第24話 ドジ故のすれ違い

 屈斜路湖畔の温泉小屋手前でバイクを止めて歩き出して早十分。右手は湖畔、左手は和琴半島の森をみつつ祥子の背中を追う。ジャケットの前を開けていても暑い。それにしても北海道のセミは変わった声で鳴く。祥子基準の命名に従えばエゾ蝉タイプaとbだ。

「あった! このロープだよ、きっと」

 祥子が指さす先には、大木の幹にしっかり結わえ付けられたロープが。バイクのグラブを手に嵌めた祥子が明るく笑う。

「よっし、ロッククライミングだ。私がいっちばーん!」

 下りるんだからラペリングだろ。おお、素早い。

 タンクバッグをたすき掛けして私もロープに手を掛けた。茂みを突破してから下を……こえーよっ!

 コケ墜ちなかった幸運を神様に感謝し、帰り道は今は考えない! 荒い息を静めつつ周囲を見渡す。頭上の遊歩道からは樹木が邪魔して覗かれない。ちんたら航走する遊覧船や湖面を爆走するジェットスキーは遙か彼方。そして私の目前に本物の湖畔岩風呂が波飛沫をあげて慎ましく私たちを歓迎している。怪しい笑いが零れた。

「よーし、ビキニも脱いじゃえ」

 デニムを下ろしかけていた祥子が私を凝視した。なんだ、その唖然とした顔は。

「誰も見てないし、ここは風呂。とくりゃ当然マッパだ!」

 ぱっぱと脱いだ私をみてもまだ躊躇している祥子の背後に忍び寄り、結び目を強く引っ張った。おお、気持ちいいまでの悲鳴が湖面に消えていく!

 いやあ、極楽! 崖よりの給湯部分はかなり熱いけど、岩石で縁取られた湖側は湖水で温い。少し崖よりのここが適温だ。足元は結構平坦。先人が岩を詰めて均してくれたのか。だろうな。あんがとさん! 湯船の向こうは開放感溢れる屈斜路湖の湖面が高度差ゼロで! これぞ本物の野湯だ。湖面から吹き付ける風が気持ちいい。北海道だなあ、って何度目の感慨だろ。

「誰か来たら……襲われたらどうするの」

 胸を押さえて背中を丸めた祥子が囁く。うひょひょ、艶っぽい。

「湖に飛び込んで逃げる。あ、ちょっと外を泳いでくるね」

 足元の岩を探りながら慎重に前進。縁を越え、腰まで浸かってから思い切って飛び込んだ。

 ううむ。一気に落ち込んでいて湖底が見えない! うひぇ。

 ならばと半回転して上を見る。おお! 太陽の光がきらきらしてとても素敵。ああ、この開放感はなんだ? 仰向けになったままで湖面の煌めきを楽しむ。ラフティングで飛び込んだときとは違う煌めき。魚はこんな風に太陽を感じているんだな……。

 浮上した私を祥子は心配げに見ていた。クッシーは寝ているらしいぞ。

「祥子、すごい!」

 物好きだと言わんばかりの顔で祥子が首を横に振った。

「冷たいんでしょ」

「あたり! けど気持ちいい! 水中から見上げる水面がすっげー綺麗! 祥子も来い!」

 二人でひとしきり楽しんで再加熱。ああ、ぬくぬく。

「ここにもいなかったね」

 寂しげな呟きが私を現実に引き戻した。潜水中は凄く楽しんでいたのに。

 祥子は常に彼を探している。すれ違うバイクとピースサインするときも、停まっているバイクをみるときも。

 彼がフェリーに乗る日まで六日しか無い。それなのに足取りすら掴めない。

 祥子は毎日落胆して宿に入る。でも朝になると元気を取り戻して周囲に目を配る。祥子の話の殆どに彼が絡んでいる。東雲湖を散策するときも、昨日雌阿寒岳を登ったときも、そして雌阿寒岳温泉で星空を見たときも。祥子の口調は大事な思い出を私に共有してもらおうとする心配りに満ちている。祥子とは別のスタンスで、私が彼を好きなことを知っているから。

