異世界少女にパフパフ.3

††


 老獣人は素早く身体強化術ブーストの術式を展開した。

 

 老獣人の身体が仄かな光りに包まれ、肉体が強化されミシミシと音を立て通常以上の膂力と反射速度を纏ったことを知ら示す。

 

 老獣人が空中でくるりと体勢を捻り上げた。

 

 瞬間彼は驚愕する。目の前には少女が迫っていたのだ。

 

「は、速いっ!」


 嘘だろ、と驚く間もなく背中が痛打された。

 

 少女が両手を組んで、老獣人の背中を強かに撃ちぬいたのだ。背の筋肉がひしゃげ、背骨が悲鳴を上げ、老獣人の身体がくの字に折れ曲がった。

 

「ぎゃぁぁぁっ!」

 

 老獣人の身体が射出された弾丸の如く勢いで地面に激突した。

 

 激しい音が響き渡り泉の近くの地面が埋没し、辺りに土煙を巻き上げている。地面に埋没した老獣人だが、それでも鍛えられた身体は耐え切った。多少のダメージはあったが、なんとか身体を動かし地面から脱出する。

 

「な、なんじゃ、なんちゅう……」


 驚くべき力をもつ少女だが、老獣人もまた並では無い。常識はずれの打撃を受けても、老獣人は大きなダメージを受けては居ないようだ。この老獣人の防御力もまた常識はずれの物があった。

 

「まだ生きてるかぁぁ!!」

 

 老獣人がふらふらと立ち上がると、地上に降り立った少女から怒声が響いた。

 

「白い光……『オーラ』使いか、こっちにもいるのか。」


 老獣人が使った魔術、身体強化術ブーストにより、身体が仄かに光りだしたのを見て、少女は怪訝な顔をする。

 

「スケベジジイの癖にぃぃ、《オーラ》使いなら遠慮はしない、確実に絶対に絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対……ぶっ殺すっ!」


 少女は老獣人が『オーラ』使いだと判断した。つまりこのスケベジジイ──老獣人──は普通の人間ではない、異能の使い手であり強者なのだと判断したのだ。

 

 怒りに理性を吹き飛ばした少女に遠慮はなかった。少女の闘気が燃え上がるように吹き出し、身体を紅蓮の焔が包み込んでいく。


──な、なんじゃあれは!


 老獣人はその現象に目を見張った。


──あれはなんの力なんじゃ、闘気でも魔力…でもない、いったいなんじゃあれわ!


 初めて見る不可解な力の具現化に、老獣人は目を見張る。しかしいつまでも見つめている時間はなかった。

 

 少女が地面を蹴りあげ、拳を振り上げて向かってくる。


「ま、まて、まってくりぇぇ、話し、話をきかんかぁぁぁっ」


 気絶していた少女に不埒なことをしておいて話もクソも無いのだが、老獣人は襲いかかってくる暴風の様な理不尽な暴力を止めようと手を前に差し出した。

 

 パァァァァンッ!


 少女の拳と老獣人の掌がぶつかり激しい音が響く。途端に周囲に風が巻き起こった。大木が揺れ動き、辺りをふわふわと飛んでいた妖精の光が吹き飛ばされてしまう。

 

「よけんなぁ!こっんのぉぉぉぉっ!!!」


 受け止められたのが気に触ったのか、凄まじい拳の弾幕が老獣人に襲いかかった。

 

「よ、よけるわぁぁぁぁ!!!」


 老獣人は凄まじい猛攻に必死に抵抗するかのように、襲い来る拳を次々に受け止め払いのけていく。

 

 少女の身体能力は凄まじく、老獣人は今まで鍛錬してきた武術の全てをもって応じていった。いや、全力を出さざるを得ない状況に追い込まれていた。

 

 打ち出される拳撃は重く、一撃一撃を受け止めるだけで辺りに衝撃波が飛び散り、木々が揺れ葉が舞い散った。

 

 さらに横薙ぎにされた回し蹴りは、危機を察知して避けた老獣人の背後にあった大木をまるで死神の鎌のようにあっさりとなぎ倒してしまう。

 

 老獣人の額に冷や汗が浮かび、背筋を冷たい物が貫いた。

 

──こ、この娘、怪物じゃ!!


 老獣人は数えきれぬ年月を武術の鍛錬に費やしてきた。

 

 およそ獣人族では隣に並ぶものは無いと自他共に認める武術家ではあったが、それをしてこの少女には畏怖を感じざるを得ない。

 

 全てが桁違いであり、いままで出会った中でトップランクの使い手であった。こうして避けているだけですら必死であり、一瞬でもタイミングを間違えれば……

 

──まさか、亜神か!亜神なのかぁぁぁっ!!


