第8話 アラサー女子中学生
「作ったな、祥子」
唐揚げを頬張った私は箸を振って語り続ける祥子を遮った。
「当然自作だよ。お味は?」
「とっても美味しい、って違う! いいか、まずはその一。一人旅の美女が四匹の野獣に襲われたとな」
祥子の目にちらつく反感の炎。不憫な奴。母の呪いから逃れる術はないのか。
「涼音に言われるとむかつく!」
は?
「ぱっちり開いた大きくて形のよい目。つけまつげと誰もが思い込む長くてカールした睫。綺麗に波打つ艶やかなロングヘア。思わず触りたくなる顎と唇。鼻だってすっきりしているし、スリムなボディからはみ出すバストが重力に毅然と抗う様たるや。腰とヒップのラインなんてもう憧れ通り越して腹が立つ! 涼音みたいに生まれたかった!」
一気に言いきりおった。肺活量案外あるな。褒められて悪い気はしないけどね、わたしゃ祥子が羨ましいんだよ!
「認知に異常をきたしたね。ああ、暫く逢わない間に涼音の老化が加速度的──」
箸を丸づかみにした右拳を祥子の顔面に突きつけた。
「殴られたい? 刺されたい? コンボでも喜んで」
「ごめんなさい」
うむ。素直だから好き。
「続きだ。窮地の祥子を助けた正義の味方マッシーは、前日偶然会ったガイドさん。その二、あんたが海に叩き込んだ人で」
あきれ顔の祥子に向けて指を折る。
「三、夕陽を二人きりで見た。四、連絡先も教えずに走り去った。以上私の要約に訂正は?」
「ありません。あ、ご飯も奢ってくれた。二人で半分こしたんだよ」
「があ! 男嫌いの祥子が間接ディープキスだあ?! トドメに結構かっこよくて身体もがっちり、性格はスッキリさっぱり独身彼女なし? んな奴がいてたまるかつーのっ! これが作り話でないなら、世の中の小説や映画全部ひっくるめて現実になっちまう。コンビニで買い物したゾンビがクジが当たりだと踊り出し、サマーフェスでリードギター弾きまくるエイリアンが大歓声浴びるわっ!」
テーブルを平手打ちした私は喘ぎながら缶ビールを一気飲み。ええい、肺活量負けた。ちぇっ、ホントに老いてるのかな。
「例えが解りません! でありますが誓って全て事実であります、サー!」
おちゃらけた敬礼をする祥子をまじまじと見る。まだ言い張るか。って私は女だ。
「あ。いえす、まあむ……だっけ?」
招き猫かよ!
「よーし、上等だ。証拠を出せ。写真くらいあるよね」
祥子がふるふると擬音を伴いそうな頭を振ってみせた。
「写真撮るなんて私にできると思う? でもどこの誰かは調べたもん」
言い分はもっともだな。でもな。
「なに座り込んでんの! 動け動け動け!」
鬼軍曹と化した私の号令で祥子が仕事部屋に走る。冷蔵庫から新しいビールを取り出した私も後を追った。
「探す振りはもういいよ」
焦った顔で机の上を掻き回す祥子を挑発する。どうもマジらしい。
「あるよ! 名前もわからなかったから、編集部経由で調べてね」
「フルネームも住所も電話もメルアドも教えて貰わなかったのに?」
「下の名前と人食いヒグマ退治くらいしか。名刺交換したかったけど出来なくて」
呷ったビールを噴き出しそうになった。あの祥子がなんと! 無理矢理飲み込み、ゲップと共に首を振る。
「下心のない好青年マッシー。おう、アンビリーバボー」
「ううん、三十代半ばくらい……あった、これ!」
彼女が差し出したクリアファイルを奪い取り、会社案内を流し読みする。次に見た新聞記事に私の目は釘付けになった。なんじゃこれ。
「マッシーの身長を具体的に」
「うーん、百八十にちょっと欠けるくらいかな。でも肩幅も胸板も凄いからもっと大きくみえた。すごく革ジャンが似合うんだよね」
思わず口笛を吹いた。つーことはだ。こりゃでかい! 体重三百八十の雄。クレーンで直立バンザイ姿勢にしたヒグマを物静かな目で見る男。こんなのに襲われたら普通漏らすわ! 私ならそれプラス失神する自信がある。いや、心臓麻痺で死ぬるわっ。
そしてもう一つ。男らしさとかを忌避していた祥子が! なんたることかっ!