 それが毎日繰り返される。

 日に日に辛さが増している。祥子は私の数十倍辛い筈。

 私はとんでもないミスをしたんじゃないか。彼はどうか解らないけれど、祥子は限界が近いような気がする。今もはじめて弱気を口にした。

「祥子を探しているさ。今、この瞬間も」

 諦めちゃ駄目だ、めげちゃ駄目だよ。

「賭けてるの。彼に会ったのも、告白したのも北海道でしょ。だからね……」

 なに唇震わせてるんだよ。やめろ。

「逢えなかったら諦める」

 胸が疼く。可能性で会話を繋がないと。

「逢えたら?」

 前を向けよ、願いを捨てるな。

「謝って……気持ちを伝える」

 なんて?

「もう一度、って。子供も諦めないって」

 うん……まあそっちはあいつに任せるのがベストだな。

「うん、それがいい……帰ってからでもいいと思うけど」

 小さく頭が振られた。

「手前の露天温泉みたいに沢山人がいるとね、彼を探しちゃう。でも見つからない。期待が膨らむ分、落ち込むの。その繰り返しでしょ。正直折れそう」

 ああ、スキャンの早いこと早いこと。

「前にも言ったよね、祥子は性急に結論を出す気があるって。この一週間で解ったはずだよ。どれだけ彼の事を思っているか」

 祥子が小さく頷いた。

「うん……だから辛いのかな」

「そう。自分を追い込んでいるだけ。それはよくないよ。だから諦めちゃ駄目。自分の気持ちを騙して、楽に流されると後で泣くよ」

「……そうだね。有り難う」

 思わず安堵と祈りの溜息が漏れた。

 湖水に漬けておいたビニール袋に手を伸ばす。よし、飲み頃だ。ほれ呑め。

「あ、ガラナだ。いつの間に」

 へへ、もっと褒めて。乾杯! 

 メールか電話……でも。


 和琴半島の砂浜には色鮮やかなテントが花咲いている。そしてもう一つ。屈斜路湖に突き出た和琴半島には幾つもの無料風呂がある。まあ周辺にもあるが、砂を掘りまくる必要もなく、観光客が群がることもないのはここ和琴だ。

 湖畔に二つある秘湯と掘っ立て小屋の屋内湯は知る人も少ないが、最大の露天風呂は目立つ場所にあるので多数の男女が入っている。立派な脱衣所も設置されているので、キャンプサイトの水辺で泳ぎ、身体が冷えたらここで暖まる人も多い。今も入浴する女性は皆水着姿だ。まあ、男達の半分ほどは全裸だが。入らずに見るだけの観光客はカメラや携帯を向ける。が、入浴者達は気にしない。ここまで来る物好きな観光客は礼儀正しいので許容されている。屈斜路湖畔に点在する他の露天風呂は……しっかり監督しろ、観光協会。

「湖で泳げるなんて思わなかったよ。ネットで情報漁りまくったつもりだったけどなぁ」

 一人の男がぼやいた。十人ほどの男が脱衣小屋至近の部分で集っている。湯が湧き出るこの場所は広いが熱い。湖水に近い側は温いが狭い。俯瞰すれば尾を引く人魂のような形状の露天風呂だ。

