第10話 自称(元)セックスマシーン
ナイフとフォークを忙しく動かす私の横で、祥子は微笑みっぱなしだ。うん、この男はよさげだぞ。残暑衰えぬ中スーツを着て訪問したが、正直安心した。
そしてこいつの作った料理マジ美味い。銀座のジビエレストランで食べたのと遜色ない。いや、気取らずに済む分、マッシーの料理の方が美味しいかも。
おや、タルトまで。至れり尽くせりですね。私を餌付けて外堀埋める気か? 遠慮せずにもらいますけども。あ、もちっと大胆に大きくカットして!
タクシーの車中で作戦は立案済みだ。口を軽くするために、途中でビールをしこたま買い込んだ。私が祥子を護らなければ。祥子は慎重だ。多分。いや、ちょっと怪しいかも。でも最初から女を騙す男もいる。それに営業経験者だ。口八丁手八丁腰カクカクでも全く不思議じゃない。だから私がしっかり査定せねば!
第一印象は合格。玄関で「あなたが祥子の救世主、守護天使の優さんですね」と私はかました。そレに対するリアクション。彼は自分の顎を一本指で示して「いや、これはただのおっさんです。救世主とかは雲の上」と。そしてその目も笑っていた。顔の筋肉が笑っても眼に感情を出さない奴は危険だ。こいつは私と似たもの同士かもしれない。となると、私は万が一にも妙な気は起こさない。自分と似たような存在には、気が合うにしても惹かれない。意外性がないからな。
となれば祥子が彼に惹かれるのも解る。祥子が私を頼ってくれるのは自分と違う思考をする希有な存在だからだ。それに私は祥子を一度たりとも裏切ったことはない。私が祥子を大事に思うのは以下略。
彼は今もキッチンで料理を続けている。飲み会も了承してくれたわけだ。しめしめ、では作戦続行。
「ご馳走様でした。手伝いますよ」
皿を流しに置くと彼は気軽に手を振った。直ぐ出来るから寛いで? よしよし。
「そうしたいんですけど、スーツだとね。何か貸してくれません?」
彼が手にする菜箸が止まった。微笑んで見せる私を自然な眼で見、頷く。
「サイズ合わなくても着れる服、用意するよ。少しの間、火を見ていて。跳ねないから汚れないはず」
お安いご用。
鼻歌交じりで菜箸を動かす私に祥子も参加した。洗い物を始める。が、何か言いたそうだ。
祥子が口を開く前に彼が降りてきた。
「綿シャツと短パン、二セット用意したよ。二階に上って左のドアね」
ふむ? シャツの裾を外に出してどきどきさせろと? よかろう、乗ってやる。
菜箸を彼に返し、祥子を引きずるようにして指示されたドアを開けた。
おお、ハンガーまで用意してくれたよ。これは高ポイント。
「祥子、今夜泊まっちゃおうぜ」
だぶだぶのシャツの袖をめくる祥子が非難めいた目で私を見る。
「図々しすぎだよ」
「何を言う。一人寂しく夜を過ごす三人の互助活動だ。それに祥子だってもっと知りたいだろ?」
顔を赤らめた祥子に調子づき、彼女のボタンを三つ外したら怒られた。乙女だねえ。
おい。第一ボタンは外せ。暑苦しい!