「やったね、隕石が地球に激突する日がきてもモーゼが二つに割ってくれるわ。ハレルヤ! 鉱山技師よりお手軽確実だ」
私の軽口に笑顔で応える祥子にまたも驚くが。
「元自動車ディーラーの営業職。現在、自分で興した会社の社長。記載されている内容に怪しい点はないよ。許認可番号はよく解んね。でも古物商登録もしているし、会社案内も要点押さえてる」
勘がいい涼音がいうなら安心だと笑う彼女に、私は顔の笑みと違う笑いを内心で轟かせた。そうさ、私は自分以外のことには勘がいい。荒削りだけど肩幅も胸板もがっちり、確かにいい男。微笑んだらもっといい男だろうな。ほうほう、男嫌いの祥子がねえ。いやあ、長生きはするもんだ。
ダイニングに戻って聴取再開。
「さて、祥子はずっとこの人絡みで話し続けた。その理由は?」
新聞記事をヒラヒラさせる私に祥子は目を瞬いた。
「三泊四日で行動共にしたし、凄く知識が豊富でいい人なんだよ」
「知床、襲撃だから二泊三日だろ。やっぱ認知に――」
「ううん、連泊で次の日一緒に登山したんだ。それにお風呂も一緒に露天で。あ、でも夜だったし明かりなかったし!」
なにい……こいつが? まじミラクル!
「そこんとこ、もっと詳細に!」
テーブルを挟んでのしかかった私に、祥子は仰け反った。さあ、吐け。
なんだよ、他のもいたの。無邪気に私を見る祥子に溜息を吐いた。ですよねえ。
まあ、臆病で男嫌いなあんたにしては頑張った。マッシーに惹かれる気持を誤魔化しているのかね。恋に憧れて裏切られ、挙句にホモに欺された奴だから単純にはいかないよな。でも吊り橋効果だと不味い。こいつは一過性の恋なんて求めちゃいない絶滅危惧種。お節介を焼くのが私の役目だな。
「くっそー、はしご外すなよ。で、気になるわけだ」
「うん。バランスよく物事を見れる人と感じたんだ。私の仕事にいいヒントがあったはずと彼の話を思い返しているんだけど、悲しいかな思い出せない」
「仕事絡みパーフェクかい」
冷蔵庫から新しいのを取り出して一本渡す。さあ、どんどん飲んでリビドーを開放したまえよ、さっちん。ちょいと突いてみようかね。
「ハンターの意見なら、猟友会とかいう団体に聞けば?」
「それも考えた。でも駄目だな。私のお父さん釣好きだったでしょ。でも今日は沢山釣れたとか、この魚が美味いんだとかそんなのばっかり。それと道具自慢。知識が偏ってると、私の仕事には邪魔なだけなんだよね」
いやいや、組織は様々な人の集合体。絶対適した人がいる。つまり祥子はマッシーでなきゃ駄目だと宣言しやがった。
ま、当の本人がそれに気付いていないのも事実だけどな。
「なるほど。祥子の言いたいことは感じたよ」
「レコーダー忘れた私が馬鹿だった。何としても思い出さなきゃ」
じっと祥子を見詰める。この自虐は言い訳だ。お前のスマホはボイスレコーダー機能付いてるぞ。頭が回らなかったわけで、それはつまり……ほほう。
「大丈夫、きっと思い出すよ。祥子にはできるって」
「だといいんだけど。不完全な記事書いたら私お終いだよ」
不安なんだよね。マッシーの私生活は海賊情報だけだし。最初は疑り深いくらいでいいんだよ。大失敗をした私だから……私の相談は今度にしよう。今夜は絶対駄目だ。ほんとはそれが目的だったんだけども。
「思い出したらさ、祥子の考察を深化させて、それからマッシーの意見を聞く。いい記事になるよ、絶対」
でも思い出さなくちゃ無理だから、と天井を睨む祥子の頬を突く。私も思い出した。
「話変わるぞ。祥子は中学から小説と脚本書いたんだよね。何故止めたのさ?」
「涼音は高等部からだっけ。ずっと一緒にいたから忘れてた」
お嬢様学校には苦労したよ。おかげで猫の被り方を一〇通りほどマスターした。それが今仕事にとても役立っているのが笑える。
「思い出させないでよ。身内受け小説が精一杯だったし」