「フルチンでナンパは無理だし、服着てやったら馬鹿丸出し。ああ、俺のウナギちゃんは生殺しだ」

 男の二の句に皆が笑った。若者だけでなく、結構な年配者もいる。

「こんちは。楽しそうだね。私たちもいい?」

 三人組の娘がやってきた。レンタカーで周遊中の学生だそうだ。

 皆が歓迎すると彼女たちは脱衣場で水着に着替えてきた。風呂で水着ですかとからかわれた三人が唇をすぼめた。

「そうだけど、真っ昼間にここではねえ」

 そりゃそうだ、お約束の掛け合い漫才だから気にしないでと皆が笑い頷く。

 慎重に足を入れた三人だが、ほっとした表情でゆっくり身体を沈めた。

「思ったより熱い! ああ、夢が叶った!」

「やったね!」

 嬉しそうに笑う彼女に男たちも他意のない笑顔で応えた。

「ホテルの露天風呂とは全然違うね」

「だねえ。星空の元の入浴はさすがにむりだけどさぁ」

「夜、早めに来れば? 公園の街灯もあるし、キャンプ客も入浴するから安全だよ」

 アドバイスしたのは優だ。先ほどナンパ云々言っていた男が勢いよく手を上げた。

「天の川をみつつ俺と泳がない? 気持ちいいよ、きっと」

 折角だけど移動するからと断られた彼は落胆するでもなく、美幌峠をひとっ走りしてくると先に出た。四名ほどの男もそれに続く。尻とその奥を見送った彼女達が溜息をついた。

「あちこち寄ったんだけど、どこも人が多すぎ。岩間なんてデニムめくって歩いて川を渡ったのに、車中泊のジジイ共がうじゃーって。カラマツの湯は水着絶対禁止だって言われたし」

 優の眉が上がった。岩間温泉はシャングリラの帰りに祥子と寄った露天だ。初冬の頃は兎も角、今は物好きな観光客が押し寄せる。そしてカラマツの湯は誰が決めたか水着使用禁止を看板に書いてある。

「中標津付近のあそこ? 先客が文句言ったの?」

「態度のでかいオヤジが一人。楽しみにしてたのに台無しですよ」

「目つきが超嫌らしくて。もう二度と行かない!」

「そりゃまた」

「スケベだから丹頂鶴みたいに禿げんだよ、あのジジイ!」

 皆が笑う中、「あそこも温泉ワニ生息地になったか」と苦く優が呟いた。

 女性入浴客を待ち続ける男共の総称がワニ。年齢が上がるほど傍若無人に振る舞うので若い入浴客全般から嫌われている。

「利用者を管理できないのが野湯だからねえ。次の機会にもう一度寄ってごらんよ。私もあそこは大好きだよ」

「ありがと。でも静かに自然を楽しみながら入れるって楽しみにしていたから」

 哀しみを帯びた言葉に男たちは言葉をなくした。あるものはお先にと出ていき、あるものは仲間内で話し始める。それに気付いた娘三人は困り顔になった。

「殆ど人が来ない露天風呂が近くにあるけど、君たち体力ある?」

 声を潜めた優に三人が身を乗り出した。接近する胸に優はたじろぎ、岩に身体を押しつける。

「体力って?」

「五メートル位の崖をロープを伝って下りた湖畔にあるんだ。ここから歩いて十五分くらいだよ。帰りはロープでよじ登るから、ある程度の筋力が必要なわけ」

「崖なんて無理だよ」

「絶壁じゃないから、鉄棒にぶら下がる握力があれば大丈夫。この時期なら遊歩道から絶対に見えないから、大騒ぎしなきゃ誰も気付かない。私も普段はそこに行くんだけど、今日はわけありで。もう一つはカヌーとか使わないと絶対到達できないんだよ。だからお勧めできるのはそこだけでね」

 三人は声を潜めて相談を始めた。

「神奈川さん、こんちは! 覚えてる?」

 駐輪場から来た二人の女が優に目を据えて近寄ってきた。優は気軽に手を上げる。

「ども、チームたらこのお二人さん」

「ひどかぁ、明太子っしょ!」

「スパだけにたらこでしょ。明太子は白いご飯に限る派なんだ、私は」

 皆が考え込んだのは一瞬だった。


「こんにちは。この先に温泉があるって聞いたんですけど」

遊歩道を戻る途中、対向してきた五人組の娘に挨拶された。物怖じしない様子からすると学生かな。濡れ髪で気取られたか。まだ歩き出して数分だしと同行して道案内をする。助け合いは北海道旅行者の基本事項らしいし、急ぎの旅でもない。

 三人は都内、残り二人は福岡からきたそうだ。私達がパスした野湯で知り合ったとか。

「あそこ? よく入ったね。凄く混んでいたでしょ」

「水着ですよ。ぼやいたら、ここはどうかなって」

「あまり来る人がいないっていうし、面白そうだから」

 誰もいないよ。安心して入浴できたし、湖で泳げたし。楽しかったよ!