ビールのグラスを鳴らし、飲み会の部が始まった。彼はグラスを抱えてキッチンに戻る。テーブルの上には私が買ってきたツマミが皿に載っている。
「こんな大きな家で、ずっと一人暮らしか。寂しいでしょ」
私の脇腹を祥子がこづいた。
「失礼だよ」
単刀直入が一番な時もあるんだよ。
「案外気楽だよ。掃除は手抜きしているけど文句言われないし」
キッチンから大声が返った。
「結婚しないの? 彼女いるんでしょ」
祥子が硬直する。やっぱり聞き出していなかったか。
「完全無欠のバツイチ独り身ですね」
「綺麗に整理整頓されているけど? うそだ、女の影がちらちらしてるって」
祥子の瞬きが急激に加速する。ほほう。
「こんなのと付き合う奇特な人がいるわきゃない。はい、熱いうちにどうぞ」
焼いた手羽先、ささがきにしたゴボウと茹でた蕎麦の素揚げ、油揚げをカリカリに焼いてから細切りネギを載せたものがテーブルにおかれた。素揚げには塩を振り、油揚にはポン酢醤油をかけて食べてと告げた彼はキッチンに戻る。有り難く箸を伸ばした。
「美味しい、凄くビールにあう!」
祥子が満面の笑みで騒ぐ。うん、ポン酢のもいけるよ。
「私もバツイチなんだ。付き合っているときのイメージが雲散霧消したって。大人しい
豪快に笑ってみせた私の横で祥子が溜息を吐いた。
「最初から涼音の地で付き合えばよかったんだよ。ネコ被るから」
「いやあ、皆から同じ事言われる。うん、失敗だった」
ちくりと私の胸が痛んだ。祥子には真実を言うべきだったかも。でも、機会を逸した。
「結婚してからが難しいよね。はい、エゾ鹿の塩タン焼けたよ」
おお、これまた美味しい。ビールが進む。鹿は牛の仲間だからね、と彼が教えてくれる。となると涎たらしながら反芻するのか? も~とかマヌケな声だしながら? いやあ、美味い。ほう、すりこぎで三十分以上べしべし叩いてからカットする?
いや、そんなことより作戦継続。
「祥子もバツイチなんだよ。あ、知ってるんだ。理由は聞いた? なら聞いてごらんよ。あれには絶句した。あんな美味しい話を私が言っちゃ勿体ない」
ほら、自分で言え。そうすれば彼も言い出しやすい。
「絶句ってオーバーな。よくある成田離婚だよ」
「いやいや、ぶっ飛んだ! 吃驚しすぎて、ご祝儀返せって言うの忘れたもん」
「落ち着いてから返したでしょ」
「ちっ、憶えていたか」
僅かに首を傾げつつ私たちの掛け合いが終わるのを舞っていた彼は。
「聞いていいなら?」
促されて渋々祥子は語り始めた。数回深呼吸した後でだが。
夫が実は真性のゲイだったという場面で、彼の手が一瞬止まった。自白書を作成させた場面で祥子は終わりにしたけれど、その後の事件は祥子には責任ないし。
「セックスが大嫌いだから淡泊な人を探したんだけど。男に抱かれたい奴だったとは。後で思い返せば思い当たる節はあったのね。なのにその可能性を考えなかった私が一番馬鹿。自分を笑うしかありません」
ありゃ、釘まで……もしや、自分の気持を押さえるためか? どっちにせよ流そう。それには笑いが一番。よし。
「学園祭でミスターカレッジに選ばれたんだよ。バレンタインデーでは追い回されてたね。「祥子様、お待ちになって!」「私の真心を受け取って!」って」
マッシーが目を見張る。
「涼音、それって記憶汚染だよ!」
「今、ミスターって聞こえたような気がするんだけど」
祥子に睨まれた。まあ、任しとき。
「そ、R付き。その頃の祥子はすっぴんにショートヘア、ジーンズに革ジャンで大きいバイク乗り回していたんだよ。女子大だから目立ってね。ファンクラブまで結成されて、遠くからキャーとか歓声上がったり。祥子を狙う男も凄かったけど」
祥子の目に明白な攻撃色が。ああ、やっぱり凜々しい。
「思い出した。あのコンテストに私を引っ張り出したのは誰だっけ?」
「忘れた! さて、私は元旦那が祥子を選んだ理由を推理してみたわけ。解るかな、ワトソン君」
「何言ってるのか解らない」
「美女に見えるけれど実は美少年なんだと自分を騙した。そういいたいのかな、ホームズ卿は」
鋭い! もう髪の毛伸ばしていたけれど、女女してなかったからね。
「正解者に拍手! 元美少年にご褒美のビール注いでもらって」
私の二の腕を祥子がきつく握り締める。こら、痛い!
「涼音、ちょっと話が!」
何が不満だ。マッシーもお前の美を認めたぞ。お座り!
