第3話リアル と バーチャル

 スピリッツ・ステーション。

 バーチャル・スピリッツは高速な回線に最先端のコンピュータ、それに高度なコントローラなどが必要になるため、個人でアクセスできる機材を揃えるのはまず不可能。よほどのお金持ちが、道楽者でないとね。

 一般庶民である私たちは、街にあるスピリッツ・ステーションと呼ばれるアクセスセンターに通って参加することになるのだ。

 入院中は病院からアクセスしていたので、ステーションに通うのはつい最近になってからになる。

 病院の施設は最新鋭のものでありながら、本格的に使用する前ということで私たちの使い放題だった。素人の私から見ても、ステーションよりも病院の方が良いシステムなんだよね。

 当時の私は気づかなかったけれど、トップクラスの腕を持つ理沙の指導を最初から受けられたのは、とてもラッキーなことだったのだ。

 ちなみに、なぜこんな高度なシステムが病院にあるのかを先生に尋ねても、いつも笑ってごまかされた。


 「やば! ちょっと太ったかな?」

 ステーションの更衣室で、私は専用スーツに着替えていた。バーチャル・スピリッツのドライブには多数のセンサーを身体中に付ける必要があるのだが、これがかなり面倒。センサーを個別につけるよりは、センサーをあらかじめ内蔵したスーツを着るの方が手っ取り早いのだ。

 早いのだが……きつい。

 センサーは身体に密着させる必要があるので、スーツはも必然的にきつめになる。だから、ちょっとの油断が大変なことになるのだ。あと、身体のラインがハッキリと出ちゃうので、更衣室とコックピット以外では上着を羽織るのが普通だ。陸上競技でも結構身体のラインがハッキリと出るユニフォームを着るのだけど、こっちの方が恥ずかしいのが不思議だ。

 まあ、スーツはなんとかなるだろう。ただ、食生活を見直さないとマズイかな? 自由に物が食べられるという生活は久しぶりであることに、今更ながら気がついた。

 着替え終わったのでロッカーに鍵を掛け、バッグと松葉杖を手にコックピットに向かった。


 バーチャル・スピリッツは、仮想世界へのトリップだ。本体はリアル世界にあるけれど、意識は仮想世界の中。つまりトリップ中のドライバーは、リアル世界においては完全無防備の人間となってしまう。

 盗難とか身体へのいたずらといったトラブルを未然に防ぐため、狭い個室にロックをかけてドライブする仕組みになっている。と同時に、個室で異常な行動が取られることの牽制として、監視カメラが常設されていることも明言されている。これは、リアルの人間に異常が起きた時にすぐ対応出来る、という意味合いもある。そのため、スピリッツ・ステーションでの個人情報の取り扱いはかなり厳しいらしい。

 仮想世界へのトリップはまだまだ未知の領域で、まだまだ分からないことも多いと理沙に聞いた。その情報を集めるのもバーチャル・スピリッツの目的のひとつだとか。

 病院ではオープンスペースだったので、ちょっと不思議な気分になる。

 「お待たせ」

 コックピットには私のIDカードを使って先に入室していたこーちゃんがいた。なんで男の人って支度が速いんだろ?

 「おう、ちょうどいいところに来た。ポジションに問題ないか、確認してもらえるかな?」と言って、こーちゃんは再びコンソールに潜った。

 コックピットは狭い部屋にコンソールが置いてあるだけの殺風景な空間だ。コンソールは、歯医者さんにあるデンタル・チェアのような可変式の椅子にテーブル、アームの付いたモニタなどで構成されている。チェアに腰掛けて、壁に松葉杖を立てかけ、リュックからセカンドバッグを取り出しテーブルの上に置いた。

 「チェア倒すよ、気を付けて」

 声を掛けスイッチを入れると、私はあお向けに寝そべる状態となった。私は右足が上手く使えないので、補助器具を使ってそれを補っているのだ。彼はその設置をやってくれているのだ。

