第23話 最強ラベンダー
ドのつく夜中、私たちは東京を出発した。自他共に認めるアラサー美女二人はさっさと高速に乗って新潟を目指す。でも美味しいお米と漬け物そして日本酒と煎餅が目的ではない。
夜中のサービスエリアがまともに機能していないと始めて知った。ばっかやろー。つまんねー! いや、だから深夜割引料金なのだろうか。サービスエリアの食事を楽しみにしていたのに。ええくそ、北海道の情報は漁ったけどさ!
缶コーヒーでは満腹感は得られない。飢えが原因の眠気に耐えての高速道路巡航に辟易したけれど、鮮やかな夜明けが私の眠気を吹き飛ばした。朝焼けってこんなに綺麗だったかな……初めての男と迎えた朝よりも爽やかだ。当り前か?
雲一つない快晴となれば気温は急上昇。新潟市街は一気に真夏の坩堝と化していく。喘ぎながら新潟港に到着した私たちは、乗船手続きを終えてレストランに駆け込んだ。早朝営業してくれてありがとう!
でも期待と緊張でカツカレーの味すら解らない。白亜の巨船の周りを飛び交うカモメ。少しディーゼル臭にくすんだ潮風に漂う油蝉の大合唱。全てが私の心をときめかせる。私の感性をおかしくするのは高まる期待らしい。いい年してとはおもう。でも!
時間だ。愛機ツェーベー・エルフ君に跨がって祥子の後に続く。がたがたと車体を震わす斜路を登って車両甲板へ。勝手がわからないときは経験者の真似をするに限る。おお! 車両甲板ってこんなに広いのか!
船体の壁際で赤いニンジン棒を振る米国風作業ヘルメットを被ったオジサンの指示に従い停車。その親切、でも早口故に理解不能な指示に眼が点になる。なんですと?
ありゃ。後続車に説明始めたよ。
戸惑う私に祥子が大声で説明してくれた。ギアはローに入れたままエンジン停止してハンドルフルロック。サイドスタンドでいいの? 乗船中使わない荷物は網棚へ? ダッフルバッグ一つに纏めちまったよ! あ、祥子もか。ならヘルメットだけここに置く? ん、排気で臭くなるのか。持っていこう。
大荷物を抱えた私たちは狭い階段を一歩一歩上る。それにつれて期待は爆発寸前までに高まる。初めての船旅! 高校の修学旅行はフランスだったけれど、あのときよりわくわくする!
スイートルームのドアを開けた私たちは早速室内をチェックしはじめる。おお、専用デッキにはビーチチェアもある。おお、海側はガラス張りの展望風呂! アメニティもちゃんとある! 凄い凄いと連発したら祥子が苦笑した。なんだよ、永遠の高校生で悪いか。
午前十時半。軽装に着替えた私たちは真夏の太陽が煌めくデッキに向かう。
轟く出港の汽笛を音頭に生ビールで乾杯。ヘニャヘニャするプラスチックカップでも悪い気はしない。新潟発小樽行きフェリーは北海道を目指す老若男女で溢れている。そして皆笑顔だ。
バウ・スラスターとやらを船首と船尾で作動させて離岸する船体を眺めた。滑らかに説明してくれる相棒に感謝。乗船前はライダー達を注視していた祥子だが、それ以降周囲の人間に全く注意を払わない。それに気付いた私の心は少し軽くなった。今日に至るまで私は祥子に告げられずにいたから。
彼は二週間の夏期休業をホームページに告知した。そのスタートは六日後だ。
でも北海道は広い。逢えるかどうかは運次第。見送る岸壁要員に手を振り返す私は神に祈る。馬鹿たれ二人に縁がありますようにと。どっちも私の大事な友人だから!
手すりに寄りかかった祥子が微笑むと、ちらちら私達を見ている男共が一斉ににやけた。祥子は私が男を引き寄せると前に力説していたけれど。私を見る阿呆共より祥子をみる目玉のほうが……あれ、ほぼ同数か?
ああ、対男用バルサンが欲しい。倒れた男共が手足をひくつかせる様を想像して笑……いけね、阿呆共が勘違いしやがった。
どこから来た? ペガサス銀河からスターゲートでね。
何処に行く? 決まってる。あんた達のいない場所!