「そうかなあ、私は面白かったよ。演じてみせようか」
あんた演劇部だったっけ、と首を傾げた祥子に笑った。
「私は軽音楽部だよ。中等部の分も伝で借りたんだ」
私もあんたと同じでファンが多かったからね。
「もう過去の話だよ」
「いやいや、去年の学園祭でやってた。観客総立ち! 生徒は感極まって泣いてたよ。保護者にもちらほら」
愕然とした祥子に思わず笑う。なんだ、その反応。
「私の大好きな話だったから懐かしくなって、演劇部のパシリ捕まえたのさ。そしたら部長まで出てきてね。あれは打ちあげ費用のカンパより、原作者の友達だってのが効いたんだろうな」
開いたままの祥子の唇から妙な音が。そう、踏みつぶされるカエルの断末魔のような音が出た。その目は虚ろ。なんだ?
「中高両方でデーターベースを共有して、被らないように選んでいるって。古典は都大会だけで、文化祭の公演は祥子のでやるのが伝統なんだってよ。部長が両手をこんなふうに捻り合わせて、翠川先輩によろしくお伝えくださいって目を潤ませて言ってた。ありゃ新作を依頼する腹積りだな。部員の目を見りゃわかるよ。忘れてたけど伝えたからね」
「何てことを!」
テーブルに両肘突いて頭を抱えた祥子が呻く。
「小説には作者の薄汚い欲望と願望が現れているって母に言われて書けなくなったんだよ。大学だって転科を考えた。学園祭の招待状もシカトし続けて、漸く途絶えてほっとしていたのに。ヤバいって! まさかあんた、私の居所を」
面を上げた祥子の眼差しに私はたじろいだ。誤魔化したら殺されそうだ。
「記憶がちょっと曖昧なんだけど……実家に居るって言っちゃったような」
「最悪だ! ああ、どうしよう」
綺麗なストレートヘアを祥子が掻き毟る。人に言われたことを素直に受け止めて反省するのは大事だけど、あの人の言葉は呪いだぜ……気付かれない様に私は溜息を漏らした。
「私なら感涙にむせぶよ。ああ、私は後輩に希望を与えているってさ。不朽の名作を遺した翠川祥子の新作発表は文化祭にて!」
「引っ越しだ! 涼音、責任とれよ! 私を匿え!」
いやあ、今は不味い。煽りすぎたな、さらりと話を逸らそう。
「あいな、私んちにおいで。さて、今回の北海道ツーリングはとても面白かったわけだ。自然と出会い、どこまでものびる真っ直ぐな道、すれ違うライダーが交わすピースサイン、恐怖とその後の開放感! 青空高く舞う白頭鷲! いいね、実にいい!」
「オジロワシ! ちくしょ、演劇部と交渉して全部引き上げて破棄してやる。いや、逆にとっ捕まって書かされるか。でも書いたのは私だ。処理する権利は私にある。部室の場所は変わっていないだろう。夜忍び込んで全部シュレッドと削除。いや、データー復活……そうだ、電気ドリルでハードディスクを!」
おいおい、別のに捕まるって。
「でも女子校だから変態に備えて警備は厳重か。それにサーバーにアップされていたら意味ない……校舎毎燃やすか! どうせ保険……いや、駄目だ。それは絶対駄目! でも。ああ、どうしよう! なんで私ばっかり!」
やばい。話を逸らさないと。よし、あの手だ。
「ずっと羨ましかったんだよ。ここんとこストレス溜まりまくりでね。気分転換に迫られて思いついたよ北海道。思い立ったらすぐ行動! これ見てよ、すごいだろ……祥子? おーい、戻ってこーい」
「サーバーをぶっ潰すには……そうだ、スプリンクラーをライターで炙れば! たしかあれは連動するから、磁気資料も紙資料も全部纏めてゴミになる!」
「おい、見ろってば!」
顔を覆って呟き続ける祥子の頭をカードで小突く。
「駄目だ、バックアップされてるよ。ああもう、うっさいなあ。誰のせいよ!」
顔を上げた祥子が思いきり仰け反る。私は手を伸ばして追尾した。ほれほれ。
「へっへい! 大型自動二輪だぞ、排気量無制限!」
奪い取った祥子がまじまじと見る。どーよ!