 赤く染まった瞳、そして見たこともない衣装に加えて、紅蓮に燃える焔のような正体不明のエネルギーが少女を覆っている。

 

 この世のものとは思えない存在をして、この少女は伝承に出てくる亜神ではないのかと想像した。

 

 気まぐれに大陸に出現し、時に破壊を、時に慈悲を与えるという亜神の存在。

 

 亜神のような超越した存在と闘う事は、武人として最大の誉でもある。だがしかし、老獣人はそんな事よりも、どうしても気になっていることがあった。

 

 本来なら相手の身体全てを観察し、次の動作を予測していくのだが、どうしても視線がちらちらと向いてしまう。

 

 拳が振られる度にぷるぷると……


 蹴りとともにブルンと……

 

 ゆらゆらゆらゆらと揺れる柔らかそうなニつの双丘。

 

 そして先程の感触がついつい……

 

「オフォォォォッ!!ミナギィィ……」

 

 刹那、老獣人の目の前が真っ暗になった。

 

──やっちまったっ!

 

 危機を感じれば身体が反応するはずであった。脳が命じるよりも早く、直感が囁くよりも早く、身体の細胞一つ一つが反応し危機に対応して動くはずだった。そこまで鍛錬を重ねてきた、はずだった。

 

 それ以上に注意力が一箇所に集中してしまっていた。

 

──ぷるんぷるんがぁぁぁぁ……

 

 

 ゴギャッ


 少女の拳が老獣人の鼻っ面に喰い込み、そのまま地面に叩きつけられた。その後から風を斬る音が爆発音を伴って聞こえてきた気がした。

 

 ドッゴーーーーーンッ

 

 少女の拳から発生したソニックブームが、衝撃波と大音響を伴い地面にぶつかり、周囲の草や土を舞い上げた。

 

 もうもうと土煙が舞い上がり、老獣人の首が地面に埋まり、身体がぴくぴくと痙攣している。

 

「ふん、ったくちょっと気を失ってたら、油断も隙もあったもんじゃないっての。」


 少女はようやく怒りが収まったのか、パンパンと手を叩いて埃を落とすと、いまさら気がついたように、たくしあげられたブラジャーを元に戻して豊かな乳房を隠しシャツのボタンを嵌めていった。

 

 そしてもう一度老獣人を睨みつける。手足が痙攣しているが、まだわずかに息があるようだ。

 

「──しぶと~~、あれで生きてるんだ。」

 

 深く嘆息し拳を見つめ首を傾げた。そして仄かに臭ってくる青臭い香りを嗅いで、思わず顔を顰め視線を逸らした。

 

「くっそぉ、なんかめっちゃムカつく。」


 最後の最後まで気分が悪いと思いつつ、辺りを見回す。

 

「ちっと暴れ過ぎたかな?」

 

 言いながら両手を高く上げて背伸びをする。確かに辺りはまるで台風でも来たような惨状となっていた。

 

 倒れた大木や舞い散った葉、地面はかなり抉られ、陥没した箇所もある。その近くにはまるで何事も無かったかのような、鏡面のような水面の小さな泉があり、傍らには石造りの祠が佇んでいる。

 

 闘いが終わったのを待っていたかのように、再び妖精の光がふわふわとあちらこちらを舞い始めていた。

 

 妖精の光は少女に寄り添うように、まるで遊んでくれというかのように近づいてくる。茶褐色に戻った瞳が、そんな戯れてくるような妖精の光を楽しそうに見つめている。

 

 手掌を差し出すとその上に妖精の光が集まり、まるでダンスでも踊っているかのようにくるくると回り始める。

 

 少女は穏やかな笑みを浮かべ、もう一度あたりに目を馳せる。

 

 妖精の光が舞い巨木が立ち並ぶ深い森の中、上を見上げても鬱蒼と茂った樹木が空を覆い隠している。

 

「なんか綺麗……不思議な景色の場所、ここが異世界アンティクルツか。全くもってファンタジーだねぇ……」


 うんうんと頷きながら、少女は辺りを見回す。


「ふーん、森の中、かなり深い所かな?」


 少女は大きく嘆息すると、薄暗い森を見つめた。

 

「取り敢えず上から見てみるかな。」


 言うや身近な巨木を見上げ、高さ五メートル程の所に太い枝を発見した。

 

 軽く身体を屈伸させると、一跳びで枝まで跳び上がる。そのまま続けざまに枝から枝へと跳び移り、巨木の上を目指して登っていった。

 

「あたしはこの世界のどこに放り出されたのかしらね~、あの《女神》様、肝心なことはほったらかしなんだからぁ。この世界でのんびり冒険でもしろってのかしら?」


 少女はブツブツと文句をいいながら、巨木の頂きを目指して行った。

 

††

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る