何歳だ? 海に叩き込んでやんよ! 離せ祥子!
デッキチェアで潮風と太陽そして微かな揺れを楽しみつつうつらうつらする。優雅だ。これぞクルージング。高級ホテルより格安で段違いの非日常を味わえる。
祥子がカクテルを持ってきた。売店で購入した缶カクテルをグラスに注いだだけだけど、気取らずに飲めるからよし!
ビキニのボトムだけの二人が乾杯する。夏の日差しと風、そして微かに伝わるエンジンの振動を肌で味わいながらカクテルを傾ける。手すりの向こうは水平線。煌めく波、蒼い
「彼、来るかな」
きた! 彼女は先ほどまでとはうって変わって、物憂げにグラスを傾けている。
「来るよ。六日後から二週間休むって」
水平線を眺め続ける祥子の睫が震えはじめた。
「話したんだね」
勇気を振り絞ったね。
「気の向くまま走るって伝えた。祥子に会いたいなら自力で探せって」
目を瞑った祥子は小さく頷き、儚い笑みを浮かべた。
「どこかで逢うかな……逢えるかな」
急に煙草を吸いたくなった。禁煙して六年経つのに、無性に欲しい。でも船内は基本禁煙だ。よって小さいテーブルには灰皿も祥子のタバコもない。やむなくカクテルを大きく呷った。
「探すってよ。でも広いからねえ。祥子は?」
祥子は目を瞑ったまま微笑んでいる。緊張を紛らわそうと更に二口呷った。
「解らない。逃げちゃうかも」
正直な奴。
「でも逢いたい。話したいよ……でも怖い」
胸に疼痛が走った。立ち上がって歩み寄った私は跪いて彼女の頬に触れ、衝動のままキスをした。柔らかな感触に愛おしさが募る。
「自分に正直にね……私はそうしたよ」
ゆっくり目を開けた彼女が微笑み、口づけを返してくれた。愛おしい。純粋に。
「ありがとう、涼音」
「ユースの踊り面白すぎ! なんだあれ!」
「伝統になっているのが凄いよね」
礼文島の香深港を出港したフェリー上で笑いあう。桃岩荘ユースの関係者がフェリー出航時に演じる踊りだ。祥子は噂を知っていたけれど、事前情報皆無だった私には衝撃というか笑劇だった。まだ脇腹が痛い。
「涼音も踊れば盛り上がったのに」
「勘弁してよ。楽しい島だ、まったく!」
「景色も高山植物も凄かったし」
「綺麗だったね、アツモリソウ。この船の名前と同じ。なあ、アツモリソウの花言葉知ってる?」
「誰かさんはターミナルの説明板をじろじろ見ていたね」
あちゃ! お土産物物色しているから大丈夫だと思ったのに。
「えっとね、「君を忘れない」だってさ」
一瞬にして祥子の表情が曇った。やべ!
「勘違いすんな。さっちんはラベンダーだ」
「ラベンダー?」
「期待しています、あなたを待っています、だよ」
祥子が首を傾げ、儚く微笑んだ。やっべーよ。
彼の休みは昨日からだ。私なりに必死に考えた。神奈川が起点だから、新潟もしくは大洗からフェリーにのるか。それとも青森まで自走か。はたまた仙台もしくは八戸か。基本は五ルート。どれを選んでも一長一短。まあ大間はなかろう。あいつがマグロの一本釣りに興味があるなら別だけど。まて? 奴はハンター……まあ今回はよそ見するとは思えない。
祥子情報によると彼は人が少ない場所を好むらしい。都民の独断と偏見で考えると、北海道の人口は旭川から西に集中している。
函館ルートは便数が多いけれど、上陸後人口密集地域を延々と走るから除外。となると苫小牧か小樽に上陸する可能性が高いと思う。
さらに北海道初心者の私が祥子の荷物だ。彼はそれを考慮して、小樽上陸で日本海沿いのオロロンラインからオホーツク沿岸を移動する。と私は予想している。
新潟小樽なら上陸は今朝の筈だ。それにしても北海道は広い。広すぎる。
話題を変えよう。
「稚内に着いてからどうしよか?」
ロードマップを取り出して、顔を寄せて検討開始。
「宗谷丘陵を流してからお昼にしない? 牧場に点在する風車発電、それに牛と蝦夷鹿が混じって草を食む姿を見ながら気持ちよく走れるよ」
「あ、白銀ロード行きたい! 本当の宗谷丘陵が見れるって教えてもらったんだ」
祥子の形よい眉が寄る。あれ、ちがったっけか。
「白銀……ああ、貝殻の道かな。砂利道みたいな場所だけど、大丈夫?」
「自信あるぜよ。マッシーに射撃場で教えてもらった」
両手でピースサインを出した私に祥子は笑う。
「飛ばさずに風景楽しんでよ。その後宗谷岬で宗谷牛のステーキ食べよう。いいレストランがあるんだ。そしてガソリンスタンドで給油証明書を貰ってオホーツクへ。どう?」
アスキーアート付きレシート貰えるって噂の?