偽造だって? 失礼な!
「一本橋が苦手だったけど、十三時間しかオーバーしなかった。バイクも発注したよ、CB一一〇〇。祥子のを見て一目惚れ。あ、色は違うからいいよね。待ってろ、北海道!」
苦労した。一本橋が長かった。スラロームではパイロンをなぎ倒したい衝動に駆られ続けた。コケる度に外周を押して歩かされた! 〇ったれサド教官め、呪われよ! 何度辞めようと思ったか!
でも祥子と一緒に走りたかったから我慢した。本当はCBに乗って訪問して祥子を驚かせたかったんだけど、まあしょうがない。地雷を踏んだのは私。
「男が五月蠅くつきまとうよ? 考え直そうね」
ああ、教習所でもそうだった。不倫狙いから童貞卒業希望までオールラインナップ。相手にしなきゃいいんだよ。それに。
「獣ぶっ飛ばした祥子がいれば大丈夫。一緒に行こうよ。うんうん、ありがとう我が友よ! 食い放題呑み放題、胃袋と肝臓が試される大地北海道ツーリング来年決行! ウコンパワーと太田胃散が頼りだ!!」
あれ、祥子がまた頭を抱えた。
「勘弁してよ、涼音。大変なことになる」
なんだ? 何とか翻意させようという目付きだけど。
「親友と一生の思い出作りしたい。その私の純粋無垢な願いを無碍に拒否るん? 酷い、ひどいよ。祥子のほうが美人でスタイルいいのに。いつからそんなに性格歪んじゃったの。出会った頃の素直で純情可憐な祥子に戻って! ねえ、祥子!」
祥子が握る缶が厭な音と共に潰れた。
「読者モデルやっていたあんたに言われるとマジむかつく。明日の朝一番で眼科に行くぞ。私が付き添ってやる」
よかった。嫌われているわけじゃなさそうだ。北海道が不味いのか? 前は一緒に行こう、レンタカーで廻ろうってって五月蠅く言っていたのに。
「明日は土曜日。休診だぎゃな~~~よ」
言葉に詰まった祥子がビールを呷る。飲み難いだろ、それ。
えーと。以前と変わった点……マッシーか。
「あんた狙いの男こそ掃いて捨てるほど程いたし。あんたの情報欲しくて私に近づいた奴等もいたぞ。祥子の美的感覚、前から疑問だね。さて、本題に入ろう」
そんな目で睨むなよ。あんたの母親を非難したいよ。でもそれはしちゃいけないし。
「祥子の体験を元にして小説書きなよ。きっと面白いよ」
「書きません」
「勿体ない! じゃあ私がプロット作るから書け」
目を瞬いた祥子に笑った。私だってそのくらい知ってるし。
「祥子に刺激されて幾つか書いたんだ。祥子のすごさが解ったよ。あんたは巨匠だ!」
「飲み過ぎたね。熱いお茶いれるよ」
私の手からビール缶を抜き取ろうとする彼女に空き皿を押しつけた。
「まだ酔っていないしもっと飲む。新人賞にも応募したんよ、勢いで」
「えっ? 実はもうデビューしてるとか」
皿を手にしたまま祥子は椅子に腰を落とした。
「三年連続一次落ちで諦めた。でもイメージがむらむら湧いてきたよ。18禁エンタメ系ミステリーだな。そう、船でマッシーと一緒に毛布にくるまった肉食女を殺す。祥子を押しのけて抱きつくとは許せん。相手は祥子だぞ、身の程知らずが!」
ほう、今度は怒らずに当惑している。なるほど成る程。
「先に登ったあんた達を追いかけて肉食女もオロンコ岩に。あんた達はなにも知らずに散歩して、夕日に染まりながらキスを交わす。あなたを見たとき、運命を感じたの。俺もさ。君が俺を変える予感がしたんだとか臭い台詞をわざと入れる。でもその二人の遙か下で肉食女は墜死して、ハンバーグの材料になっていた!」
