第11話 義務そして嫌悪



 夜明け前、彼はまるで影のように音を立てず歩く。その背中を細心の注意を払って私が追う。白く凍り付いた牧草地を夜明け直前のブルータイムがぼんやりと照らしている。東京では長袖シャツ一枚で丁度いい十月下旬。でも北海道では息も白く凍る。

 足を止めた彼は振り返って私に掌を二度下げた。膝を突いて地面に腹ばいになった彼は、肘と膝から下を使って匍匐前進をはじめる。私もそれを真似た。凍り付いた地面と牧草の株、そしてドックフードのようなエゾ鹿の糞が目の前から胸そして腹部を過ぎていくが、糞も臭いも凍っているので気にならない。地面と擦れる服だが音がしない。私の猟服は彼が選んでくれた。

 私はスキースノボウェアを使うつもりだった。耐寒性と運動しやすさで適すると思ったからだが、音が出るからと彼に駄目出しされた。アテが外れて困惑した私に彼は通販で米国に手配してくれた。身体のサイズを彼に教えるのを躊躇った私に、彼はサイズ換算表を手渡して私に任せてくれた。

 ウェアは好みで選べた私だがブーツの選択で躓いた。数が豊富すぎるし、画面に表示された耐寒性能も摂氏ではなく華氏。結局彼の仕事を半日潰してしまった。それに恐縮した私に、彼はキンキを奢ってくれればいいよと笑って答えた。


 芋虫のように這い続ける私の身体は汗まみれだ。空が朝焼けに染まり始めた。激しく呼吸したいのを堪えて進む。冷えたコーラが飲みたい。

 彼は丘の稜線手前で止まった。手招きされたので彼の横に並ぶ。腕時計を確認した彼が丘の向こうをそっと覗き、すぐに頭を引っ込めた。私を見た彼は向こうを指さし、くるりと円を描いた。彼の唇が動いたが声は聞こえない。沢山いる、と言ったようだ。頷くと革手袋をした手が私に向けられ、そして地面を軽く叩く。そのままの姿勢で唇が動く。ここで待てかな。地面においた前腕に顎を乗せて彼を見る。ここでレストしてます。彼の目が笑った。

 背負っていたザックを伏せたまま外した彼は、身体を横に滑らかに転がして私から離れていく。

 彼が停止した。身体を徐々に起こしていく。右膝は地面に、左膝は立てて銃を構える。銃口は一度も私に向けられなかった。

 微かな金属音が聞こえた一瞬後、銃口から紅白い閃光が吹き出した。轟音に耳は痺れ、身体をひっぱたいた何かが内蔵まで揺さぶる。思わず目を瞑った私だが慌てて目を開ける。と、もう一度轟音と閃光そして衝撃が。上体を激しく仰け反らせた彼の右手が素早く動いた。そしてまた。圧倒された私は瞬きも忘れて彼に見入る。

 銃を下ろした彼は向こうを見詰めたまま銃の下部からなにか取り出し始めた。呼吸も忘れて見入っていた私は我に返った。息を大きく吸い込む。弾倉という弾を収納する箱を取り替えた彼が私に何か言ったけど、耳鳴りで聞こえない。耳を軽く叩いて頭を振ってみせる。と彼が左手で向こうを示した。そうだった。身体を起こして覗き込む。白い大地に黒い塊が三つ転がっていた。ついさっきまで生きていた鹿の骸だ。

「三谷さんが来る前に放血するよ」

 痺れたままの耳でも何とか聞き取れた。歩きだした彼の後を追う。三谷さんはこの牧場のオーナーだ。六十代の物静かな笑顔の素敵な人。奥さんと二人で暮らしている。昔は乳牛を沢山飼育していたけど、病気をしてからは牧草を栽培して近所の牧場に販売している。