「そうそう。可愛い猫のあれ」
ふふふ。やった、ねこたんGet!
「今夜の宿は猿払のライダーズハウスだねえ」
私たち寝袋とかないよ。それに予約も。
「女性専用ロッジがあるから大丈夫。布団も貸してくれるし、本業は食堂だからご飯がすっごく美味しいんだよ。お風呂は近くの日帰り温泉がお勧め。オホーツクをのんびり眺めながら入浴。どう?」
はい決定! 風呂だ酒だご馳走だ!
「はい、お釣りと領収書。それと最北端給油証明書と記念品です」
「ありがとう」
小さなホタテ貝で作った道中安全キーホルダーと証明書を受取ったおっさんは丁寧にタンクバックに仕舞ってくれた。こういうお客さんだと嬉しいね。
「ところで女性ライダーの二人連れ、最近見なかった?」
返事に困る。滅多なことは口走れない。一目惚れして追いかけ回す、ストーカーみたいな奴が結構いるから。まあ二輪だけに限った話じゃないけどな。
「うーん、女性も案外多いですから。なにか特徴は?」
「どっちもホンダのCB一一〇〇で品川ナンバー。色は白と黒。キャンプ道具は積んでいないと思う。それと二人とも、ええと……美人で」
マジ知らない。首を横に振るとおっさんは落胆したがあっさり引き下がった。おや。コート風の渋い革ジャンは真新しい。けど、コンパクトに積載された荷物を見れば旅慣れている人だと解る。俺の目を真っ直ぐ見るし、上から目線で話さない。
ちょっと聞いてみよう。順番を待つ車もないし。
「知り合い?」
「うん。北海道で偶然会えたらって話をしてね。彼女達は六日前に上陸したから今どこにいるのやら」
具体的だ。本当に知り合いらしい。でも。
「携帯に掛ければすむっしょ?」
「メールも考えたけど、偶然を伴った邂逅じゃないとね」
カッコイイ拘りだ。
「会えるといいですね」
ん? おっさんのバイク、ヤケに綺麗だな。ツーリングライダーは殆ど洗車しない。してもすぐに汚れるし、磨く時間を惜しむから。
「まさか、お客さんは今日上陸?」
「うん、小樽に今朝。天気いいから一気に来ちゃった」
まだ昼前だぞ、無茶苦茶だ! でもそうまでして会いたいのか。
「天気がいいからねずみ取りや覆面、あっちこっちで張ってますよ」
頷いた彼の目尻にしわが寄る。
「実は初山別で白バイに追いかけられてね。ふりきっちゃった」
うゎ……稚内のお巡りはしつこいのに。それに道警と同じバイクだろ……これってカナダ仕様か?
「宗谷丘陵で頭冷やすよ。有り難うね」
軽い音を立ててシールドを締めたおっさんは小さく頷いた。さっぱりしてんなぁ。
「お気をつけて、有り難うございましたあ」
二人が来たらとか一言も言わずに去った。がんばれおっさん。したっけ!
「お客さん! ちょっと!」
俺が駆け寄るより早く、二台のバイクは出て行っちまった。あの体型! そしてあのバイク!
