第4話 ぼくらの勇者グランガード
「でも本当にびっくりしたわ」
テーブル越しに座るミーコのおばさんがそう言いながら微笑む。
おばさんは長い髪を後ろでひとつに束ねているが、顔がミーコに似ているので髪を伸ばしたらミーコもこんな感じになるんだろうなーなどと俺は思う。
そんなどうでもいいような事を思う俺は、いまかなみ荘の中に通され、皆が集まって食事などをする広間の一角に座っていた。
俺は出されたお茶に手を伸ばしながら言う。
「こっちもびっくりしましたよ。準備中っていう札がかかってたからやってないかと思ったら、突然ミーコとおばさんが出てきたんですもん。いまは民宿はやってないんですか?」
「ええ、いまは海の時期じゃないから民宿はやっていないのよ。でも、お昼時にお店を開けて軽いランチをやってるの」
「へぇー、そうだったんですね。そういえば、おじさんは?」
俺がそう言うと、おばさんは少し寂しそうな表情を浮かべる。
と、いままでおばさんの隣で黙っていたミーコが口を開いた。
「お父さんね、病気で亡くなったの」
「あっ、ごめん」
「いいえ、別にいいのよ」
おばさんがそう言った。
その顔には、もう寂しさは残っていない。
そんなおばさんは突然手を叩くと、明るい笑顔を浮かべてミーコへと顔を向けた。
「それより流之介くんがせっかくこの町に戻ってきたんですもの。なにかお祝いでもしましょうか。ねぇ、美衣子?」
「えっ、あっ、うん」
おばさんに急に話を振られ、ミーコは慌てた様子でそう言った。
そんなミーコから俺へと視線を移し、おばさんが苦笑いを浮かべながら言う。
「といっても、たいしたことはできないんだけど……よかったら、ウチのご飯でも食べていって」
「ええっ、そんな。いいですよ!」
「若いんだから遠慮しないの。それにもうすぐお昼だし、お腹空いてるでしょ?」
おばさんは有無を言わさぬ勢いでそう言うと、椅子から立ち上がった。
「あっ、お母さん!」
「なに、美衣子?」
「私がやるよ」
「なに言ってるの。流之介くんと久しぶりに会ったんだから、美衣子はおしゃべりでもしてなさい」
「でも」
「ふふふっ、がんばりなさい」
おばさんはどこか楽しそうにそう言うと、手をひらひらと振りながら奥へと消えていった。
残されたミーコはゆっくりとこちらへと向き直る。
目が合った。
「……」
無言のまま、ミーコが目を逸らした。
その瞬間、ガ―ンという古臭い効果音が俺の頭の中に鳴り響く。
(さっきからずっと思ってたけど、もしかして俺、ミーコに避けられてる?)
10年振りっていうのもあるんだろうけど、それにしてもこれはヒドイ。
昔の俺がミーコになにかしたのだろうか。
(思い当たることはないんだけどなぁ)
そもそも俺の記憶の中のミーコはもっと活発で明るい女の子だった。
いま目の前にいるミーコは大人しくて、とても女の子っぽい。
10年という年月がミーコを成長させたのだろうが、変わり過ぎだろ。
(特に胸のあたりなんか大きく……)
「あの」
「うわっ、ごめん!」
「え、なんで謝るの?」
「あっ、いや、そのぉ~」
胸を見ていたのがバレたのかと思った、とはさすがに言えず、俺は鼻の頭をかきながら言葉を濁す。
そんな俺の様子を見て、ミーコが口元に手を当てて吹き出した。
俺は目の前で笑いだしたミーコを見て、なんだか安心する。
「リュウちゃん、昔とぜんぜん変わらないね」
ミーコからリュウちゃんと久しぶりに呼ばれ、俺は少しドキリとしてしまう。
ミーコには昔からリュウちゃんと呼ばれていたからおかしな事ではない。
でもここ最近、同年代の女子からはだいたい名字の【星野】で呼ばれることが多かったので、新鮮だった。
俺は頭をかきつつ、ミーコへと言った。
「ガキのまんまで悪かったな」
「あっ、ごめんね。そういう意味じゃなくて……なんだか安心したって事」
「そっか」
「うん」
…………。
また無言の時に突入した。
久しぶり過ぎて、どうにも会話のリズムが掴めない。
(なっ、何を話せばいいんだ)
俺は湯呑の中に残ったお茶を見つめながら、必死に話題を探す。
(天気か? いや、そんなの10年振りに話す話題でもないだろ。じゃあ好きな食べ物とか? いやいや、それも意味がわからん!)
焦り出す俺の脳みそ。
(ええい、うだうだと考えていてもしょうがない!)