 歩み寄るにつれ、灰色の毛皮がはっきり見えてきた。夏見たときは茶色だったが、冬は灰色基調となる。葉を落とした樹木の木肌の色と同じだね。

 野獣の臭いが強く鼻を突く。前足の付け根付近を鮮血に染めた牡鹿の四肢は微かに痙攣している。漂う湯気は傷口からだ。もう呼吸は止んでいた。

 銃を右肩に背負った彼は両手を合わせて目を瞑った。私も慌てて手を合わせる。ごめん、ちゃんと食べるからね。

 目を開けると痙攣は止んでいた。死んじゃった、と唐突にそして強く意識した。映像資料でみた豚の屠殺シーンを唐突に思い出した。。電気ショックで失神させてから後ろ足を括って逆さにぶら下げた豚の首にナイフを深々と首に突き刺して抉る。失神から目覚めた豚は悲鳴を上げるが、噴き出す血と反比例して悲鳴ももがきもすぐに弱まり、そして止んだっけ。家畜として生まれたその時から逃げられない運命の終着点。夏、彼がいった言葉をしみじみ噛み締める。スーパーに並ぶお肉は畑で収穫できるわけはない……生きていく限り罪をかさねるわけだ、人間は。

 私の思索をよそに彼は腰のベルトから大型ナイフを抜いた。鞘とナイフが別々のものだ。歩み寄った彼は無造作にエゾ鹿の身体を抉る。首の付け根、そして足の付け根内側。染み出した鮮血が湯気を立てる。そうか、完全に死んだから吹き出さないんだ。

 身体の向きを反対にしてそちら側も抉る。弾が飛び出した大きな傷口が私の目を釘付けにする。私の肩幅より幅広い胸部でも貫通してしまうんだ。撃たれたとき、鹿はあの豚たちのように悲鳴を上げたのかな。もがきながら死んでいったのかな。即死であってほしい。耳が痺れていてよかった。

 気付くと最後の一頭になっていた。慌てて声を掛け、彼からナイフを受け取る。私もやらねば。そのために来たんだ。

 ナイフの厚い頑丈そうな刃に脂と血がこびりついていた。ずっしり重い。深呼吸しつつ自分に言い聞かせる。食べるために彼らは撃たれた。なら責任を負ってやり遂げなければ。

 よし。後ろ足を握ると革の手袋越しに伝わった鹿の体温に混乱する。魚とは違う。ティッシュのあの温もりと同じだ。涼音の温もりと同じ。

 覚悟を決めて刃を突き立て、手前に引く。駄目、浅すぎた。

「深い部位にある太い血管を切断するイメージで刃を滑らせて」

 息を深く吸い込んでもう一度。染み出す鮮血が急に量を増した。

 四ヶ所を切り裂いてからナイフを戻した。鹿の毛皮と地面の牧草株にこすりつけてナイフについた血と脂を拭う彼の姿を妙な気分のまま私は見守る。ナイフを仕舞った彼はポケットから取り出した煙草を私に差し出した。受け取る私の指は震えていた。彼のジッポで火を貰い、深く吸い込むとすこし落ち着いた。

 足下のエゾ鹿を見詰める。彼女の黒い大きな目はもう二度と瞬かない。私達が殺した。でも彼女達が感じた恐怖と苦痛は一瞬だったはず。屠殺場で最後の通路に押し込まれる豚は足を踏ん張って必死に抵抗していた。運命から逃れようと足掻くあの姿と悲鳴は決して忘れることはないだろう。自然動物のほうが幸せかも。飢えに苦しみ、狩りで射殺されるかもしれないが、運がよければ天寿を全うできる。でも食用家畜は……生きるって重い。

「大丈夫?」

 私は小さく頷いた。頭の中で様々な感情が渦巻いているけれど。

「即死でよかった」

 もがき苦しむ姿は見たくない。逃げ延びた鹿は、自分は生き延びたと喜んでいるのか。それとも姿の見えない仲間を思って悲しむのか。多分両方だろう。動物にも心はある。違うとすれば……すぐに己の命を長らえさせる戦いに戻らなきゃならない点か。肉食動物に補食される立場故の宿命。人間だって極限状況になれば……。

