第34話 これよりイカロスの翼を広げる!

 それは一瞬だった。

 俺は光の輪に飲み込まれたかと思うと、いつの間にかイカロスのメインブリッジへとやってきていた。

 俺たちが突然現れた事で慌ただしかった周囲が水を打ったように静かになる。

 だがそれもまた一瞬だった。


「だっ、誰や! どうやってここへ!」


 見知らぬお地蔵さんとかぐやさんに向かって鬼更技先生が声をあげ、周囲に緊張が走る。

 だがそんな雰囲気など微塵も感じていなさそうなお地蔵さんは艦長席に座る学園長に向かって言った。


「10年振りかな、トモダチよ」

「……早乙女博士」

「ふむ、そう言えばそう呼ばれていた事もあったか」


 お地蔵さんはそうつぶやくと声を押し殺して不気味に笑う。


(学園長とお地蔵さんは知り合いなのか? それに博士って――)


 俺は眉をひそめて学園長とお地蔵さんの顔を見た。

 お地蔵さんの方はよくわからないが、学園長の方は明らかに表情が固い。

 10年振りとかなんとか言っていたお地蔵さんだけど、久しぶりに会った友達に見せる顔とは到底思えない。


「諸君、この方は敵ではない。とりあえず、ではあるがね」


 学園長が周囲の人々に向かってそう言うと、クルーの人たちは訝しげな顔をしながらもその言葉に従って警戒を解いた。


「ここにあなたが姿を現したと言う事は――やはり、今回はその時ですか」

「そういう事だ」

「学園長、なにをゆーてるんです!?」


 鬼更技先生が耐えかねた様子でふたりの会話に口を挟む。

 そんな先生に向かってかぐやさんが言った。


「10年前の再来、と言えばわかるかしら?」

「なっ――!」

 鬼更技先生が目を丸くして言葉を失う。

「あの、ちょっといいっすか」


 鯨が控えめに手をあげてそう言った。

 そしてさらに言葉を続ける。


「さっきから10年前、10年前とか言ってますけど――なにがあったんっすか?」

「はぁ? アンタ、デザイナーのくせにそんな事も知らないの?」

「えっ、リャナーナも知ってるのか?」

「なによ、流之介も知らないの?」

「――知らないのも無理はない」


 学園長がおもむろにそうつぶやく。

 そして俺たちに視線を向けると言った。


「10年前、この地球ほしにジリオンが本格的に侵略して来ようとした事実は公には伏せられている。リャナーナくんは本国から聞かされていたのかもしれないが、我が国では今でも一部の者しかこの事実は知らず、秘匿されている事柄なのだよ」

「ジリオンが侵略? ジリオンは侵略して来ないはずじゃあ……」


 ミーコが眉をさげてそう言った。

 するとお地蔵さんが肩越しに後ろを振り返る。


「確かにその通りだ。アレは侵略などしない。アレが行おうとしているのは”ゴミ掃除”だ。まあ、君たちにとっては侵略と受け止められる行為ではあるだろうがね」

「ゴミ掃除だって!?」


 俺は思わず声をあげる。

 お地蔵さんはそんな俺を見るとうなずいた。


「そうだ。少年よ、君たちはこの宇宙の――いや、銀河のゴミなのだ」

「なんだと!」

「少年よ、認めたくないのはわかるがこれは事実だ。君たちだってゴミ箱からゴミが溢れそうになれば掃除をするだろう? それと同じ事をする役目がジリオンなのだ。つまり、地球ごみばこから宇宙そとへ出ようとする君たちを彼らは本格的に掃除しに来たというわけだ」

「そんな理由で俺たちを――」

「そうだ。だが、捨てる神もいれば拾う神もいる」

「まさか……それがあんただって言うのかよ?」

「その通りだ。確かに君たちはゴミかもしれない。だが、私は君たちの中に光を見た!」


 お地蔵さんはそう言うと周囲を見回す。


「君たちが持っているいくつもの神話や物語――それらはどれもかつては確かに存在していた世界だ。だが、今となってはその世界たちも銀河の融合によって消え失せた。しかし、その消えた銀河の残滓を想起することができる奇特な存在が君たちなのだ」