 「よし、じっとしててくれ」

 「ごめんね、いつも」

 「ああ。気にするな。それより、これ改造してきた。今回位置合わせしてけば、次回からはひとりでもセットできるようになるぞ。」

 そう言って、こーちゃんは私の右足の下に補助器具を差し入れた。

 「もうちょっと上……かな?」

 「ん、こんな感じでどうだ?」

 「あ、うん。良い感じ!」

 「よし、ここで固定するぞ。足上げてくれ」

 私は素直に指示に従った。

 「さんきゅ。ちょっと待ってな。テーブルに取り付け方をまとめた資料があるから読んでおいてくれ」

 部屋にネジを締める金属音が響く。間が持たなくなった私は、こーちゃんがまとめた資料を手に取ろうと身体を起こそうとした。

 その時、はじめて気付いたのだ。私のふともも近辺に、こーちゃんの頭があることに。

 「よし、OK。ん、どうした。顔が赤いぞ?」

 え? え? 予想外の指摘に動揺する私。

 「な、何でもないよ。あ、あとで資料、読んどくね」

 こーちゃんは立ち上がり、私のIDカードを差し出す。

 「ああ。ホルダーに差し込んで、レバーを倒すだけだから簡単だ。部品の取り寄せに時間掛かっちまった。わるかったな」

 「うん、わかった」

 「じゃあ、<楽園>の入り口で待っててくれ」

 そう言い残すと自分のコックピットに向かっていった。


 シュッ。

 扉が閉まったのを確認し、チェアを起こし、IDカードをスロットに差し込み、ドアロックのボタンを押す。

 カチャ。

 よし、これでこの部屋は私だけの世界だ。ふうっと息を吸い込み、そして一気に言葉を吐き出す。

 「あー、やばい、やばい、やばいよぉ。顔に出ちゃったかな。私すぐ、顔に出ちゃうんだよね。でも、しょうがないよね、あれは。こーちゃん、は……」

 そこから先は口に出すのが憚れた。彼が私のために献身的と言えるまでに色々とやってくれる。補助器具だってそうだし……。

 彼に他意はないのだ、うん。

 悩んでもしょうがない。監視カメラを指さして「じゃあ、やるわよ」と宣言してみる。たぶん誰も見てないと思うけど、誰かに伝えておきたくなったのだ。


 セカンドバッグを取り出し、膝の上でジッパーを開く。やや無骨なケースを取り出し、ダイアルを合わせロックを外す。フタを開けると15センチほどの“私”がそこに眠っていた。

 私の顔をスキャンして作られているので、まさしく分身。いや、妹かな?

 「よろしくね。えーと、アクア」

 彼女は、使い慣れた方のミウ。1号と呼ばれていた方だ。昨日使ったルナやアリサよりも性能的には劣るけれど、それでもノーマルのスピリッツとは桁違いの性能を持つ。

 今日のアクアは青いワンピースで、お嬢様っぽく決めてみた。左足と、同じ形をした右足がうらやましい。今の私には、ちょっと出来ない格好だ。もっともこれは理沙の趣味でもあって、ミウは毎回のように衣装を変える。

 「アンタに洒落っ気がないから、せめて分身だけでも楽しまなきゃ」とは彼女の弁。

 そういう理沙も、アリサもゴスロリ衣装を変えようとしないのが不思議。何か、理由があるのかしらん?

 そんなことを考えながら、コックピットにあるシュートボックスを開く。アクアとルナは、中身は違うけれど外見は胸の大きさを除いてほぼ同じ。当然のことながら、アクアの方が私の体型に近い。「なんで大きくするかなぁ?」と、苦笑しながらシュートボックスにアクアをセットする。

 バーチャル・スピリッツは、ドールに直接アクセスし、データ化して仮想世界に再現するシステムだ。そのため、コックピットからメインフレームに物理的にドールを送る必要があるのだ。

