凶暴な熊さん.1
††
「ちぃィッ!」
分厚い剣が翻り、再びロックスの剣が人影を斬りつけた。
「うひゃっ!」
剣が人影の近くを掠めると、また女の声が響く。同時に夜目にも鮮やかな茶色の髪の毛が揺れた。
──人間の女か!
相手を女と認識するが、そもそも敵対する相手を男女で区別するほど甘くはない。相手が誰であろうと敵対するならば全力で潰す。
それ以上に背筋をゾクリとさせるほどの闘気が伝わってくる。これほどの闘気を纏って居るのであれば、それこそ手の抜き用など無い。全力で掛からねば自分がやられかねなかった。
ナイフと剣がぶつかり合い火花が散り、鍔迫り合いの音が響く。その度に短い刃から斬撃が飛び、周囲を囲むウルフやコボルドが戦いのとばっちりを受けて悲鳴を上げていった。
「あんなナイフで俺の剣を受けるとは……」
茶髪の女は鈍く赤っぽい銀色に光るナイフを手に、ロックスの振り回す幅広の長剣を軽々と受け止め続けている。
激しく打ち鳴らされる金属音、女の身体が翻ったかと思うと地面に着地して身体を一回転させ、傍にいたブラックウルフを蹴り飛ばし、さらにコボルドを斬り殺し、ロックスの剣撃を受け止める。
ギャキンッ
振り下ろされた豪剣が弾き飛ばされ、ロックスがよろけた。同時に女は地を蹴りロックスに迫る。しかし弾き飛ばされた力を利用し、ロックスもまた身体を回転させると遠心力を付けた鋭い剣撃が迫る。
「剛斬覇─弐ノ形」
目に止まらぬ程の速度で繰り出された剣が、女を襲った。A級以上の武術スキル持ちでなければ、認識することも難しい超高速の斬撃を生む剣技である。
しかし女の持つナイフが煌めくと、瞬速の剣をあっさりと受け止める。しかし直ぐ様次の太刀が女を襲っていく。二度三度、左右から上下から、幾度と無く瞬速の剣が女を斬りつける。
だが瞬速の剣が何度も何度も斬りつけるが、女はそれらを尽く受け止め弾き返し続けた。
「な、なんてやつだ!」
キィンッと耳障りな金属音が立て続けに鳴り響き、ニ人が間合いを取るように離れた。距離にして三メートル程。大した間合いではない。ロックスからしてみれば、踏み出した瞬間に相手を斬り捨てられる最低限の間合いだ。
相手もまた自分と同じ程度の剣術スキルを持っていると思われる。しかし剣の長さはロックスに分がある。
ロックスの剣、剛斬灰塵剣は長さ一二〇センチの長剣であり、相手は僅か二〇センチ程度のナイフだ。
剣の長さを考慮すれば、間合いを取る利は自分にあった。しかし相手の動きは侮れない。瞬時の踏み込みの早さは相手のほうが早い。何度か懐まで入り込まれ、きわどい瞬間があった。
相手がその気なら、既に殺されていても不思議ではない。そう、殺されていても不思議は無いのだ。
ロックスは此処に来て初めて考える余裕を持った。
──弄ばれているというのか?
女には何度かチャンスはあったのに、何故自分はこうして立っているのか。弄んでいるのか、それとも……
気が付くと周囲に居たはずのコボルドや魔獣の気配が消えている。
──逃げたか?
