獣人と悪夢の森.3
††
瘴気が漂い茂みの奥から魔物達の気配を感じつつ、ロックスは警戒を高めながら森の奥へと進んでいく。
木々の合間からは時折ガサガサと音がして、夜行性の小型の魔獣が飛び出し、またどこかへと消えていく。
ああいう攻撃性の無い奴や弱い魔獣ならば、ロックスが放っている闘気にあてられすぐ逃げていく。だが、ある程度強い魔獣はそうは行かない。
例え『あいつ』でなくても、危険な魔獣は多い。
いくら獣人族が身体能力に優れていると言っても、多くの魔獣が一斉に襲いかかってくれば、いくらロックスと言えど無傷では済まないだろう。さらにそこに『あいつ』が来たら、それこそ目も当てられないのだ。
──やはり夜の森は避けたほうがよかったか?
辺りの不気味な気配に気圧されるかのように、今更ながらにロックスの心が萎え始めてくる。
もっともこんな森の奥だ、例え人間族や魔人族の斥候が徘徊していたとしても、奴らだって無事には済まないだろう。下手をすれば全滅することだって有るのだ。いや奴らはガプス大陸の地理に疎い、そもそもこの森の怖さを知らない。
『悪夢の森』の恐ろしさを。
既に森に入って一時間程も歩いただろうか。
正体の知れない魔物や、闘気を受けてもなお襲ってくる魔獣をいくつか処分し、だいぶ奥へと入り込んでいた。これ以上奥に入れば、『悪夢の森』の深淵に入り込んでしまいかねない。
そうなれば生きて森を出られる確率は、格段に低くなる。
──この辺りまで来ても何もおかしな気配は無い、か、あとは《高原》か……
特に周囲におかしな気配もない、これ以上進むのはさすがに危険であり、まして《高原》となれば、ロックスとて流石に一人で向かう気にはならない。
だいたい侵入者だったとしても、生半可な奴らでは《高原》に入り込むことすらできないはずだ。
それこそ一個大隊でもなければ、全滅の憂き目に会うだろう。そんな大軍がこの地に来ていたとすれば、村が無事で済むわけもない。そもそも先に村を襲ってきているはずである。
これ以上探るのも無意味だし危険だと判断し戻ろうかと考えた時、不気味な気配が辺りを包みこんできた。
瘴気が濃厚に漂い、辺りを妖気が包み込む。
「死霊……か」
途端にロックスが身構え剣の柄を掴んだ手に力が入り、さらに闘気が溢れだしていく。不気味な気配と妖気が濃厚となり、見つめる森の奥から何かが近づいてくる。
「来たか……」
剣を握る手に力が込められ、妖気が漂う方向へと注意を向ける。
「KYAKYOKYOKYOKYOKYAKYA……」
まるで鳥か蟲ような鳴き声を上げて、骸骨の怪物が現れた。
──ボーンイビルか……
ボロボロの鎧を纏い無骨な折れた剣をもった骸骨が、眼球のない目の奥から不気味な妖火を灯らせロックスを睨んでいる。
歯が抜け落ちて半分も無い口を、いや顎を開いて、声帯など無いはずなのに不気味な鳴き声を迸らせて居る。
「七匹、いや……」
視線の向こうには同じような様相の骸骨の怪物が七匹、さらにその奥にも数匹、暗い眼窩に光る妖火を向けている。
ロックスの手から迸る闘気が剣に流れ込んでいった。
「KYOKYOKYOKYOKYOKYOKYO……」
再び鳥の鳴き声のような奇声を絞り出すと、繁みから躍り出て斬りかかってきた。
「
流し込んだ闘気が《魔剣・剛斬灰塵剣》を光輝かせた。そして素早く剣が一振り振られると、斬撃が光の衝撃波となって迸りボーンイビルを薙ぎ払う。
わずか一太刀、十数匹はいたボーンイビル達は光の衝撃波に吹き飛ばされ、消滅してしまう。
「夜は死霊共も落ち着きがない……」
鎧袖一触のもとにボーンイビル達を片付けると、剣を鞘に戻してまた辺りへと気を配る。こんなザコだけなら何も問題はない。
しかし……
再び気を取り直して辺りを探ると、なんともおかしな気配を前方に感じた。
──なんだ、この気配……
頭の上の白い毛に覆われた丸い耳がピクピクと動き、鼻がひくひくと動いた。
気配を探り匂いを嗅ぐ。
周囲に漂う敵意と殺意を探り、獣並みの嗅覚が魔獣の匂いを探り、種類を特定していく。
「ウルフ系が数匹、それに亜獣人が十数匹といったところか。だがこの匂い、ふむ、人間か魔人か?」
森では嗅ぎ慣れた魔獣や亜獣人の匂い、だがそれに混じって漂う匂いは、今までおよそ感じたことのない、初めて嗅ぐ匂いだ。ロックスは緊張し再び闘気を高めていく。
ロックスの顔から汗が吹き出し始めた。
それは危機察知能力とでもいうのか、この繁みの向こう、前方六メートルほどの付近に、凄まじく危険な存在を感じていた。
「グロォォォォォォツ」
突然の猛獣の鳴き声が轟き、ロックスはびくっとした。思わず辺りを見回すが、よくよく確かめると、いま感じていた存在と同じ方向から聞こえた物だ。
茂みが音を立てる。
ガサガサと何かが移動する音だ。それも単体ではない、複数の移動を表す音が聞こえてくる。
方向は?