 ボタンを押すと、シュッと音がしてアクアはメインフレームの元に旅立っていった。

 最期にハンドグローブをはめ、ヘルメットを被ると準備完了だ。

 チェアを倒すと、モニターの表示がドライブ準備モードに移行しアクアの姿が映し出された。

 「フェイス・シンク開始」

 コマンドを入力すると、ヘルメットの中に赤い光が走り、私の顔をスキャンしていく。モニターに“Sync OK”の文字が浮かび上がり、アクアの眼が開いた。

 「こんにちは。私は水月、あなたはアクア。よろしくね」

 私が語りかけると、モニター上のアクアも同じように語りかける。

 今のコンピュータ技術で人間の表情をリアルに再現するのは難しいらしい。単純なアニメ調の顔なら簡単にトレースできるらしいのだけど、人間の顔はものすごい数の筋肉の固まり。これを上手にコントロールするのは大変。どうしてもぎこちない表情になってしまうのだ。

 そこで、バーチャル・スピリッツの技術者は人間の表情をそのままスピリッツにトレースするシステムを考案した。それが、フェイス・シンク・システム。比較的簡単な構造で、リアルな感情表情を実現したのだ。

 反面、同じ系統の顔でないと謎の不気味さが発生してしまうらしい。たとえば双子なら問題ないし、こーちゃんのように自分の少年時代ならシンクが可能。バーチャル・スピリッツの世界では速く走ることより、自然に笑うことの方がはるかに難しいのだ。

 だからスピリッツにはドライバーの顔をそのまま使っているケースが多い。まれにフェイス・シンクを使わないユーザーがいるけれど、無表情になってしまうのでコミュニケーションが上手く取れない。バーチャル・スピリッツの楽しさは、フェイス・シンクシステムによる豊かな表情によって生み出されると言っても過言ではないだろう。

 右手を前に伸ばすとスーツに付けられたセンサーが動きを感知し、モニター内のアクアも同じように左手を伸ばす。今は準備モードだから、鏡のように左右反転して表示しているのだ。足に付けた補助器具のペダルを踏み込むとその場ランニング、ジャンプ、バク転と自由に操作できる。

 「よし、完璧。じゃぁ、行きますか」

 指を伸ばして、コンソールで行き先を指定する。連動しているアクアの指は宙を叩いているので、おかしな仕草に見える。

 「あ、あれ?」

 目の前のアクアが不思議そうな顔をして小首をかしげる。ステータスがグリーンにならない。もう一度チェック。

 「あ。シートベルト、忘れてる」

 シートの上で結構動くから、これがないと危険なのだ。眼の前のアクアが苦笑いしている。うーん、私はあんな表情して機械を扱うんだなぁ。

 「よし! 今度こそ行くよ、アクア」

 モードをドライブモードに切り替えると、アーム式のモニターからアクアの姿が消え、操作の邪魔にならないように上に移動する。続いて、ヘルメット内のバイザーが黒く変色し、コンピュータ画像が映し出される。

 「<楽園>へ」

 そして、新たな世界が眼に飛び込む。私は今、アクアと一体化し、仮想世界の住人となったのだ。



  *



 <楽園>。

 バーチャル・スピリッツ上にあまた存在するコミュニケーション・フィールドのひとつ。

 それは、管理するオーナーによる個性が反映されている街と考えて良く、<楽園>はハムイチが管理する人気の高いフィールである。ドーム型の形状をしており、多目的に使える円形の広場を中心に、放射線状に広がる道に沿ってさまざまな建物が連なっている。

 バーチャル・スピリッツにおけるフィールドは、オーナーによってパラメータを自由に設定できるのが特徴で、たとえば無重力のフィールドを創ることもできる。

 コミュニケーション・フィールドはダメージを与えられないように設定されているのが一般的である。フィールド・パラメータは全てのスピリッツに均等に影響を与えるため、能力差が縮まることはあっても逆転することはない。

 フィールドにはゲートから入退出する仕組みとなっており、通過時にアイテムチェック等が行われる。これは、突然のログアウトを利用した不正行為防止や、ブラックリストに載ったユーザーの締め出しのためであり、ゲート設置は義務付けされている。

 ただし<バトル・シティ>のように多人数を収容するイベント目的のフィールドには、効率化のためゲートが作られないことが認められている。


 <楽園>の縁に埋め込まれた円盤状のゲートが輝きだし、徐々に光が集まり、人の形となり、ミウとなった。彼女が一歩踏み出すと、隣のゲートが輝きだしハムイチが現れた。

 「早いなぁ、こーちゃんは」

 親指を突き立てて「全速力で来たからな」と笑うハムイチ。さっきまで青年であった彼は今、少年の姿である。もっとも、服装はジーパンにワイシャツと普段とあまり変わらないが。

