1日目 「真空地帯」

1日目 「真空地帯」 


 えっ! 何だ? これは! この女性はなぜ、こんな場所で・・・? 確かに彼女はそこにいる。しかしそれにもかかわらず、通行人は誰一人として驚きを見せず、女性の手前3メートルから彼女に反発するかのように、右に左にすーと自然に離れていく。この直径6メートルの空間はまるで異次元のようだ。彼女の存在が否定され、ここだけが何もない真空地帯になっている。


 疑問が頭の中を駆け巡り、あっという間に彼女を通り過ぎてしまった。顔は暗くて見えにくかったが、テレビで見たことのある有名な卓球選手に似ているようだった。若くも感じるが、この暗い状況では年齢が分からない。


 通り過ぎたことに気づくととっさに体を反転し、彼女が背にしている太い支柱へ戻り、彼女の傍を通り過ぎた。その後、右側に寄り、体をさらに反転させて上の立体歩道橋に通じる階段を一気に駆け上がった。その先のT字路を左に曲がり、下の歩道が見える手すりから隠れるようにして彼女をそっと見下ろした。通り過ぎる全ての人は彼女を無視している、いや、彼女の存在には気づいていないようだ。この人ごみの中で、1秒に3人の割合で彼女の前を通り過ぎている。1分で180人、1時間で1万人以上の人波が彼女を通り過ぎていく。怒濤のような人の流れが彼女にぶつかるように思えるのに、彼女のうつろな顔は微動だにしない! なぜだろう? この彼女の静けさと周りの喧騒との対比が、弘の好奇心を煽っていた。


 弘はすぐさま財布の中を確認すると、100円硬貨がぴったり3枚あった。たったの300円の夢とは何だろう? この金額なら遊びで捨ててもいいぞ。

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