第5話 なかなか面白い少年だ

 美味い食事をごちそうになった俺は、おばさんに礼を言うとかなみ荘を後にした。

 その流れで、デザイナーズ学園までミーコが送ってくれることになった。

 俺はミーコと並んで歩きながら、学園へと続く道を行く。

 だが、久しぶりにふたりきりになったからか、どうにも気まずい。

 しばらく黙って歩いていたが、俺は堪え切れずにミーコに言った。


「なんか色々と悪かったな。手伝いとかあったんじゃないのか?」

「ううん、大丈夫。お店を開けてもすぐにお客さんは来ないだろうし、学園はそんなに遠いところじゃないからすぐ戻れるよ」

「そっか、それならいいんだけどさ」

「それにしても、リュウちゃん大きくなったよね」


 ミーコがそう言いながら俺を見上げるように少し顔をあげた。


「10年も経てばそりゃ背も伸びるさ。ミーコだって大きくなったじゃないか」

「それはそうなんだけどね。昔は同じくらいだったから……なんだか悔しいなぁ」


 最後はぼやくようにそう言うと、ミーコは海の方へと視線を向けた。

 俺もそんなミーコに誘われるように海を見つめる。


「そういえば、昔はあそこに見える戦艦もなかったんだよね」

「そうだな。10年でここもだいぶ変わったもんだ」

「うん。町のみんなも最初はデザイナーズ学園ができるのを反対してたりしたんだけど、色々事情があったみたいで受け入れることになって、いまでは戦艦とかロボットがいてもなんにも感じないくらい普通になっちゃった」

「でもさ、エイリアンと戦うような組織をなんで金海沢みたいな田舎に作ったんだろうな。宇宙開発機構みたいなのがここに元々あったからかな?」

「ねぇ、リュウちゃん」


 ミーコはそう言いながら、俺の方へと振り返る。


「なんで宇宙人は地球を攻撃するんだろうね」

「うーん、別に地球を攻撃してるわけじゃないんじゃないか」

「そうなの?」

「だってさ、ずっと大きな事件もないんだし、現に今だってこうして平和じゃないか」

「そうだよね」


 ミーコはそう言うと、顔を伏せた。

 俺はその様子を見て眉をひそめる。


「ミーコ?」

「あのね。私、さっきはデザイナーズ学園の事を普通に話してたけど不安だったんだ。ロボットに乗って宇宙人と戦うっていってもよくわからないし、人類を守るとか言われてもピンと来ないの。何もかもがわからないことだらけで……」

「そんなの俺も同じだよ」


 ミーコの言葉を遮り、俺はそう言った。

 顔をあげてこちらを見たミーコの顔には、不安がわかりやすく張り付いている。

 俺はそんなミーコの不安を少しでも取り払ってやりたいと思い、口元に笑みを浮かべながら言った。


「最初は誰でもわからないし、不安に思うのはミーコだけじゃないさ。でも、何かの縁で一緒にやっていく事になったんだ。これからは一緒にがんばろうぜ」

「うん、そうだね。一緒にがんばろう」


 ミーコはそう言うと、ニコリと微笑んだ。


(気休め程度にはなったかな)


 俺はそう思いながら、鼻の頭をかいた。

 するとミーコが口元を押さえて笑う。


「なんで急に笑うんだよ」

「だって、その癖。昔から変わってないんだもん」

「癖?」

「うん、恥ずかしかったりすると鼻の頭をかく癖」

「……マジか」

「うん、マジだよ」


 俺はミーコの顔を見ながら鼻の頭をかいた。


「あっ、まただ」

「うぐっ……勘弁してくれよ、ミーコ」

「あははっ、ごめんね」


 ミーコは笑ってそう言ったかと思うと、真剣な顔つきになって言った。


「でもよかった。リュウちゃんが戻ってきてくれて」

「そうか?」

「うん、同じ学園だって聞いてすごく安心した。ひとりじゃないんだーって感じがする」

「それなら戻って来たかいもあったってことだな」

「あっ――」


 と、唐突にミーコが足を止めた。

 そして前を見たまま口を半開きにしてマヌケな顔になった。

 何事だと思って俺も足を止め、ミーコと同じように前をみる。


「げっ!?」


 俺は思わず声をあげた。

 なんと目の前に見えるバス停のベンチに、駅で見たあのお地蔵さんが座っていたのだ。


(おいおい、マジかよ。あいつあんな所で何をしてるんだ?)