 「じゃあ、行こうか」

 にっこりと笑い、手を差し出すミウ。ごく自然に手を繋ぎ、ふたりは歩き出した。一見、年の離れた姉弟のように見える。

 「ねぇ、なんか人がいないね」

 「うーん。昨日、あれだけ盛り上がったんだから、人が増えてると思ったんだがなぁ……」

 「とりあえずアルバ、いこ? あそこなら誰かいるはずだし」


 “アルバ”は、ロールプレイングゲームでいうところの“酒場”のような存在で、主に情報交換の場として機能していた。

 気の合った者同士で様々なゲームに参加したり、もちろん雑談しにきている者も少なくなかった、

 テーブルについて、回復アイテムを手に自由に語り合うのだ。もちろん、ダメージを受けた訳ではないので、回復アイテムに意味はない。ただ、何となく人間であった時の習慣みたいなもので、コーヒーやジュースの代わりに口にしているのだ。アルバでは回復アイテムのことをドリンクと呼んでいた。回復目的ではないのと、単に気分の問題であるが。もちろん、ドリンクには場所代の意味も含まれていた。


 「そうだな。たぶんアリサたちも待っているだろ……ふわぁぁ」

 会話の途中で生あくびをするハムイチ。

 「こーちゃん、もしかして徹夜?」

 「いや、3時間ほど寝たよ。ルナのメンテが面白くて、つい」

 「はは……、面白いんだ。でも、だめだよ? ちゃんと寝なきゃ」

 話の途中、突然ハムイチはミウの手を引っ張って建物の影に隠れた。

 「どうしたの?」

 ハムイチは両手でフレームを作り、建物の影から手を伸ばした。そして、しばらくすると手を戻し、手のひらを広げると画像が宙に浮かび上がった。そこにはアルバ前に行列ができている様子が写っていた。それも、かなりの長さだ。

 「な、何が起きてるの?」

 「ちょっと待て。チャットが入った。……あ、フタバか? どうした?」

 「あ、やっと来たぁ。昨日のアレで、人が集まりすぎちゃってぇ。裏口開けとくから、そっちから来てくれる? 表から来るとパニックになるから、みんなに見つからないようにねぇ。話はそれからぁ」

 「わかった。聞いたか? ミウ」

 「うん。じゃあ、上から行こうか?」

 ミウはハムイチをお姫様だっこして屋根に飛び乗り、猫のように音も立てず屋根伝いにアルバを目指した。


 裏口からアルバ店内に入ると、隅の席でフタバが手を振っていた。ミウよりも少し年上に見える彼女は髪が長く、ラフに締めたネクタイが女性らしいラインを強調している。

 「こっち、こっちぃ」

 表に行列ができているのに、店内は不思議なことに空いている。

 「何が起きてるんだ?」

 「大変だったんだから。もう、人が押し寄せちゃってパニック寸前。アリサちゃんとミウちゃんを出せって」

 フタバが指さす店内のモニターは、中央広場にできている大行列を映し出していた。ミウの表情が驚きに変わる。

 「すごい人数だな。それは良いんだが、アリサは何やってんだ?」

 「あれってどう見ても、腕相撲だよね? それも勝ち抜き式の」

 「そうよ、腕相撲。半分くらいは握手したいとか、サインが欲しいとか言ってるんだけど、もう半分は勝負させろ!って。一時はアルバにものすごい人が集まっちゃって、大変だったんだから。