「人生いろいろだよ。まあ飲んで」
彼が祥子のグラスにビールを注ぐ。私のグラスも空なんですけどね。
「無理に自分を殺す事もないさ。不自然だ」
呟くように言った彼が私のグラスに気付いてくれた。祥子のついでだけどそれでよし。
「そう言ってもらえると凄く嬉しい。そうだよね、うん」
笑みを浮かべる祥子の横で私は内心頭を振った。あのクソ女! あ、ええと。
「マッシーがセックス嫌いな人に恋したらどうする? 我慢できないでしょ」
祥子の微笑みが一瞬で凍り付く。歯を食いしばった彼女に内心謝った。早めに知るべきだよ。
「セックスが全てじゃないよ。尊重して暮らせばいいさ。先に知っていたらね」
おっおっおっ! 本能を押し殺してそういうってことは。それはつまり!
グラスを一気に飲み干して彼を見る祥子の目付きに笑いをかみ殺し、グラスを満たしてやった。私に任せて飲め。
「マッシーもセックス嫌い? 嘘だ、そうは見えない。鼻筋が太い男はセックスも強い。コレが私の持論なの」
頬を掻きながら困惑の笑みを浮かべるマッシーを私は眼を細めて見詰める。いや、いい男だ。嫌みにならない程度に切れもある。気取った態度だったら評価は真逆になるけど。
「若い頃はセックスマシーンと呼ばれ……あー、自称だよ。見栄を張りたいお年頃ゆえ」
二人して咽せた。そりゃ他称だ!
「猿みたいな頃もあったからさ、耳が痛いよ。彼女も実際は嫌がっていたのかな」
過去を晒し、そして祥子を気遣った!
「彼女からも誘ったなら、彼女もセックスを楽しんでいたって事じゃん。どう?」
「大丈夫だ。よかった」
祥子から目に見えて生気が失せた。待てや、結論を急ぎすぎるんだよ、いつも。
「で、マッシーが我慢できるって言う根拠はなにさ」
「結婚後すぐにレスになってね。離婚するまで自分で済ませていりゃよかった」
なんだと!
「どういう意味だ、それ」
祥子が一瞬遅れて目を見開いた。
「離婚成立の前にね。ロクデナシなのさ」
彼は乱暴にグラスを呷った。私が注ぐとそれも一気に飲み干す。祥子の顔色は悪い。不倫と聞いたら、ショック大きいわな。中途半端は良くない。突撃。
「快楽目的で目新しい女を求めた?」
「違う。彼女と知り合う数年前から離婚しようとしていた」
きっぱりと首を振る彼。どういうことだろう。
「聞かせてよ」
「いいけど。でも片方の言い分だけじゃ一方的すぎないかな?」
「私も一方的に言いましたよ」
協議離婚の場じゃないんだから、と言いかけたが祥子の方が早かった。
「私も。いいじゃん」
私は誤魔化したけどさ。
「じゃあ簡単に。家庭が欲しかった。全て満たされなかったから別れた」
そんなんで納得出来るか。祥子だって……あれ、何か知っている顔だな。
「具体的に言いなよ」
「子供が欲しかった。手料理を食べたかった。俺も手伝うから掃除洗濯もして欲しかった。何年も話し合ったけど、折り合いが付かなかった」
あの、と祥子が口を挟んだ。
「それって、コンビニ弁当三年余って言っていたあれだよね」
小さく頷いた彼が朝食はなし、昼食は会社で取る仕出し弁当、そして夜は毎日コンビニ弁当だったとぼそぼそ語る。
本音で私は仰け反った。
「身体大丈夫だった?」
「疲れやすくなったね。あと苛立ちやすくなった。汗もかきやすくなって腹が出た。何かがおかしいと考えた結果、食事かなあと」
成人病だ、それ。
「それで自分で作り出した。最初は目刺しを焼いて味噌汁作るのが精一杯でね。でも自分で作った食事を食べはじめたら、身体の調子も好転したよ」
「たいしたもんだよ、今じゃ私より料理上手だ。祥子とタイかな」
「あんなに手早く出来ないよ。料理はいつから?」
「別居する二年くらい前から」
「猟でとった獲物はどうしたの」
「獲物を家に持って帰れなくてね。気持ち悪いから厭だって。だからここ、実家で親と食べていたよ。塩胡椒とか照り焼き程度でも美味しいから」
家事全般をやらなくて、子供も拒否。でも離婚は拒む……もしや。
「奥さん、仕事していた?」
肯定が返った。なるほどな。
「きっと家事全般が出来なかったんだ。その逃げ道が仕事。だから子供は徹底して拒否した。だからセックスも拒否。離婚まで時間が掛かったのは、彼女が自分の世間体を考えたから。まあ私の山勘だけどさ」
語る私を彼の目が鋭く見ていた。口を閉じたら普通に戻ったけど、どきりとした。
「なのかなあ。まあ話一割で聞いといてね」
溜息を吐いた祥子が何か呟く。私は気付いた。マッシーは嘘をついてはいない。でも鎧で心を覆っている。
家の中は綺麗に整頓されている。借りた服もきっちりアイロン掛けされて畳まれていた。もしかして祥子の元旦那と同様に、自分の世間体のために彼を選んだのでは。でも奴と違って、マッシーは家庭を求めていた。早晩駄目になるのになぜ……まあ、過去の話だな。
「今は体調万全なんでしょ。あっちはどう処理してんの?」
「したい相手がいないからしない。むらっとしたら自己完結でミッションコンプリート」
あんたは軍隊か!