「そうだね。せめて苦しまないようにしてやらないと」

 三つの死骸を静かな目で見詰める彼が呟いた。

「いつも手を合わせるの?」

「今はね。始めて斃した瞬間は小躍りしたくなるほど嬉しかった。でも、獲物が冷たくなるのを感じて、瞳が濁っていくのを見て怖くなった。自分が殺したんだって実感したよ」

 煙草をくゆらせる彼が淡々と続ける。

「師匠だった人が「無駄なく食べるから許せ。そう念じてから引き金を引け」って教えてくれた。それから自然と手を合わせるようになった。一発で倒す自信がないときは撃たなくなったし、数を誇ることもしなくなった。心も少し軽くなった」

 凄く胸に響いた。死体を順繰りに見詰める。ごめん、か。

 毛皮の中からダニが無数に出てきた。宿主の体温が低下し始めて慌てて出てきたダニは、新たな宿主を探すそうだ。ダニは宿主の死を悼むのかな。

 トラクターの重々しい排気音が麓から近づくのに気付いた彼は、リュックからロープを取り出して手早く前足を縛り始めた。三谷さんが手筈通りに来てくれた。丸々と太ったエゾ鹿を人力で運ぶのは無理だろう。


 実演してくれた彼の手順を頭の中でおさらいした私は大型ナイフの刃を起こす。鋭く研ぎ澄まされた刃を見詰めて最後の覚悟を決める。よし。

 倉庫前の地面に転がした鹿の性器を左手で引っ張り、ナイフをその脇におっかなびっくりで突き立てた。鹿の下腹部に刃が滑り込む。気を付けろ。膀胱と腸を傷つけて内容物が腹腔に漏れ出すと、肉が駄目になってしまうそうだ。少しづつ慎重に切り口を広げる。もう血は殆ど出ない。でも私が開けた切り口から湯気と共に鮮やかな内臓が覗けた。よし、次だ。

 指と掌にぴたりと密着するゴム手袋を嵌めた左指を切り口に突っ込んで持ち上げ、指をVの字に広げる。うえ、熱いしぬるぬるするし……いや、この程度で騒いだら女なんてやっていられるか! 持ち上げて広げた部位に上向きにしたナイフの刃を当てて滑らせるように切る。基本は引く動作だ。呆気なく毛皮は切断される。肋骨の始まりまで一直線に切り開けた。

 肋骨部位は脂肪と筋肉の間にナイフを入れ、捲るように脂肪を皮に付けた状態で剥いでいく。ここも少しずつ刃を滑らせて切る。

 首の根元に達した。探るように切りこんで食道と気道を確認する。感触を我慢して巨大な胃に向けて食道をしごいてから気管と共に切断すると。よし、なんとか。

 スタート位置に戻る。膀胱を慎重に切除。糞尿が腹腔に入ったら、この鹿の命は無駄になる。頑張れ、私。

 よし、次は肛門を抉って大腸ごとボディを切り離す! これで消化器系を一律取り出せる。心臓と肺は慌てず後で排除する。彼曰く、内臓はその気になれば全て食せる。でも人間の生理的嫌悪感も絡むので人によって選択する部位が変るとのこと。大腸や脳まで食べる人もいるそうだ。本日は三谷さん基準で分ける。

 鹿の脇に清潔な青いプラスチックのシート──ブルーシートと彼は呼ぶ──を広げ、中腰になって持ち上げた内臓をたぐるように出す。ブーツで内臓やシートを汚さないように気を遣う。

 盛大な湯気とともに生臭さを放つ内臓一式移動させた。よくもまあこれだけの量が収まっていたものだ。次は胃や小腸肝臓など食用に適す内臓と、腎臓や大腸膀胱性器などの適さない内臓に分別。終えたとき私は思わず溜息を吐いた。「お疲れ様。ぶら下げて一服しよう」