 どーせ、アリサちゃんからしてみれば、握手も、腕相撲も変わらないでしょ?」

 「いや、そりゃそうだけど…、よく説得できたなぁ。俺が言っても聞かないぞ、あいつ」

 しみじみ感心するハムイチ。

 「へへん、そこは人徳ってヤツですよぉ。

 それに集まった人が多すぎるから、今日はチケットがある方のみ対応しますって言う方が断る方も楽でしょ? アリサちゃんも、渋々だったけどぉ対応してくれました。」

 「まさか、お金とってるの?」と、ミウ。

 「そうよぉ。こういう時はお金取っちゃう方が納得しやすいものよ。握手、というかぁ腕相撲することに価値付けちゃったって訳」

 「へぇ、そういうものなのかぁ。でも、アリサも大変だよね」

 「何言ってるのぉ。ミウちゃんもこれからやるんだよ、200人相手に。アルバ店頭では、そのチケット売ってるんだし」

 「げっ! 聞いてないよ、そんなの」

 「うん、言うヒマなかったもん。文句ある? じゃあ、いくわよぉ!」

 フタバは問答無用でミウを引っ張って裏口から出て行った。

 「無敵のアリサもミウも、フタバには敵わないな」

 そういうハムイチもフタバには頭が上がらない。彼女の企画力、交渉力はハムイチも舌を巻くほどだ。<楽園>で起きたトラブルの多くは、彼女の交渉で丸く収まっている。今や、<楽園>には欠かせない存在だ。

 「まったく、見事でしたよ」

 ドリンクをテーブルに置きながら初老の男性が話しかける。

 「やあ、マスター。ありがとう」

 雇われマスターとしてアルバに常駐している彼は、常に微笑みを絶やさない。

 「人が集まりすぎてトラブルになりかけていたのを、フタバさまがとっさに仕切ってイベントにしてしまったんですよ。ほら、アリサさまは3秒くらい手を握ってから相手の方を倒されているでしょう。あれもフタバさまのアイディアです」

 「なるほど。あれなら握手の代わりにもなるってか。アリサの性格なら全員を秒殺しそうだもんな」

 負けた者はその場を去り、アリサが一周する間に新しい相手に入れ替わる。

 勝負に4秒、移動に6秒として、ひとりに掛かる時間は10秒。200人を相手にすると……2000秒、つまり30分とちょっと。大量の人数を捌いている割に早い。

 「たいしたもんだな。アルバもガラガラだし」

 「左様で。しかし、アルバは開店以来最高の売り上げですよ」

 マスターはほくほくの笑顔を浮かべている。

 「チケットの売り上げか。でも、ここは営利目的はないだろ?」

 「ええ、もちろん。それでも何かが結果として眼に見えて、それが良い成績であれば嬉しい物です。

あ、お帰りなさいませ」

 人が入ってくる気配にマスターが振り向くとそれはフタバだった。


 「あ、マスター。あたしにも一杯、お願いします」

 フタバがドサッとソファに腰を落とすと、マスターはカウンターに戻っていった。

 「アリサちゃんの番はもうすぐ終わりで、すぐにミウちゃんのが始まるよ」

 フタバは周りの人間を巻き込むのが上手い。腕相撲イベントも中継や仕切りは楽園テレビの連中にまかせっきりだ。彼らのバーチャル・スピリッツにおける放送局のような存在で、昨日の<バトル・シティ>での闘いも中継していた。