オホーツク方面に向かう二人の背中を溜息交じりに見送る俺に、二人の同僚が好奇の目を向けてきた。
「どした、かっちゃん?」
「昼前に来た客が探していた人達かなって。あれ、女の人だったかあ?」
「ああ、どっちもなんまら美人だった。な、シゲル」
「俺、大学は東京にする!」
思い出し笑いする二人に嫌な予感がわき起こる。
「しくった……かも」
頼まれたわけじゃない。けど。
「ナニいってんだ?」
説明するとシゲルが頷いた。
「白い方に聞かれたよ。相模ナンバーの一三〇〇スーフォア赤白に乗った男の人が来なかったかなって。それかい」
それ!
二人が肩を竦めた。
「なんで教えてくれねーのよ! もうちょっと話し込めるチャンスだったのに」
「お前等メシ食ってたからさ、うっかりしたわ」
おっさん、わりい!
「痛っ!」
首筋を叩いた男が潰れた虫と鮮血がへばりついた手を脇の芝生にこすりつけてぼやいた。
「よかったら使いなよ。ハッカ油を入れたからブヨよけになる」
別の男がジャケットのポケットに突き刺していたペットボトルを手渡した。優だ。
ブヨに噛まれた男だけでなく、円陣を組んだ皆もそれを顔面や首筋に塗る。
「仕方ないよ。直ぐ横が牧場だから」
夜のとばりに包まれた猿払公園キャンプ場の一角で七人が宴会中だ。小型のキャンプバーナーを持ち寄り手分けしてジンギスカンやイカそしてホタテ等を焼いている。香ばしい煙に包まれる皆は一律幸せな微笑みを浮かべていた。
ビールを軽く呷った一番若い男が頷きながら口を開いた。
「でもさ、温泉は真横だしコンビニも歩いて行ける。さらにばかっ広くて人が少ない。曇ってきたけど、プラスマイナスプラス、超いい場所でしょ」
「歩いて三分。免許安泰でお酒もデザートも選び放題! ただしお財布と要相談」
「なんでもカネの世の中ですが直上を見ろ! 雲上の天の川は無料だよ」
皆が笑った。広いキャンプ場のあちこちで同様の宴会が繰り広げられ、笑い声と芳香が周囲に漂っている。北海道を旅する若者だけでなく、ファミリーキャンプの人々も結構いる。
飲み食いしながらの自己紹介が優の番になった。
「神奈川から。北海道は……何度目だったかな。四十路間近でボケたよ」
皆がお義理で否定すると優が笑った。
「ありがと。今年は温泉廻って……いや、本当は人捜しなんだ」
男か女か、と合いの手が入る。優が頬を掻くと冷やかしの声があがった。
「彼女とその友達。少し前に喧嘩別れしちゃってね。詫びたいんだ。結果がどうでも」
一同がどよめいた。
「女性グループが温泉にいたよ。ライダーズハウスに泊まるんじゃね?」
優がぴくりとする。が。
「ああ、あそこの。綺麗なハウスだよね。メシも美味い。でも高い!」
「愛媛さんがぼんびーなだけっしょ!」
「認めます。毎年かつかつだよ。去年なんて残金1080円で帰宅した」
「フェリーでやけ食いしたんでしょ」
二人の女がライダースハウスで提供される食事に興味を持った。質問と回答が一段落するまで辛抱強く待った優が口を開く。
「さっきの話だけど、もしかしてバイクで?」
「バイクだったけど四人組」
「はい違った~」
落胆しつつも笑顔を浮かべた優に、「私達のどっちが彼女だっけ」と女二人が笑いかけた。口笛がやかましく吹き鳴らされる。
「君達も可愛いけど、まだ目は確かだってば」
「おじさま殺しのつもりなのに!」「しゃかぁしかぁ!」
屈託無く笑う二人に、優も皆もひとしきり笑った。
「明日から沿岸沿いは天気崩れるってよ。神奈川さんはどこを探すの」
話を振られた優が考え込む。
「知床方面かな。走りながら考えるよ」
「逢えるといいね」
女の片割れが呟く。優は柔らかい微笑みで応えた。
「有り難う。君達はどこから?」
「福岡たい! 北海道もキャンプも始めてな大学生!」
「明太子班ね」
「おう! ぴりっと辛いで!」
テレビの天気予報に注目していた祥子が私を見た。
「暫く崩れるみたいだね。内陸部に行こう」
