すぐに追い詰めてやる!」
リキはあたりを見回すと、一気に島の縁に向かって猛ダッシュする。こうしている間も爆発はドーナッツ状に広がっていく。次第に視界が晴れてくると、それに伴いリキのスピードが上がる。再キャリブレーションを行ったリキは、通常重力下でアリサに劣らぬほどのスピードを持っていた。
「おかしい。ここは障害物もない、狭い島だ。すでに見つかっていなければならないはず。」
リキは立ち止まり、モニターで見ているであろう楽園テレビのスタッフに向けて叫ぶ。
「おい! 楽園テレビ!! 外周円にあるゲートを映せ。……早くしろ!」
中継を申し出たくせに仕事が遅い連中に、リキのいらだちはピークに達していた。
そして、リキのモニターに外周円ゲートの様子が映し出される。そこには人影が映っていた。
「まさか! そんな早く移動できる訳が……」
爆発が外周円にまで届き、画像が確認しにくい。コンソールを操作し、画像を拡大表示させる。
と、指が止まった。
「……! なぜ、あいつがここにいるんだ?」
そこにいるのはアリサではなく、ミウだった。柱の光によって、<エル・ドラド>の外壁に強い影が浮かび上がる。間違えるはずはなかった。ピークが外周部に及び、彼女の周りの爆発が激しさを増した。
ここではチャットは使えない。慌ててスマホを取り出し、リアルで連絡を取る。
プルルルルルル……。
「おい! 1号、そちらの様子に変わりはないか?」
「へい。ずっとあのままです」
「ミウはいるんだな?」
「? は、はぁ。身動きひとつ取れない状態のままです」
「……フェイスシンクは動いているか?」
バシっという音のあと、「へぇ、問題ありません」と返事を聞くと、リキは一方的に電話を切った。
「<バトル・シティ>にいるミウは本物だ。……と、すると、あれは」
よくよく見るとリキのモニターに映るミウは、爆発に反応を見せない。ただ、棒立ちしているだけのようだ。
リキはニヤリと笑う。
「なるほど、別の人間がドライバーやってるのか。フェイスシンクが動いてない。……何ぃ!」
それまでリアクションのなかったミウは、突然何かに気付いたように動き始め、やがてニコリと笑ってゲートをくぐっていった。
そう、光の柱に照らされた顔は確かに笑っていたのだ。
「……どういうことだ。ミウのフェイスシンクが働いている? あれは、本物なのか?」
爆発が収まったゲートに向かって、大きく、長い溝が一直線に残っていた。
「おい、なんかリキさまが変なこと言ってるぞ」
「ほっとけ、アイツはどうせカヤの外だ」
「まぁ、計画が上手く行こうがいくまいが、俺たちには関係ないしな」
「そうそう、今が楽しけりゃそれでいいのですぞ」
「でも、あいつ、これの始末に拘ってたろ」
「ああ、あとが面倒だから止めは取っとけ」
ミウを拘束する4人のコピーたちは、それぞれに好き勝手な言っている。単体で上回るパワーを持つコピーに捉えられているミウは身動きが取れない。<バトル・シティ>では地面以外のオブジェクトと密着しているとログアウトもできない。リキやアリサの状況が分からないミウにとっては、ただ苦痛な時間が過ぎていった。
ミウが唇を噛みしめた瞬間、<バトル・シティ>に備え付けられたいた大型モニターが一斉に点灯した。
そして、そのモニターひとつひとつにある人物の顔が映し出される。
「アリサっ!」 ミウの眼に光が戻る。
モニターに映る全てのアリサが一斉に口を開く。
『アンタたち、ずいぶんとやってくれたわね!』
やがて上空に小さな黒点が現れ、それは段々と大きくなり、人と認識できるようになる。
ズーーーーン!
コピーたちの前に着地したそれは、巨大な土煙を作り出した。土煙が晴れると、片手、片膝を地面に突き、口にチューブ状の回復アイテムをくわえたアリサが現れた。
「アリサ、ふっかーっつ! もう、アンタたちの好きにはさせないわよ!」
アリサはニヤリと笑うと、コピーたちに向かって駆け出す。全員がミウの拘束に注力していた彼らは、役割分担ができていない。
アリサが回り込み、肘打ちで4号を吹き飛ばすと簡単に包囲が解けた。ミウが腕力にものを言わせ3号を投げ飛ばし、アリサが1号を回し蹴り。スルリとミウが2号の腕から抜け、アリサとモーションを合わせダブルキック。
四散するコピーたちを尻目に、まるで申し合わせたかのような動きでふたりはその場を離れた。
突然のアリサの復活、そして踊るようなふたりの一連の動きは、中継を見る者たちを魅了した。
ウオォォォォーーーーーッッッッッ!!
