第35話 約束
「通常空間に出ます!」
メインブリッジ内にそんな声が響く。
見れば、周囲には真っ暗な景色が広がっていた。
「ホントにイカロスごと宇宙に来ちまったのかよ」
いつの間にか窓際に立っていた鯨が目を丸くしながらそう言った。
俺も視線をそちらに向けると、青い星が窓の外に見えた。
鯨の言う通り、俺たちはウロボロスゲートを通って無事に宇宙に出たようだ。
「キミたち」
俺たちを呼ぶ鬼更技先生の声が聞こえ、俺は後ろを振り返る。
すると先生は俺たちを見回して言った。
「キミらはすぐにエクスユニットに搭乗。出撃の指示があるまで持ち場で待機や」
「わかりました」
「頼んだで、敵はすぐそこや」
先生はそう言って視線を前に動かす。
メインブリッジの正面にあるモニター。そこには月の映像が映っていた。
「映像、拡大します」
ブリッジクル―のひとりがそう言うと、月の姿がどんどんと拡大されていく。
「えっ!?」
俺はそこに映された映像を見て思わず声をあげた。
月の裏側のさらに先、そこにびっしりと蠢くジリオンたちの姿が見える。
その数が数十、数百どころではないのはよくわかった。
「ジリオンの反応、千、万――おっ、億!?」
敵の数を読みあげるクル―の言葉にメインブリッジ内が騒然となる。
俺たちも互いに顔を見合わせた。
俺はみんながなにを言いたいかはよくわかったが、俺も含め誰もそれを口にしようとはしない。
「予想以上だな」
お地蔵さんがいつもと変わらぬ調子でそう言った。
学園長はそんなお地蔵さんの言葉に答えるように口を開く。
「こちらは予想通りでしたよ」
「ほう、それは頼もしいなトモダチ」
「彼らも10年前は我々を見くびっていたのだろう。だが、次は確実に来るだろう事は予想できましたからね」
「予想していたという事は対策はあるのだろうな?」
「ええ、その為のイカロスです」
「ふふっ、船に愚か者の名を冠するとは変わっていると思っていたが――トモダチよ、君もだいぶ愚か者のようだな」
「そうかもしれません。ですが博士、愚か者は時に王を倒します」
学園長の真剣な言葉を聞き、お地蔵さんは不気味な笑い声をあげる。
「リュウちゃん!」
ミーコの声に俺はハッとなる。
見ればみんなはすでに持ち場へと向かっていた。
「悪い、いま行く」
俺はそう言ってミーコの元へと駆け寄る。
そして俺はミーコと共にエクスユニットへ搭乗するために急ぎメインブリッジを後にした。
*
更衣室でILSへと着替えた俺たちは、格納庫へと向かう。
そこにはすでに他のクラスメイトや先輩デザイナーたちの姿があった。
ずらりと並ぶエクスユニットたちにはすべて電源が入っており、ここまで賑やかな格納庫内を見たのは初めてだった。
「燃えてきたぜぇ!」
その様子を見て鯨がそう言った。
すると深沢がため息をつく。
「お馬鹿さん、燃え過ぎて燃え尽きないように気をつけなさい」
「んっだと……って、心配してくれてんのか?」
「それはそうよ。仲間に死なれたら後味が悪いもの」
「おまえ、なんか変なもの食ったのか?」
「どういう意味よ」
深沢が鯨を睨みつける。
そこへ誰かが近寄ってきた。
「かなめ」
「あっ、お兄様!」
深沢は表情をくるりと変えて、とても嬉しそうな笑顔を浮かべる。
深沢のお兄さんである先輩も似たような笑顔を浮かべて言った。
「最後になるかもしれないから、妹の顔でも見ておこうと思ってね」
「何を言ってるんですか、お兄様!」
「はははっ、冗談だよ」
「言っていい冗談と悪い冗談があります!」
先輩は真剣な顔で怒る深沢を見て苦笑いを浮かべ、俺たちへと視線を向ける。
「流之介くん、鯨くん、美衣子さん――うちの妹を頼むよ」
俺たちはうなずいて先輩の言葉に答える。
「真!」
女の人の声が先輩を呼ぶ。
その声がした方へと視線を向けると、そこには生徒会長でもある平賀先輩の姿があった。
先輩は会長に手をあげて答えると、俺たちに「それじゃあ」と断ってこの場を立ち去った。
そして会長の側に行くと、2人が抱き合う姿が目に入る。
俺は見てはいけないと思い、慌てて視線を逸らす。