 コメントを聞いた五人が揃って笑顔になった。旅は愉しく助け合いってか。

「あの人の言ったこと本当だったんだ!」

 ん? あ、ここだよ。このロープで下るんだよ。

「あー! 確かにコレはちょっと怖い!」

 びびらずいけ~! って誰に教えてもらったの?

「さっぱりしたオジサンが教えてくれて。二人は顔見知りなんでしょ?」

 ふぁ?

「猿払のキャンプ場で一緒に宴会してね。一週間前だったかな。革ジャンがすごく似合うオジサマ」

 サッパリでそして革ジャン、一週間前に猿払!? そしておっさん! 私をみる祥子の目付きが鋭くなる。もしや。

「いろいろ知ってるのに、さりげなく相手してくれる人で」

「あ、さっきみたいに?」

「そうそう! 思い人捜しに奔走しているのに気遣いできる人!」

「え、なにそれ!?」

「きっと私たちより素敵な人なんだ。ああ、しろしかぁ!」

「はい?」

 笑い合う彼女たちに祥子が割り込んだ。

「もしかして、相模ナンバーのホンダCB?」

「うん、CB一三〇〇の赤白、ドノーマルのカウル無し。え、もしかして──」

 硬直した祥子を押し退けた。

「胸とお腹に傷跡なかった?」

「あったあった! 背中にも!」

 あいつだ! ってケツみせたんか! なんという破廉恥……いや北海道ルールで無罪か?

「まだいるかな」

 祥子の声は震えていた。

「私達と一緒に出たけど、まだそんなに遠くには……」

 祥子が駆けだした。私も彼女達に礼を言って追いかける。祥子のダッシュが凄い。ええい、私はやっぱり老化――。

「あの人もあなた達を探しているよ!」

 背後から掛かった声に手を上げて応えた。ありがと!


 フロントブレーキを強く握りながら優はクラッチを素早く切る。即座に左足爪先でギアを蹴り落とし、アクセルを煽ってクラッチを繋ぐ。跳ね上がったエンジン回転がレッドゾーン手前でぴたりとギアに合った。滑らかに急減速するCBの右ステップに加重しつつ、腰を深く左に落として左コーナーに進入を開始した。バンクしたCBは、優が目線を固定したコーナーの奥深く目標に向かう。

 そこを通り過ぎざま、優は滑らかに目線をコーナー出口に移動させつつアクセルを開けた。後輪に掛かったトルクでフロントフォークが伸び、バンクした車体が起き上がり始める。腰を反対に落として緩やかな右カーブをフル加速しつつクリアした。ギアを四速に、そして五速に上げて優は加速する。スピードメーターはコーナーから脱出した時点で三桁だ。が、優が気に掛けるのはタコメーターだけ。

 知床峠は北海道では珍しいワインディングロードだ。きついコーナーから緩やかなコーナー、複合コーナーと変化に富んだ道がオホーツク側のウトロと太平洋側の羅臼を結ぶ。峠は羅臼岳と荒天に鍛えられたハイマツを間近に、そして路肩で餌を漁るエゾ鹿たちを見れると人気の観光スポットだ。豊かなトルクを発揮する大排気量直列四気筒エンジン故、CBはトップギアの六速固定でも楽に知床峠を駆け上れる。だが大鷹は内心の苛立ちを叩きつけるかのごとく攻めている。

 経験を信じて車速と進入角度を設定し、急激にブレーキングしつつギアを二速下げ、フロントブレーキを弱めながら北海道では珍しい八〇Rの右コーナーに突入した。フルバンク直前でブレーキをリリースし、クリップポイントを過ぎざまにアクセルを大きく捻る。後輪をスライドさせながらCBが猛然と加速する。フットレストに乗せた足とバイクに接する足の内側で優は車体を押さえ込む。長く続く直線路の右は峻険な谷。左の急斜面に生えた蝦夷松が流れ去る。前方の雲海が広がる茜空に向かってCBは一直線に震えながら加速する。