 俺がそう思っているとミーコが俺を見て言った。


「ねぇ、リュウちゃん。あそこのバス停に座ってる人って見える?」

「ああ、もちろんバッチリ見えてるぞ」

「そっか、じゃああの人はお化けじゃないんだね」


 ミーコはそう言いいながらホッとため息をつく。


(いやいや、ミーコさん。安心するポイントがおかしいでしょ!)


 俺は心の中でそうひとりツッコミを入れつつも、ミーコに聞いた。


「なあ、この道を通らないと学園にはいけないのか?」

「うん、この道を通らないと学園にはいけないよ」

「そうか、じゃあ行くしかないな」

「大丈夫だよ。あの人はお化けじゃないんだから」

「いや、そういう問題じゃないだろ。だってあからさまに怪しいぞ」

「それはそうだけど……人を見た目で判断したらダメだよ」

「まあそれはそうだが」

「ほら、行こう」


 ミーコはそう言うと先を歩きだす。

 俺はそんなミーコの後を慌てて追う。


(なるべく気にしないように、気にしないように……)


 俺は胸の内でそう復唱しながら早くお地蔵さんの前を通り過ぎようと足を進める。


「こんにちは」


 だがなにをとち狂ったのか、ミーコがお地蔵さんに挨拶をした。

 なぜそのような事をしたと、俺は内心パニックになりながらも恐る恐るお地蔵さんへと視線を向ける。

 当たり前だが、声をかけられたお地蔵さんは顔をあげてこちらを見ていた。

 改めてのっぺりとしたお地蔵さんの顔を真正面から見ると、なぜか背筋が粟立った。

 ただ気味が悪いというだけではなく、なんだかよくわからないが、計り知れないものを俺は感じた。

 そんなお地蔵さんは、くぐもっているのに耳元で聞こえてくるような不思議な声色でとてもありきたりな言葉を口にする。


「こんにちは」


 ミーコはその返事に笑顔で答え、俺もなんとか笑顔を作って軽く頭をさげた。

 その後、お地蔵さんはバス停のベンチに座ったまま俺たちを見送った。

 何事も起こらず、無事にバス停を通り過ぎた俺は小さなため息をつく。


(ミーコの言った通りだったか)


 俺がそんな事を思っていると、少し前を歩いていたミーコが振り返って言った。


「ほら、ぜんぜん大丈夫だったでしょ」

「ミーコ、おまえまさかそれを証明するためにわざと声をかけたのか?」

「どうだろうね?」


 ミーコがそう言って少しいたずらっぽく笑う。

 俺は呆れながらミーコに何か言い返してやろうとした。

 ――まさに、その時だった。


「かぐやの言っていた通り、なかなか面白い少年だ」


 なぜか耳元でお地蔵さんのあの不思議な声色が聞こえてきた。

 俺は目を見開いて後ろを振り返る。

 するとバス停から去っていくお地蔵さんの後姿が見えた。


「リュウちゃん、どうかしたの?」


 後ろを向いたまま固まってしまった俺を心配したのか、ミーコがそう声をかけてきた。


「気のせい……だよな」


 俺は自分を納得させるようにそうつぶやく。


「おーい」


 ミーコが俺の側まで来て、顔の前で手をヒラヒラと動かしながらそう言った。

 俺は気を取り直し、頭を軽く振る。


(そうだ。気のせいに決まってる)


 そう思う事にした俺は、目の前のミーコに苦笑いを見せながら「すまん」と謝った。

 そして学園までもうすぐだと言うミーコの言葉を聞いて、再び歩き始めた。


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