完全に静まりかえっていた各地のフィールドで、一斉に歓声があがる。それは、暗い影を落としていたバーチャル・スピリッツの世界に、一気に光が差したようだった。
「アンタ、これでダメージ回復しときなさい」
アリサは自分が加えていた回復アイテムをミウに向けて放り投げた。ミウは少し頬を染めながらそれを口にする。
「さぁて、勝負はこれからよ!」 アリサがコピーたちを指さしながら言い放った。
コピーたちは一斉に下卑た声を出す。
「けっけっけ。あのなぁ、お前ら数勘定できる? 2対4。しかもこちらの方がパワーは上ときた」
「負ける要素がないんだよ。武器でもあれば別だがなぁ」
「お前らが、このフィールドを武器持ち込み禁止に設定したんだもんなぁ。
おっと、武器になりそうな鉄パイプの類いは、あらかじめかたづけておきましたぞっと」
「俺たちって真面目だねぇ」
「あっはっはっはぁ」 <バトル・シティ>に6人の笑い声が響く。
「……おい! 何でお前らが笑ってるんだ?」
1号が指摘するとコピー全員が笑いを止めるが、ミウとアリサの笑いは止まらない。
「だーってねぇ。全く表情変えずに高笑いしてるのって馬鹿みたいなんだもん」
「それに武器ならあるのよ。アンタ発案のアレ出してよ、ミウ!」
「待ってました!」
ミウは身につけていた黒いポンチョに手を掛けると一気に身体からはぎ取った。ポンチョの白い裏地が翻り、ミウのスレンダーな身体に密着した白いボディ・スーツが露わになる。その時、何かがミウの身体からこぼれ落ちた。
ボーン……。
「あっ……」
全員の視線が、地面を弾むそれに集中した。
「てめぇ、それは……」
「あはは、ばれちゃった? すみませーん。今まで付け胸付けてましたぁ、あはは」
「いいじゃない。どうせ、バレバレだったんでしょ?」
「よくないっ!」
地面を大きく踏みつけて怒りを露わにするのは3号であった。
「お、お、お、お前らは、男の夢をな、な、な、何だとおもってるんだぁ!」
ミウやアリサだけでなく、他のコピーもその迫力に押され気味である。その主張に頷く1号。
「まぁまぁ落ち着いて」となだめるのは4号。2号はじっとミウの方を見ている。
「……なるほど。3、1、4、2の順番ね」
「何の順番? ア・リ・サぁ」
地面に落ちた偽胸を踏みつけながらミウが尋ねる。
「あ、いや。同じ顔で表情がないけど、個性ってやっぱり出るものなのね。うーん、番号が付いてると区別付きやすいのかしら」
あくまで真面目な表情で言うアリサに、ミウはガクっと肩を落とす。
「そんなこといいからいくよ! アリサ」
ミウが片手に掴んだポンチョを宙高く放り投げると、それは身長ほどもある2本の棍に変形した。黒い棍を白いボディ・スーツのミウが、白い棍を黒いゴスロリ服のアリサがキャッチすると、ふたりは器用に振り回し、ピタッと同じ構えを取った。
「武器ならあるわよ。これで問題ないわね」
アリサが自慢げに言う。
「あー、汚ねー。武器持ち込みは禁止だろ?」
「あら? あなたたちの条件にそんなのはなかったよ?これは単なる服。持ち込みに問題ないはずだよ。ただ、岩を砕ける程度には堅い棍に変形できるけどね」
言いながらミウは棍をブンと振り、近くにあった瓦礫を砕いてみせる。
「へへ、面白いアイディアでしょ?」
そして、アリサが続ける。
「だいたいね、他人のコードを無断でコピーするようなアンタたちに言われたくないわ。そんな汚い技術でもアタシたちは文句は言ってないわよ。だからアタシたちも、ルールぎりぎりを狙ってみた訳。色々と勉強になったわ」 拳を握りしめ悔しがるコピーたち。
そしてアリサは言い放つ。
「では、そろそろ白黒、ハッキリとさせましょうか!」
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