2日目 「シンドバッドの秘密」
2日目 「シンドバッドの秘密」
弘は寝る前に300円で購入したシンドバッドの古本をそっとリビングの書棚から取り出した。妻の純子は既に寝ているが、この出来事についてはまだ口に出すことはなく、一人で考え込んでいた。椅子に座り、古びた本を手に取ると、その年月を感じさせるような色あせやシミで汚れたページが目に入った。時折鼻を突くようなカビの匂いも感じられるが、それがなぜか心地よい郷愁を呼び起こしていた。
背表紙は相当に傷んでいる。上から大きく剥がれてめくれ上がっている。何度も手に取られ、読まれた証だろう。ページをパラパラめくってみるが、何も記された文字はなく、空白のままだ。ただ表紙と背表紙には、「船乗りシンドバッドの物語」とタイトルが刻まれているだけである。
幼少時の弘は、この物語の魅力に夢中になって何度も読みふけったことを思い出す。シンドバッドは7度の航海を経て冒険し、その成功談や苦難を綴った冒険家の物語だ。だが7度目が彼の最後の航海であり、その後の人生は故郷で豊かな暮らしを楽しんだとされていた。白いワンピース姿の女性は『もうすぐ、第8の航海が始まります』と告げたが、この空白のページに秘められた第8の航海とは一体何なのだろうか? 弘の中には未知への冒険の想像と不安が交錯していた。
「うーん、分からん」
とため息をつき、本を閉じようとするその瞬間、大きく剥がれた背表紙と本の隙間から小さな文字が目に入った。弘は不思議そうに目を細める。何だろう、と疑念を抱きつつも、興味津々で背表紙をむしり取ってみた。すると、背表紙で隠されていた本の綴じに薄くて細長い紙が貼り付いていることに気づいた。糊が劣化しているようで、慎重にそれを剥がすと、薄紙に記された文字が露わになった。
「この本を読んだ人の夢がかないますように」
弘の肌がぞくぞくとした。こんな場所に隠された秘密のメッセージがある! 彼は何故か胸が高鳴るのを感じた。さらに、文字の下には数字が記されている。「続きは1117」と、かすかに読み取れた。1117? その数字は愛犬ダイが亡くなった日付だった。忘れもしない・・・。
11月17日
その日を最後に、弘が帰宅してもあいつから元気な挨拶を受けることは二度となかった。
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