 言葉よりお風呂で労ってくれと訴える身体に鞭打って立ち上がる。ずっと屈み込んでいたので、足は痺れ腰が痛む。狩猟とは重労働の連続だ。


 私が内臓を抜いた鹿を彼がかまぼこ倉庫の中に運ぶ。凄いパワーだ。あの筋肉は伊達じゃなかった。床に広げたブルーシートに一度置き、二本のロープで前足を広げて吊す。ロープを引っ張って引き上げるのが彼の役目。私は柱にロープを結わえるだけ。ゆらゆら揺れる牝鹿を見詰める私の胸に満足感がわいてきた。内臓を抜く前は完全に死骸だった。でも抜いた後はお肉にみえる。まあ、街で買うお肉は毛皮を纏っているわけはないのだけれど。強いて言えば……ウロコと内臓未処理の魚を見る目かな。

 奥さんが持ってきてくれたコーヒーを有り難くいただく。たっぷり砂糖とミルクが入ったコーヒーが身体に沁みる。

 三谷さんは倉庫脇の水道で食用内臓を処理している。水道水を出しっ放しにしたバケツの中で巨大な肝臓をもみ洗いする三谷さんは、水が透明になってから肝臓を引き上げてステンレスのボウルにそれを移した。奥さんにそれを手渡した彼は身体を起こしてストレッチをする。シャツの袖をめくった両腕は肘近くまで真っ赤だ。しもやけとか大丈夫かな。

 腰を下ろした三谷さんは別のバケツを引き寄せた。自然と私の足は三谷さんに向かう。ああ、これは小腸だ。背に人差し指くらいの抉りが入ったナイフで三谷さんは手際よく短く小腸を切り、しごいて内容物を捨てる。その後切り開いて、ざっと洗った後スプーンで内壁を削るように丹念に作業して、最後に水につける。脇で燃える焚き火で真っ赤になった手を炙りながらの作業だ。

「腸内壁にこびりついた消化物の残滓をとるのに、スプーンが便利なんだよ。あのナイフはガットナイフというんだ」

「ガットって……テニスのラケットも」

「昔は羊の腸を乾燥させたものでラケットを張ったんだよ」

 物知りだなあ。

「腸を切る場合、普通のナイフでは滑って切りにくい。脂肪がたっぷり付いているからね。でもあの抉りに腸を引っかけると簡単に切断できる」

 道具の構造には意味があるんだねえ。

「今日の分は三谷さんに全部あげていいかな。チコさんの分、この後頑張って獲るから」

「私にも分けてくれるの?」

「スズさんにもお土産で必要でしょ」

 本心から感謝した。涼音から「ステーキの夢をみた。正夢だよね。」そして「タマネギと黒胡椒、ラードの買いだし完了。包丁も研ぎ直した。祥子はしっかり肉担当責任者を鞭打て! だがマゾだったら逃げろ!」との暖かい激励メールを受けている。

 頷いた彼は三谷さんに歩み寄り言葉を交わす。三谷さんが彼と私に微笑んだ。

 コーヒー休憩で気力を取り戻した私は倉庫に戻った。んじゃはじめますか、と横を見る。彼は三頭目の皮剥を始めていた。手早いなあ……ええと、肉を毛皮で汚さないように注意しつつ分厚い脂肪層を丸ごと皮に付けて剥ぐ。鹿の脂肪は牛や豚のそれと違って不味いそうだ。ではやるぞ。

 重い毛皮を表に引きずり出して廃棄内臓に被せた。毛と血そして脂で汚れた手袋を捨て、汗に濡れた手をタオルで拭ってから新しいゴム手袋を装着。私のナイフを砥石でタッチ・アップして切れ味を戻した彼は次にビニール袋を私に見せた。

「部位ごとに切り取った肉をこのゲーム・バッグに収める。肉が直接外気に触れて乾燥することなく冷却できて、余計な体液を外に排出できるわけ。これ一つで一頭余裕で収まるからね」

 分厚いビニール袋をナイフで切り裂いて中身を取り出す。丸めた巨大ストッキングみたいな物が現れた。綿かな。彼がそれを伸ばすとますますストッキングに見えてきた。端を縛ってから肉を収め、次に丸まった側を縛る。それを反対に重ねてもう一度縛ってから未使用部位をナイフで切る。この作業を繰り返して肉袋を作るそうだ。ソーセージみたい。

