2日目 「紀子の証言」
2日目 「紀子の証言」
弘は会社のデスクで昨日の出来事を思い返していた。白いワンピース姿の女性は一体何者だろう? あのエリアに夜な夜な出没しているのかな? それとも、みんなには見えない幻なのだろうか? そこへスタッフの紀子が昼食から帰ってきた。この不思議な体験を話さずにはいられなかった。ただし、自分が300円を払ったことは伏せて……そのような場で、いい大人が突拍子もなく自分の夢を買ったなんて・・・、紀子へ話すには恥ずかしすぎる。
「あのー、紀子さん、聴いてくれる。昨日の夜、ターミナル駅通りの立体歩道橋の支柱の近くで、不思議な女性を見たんだよ。首から『あなたの夢 300円』ってボードを吊るして立っているんだけど……」
紀子の表情が一瞬驚いたように見えた。
「ものすごい人混みの中で、白いワンピース姿で、立体歩道橋の支柱を背にして立っていて」
「それ、私、知ってます」
「えー! 本当?」
「前の会社に勤めていた時の最寄駅がそのターミナル駅でした」
「見たの?」
「見ました」
「見るだけ? それとも300円払ったの?」
「いえ、見るだけでした。体がクタクタで見るのが精一杯でした・・・実は、そこで勤めていた会社が、ものすごくブラックな企業で体を壊したんです」
そうか、だから紀子はここに転職したのか。
「その会社はすぐ近いの?」
「はい、駅に近いんですが、駅の反対側にいる彼女を、時々見るためにわざわざ回り道をしていました。」
「時々? 見る?」
「私、彼女のことすごく尊敬してるんです」
「え、尊敬?」
「毎日、夜遅くまでじーと立って、雨の日でも雪の日でも…。でも通り過ぎる人は全く無視しますけど、彼女の決してくじけない姿に大きなパワーを感じてたんです」
「確かにそうだよな・・・、何かものすごい信念がないと、こんなこと出来ないよな・・・」
「でも、自分の仕事の辛さより、彼女の方が何百倍も辛そうで、それに比べると、自分がやってることは、ほんのちっぽけなことに過ぎないんだと励まされるんです。だから、疲れて退社する時はわざと遠回りしてあの場所に寄るんです。通り過ぎながら横目で彼女をちらっと見て、元気をもらってました」
なるほど、彼女が立っている目的は分からないが、存在するだけで周りに力を与えていたのだと、弘は妙に感心した。今日も夜遅くまで残業がある。紀子と同じように昨日の女性を見に行って元気をもらうか? いや、彼女とはもう会っている。また近づくのは何か下心を持っていると勘ぐられるかもしれない。今日は遅くなってもいつもの道から帰ろう。
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