視線を僅かにずらして周囲を見れば、コボルドとウルフが地面に横たわり沈黙している。
ロックスは単に二人の剣撃に巻き込まれたかと思ったが、考えてみれば自分の剣は女との斬り合いに集中していて、コボルドやウルフを殺していない。最初に飛びかかってきた二匹は仕留めたが、それ以外には剣を振るっていない事を思いだす。。
──まさかこいつ
この女は自分と闘いながら、邪魔なものを優先的に排除したというのだろうか。それとも最初から亜獣人や魔獣しか眼中になかったとでも云うのか。
間合いを経て対峙する二人、女はナイフを逆手に持ち構えているが、不意に構えを解いた。
「──オジサン、だれ?」
鈴の音を転がすような可愛らしい声が響き、こちらの様子を伺うかのように尋ねてきた。
ナイフを構えていた手を下げ身体を半身にした女、人間族の為に正確な年齢は把握はできないが、見た目からしておそらく一七歳前後だろうか。
よく見れば人間の少女は紺色の布の服を着ているが、それは獣人であるロックスの知識には無い衣服である。
白いシャツに紺色の上着、下半身にはヒダの付いた紺色のやたらと短いスカートを履いている。
マリアンやリリアンの履いている足首までのスカートとは極端に違う物だ。
上着は前を開かれ、下に着た白いシャツはボタンがふたつほど外され、少女の胸の辺りまで開けられているため、その豊かな胸のせり上がりを強調していた。
腰はきゅっと締まり、スカートの丈は膝上二〇センチ程、そこからは魅惑的な脚が伸びて、膝から足首までは紺色の肌着のような物で覆っている──膝上二〇センチの絶対領域確保用魔改造プリーツスカート&ニーハイソックス。
さらには見たことも無い製法で作られた足首までを覆った、おそらくは革製の黒い滑らかな靴(標準学生靴魔改造ローヒールショートブーツバージョン)を履いているのだが、見たところは靴を除いて布製品であり、とても防御力は望めないだろう。
その証拠に今の戦闘で何箇所かの切り傷ができている。正確には布だけが切れているだけだが。
それは日本では普通に女子高生が着ている標準的なブレザーの冬服──魔改造は除く──にニーハイソックスなのだが、ロックスにとっては初めて見る衣装でもあった。
──あれは、人間族の服……なのか?
人間族は獣人とは異なる文化を持つのだから、ああしたデザインの衣装もあるのかもしれないが、獣人であるロックスにからは異質としか言えなかった。
「お前、誰だ?何故こんな場所にいる?何故俺に斬りかかった。」
剣の切っ先が少女に向けられた。
「ん?ん~~一度に聞かれると困るな?」
とぼけた様な声で質問に質問を返す相手に、どうにも気が抜けるロックスだが、相手は自分の剣に対等以上に打ち合える猛者だ。
ロックスは油断なく少女の動作を観察していく。
「では問おう、人間族のお前が何故この森にいる?」
ロックスは改めて慎重に言葉を選び、問いかけた。
「ん~なんかわからないけど、気がついたらこの森に居たの。向こうに村があるみたいだから、宿を探して歩いていただけ。」
「気がついたら……宿を探していただと?」
どうにも胡散臭い、それを嘘というのは簡単だ。
「そしたらさ~、なんかちびっこい人がいたから近づいたら、喚きながら襲いかかってくるし、狼けしかけてくるし。それにギャーギャー喚くだけで言葉通じないし、どう見ても人間じゃ無いし、仕方なく殺しちゃったけど、こいつらナンなの?オジサン知ってたら教えてよ?」
少女は傍に転がる獣の顔をした、獣人よりもさらに獣に近い小人を指さした。
「知らんのか?」
「うん、知らない。」
「そいつらは亜獣人、コボルドという種族だ。」
「コボルド?あ、それ聞いたことある。ファンタジーに出てくる数ばかり多いやられ役だよね。」
少女が破顔してしゃがみ込み、コボルドの死体をまじまじと見つめる。
「ふぁんたじぃ?」
「そっかぁ、よく見れば犬みたいな顔してて身体に獣毛はやして、そっか~そっか~」
なにかやたらと感心しているし、理由の解らない言葉を使うし、どうにもロックスは状況がつかめないでいる。
「襲ってきたんで殺しちゃったんだけど。でもヤラれ役のコボルドなら問題なし、と。」
「ま、まぁ、こいつらには俺たちも襲われるしな、稀に村までやってきて被害が出ることもあるしな。」
「そっか良かった、んであたしは
すっと立ち上がると屈託のない笑顔で尋ねてくる。
††
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