俺は意を決して顔をあげた。
「あの!」
「あの!」
ふたりの声が重なる。
タイミングばっちりで俺とミーコは何かを言おうとしたようだ。
俺たちは苦笑いを浮かべてお互いに見つめ合う。
そんな中、ミーコが俺に片手を差し出して言った。
「リュウちゃん、お先にどうぞ」
「いや、ミーコの方が先で」
「えっ!? えーっと、やっぱりリュウちゃんが先で!」
「いやいや、ここはミーコが先で!」
お互い譲らずに何回かこのやり取りが続いた。
バカバカしくなってきた所で、ミーコが突然笑い出す。
「なんだよ、急に」
「だって、私たちすごい久しぶりに会ったっていうのに、なにやってるんだろうって思ったら可笑しくなってきちゃって――あははっ」
「まあ、確かにそうだな」
俺は鼻の頭をかきながらそう言った。
ミーコはひとしきり笑い終えると、小さく深呼吸をしてから口を開いた。
「そうだ。まだちゃんと聞いてなかったけど、リュウちゃんはどうして金海沢に戻ってきたの?」
「ああ、そっか。まだ言ってなかったっけ。俺さ、デザイナーズ学園に入学するんだ。それで入学前なんだけど先に――」
ガタンと音を立て、ミーコが机を揺らすほどの勢いで立ちあがった。
俺は驚いて思わず言葉を飲み込む。
だが、そんな俺よりもミーコの方が驚いているような顔をしていた。
俺は眉をひそめながら言う。
「おいおい、なんだよ。どうしたんだ?」
「リュウちゃん、その話って本当?」
「本当に決まってるだろ。そんな嘘つくためにわざわざ戻ってくると思うか?」
「じゃあ、本当なんだ」
「だからそうだって言ってるだろ」
「私もなの」
「んっ、何がだ?」
「私も、デザイナーズ学園に進学したの」
「えっ――」
嘘だろ、と言う言葉は俺の口から出る事はなく、その代わりに目が大きく見開かられる。
デザイナーズ学園はエイリアンと戦ったりするんだぞ。ミーコみたいな女の子がそんなことできるもんか。
「冗談はよせって」
「冗談じゃないよ。本当だよ」
「じゃあ一応聞くが、何科に配属されるんだ?」
「デザイナー科、だったかな?」
ミーコは少し首をかしげながらそう言った。
俺は再び驚く。
ミーコの言ってることが本当だとしたら、俺とミーコは同級生ということになる。
でもまだ信じられない。
「証拠はあるのか?」
「なんだかリュウちゃん刑事さんみたいだね」
「いいから、証拠」
「うーん、これって証拠になるのかな?」
ミーコはそう言いながら席に座り直し、手の甲が見えるようにテーブルの上へと右手を置いた。
「目には見えないと思うんだけど、ここにET《電子タトゥー》っていうのが入ってるの。あと首筋の所にもひとつあるんだよ。よくわからないんだけど、エクスユニットっていうロボットを動かすのに必要な処置なんだって」
ミーコはさらりとそう話した。
だが、その話で確信できた。ミーコの言っている事は本当で、俺と同じデザイナー科に配属されたようだ。
俺も学園の指示で、ETを入れたので間違いない。
「本当だったのか」
「そうだよ。だからさっきからそう言ってたのにぃ」
ミーコがむーっと頬を膨らませる。
俺は苦笑いを浮かべながら言った。
「ごめん、なんだか信じられなくてさ。ミーコはもっと普通の所へ行くのかと思ってた」
「あそこは勉強もちゃんと教えてくれるし、学費も国が出してくれるからね。ウチもお父さんがいなくなって大変なんだ」
「そうなのか……なんかごめん」
「ううん、リュウちゃんが謝ることなんてなんにもないよ。それにウチから近いからいいなーって前から思ってたしね。それに――」
ミーコはハッとした顔になったかと思うと、急に口を噤んで顔を逸らしてしまった。
(なんだ?)
俺はその不自然な態度に眉をひそめる。
「あっ、そういえば覚えてる?」
と、ミーコが突然そう言った。
「なにをだ?」
「ぼくらの勇者グランガード」
「ん?」
なんだか聞き覚えがあるような名前だ。
「あっ」
「思い出したリュウちゃん?」
「ああ、思い出したぞ。確か俺が小さい頃にやってたロボットアニメだよな?」
「正解」
ミーコはぱちぱちと手を叩く。
(ミーコはなんでそんなことを?)
俺がそう思っていると、ミーコがニコニコとした笑顔を浮かべる。
「なんだよ、気持ち悪いな」
「リュウちゃん、そのアニメ大好きだったよね」
「まあ、子供だったからな。そりゃ俺も好きだったよ」
ちなみに、いまでもそんなに嫌いではなかたりする。
(確かあのアニメって、宇宙から来たエネルギー生命体が地球の機械に乗り移ってロボットに変形して、悪い宇宙人から地球を守るって感じの話だったよな)
ロボットアニメならではのケレンミのある作品で、いまでもファンがいるアニメだとネットのどこかで見たことがある。
(思い出したらなんだか久しぶりに見てみたくなってきた。今度レンタルでもしてみようかな……まあ、この町にレンタル屋があればの話だけど)
俺がそんな事を思っている間にも、ミーコは話を続ける。
「だよね。夕方まで遊んでウチでTVを一緒に見た事もあったし、リュウちゃんの宝物はそのロボットのオモチャだったもんね」
「あーっ、そうだったかもな」
「……それだけ?」
「んっ、それだっけってどういうことだ?」
「えっと、他にも思い出すことってない?」
「ないけど」
俺がそう言うと、ミーコはあからさまにショックを受けたような顔になった。
そしてだんだんと表情を曇らせていく。
俺はそんなミーコを見て慌てた。
「な、なんだよ! 一体どうしたんだよ!?」
「なんでもない」
「いや、なんでもないことないだろ」
「ううん、本当になんでもないから」
ミーコはそう言うと、なんだか無理をしたような笑顔を浮かべる。
「ふたりとも、おまたせ」
そう言う声が聞こえ、おばさんが奥の方から現れる。手に持った御盆には、美味しそうな匂いを漂わせる料理がいくつか並んでいた。
「うわっ、美味しそう」
ミーコがそう言っておばさんの元へ駆け寄る。
おばさんが戻ってきた事で、俺とミーコの話はうやむやになった。
(さっきのはなんだったんだろうか?)
俺は料理を運ぶおばさんの手伝いをするミーコを見ながらそう思った。
だがそんな俺の思いとは裏腹に、美味しそうな匂いに敏感に反応した俺の腹が情けない声をあげる。
それを聞いたおばさんとミーコは同じようなタイミングで笑うのだった。
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