獣人と悪夢の森.1
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ガプス大陸の北海に面した北の辺境には海沿いにノースショアの村がある。
三百戸ほどの集落からなり住民は七百人弱、漁業と農業、そして近くの森で取れる果物や魔獣を狩猟して暮らしている、一見すると長閑な村だ。
近くの森林から伐採した木で造ったであろう、ログハウスのような佇まいの中、家族が集まり食事をする団欒の部屋の中央には囲炉裏があり、薪がくべられ火が焚かれ、大きな鍋を煮込んでいた。
中には大粒の肉やざっくりと切られた魚、そして少なめの山菜が放り込まれ、ぐつぐつと煮立ち、辺りに美味しそうな匂いが立ち込めている。
その囲炉裏の傍には、蛮族風の衣服の男、簡素なあまり飾り気のない革製の衣服の女、そして五才位の少女が囲むように床に座っている。
「南で……アフラムの界峡が荒れているそうだな。」
蛮族風の衣装の男、いぶし銀のような面構えの白髪の中年男性が呟くように云う。
どこか戦士を思わせる精錬な容貌だが、普通と違う所と言えば頭の上に載っている白い毛の生えた白熊のような丸い耳を生やしているところか。それによく見れば、おしりの辺りからもふわふわとした白く短めの尻尾が生えている。
「そうみたいですね……」
向かいに座る女性が頷いた。
その女性もまた肩までの白髪を生やし、頭の上には丸い耳が生えている。さらに言えば男性と女性の間に座る幼女もまた、白髪にちょこんと丸い耳を生やしていた。
彼らは獣人族である。獣人族の特徴は頭に動物のような耳を持ち、尻に尻尾が生えていること。雄種は鼻の頭辺りが少し色が濃く、動物的でもある。
「パパ、あふらむって?」
獣人族の幼女──リリアンが首をかしげた。
「そうだな、とってもずっと遠い南の方にある場所なんだ。」
獣人族の父親──ロックスが顔を崩し笑顔で云う。
「へぇ~どんなところなの?」
リリアンが興味津々に聞いてくる。
「そうねぇ、年中とても暖かい所なのよ。」
獣人族の母親──マリアンがリリアンに優しく教えてくれる。
「わぁ、暖かいんだ?行ってみたいなぁ。」
リリアンが笑みを浮かべていうと、ロックスとマリアンが優しく微笑んだ。
しかしニ人の会話はそんなのんびりとした話ではなかったが、幼い子に聴かせることでもない。
父親も母親も幼子を不安にさせないよう、笑顔で接していた。が、その時──
窓の外が光り輝いた。
それは見たこともないほど、夜なのに太陽が輝いているかと思われるほどの、凄まじい光の洪水が溢れ、窓から部屋の中を照らした。
何事かとロックスとマリアンが振り返り見た時には、それは一瞬の出来事だったかのごとく、すでに光の洪水は消え始めていた。僅かに天に登る細い光の線が目に映っている。
やがて光の線は消えてしまい、何事も無いいつもどおりの夜空へと戻っていく。
「あ、、あ、、、」
リリアンが声にならない声を喉から絞り出している。
「今のは何だ。」
「なんか凄い光が……」
「……誰かが魔法でも使ったのか?」
「もしや魔人……」
「しっ」
マリアンがもしやと云う顔つきで言うのをロックスが止める。無言で首を横に振り、愛娘に顔を向けた。そのリリアンは目を見開いて呆然としたままだ。
「リリアン、だいじょう──」「森の中に凄い光の柱が……」
ロックスが声を掛けると、遮る様にリリアンは呟いた。
「光の柱?……リリアン、大丈夫、大丈夫だから?」
娘の様子に驚いたマリアンが、慌てた様子で宥める。
優しい手がリリアンの頭を撫で、そしてそれでも足りないかとぎゅっと抱きしめた。
そこでようやくリリアンは正気に戻ったように母親の顔を見上げたが、それでも不安な顔は隠せないでいる。
「大丈夫、ママもパパもいるからね……」
マリアンもまた何か胸騒ぎのようなものがあったのか、リリアンを抱きしめつつも、自分を安心させるかのように言い続けた。
「……光の柱か」
窓の外に見える鬱蒼とした森を見つめ、ロックスは呟く。
──真昼のような光、森の中からここまで届くとなれば……余程の魔力をもつ魔導師か。
アフラムの界峡の件もある。まさかとは思うが、ロックスは胸騒ぎを覚えていた。
「マリアン、森の様子を見てくる。」
なんとも嫌な胸騒ぎであり、それを払拭するかのように立ち上がる。
「あ、あなた……」
マリアンが心配そうな顔でロックスを見た。
「なに念の為だ、少し確認してすぐ戻る。」
「でも夜の森は……」
マリアンが不安げな顔をして見つめてくる。
そう夜の森は危険だ。
ロックスも自分の腕には自信があった。しかし夜の森は昼間の森とは違う。魔物や魔獣が活性化し、跳梁跋扈する魑魅魍魎の世界へと様変わりする。
「なに、無理はしない。」
不安気な顔で見つめる恋女房に、優しい視線を向け頷くと、壁に飾られた愛剣──刃渡り一ニ〇センチ程の長さと刃幅一〇センチ以上はある長剣を掴み、ドアへと向かっていく。
ロックスは振り返りマリアンの顔を見つめ、そしてリリアンを頼むと言わんばかりに頷くと、家を出ていった。
外にでると辺りは静まり返っていた。村の中心部へと視線を向けると、やはり先程の光に気づいた者が家からでてきたり、窓から身を乗り出して森の方をみていた。
特段騒ぎ立てるものもない中、すぐ近くの海から聞こえて来る波の音と、草叢の中から季節外れの虫の鳴き声だけが耳に入ってくる。
空気は冷たく、雪が降ってきても不思議ではないほどに冷え込んでいた。北の地の冬は早い。あと一ヶ月もすればこの辺りは雪に覆われるだろう。正直このような季節にアフラムの界峡で魔人族と戦争が始まったなどとは、あまり歓迎したくない話だ。
「とりあえず、いくか…」
それはそれとして、今は森での異変のことが先だ。
ロックスは気を取り直し、脚を森に進めた。
††
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