あらま、笑い始めたよ。あんたも結構黒い。
「そんなこと知らんがねでその晩愛を交わした二人は一緒に旅立つ。でも警察は二人を重要参考人として手配。そうと知った二人は追っ手を振り払いつつ真犯人を捜す! 犯人は肉食女をどこぞで見初めて追いかけてきたオタク男とその仲間! いや、オタクに悪いか。んじゃ絶滅危惧種と聞くヒッチハイカーかな。あ、鉄道オタは顰蹙種族だと聞くからそれもいいか」
「うん、おもしろそう。出来たら読ませてね」
「はえ? 私が書くの?」
「他に誰が書くんだね、涼音先生」
「無理だよ、一次落ちだよ? 私は祥子が書いた小説を読みたいの。ねえ、書いてよ。師匠、お願いしますよ……ああ、私はなんて可哀想な乙女なんだ! 男に裏切られ、そして祥子に見捨てられ! ブラックホールに吸い込まれる如き絶望感! 重力地平の彼方で叫んでみても、その声は誰にも届かない! あったりまえだ、声は所詮音速よ!」
呆れ笑いしつつも祥子は席を立ち、冷蔵庫から取り出した缶ビールを私の頬に押し当てた。よくできました! 封を切り大きく呷る。
「うめーっ! 書いてみなよ。書くうちに見えてくるものがあるかもよ」
はいはい、と缶ビールを持ち上げた彼女と乾杯する。マッシーを話題に加えたら機嫌がなおった。ではもうちょっと。
「この生ハムサラダすっごく美味しい。今度レシピ教えて……あ、そうだ」
盛大にサラダを頬張った私を祥子が見る。さて、表現に気を付けて。
「結構荒っぽいよね。人食いヒグマも退治したし獣共もたたき伏せたし。そういうの全然駄目だったのに、どうしたのさ」
「普段は静かで真面目な人なんだよ」
「うーん……納得するほどの情報じゃない」
祥子が顔を伏せた。彼女には見えないから、私も隠さず目を細める。
「実はね、ちょっと話を変えたんだ。彼と一緒になって抵抗したんじゃない。私、一人は投げ飛ばしたよ。でもその後よってたかって押し倒されて……」
缶ビールの底をテーブルに斜めに当てて回しながら話した祥子が沈黙した。ごめん、厳しい状況だったんだね。
「間に合ってよかったね……ほんとによかった」
「うん。一切触れない人なんだ、それがとても嬉しくて。登山や星空、お風呂で私の記憶を上書きしてくれようとしたのかなって」
声を殺してすすり泣きはじめた祥子に、ティッシュの箱を押しつけた。
暫くして、盛大に鼻をかんだ彼女が顔を上げる。ごめん。
「アドレス交換とかしなかった理由、それかもな。自分を見たら思い出すかもと心配してさ。いい奴だ。私も一度会ってみたい」
「涼音、恋しちゃうかもね。応援するよ」
警報が頭の中で鳴り響く。三十路間近で中学生みたいな……いや、そうだった。
「わたしゃ男はうんざりだ、いらね。祥子はどうなのさ」
私もバツイチ。そして最近思うところがあるんだよ。
「私は友達になりたいだけ」
盛大な溜息をついた私を彼女が訝しげに見る。
「マッシーを今迄の奴等と同一視してない? ありのままの彼を見てやりなよ」
「無理だって。私は、ほら……」
ああ、セックス嫌いだからって。それを考えるということはだな。
「信頼できるし、祥子の気持ちを考えるし。海賊情報ではシングル、彼女なし。なんで頭から拒否すんのさ」
「友達になれればそれでいい。それが願いなんだよ」
よし! その気持があれば。
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