 モニターを見ると、ちょうどミウが広場に入った所である。

 「なんか、あいつ妙に緊張していないか?」

 「うーん、それがインタビューが苦手みたい」

 「はは、あいつは形式張ったことが苦手なんだよな。身体動かせば忘れちゃうくせに。お、出てきた、出てきた」

 「うわぁ、すご。ミウちゃん、動きカクカクだよ」

 そこにアリサが外から戻ってきた。

 「右手と右足が同時に出る娘ってホントにいるのねぇ。スピリッツの場合、かえって難しいんじゃないかしら?」

 「あ、お帰りぃ。アリサちゃん」 フタバは手を振りながら、身体をずらしアリサの席を作った。

 「ったく、疲れたわぁ~」

 アリサはドサッとソファに身体を落とした。フタバと全く同じ仕草にハムイチはクスリと笑った。

 「肩でもおもみしましょうかぁ」

 「いいわよ、そんなの。あらあら、小さく手なんか振っちゃって。ミウったら、アイドル気分かしらね」

 醒めた表情のアリサにハムイチが追随する。

 「あれだけ可愛く振る舞って、やるのが腕相撲200人抜きだからな。アリサはどうだった?」

 「ダメ。全然手応えナシ。ただただ、腕をひねるだけの簡単なお仕事でした。多少は期待したんだけどね」

 「またまたぁ~。どうせ負ける訳ないって思ってたんでしょ?」

 「ま、ね」 アリサはニヤリと笑った。

 そこにマスターがやってきて、フタバとアリサの分のドリンクを丁寧にテーブルに置いた。

 「もしかすると、多少は苦戦するかもしれませんぞ。アリサさまの奮闘振りを目にして、パワーアップアイテムを購入する人が続出しましたから。おかげさまで、在庫はゼロでございます」

 「馬鹿ねぇ。そんな物使ったって、焼け石に水よ。レベル1がどんなに頑張ったって、レベル100に敵う訳がないのと同じ。よりクオリティの高いコードを書く方が効果的だし、面白いのに」

 「アリサちゃん、コード書くって簡単に言うけど、難しすぎるよ。普通の人には無理だって」

 「そんなことないわよ。分からないことがあれば、いくらでも教えてあげるのに」

 アリサはやや遠い目をして言った。

 ハムイチも黙ってうなずいている。

 モニターでは、ミウがインタビューを受けている様子が映し出されていた。

 「ところでミウさん! 失礼ですが、昨日とはだいぶ胸のサイズが違うようで……」

 いきなり流れたインタビュアーの質問を、フタバが指さして笑う。

 「あはは、インタビュアーやっぱしツッコミましたぁ。昨日のアレはちょっと盛りすぎよねぇ」

 「確かにアレはやり過ぎでしたな」 うんうん、とうなずくマスター。

 「だってさ、公一」 にやけながらアリサ。

 我関せずと、視線を反らすハムイチ。

 「あ、あの。新型のドールは、あ、ルナって言うんですけど、今日はメンテでおやすみです。な、なので、今日は以前から使っていたアクアを使ってます」

 インタビューに答えるミウの横にカットインで昨日のバトルの様子が割り込んできた。楽園テレビはなかなかに仕事が早い。

 「ルナやアクアというのはドールの名前ですか? 珍しいですね。ドールに名前を付けるのは。あまり聞いたことがないんですが、私たちはどうお呼びすればよいんでしょうか?」

 「あ、ルナとかアクアは内部的な話なので。みなさんには、今まで通りルナとかアクアとか気にせず、ミウって呼んでもらえると嬉しいです」

 「ありがとうございました~! では、これから握手兼腕相撲会に挑戦してもらいたいと思います。ミウさんでしたぁ。拍手~!」

 ふぅ、とため息を漏らすハムイチとアリサ。

 「余計なことは言わなかったな」

 「その辺はちゃぁんと、楽園テレビさんに根回ししてありますしぃ」

 「ほんと呆れるわ、フタバ。アンタ、よくあの短時間にここまで仕切れるものね」

 モニター上ではミウの腕相撲が始まっていた。


 アリサたちが談笑していると、そこにふたりの中年男がやってきた。

 「みなさん、おそろいで。ちょっとよろしいかな?」

 「あら、ドクとエンじゃない。いらっしゃい。そろそろタイムマシンはできそう、ドク?」と、アリサが冗談めかして尋ねる。

 「かっかっか、頑張ってるんだがね。当面は無理そうじゃよ」と、ドクと呼ばれた中年男は何かを演じるように返した。年齢差のある来訪者のために、若い3人は当たり前のように席を作った。