 まずは背ロースとやらを切りますか。背骨に沿ってナイフを入れる。少しずつ刃を押し込みながら大きく滑らせていくと、爪先から肘まで程の長さ、太さは私の二の腕より太い肉塊が切り出せた。脂肪は一切ない綺麗な赤身肉。うん、美味しそう。

 私の様子を見ながら自分も手を忙しく動かす彼が説明してくれた。

「背ロースは最上級部位だよ。ステーキにするととても美味しい。昔は刺身が人気だったけど、E型肝炎の発症例が報告されたから生食は減っている。そういえば妊婦さんは家畜肉、野生肉問わず生肉は絶対駄目なんだってね」

 涎が出てきた。切り取った二本の背ロースをゲームバッグに収める。作業台に広げた新聞紙の上にキッチンペーパーを広げ、そこに安置。

 次は太股だな。ここはシチューやステーキに適すそうだ。そのあとお尻のランプ肉。

 塩タン用に舌を切り取られ、圧力鍋でシチューにすると美味いからと首肉も外されて、三頭の鹿はほぼ骨と蹄だけとなった。三谷さんと優さんは背骨ごと肋骨を外す。ノコギリや斧は使わない。軟骨をナイフで切ってネジ外している。プロだわ。一つずつ焚き火に運んだ三谷さんは、熾火にそれを被せて炙りはじめる。肋骨の間に残った薄い肉を食べるわけか。要所で切り離した骨を廃棄物置き場に移動した彼が戻った。お疲れさま。

「三谷さん、あれが好きなんだよ。自分で獲った獲物は必ずやったんだって」

「三谷さんもハンターなんだね」

「病気でやめたんだ。奥さんの作るソースが絶品だから期待して」

 豪華なお昼ご飯が期待できそう。

 ソースを塗りながら焼いたアバラ焼き肉をナイフでこそぎ落として口に入れる。いや、これも美味しい。奥さんの手作り塩むすびもいい握り加減。ここまで食べれば鹿も諦めてくれるだろう。舌鼓を打つ私達をキタキツネが遠くでじっと見ていた。


 幸せ気分でお茶を啜っている私たちの元に鍋を持参した来客が何組も訪れる。お肉を貰いに来たご近所さんだ。三谷さんが手を真っ赤にして洗った内臓が大人気。もつ鍋にするそうな。内臓はすぐに、肉は冷蔵庫で数日おいてから食べるそうだ。うま味成分のアミノ酸が増加するとか。なるほど、熟成ね。ヒグマはなかなかの食通だ。

 ご近所さんの畑や農場に出る鹿を撃ってくれと頼まれて優さんは出かけた。

 私は来た人相手に情報収集。鹿の食害で大損害を被っていると皆が口を揃える。電気柵は有効だけど、張り巡らす範囲が広すぎて現実には難しいという。地方公共団体の支援は金額が少ないので足りず、農協や銀行も貸し倒れを畏れる金額なので厳しいそうだ。結果、銃での駆除に頼っている。

 彼等は何故銃を手にしないのだろう。聞いてみよう。

 警察が五月蠅いし、それに鉄砲を撃つにも解体するにもその暇がないと首を横に振られた。そうですか。

 優さんがもどった時には辺りは真っ暗。元気のない彼はすぐに風呂に案内される。

 皆が風呂を済ませてからもつ鍋で宴会が始まった。笑顔が戻った彼が盛り上げる。何頭斃してきたのか、私も三谷夫婦も聞かなかった。彼はゴム手袋の箱を持って行かなかった。その理由は想像ができた。

 暖かい布団に潜り込んで私は黙考する。狩猟は様々な事に縛られる。法律は当然、自分の良心、信義にも、周囲の人々の期待にも。

 その一方、非道だと指弾される。居間で寝る彼はそれに耐えられるのか。いつか心の折れる日が来るのか。いや、既に折れ掛かっているのかも。


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