すると逸らした視線の先に、複雑な表情を浮かべる深沢の姿が飛び込んできた。
「流之介!」
リャナーナの声が聞こえたかと思うと、誰かが俺に抱きついてきた。
見ればそれはリャナーナで、俺をきつく抱きしめる。
「おっ、おい! リャナーナ!?」
「わかってる。もうこれでちゃんと最後にするから……いまは黙ってて」
俺は彼女に何も言う事が出来ずに、黙ってこの状況を受け入れた。
どれくらいの時間が経ったのだろうか、リャナーナがゆっくりと俺から離れる。
「ありがと、流之介」
「……リャナーナ。その、本当にごめん」
「やめてよ。アタシの気持ちはいま流之介の中に捨てたんだから」
リャナーナはそう言うと俺に背を向ける。
「さーて、ジリオンたちをぶっ飛ばすわよ!」
そしてそう言い残し、リャナーナは自分の愛機であるクラースニィの元へと向かって行った。
(リャナーナ、ごめん)
俺は心の中で再び彼女へ謝る。
リャナーナを傷つけてしまった事は本当に悪い事だ。でも、そうした事にも理由がある。
俺も覚悟は決めた。ミーコに言わなきゃいけない事があるんだ。
俺は先ほどまで近くにいたミーコの姿を探す。
だが、いつの間にミーコの姿は消えていた。
俺は格納庫内に視線を彷徨わせ、フェアリーへと向かうミーコ後ろ姿を見つける。
「ミーコ」
俺はそんなミーコの元へ向かいながら声をあげた。
だが騒がしい周囲のせいで俺の声が聞こえていないのか、ミーコは立ち止まらない。
「ミーコ!」
俺はミーコの腕を少し強引に掴んでそう言った。
するとミーコは俺の方へ振り返る。
「痛いよ、リュウちゃん」
「あっ、ごめん」
俺は掴んでいた手を離す。
そして俺たちはお互いに俯いて少しの間黙っていた。
「……なに?」
最初にそう言ったのはミーコの方だった。
俺は顔をあげて口を開く。
「最後になるかもしれないから、言っておきたい事があるんだ」
「言っておきたい事?」
「ああ、ミーコがどう思うかはわからないけど……この事はミーコにちゃんと知っていて欲しいんだ」
俺がそう言うとミーコがゆっくりと顔をあげる。
リャナーナと比べると確かに美人ではないかもしれない。でも、見た目などどうでもいい事だ。
俺にはミーコというこの世界にひとりしかいない存在が愛おしいのだ。
そしてこんなに強く何かが欲しいと思う事があるのだと自分でも驚くが、俺は彼女は持っている心が欲しい。
嬉しい事、悲しい事、楽しい事、辛い事、様々に感じるであろう彼女の心が欲しい。
そして出来るのならば、そんな彼女の心の1番側に俺が居たい。
だから、その為には傷つく覚悟を持って言わなければいけない。
「ミーコ、俺は――!」
俺の言葉が艦内に響いた警告音にかき消される。
そして艦内放送が流れ、デザイナーたちへの出撃命令が通達された。
「行かなきゃね」
「待ってくれ、ミーコ!」
「リュウちゃんが言いたい事は、帰ってきてから聞かせて」
ミーコがそう言って微笑む。
そして俺に小指を差し出す。
「だから、絶対に帰ってくるって指きりしよう」
俺はそのミーコの姿を見て、突然10年前の事を思い出した。
今とは違う。ミーコはもっと泣きじゃくって顔がぐしゃぐしゃだった。
でも、今と同じように指きりをしたんだ。
10年前。俺が金海沢を離れる日。あの日、俺はミーコと指きりをした。
(そうだ。なんで忘れていたんだ。俺は泣きやまないミーコに大事にしていた勇者グランガードのおもちゃを渡して――)
俺はミーコの小指に自分の小指を絡める。
「必ず帰ってくる。だから泣くな、ミーコ。帰ってきたら、俺とおまえはずっと一緒だ」
「え……?」
「10年前、約束しただろ?」
「そっか、思い出したんだね」
「少し遅かったかな」
「――遅すぎだよ」
ミーコはそう言うと指を切った。
「じゃあ、がんばろうね」
ミーコはそう言い残し、自分のエクスユニットへと乗り込んでいく。
俺はその姿を見送り、力強く拳を握った。
(約束は絶対に守る……!)
そして俺は心に強くそう誓った。
エクスXユニット 斉藤言成 @kotonari
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