「人肌が恋しいだろ。正直に言っちゃえ」
祥子が狼狽している。が、ここは突撃あるのみ!
「恋人とじゃなきゃいやだ。でも恋人はいない。よって一人で済ませりゃ世界は平和。おお、なんと適当な三段論法。百点頂戴」
思わず吹いた。
「ほい、ご褒美のビール。セックスフレンドは?」
「嫌だ。不倫より酷い。いや……それは自己擁護だね」
気に入った! 呑め!
「その不倫した彼女はどういう立場よ」
「仕事が縁で知り合った。その後旦那の家庭内暴力が原因で、実家に退避したんだよ。家裁で接近禁止と離婚訴訟の真っ最中に心を通わせて。初めて抱いた時、彼女は自由になっていた」
DVか。やだなあ。
「今は自分でしこしこ済ませているわけね」
ビールを飲んでいた祥子が咽せる。彼は平然と。
「そうそう、それで十分。十分もかからないし」
「勿体ない! 私がやったげようか? あ、手だけなんていわないよ」
笑顔の裏で彼をじっくり観察する。お黙り、祥子。
「涼音さんは俺の恋人じゃないしー。今は罪を悔いて、神に媚びる清らかっぽい生活を送ってるしー。アーメン」
芝居っ気たっぷりに胸の前で十字を切る彼。でも左手にはグラス、唇には煙草。無邪気に笑う彼に私達も笑ってしまう。
「くっそー、私を振るとはいい度胸だ! 呑め、エセ神父!」
表面上私も祥子も明るく彼と乾杯する。こいつ、存外大穴かも。
「その彼女さんとは?」
どさくさ紛れか、祥子が質問した。でも心中の思いを隠せてはいない。問われた彼は一瞬にして笑顔を消した。
「彼女から俺の離婚成立までは、って言われてメールだけになった。離婚をメールで報告した次の日、別れを告げられた。予感はあった……受け入れたよ」
見届けたんだ、その人。ある意味酷な……心の支えになろうとしていたのかな。
「どのくらいの期間逢わなかったの」
「二年半。別れて……もう四年経っちゃった」
そんなに?