迷わず自分の方へと向かってきている。ロックスは剣を握り中段に構えて備えた。
自分に向い複数の気配が移動してきている。夜の森では亜獣人が跳梁闊歩し、また魔獣はより凶暴になる。その中に交じる人間か魔人の気配。それが敵意を持っているかどうかは解らないが、しかし複数が自分に向かって移動してくるのだ。
敵意以前に危険である。
相手の出方を待ってから判断する、そんな甘えた考え方は持っては居ない。殺されてからでは相手の真意は確認できないのだ。
森のルールはひとつ。自らが生き残る事。そのために敵対行為に該当する行動をとる者は全て斬って捨てる。それが森の掟でもある。
ロックスの身体を白く淡い光が包み込み、剣に闘気が宿っていく。
一際大きな葉擦れの音がし、茂みから複数の四足の魔獣が飛び出した。全身を焦茶色の獣毛で覆い、大きく
迫る魔獣に向けて剣が一閃し、横薙ぎに打ち払われた剣から衝撃波が青白い扇型となって放出された。
「ギャンっ!!!」「ギャインッッ!!」
飛びかかってきた二匹が悲鳴をあげ、地面に墜落した。しかし撃ち漏らした五匹の黒い影がロックスの周囲に降り立ち、さらに茂みから獣の顔をした背の低い亜獣人──コボルド──が飛び出した。
「ギャギャギャギャギャッ!」
簡易な防具と手にショートソードや棍棒をもち、耳障りな叫び声を上げ牙をむき出し、必死の形相でロックスに向かってくる。
「ちっ!」
勢い良く剣を振り、踊るように襲い掛かってきたコボルドを薙ぎ払い、先ほどのウルフよりも体格が良い黒いウルフに剣を向けた。
しかしウルフは剣を避けると、地面に降り立ちロックスと間合いを空けて唸り声を上げて威嚇してくる。
気がつけば周囲をコボルドとウルフに囲まれている。六匹のコボルドがギラギラとした目を投げつけ、五匹のウルフが牙をむき出し、唸り声を上げている。
体長一五〇センチ程の焦茶色のブラウンウルフがニ匹、残り三匹はブラウンウルフより二回り以上体格の良い黒色のブラックウルフだ。
「ブラックウルフ迄一緒か、厄介──」「きゃはははっ」
突然聞こえてくる笑い声。
ウルフを一瞥したロックスだが、もう一つの気配が迫るのを感じ、慌ててそちらに視線を向けた。
「なにっ!」
それは人影だった。ロックスは躊躇うこと無く問答無用で剣をふるう。この森で互いに認識もせずに躍りかかってくるということは、そういうことだ。村のものであれば誰もが知っている事、斬り捨てても誰も文句はいうことはない。
「
剣から衝撃波が迸り、踊り掛かる人影に向かう。
バシュッ!!
キラリと光る刃が一閃したかと思うと、ロックスの放った衝撃波が斬り裂かれた。同時にコボルドとウルフの悲鳴が聞こえた。
「斬撃か?」
一瞬何が起きたか解らなかったが、直ぐにそれが人影の放った斬撃であると理解した。相手の放った斬撃が、ロックスの背後から迫っていたウルフとコボルドを仕留めたようだ。
だがそんなことよりも自らの放った衝撃波を、あっさり霧散されたことに、そして目の前の敵が斬撃を飛ばせる程の使い手であると理解し、身体をぶるっと震わせた。
「やるなっ!」
口角を上げ太く長い牙の様な犬歯を剥き出しにすると、剣を構え直し人影に向けて上段から斬りつける。
ギャギャギャギャギィィィィィンッ
金属の軋む音が鳴り響き、夜の森に火花が散った。
ロックスの剛斬灰塵剣と人影の持つ剣というには短すぎる、長さニ〇センチ程のナイフが刃を打ち鳴らし火花と閃光を散らした。
「おおっ!でっかい剣だ!」
再び女の声が聞こえた。
††
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