あいよ! 頷きながらも私は内心首を傾げる。この付近にいるような気がするんだけど。でも上陸当日で宗谷には来ないか? 日本海沿い、お巡りさんわんさかいたしなぁ。
「帯広付近は天気がいいからさ、明後日は然別湖でカヌーしようよ」
少し離れたテーブルで騒いでいる男達を横目に祥子は囁く。
「東雲湖にカヌーでも行けるって聞いたし。その後場所を変えてラフティングも面白いんじゃないかな」
祥子の大事な場所を私に見せてくれるんだ。うん、そうしよう。
相席の娘二人がラフティングとはと祥子に問いかける。四国から来た二人連れだ。祥子が教えてくれたこの宿で知り合って、日帰り温泉も一緒に行った。北海道ツーリングしている連中の不文律はもう学んだ。互いの年齢差は基本無視だ。どっちも同格。それを無視して年上だ年下だと主張すればはぶられる。確かにうざいだけだ。
ゴムボートでの激流下りと聞いた彼女達の目が煌めいた。これ、騒ぐでない。
ほらみろ。男共がラフティングを口実に割り込んできたじゃん。ああ、もう。でもしょうがないか、そういう場所だし。
皆興味津々で祥子の説明に聞き入っている。おう、野郎共。ラフティングより祥子、ついで私とこの二人に興味があるんだろ、ったく。
それにしても、昔は見知らぬ男には警戒もろだしだった祥子がねえ。マッシーのお陰だよ。
「皆で息を合わせて漕ぐのも楽しいし、流れに身を任せる河童の川流れとかもね」
ああ、それならずっと前にテレビで見た……あれは殺虫剤のテレビCMか。
「でも六メートルくらいの崖から飛び込むのが最高だよ。ドボンと飛び込むと辺り一面水泡が輝いて! すっごく爽快そして綺麗!」
おお、絶対やる! 泳ぎは得意じゃないけど、何とかなるさ。
「それって絶対冷たいよね?」
これヒゲもじゃ。ここは北海道だぞ。温室育ちなモヤシも冷水に浸かればシャキッとするでしょ。やりたまえ。男ならどんといけ~と言ったら皆が笑う。
「首の骨折ったりしない?」
んなデンジャラスなツアー、観光協会が黙っていないべな。
「その。泳ぎはちょっと」
「俺もちょっと自信ない」
慎重というかビビリというか。そんなんで旅が面白いか、君たちは?
「彼女は幽霊じゃない! 大丈夫だって。君は永遠に生きたいの?」
「どこの海兵隊ですか? そっかぁ、やってみようかなあ」
人の良さそうな笑顔を浮かべてひげ面の巨漢が悩む。
「ヒグマは水泳得意だろ!」
「がおーって飛び込むん? まさか撃たれないよね!?」
「ゴムボートのオールで滅多打ちされるかもな」
明るい笑いに私も和した。
「川底みえないくらい深いし、ドライスーツとライフジャケットを装備するから絶対大丈夫。冷たいのは顔と手首から先だけ。ううん、ドライスーツの中は濡れないよ。念のために下着だけになるからね。私は絶対お勧めする!」
お、私たちを見る男共の目つきが怪しさ爆増だ。予防接種のお時間かね。
「そうだ。知床であんたが海に叩き込んだ彼氏はドライスーツ着ていたっけ? 確かライフベストだけだよね」
祥子以外が食いついた。うはは。これ、どこにも穴はないぞ、祥子。床板は剥がすな……おっと、目に攻撃色が。殴られる前に続けよう。
「むしゃくしゃして走ってるクルーザーからぶん投げたんだよ。ううん、喧嘩じゃなくて完璧なる誤解で。合気道二段は伊達じゃない。気付いたときはアイムフライングだったって当の本人も笑ってた。まあアレだね、敵味方関係なく殺戮するバーサーカーみたいな」
驚いている娘達はよしとして、問題は内心の恐れを笑いでごまかす男共だ。追加ワクチンもサービス。
「人食いヒグマを退治したし、去年ヒグマに彼女が襲われたときも盾になった戦闘的ハンターが彼氏でね。いや、身体は凄く鍛えているけど。スーツが似合う渋優しい系。その彼をぶん投げたあんたはヒグマより強いよ」
爆笑と拍手が渦を巻く。ほれ祥子、ビール飲め。これが広まれば祥子は当然、私も安全だ。ああ、私って腹黒い。
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