 ドクはぼさぼさの髪に変わった形のゴーグルを載せ、ファンキーなアロハシャツを着ている青い眼の中年……というより、初老のように見える男性。

 側にいるエンは常に白衣を着て、笑顔を絶やさない痩せぎすの中年男性である。

 「今日はちょっと面白いもの創ったんで自慢しに来たんだ」

 エンはそう言うとアイテムポケットに手を入れた。


 「ふぇぇぇ~。疲れたぁ」

 ミウが腕相撲から戻ってくると、ドサッとソファに腰を落とした。

 「嬢ちゃん、お疲れさん」

 「ミウちゃん、お邪魔してるよ」

 「あ、ドクさん、エンさん、こんにちは、って何これ! かわいい~!」

 テーブルの上では、手のひらサイズのクマのぬいぐるみが踊っていた。

 「ちょっと見てろよ」

 ハムイチがキーボードを打つように空中に手を踊らせると、クマの踊りが止まる。

 「よし!」と声を上げると、ハムイチは両手をあげて踊り始めた。するとワンテンポ遅れてクマが同じモーションで追随し始める。

 「わー、すごい! これ、もしかしてこーちゃんの動きをトレースしてるの?」

 「そう、すごいよな。エンさんが開発したバーチャル・ドールだって」

 「やっと、運営の許可が出てね。小さな形状であれば、物理的なドールを持たないスピリッツもどきを試験的に創ることが認められたのさ」

 「えー、それでクマさんなんだ。でも、面白い!

 こーちゃんの動きだとぎこちないけど、クマさんがやると何かかわいいんだね!」

 「うるさいわ! ほっとけ!」

 ハムイチが指を宙で踊らせると、先ほどのダンスをクマは再開した。

 「だから、こんなことも出来るんだぜ」とエンが言うと、ポケットから同型のクマを4体出し、踊るクマの横に並べた。バーチャルな世界なので、これだけの荷物を運んでもポケットは膨らまない。

 ポジションを整え、ポンと手を叩くと5体のクマはシンクロして踊り出した。

 「きゃっ! かわいい~!」と、ミウの眼が一層輝き出す。

 ハムイチとのシンクロと違い、ちゃんとステップを踏み、クルリと回りポーズまで決める。正確なステップはまるで実際に音楽が流れているかのようだ。

 「すごいですね、これ。人型でやったら、すごくカッコイイでしょうね」と、ミウが感想を漏らすとエンは渋い顔をする。

 「それがなぁ、人間型でやるとなんか気持ち悪いんだわ。ぬいぐるみとかなら問題ないんだけど」

 すると、ドクが笑いながら話に参加する。

 「それはだなぁ、嬢ちゃん。人間には表情があるからなんだよ。

 こいつは記録したモーション、これには表情も含むんだが、それを再現するだけのシロモノだ。ある意味、ビデオカメラだな。同じモノしか再生できないから、同じ表情にしかならない。

 たとえば……、そうそう。昨日のイベント、アリサ嬢ちゃんの顔が街のモニターに一斉に表示されただろ。あれって、ちょっと怖くなかったか?」

 「あ、はい。確かにあれはちょっと怖かったかも」

 「だろ? あの時のアリサ嬢ちゃんは時にバラバラにしゃべり、時にシンクロしてたからかなり不気味さが強調されていたわな。同時に複数の人が完全に同じ表情をするのってなぜだか怖いんだ。

 人間により近い造形になればなるほど不気味さが増す。でも、クマのぬいぐるみだと、不思議なことにそれが起きないんだな。人間に近いけれど、人間ではない造形をしているから」

 「確かに、そうかも」

 「人間ってのは、人間に近いモノを作りたがるクセに、いざ人間に近いモノができると嫌がる。そんな矛盾を抱えた存在なんだろうさ。な、エン?」

 「俺に振らないでくださいよ」

 「でも、凄いですね、これ。技術もそうだけど……これ、エンさんの振り付けですか?」

 「いや、俺には無理だよ。さっき、フタバちゃんが踊ってったんだ。見事だろ?」

 「あー、なるほど。流石だなぁ、フタバ。あっ、そういえばフタバ……とアリサは?」

 ミウは辺りを見回し、ふたりがいないことに今更ながら気付く。

 「あぁ、あいつらはちょっとトラブルがあったんで対応してもらってるんだ」

 ハムイチはごく日常の、よくある話を伝えた。そのつもりだった。

 「まぁ、アリサとフタバなら心配ないよね。あの娘たち、どんな問題もすぐに解決しちゃうから」 

 ミウが次の言葉を継ごうとした瞬間、フタバの音声チャットが割り込んできた。

 「ミウちゃん、ハムハム! 助けて! アリサちゃんがやられそうなの!! 急いでっ!!」

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