 フルブレーキとシフトダウンしつつフルバンクしたCBの左ステップが路面に接触して火花を散らす。道路脇で草を食むエゾ鹿は驚くでもなく、もの憂げに轟然と加速するCBを見送った。



「ごめんね、涼音。引きずり回して」

 首を横に振って涼音は微笑んでくれる。でもそれが呵責の念を掻き立てる。私は涼音を巻込んで……初めての北海道なのに。ごめん。

「なにいってんだよ。今日は大きな収穫があったさ」

 屈斜路湖と摩周湖周辺を走り回って彼を探したが、夕暮れが近づいて諦めた。今は彼と冬に寄った町営銭湯で疲れを流している。併設された二つの湯船に注がれる掛け流しの源泉は透き通った光と共に私たちを包み込む。

 全身真っ赤になった涼音がふらふらと立ち上がる。

「うう、ハードボイルドにてスズ茹で上がり。バーボンとお塩で召し上がれ。いやいや、マヨネーズに限るでしょ! タマネギのみじん切り炒めと混合すれば揚げ物も一層美味いぞと」

 思わず笑った。

「スズのタルタルソースはきっと美味しいよね」

 二つの湯船の一つはかなり熱く、もう一つはかなりぬるい。よろよろと洗い場の腰掛に座った涼音は、黄色いケロヨンオケを据えてカランの水流を受け止め始めた。

「マッシーは何処に向かったんだ。うひっ、冷た! おう、でも癖になりそう」

 陽気に騒ぎながら冷水を二杯被った涼音が温めの湯船に移動した。私もそれに習って頭から冷水を掛ける。うん、鳥肌立つくらい気持ちいい。そう、あの時も。

 温泉成分がこびりついて黒く変色したカランを見詰めた。あの人と壁一枚隔てて入った野中温泉。裸電球一つが照らす風呂場。電球の傘にこびりついた硫黄。松材で作られた湯船と洗い場を覆う硫黄。私の足跡が残ったあの湯船……壁越しにあの人と語らった。幸せな時間だった。たぶん、あの時私はあの人に……。

 まて! 回想に浸って涼音の思いやりに応えられるか? 否!

 もう二杯冷水を被って血行が良くなったところで、さあ、考えろ。彼の好みは? 手を加えられていない自然。今日は賑々しい屈斜路湖にいたけど、初北海道の涼音を考慮したから寄ってみたんだろう。となると……ここ暫く天気が悪かったオホーツク沿岸部は、これから晴天が続くとの天気予報だ。だから私達も内陸部から進出した。彼も同じ考えの様子。これまでも結構近くにいたのかも。となれば。

「知床。かな?」

「ほい、知床半島。知床といっても広うございますよ?」

「寂しがり屋だから、きっと船長に会いに行く」

「よし、海賊にキンキ奢らせよう。嫌とは言うまい言わせない」

 にんまり笑う涼音に私の胸が激しく疼いた。冬、ごめんね……。

「ごち!」

 はいはい、夏は食べられないよ。とりあえずフルーツ牛乳奢るから。あ、コーヒーもプレーンもあるけどさ。

 涼音が立ち上がってポーズをとった。

「一気飲みしようよ、銭湯の伝統じゃん。左手を腰に当ててグイーって」

 ありがとうね、涼音。

「もう動物が出てくる時間だから、今日はここで泊まろう。明日は……ウトロだとその日じゃ無理だ。よし、ウナベツで。アソコなら空いてるはず」

「ウナベツってお漏らしマッシーご推薦の温泉だよね」

 吹き出した。岩間温泉だと?

「そりゃ当然、お漏らし──」

 予想していた私は涼音の口を素早くそしてそっと塞ぐ。悪戯っぽく笑う彼女は首を傾げた。

「フルーツとコーヒー。ダブルで沈黙しましょうに」

「手を打ちましょう。お腹壊しても自己責任だよ」




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