「おいおい、六年強もセックスマシーンが我慢できるかよ」
「元だってば。結婚してから五年近くレスだったから、なんてことないよ」
「湿布、今度差し入れるよ」
「腱鞘炎? いえいえ。鍛えておりますれば、厚意のみ有り難く」
お前、おい。力こぶやめい! にしても凄いな。
「パソコン見てもいい? 隠しフォルダに動画や画像がぎっしりだろ」
「事務所と寝室に一台ずつあるよ。どうぞ?」
「馬鹿な! そんな男がいるわけがない、いちゃいけないんだ! 絶対女がいる!」
からからと笑う彼は自分を一本指で示す。オーバーアクションで髪の毛を掻き毟る私の横で笑う祥子が無性に可愛く思えた。
よっしゃ、寝室がさ入れしてやる。彼は何を思って一人でするんだろう。前カノかもな。でも祥子に惹かれているのは間違いない。そう感じる。まあ寝室に答えがあるだろう。CSIのファンが調査してやる。
「健康的な男の臭いはぷんぷんするのに。ベッドにも洗面所そして風呂場にも女の痕跡は皆無。ガムテープまで使ったのに! ううむ、解せぬ」
枕カバー代わりのバスタオルを嗅ぎながら首を傾げて見せる。シャンプー類の香りそして僅かな汗と皮脂が香るが、コロンや柔軟剤の強烈な臭いはない。女受けを良くしたいと皆使うのに何故。聞いたとおり気取らない男だから、飾らない生き方を選んだのか。
複雑な目で私を見る祥子の顔面に、強奪したバスタオルを押しつけた。ほれ、こいつはマジにシングルらしいぞ。
私の暴挙を咎める祥子だが、どこか嬉しげだ。そして畳んだタオルを膝の上で撫でさすっている。テーブルに邪魔されて彼からは見えないが、私にはな。
「おーい警察犬。どうよ、信じてくれたかあ」
「宣言したらな。『過去の栄光、元セックスマシーンここにあり!』って看板だせ」
「勘弁してや。この近隣の性犯罪、全部俺が引っ被るじゃんか」
「祥子の下着を盗んだのはお前だ! ネタぁ上がってんだよ!」
彼の表情に笑いそうになる。臨機応変ノリ度はどうかな。これは個人的興味だ。
「ほら、親子丼だ。温かいうちに食え」
ほら、食いつけ! 定番のカツ丼なんて選択しないぜ。祥子、口を閉じろ。
「そうか、美味いか。親子って言えば、お前のお袋さん天国で泣いているぞ。心配させちゃ駄目だ。な、真人間になれよ」
彼が居住まいを正した。お?
「お袋が……刑事さん、済みません。あの人の肌に触れていたものがどうしても、ってなあ! どうせカネ出すなら鰻重特上肝吸い付き、これ見よがしに食ったるわ!」
いい、こいつ面白い! でも代金払うってなんさ?
「容疑者は当然として、参考人にも絶対に奢らないんだってさ。捜査に協力するのが参考人だぜ? 呼びつけといてけちな連中だよ」
「マジ? ってか何でそんな事知ってる。もしかして前科持ちか!」
「ちゃうちゃう、生活安全課で聞いたんだ、銃の手続きで顔出したときにね」
それって素行不良なガキ共とかの相手をする部署じゃなかったっけ? いや、それよりも大事な問題が!
「人情味溢れる落とし役の刑事さんは虚構だったとお! ざけんな! 私の純情、利子付で返せ!」
本気でテーブルを叩いた私に、彼はにやりと笑った。
「五十年定期解約ですね。おお、すごい利子ですよ」
「いぇい、利子はトイチで! って、誰が五十だ。顔貸せや!」
テーブルを二度叩くと、祥子も彼も腹を抱えて笑い転げる。
彼より少し早く立ち直った祥子が涙を拭う。その手の陰に影を見た。不倫を気にしているんだろうな。法律上は不倫だけど……でもねえ。
「祥子さん、さっきの話だけど。救いもあったんじゃないのかな」
「ええと、どういう?」
「子供が生まれた後で旦那がホモだと判明したら、子供も深い傷を負う。それは最悪だよ」
「そうだね! 有り難う。あの、出来たら呼び捨てで呼んで欲しいんだけど」
「え、名前を?」
祥子の顔がどんどん染まっていく。ほーらマッシー、絶滅危惧種の乙女だぞ!
「私もその方がいい! あ、涼音様、祥子様でもいいけど」
ほれ、援護射撃してやるわ。
「呼び捨ては抵抗あるよ。俺、女王様趣味もないし」
思わず祥子と目を見合わせた。鞭振るう趣味はない。んじゃ落とし処はと。
「ならさ、私はスズ、祥子はチコでどう」
「うん。じゃあそれでいいかな」
そうか、嬉しいか祥子。お前、まるで中学生みたいだぞ……。
「何にやにやしてんの、ほれ乾杯!」
頑張れ。私は声援しか出来ないけどさ。
「もっと飲もうよ。あ、今夜私たち泊っていいよね」
「ドアに鍵かかるから、安心して飲みなされ」
軽く祥子の脚を蹴った。目で問う彼女に嗤いを返す。
「マッシー、自分が襲われる可能性考えなよ」
「おお、神よ! 我が童貞をお守り──」
「お黙り、元セックスマシーン!」
「過去の栄光よ、さらば! よろしく、清らかな日々よ!」
腹を押さえて笑う祥子に私も和した。彼の目に哀しみをみた上で。
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