「なにをバカげた事を……」


 深沢がそんな事をつぶやく。

 するとお地蔵さんが言葉を被せるように言った。


「バカげている! まさにその通り! バカげた事に、君たちは誰も想像しえなかった存在へとなったのだ。いまも生まれては消えていく銀河世界のゴミクズから生まれた創造性豊かな唯一の存在と!」


 お地蔵さんは両手を広げ、高らかにそう宣言した。

 俺は話がよくわからなずぽかんとしてしまう。

 とりあえず、お地蔵さんが俺たちになみなみならぬ思いを思っているのだけはよくわかった。


(あまり嬉しくはないけど)

「嬉しくないとは心外だな」

「おい……人の心を読むなよ」


 俺がそう言うとお地蔵さんは不気味に笑う。

 そして顔を学園長へと向けた。


「ところでトモダチよ。用意は出来ているのだろうな?」

「ええ、この時の為に10年間準備をしてきましたからね」


 学園長はそう言うと、おもむろに立ち上がる。


「総員に告ぐ。これより、イカロスの翼を広げる!」


 学園長の言葉にメインブリッジのクル―たちがざわついた。

 鬼更技先生もそのひとりで、学園長に詰めって口を開く。


「学園長、本気ですか!」

「もちろんだ鬼更技くん。私はこの時の為に生き残ったのだ」

「――わかりました。では、ウチもやる事をやります」

「よろしく頼む」

「あの、先生」


 俺は目の前に見える鬼更技先生の背中に声をかけた。

 すると先生は厳しい顔つきでこちらを振り返り、俺たちに言った。


「ええか、キミたち。今回の戦いは命懸けのものになるはずや……それでも、やってもらわなあかん」

「地球の為ですもんね」


 鯨が苦笑いを浮かべながらそう言った。

 その言葉に先生は首を横に振る。


「そんな大そうなもんの為に命張らんでいい。キミらにはキミらで守りたいもんがあるやろ。そのために戦ってほしい」

(俺の守りたいもの)

 俺の視線は自然とミーコへと向かう。


『総員に告ぐ。これよりイカロスの翼を広げる! 各員所定のマニュアルに従って速やかに作業を行え! 繰り返す。これよりイカロスの翼を――』


 メインブリッジや艦内各所にそんな声とと共に警報が鳴り響く。


「なんだなんだ!?」


 鯨が辺りを見回して声をあげる。

 俺も周囲の様子に視線を動かす。

 と、艦長席に座る学園長がいつの間にか不思議なヘルメットを装着しているのが目についた。

 そのヘルメットにはいくつもの管が付き、それがすべてどこかへと繋がっているようだ。


(学園長、一体何をする気なんだ?)

「――彼は君たちと同じ……いや、超自然スーパーナチュラルの超能力者だ」


 俺の心を読んだのか、お地蔵さんがそう言った。

 その言葉を聞いた俺は目を丸くする。


(学園長が超能力者だって!?)

「ウロボロスゲート、展開! 総員、対閃光防御!」


 メインブリッジにそう言う声が響き、激しい光と共にウロボロスゲートが海上へと現れた。


「俺たちも行かないと!」


 それを見て俺はメインブリッジを出ようと足を動かした。

 そんな俺の後ろから鬼更技先生の声が飛んでくる。


「大丈夫や! とりあえずここにおりや!」

「えっ? でも――」

「学園長! 総員準備完了、いつでも行けますッ!」


 通信士である兎草さんがそう言って後ろを振り返る。

 その言葉に学園長はゆっくりとうなずいた。


「諸君、共に宇宙そらへ行くぞ! イカロス、変形トランスフォーム!!」


 学園長が高らかに声をあげた。

 すると、イカロスのメインブリッジモニターや各所のモニターに”EXOTIC”の文字が躍り出る。

 俺は驚いて思わず言葉をもらす。


「これってまさか――!?」

「そう、このワープゲート艦イカロスは巨大なエクスユニットでもあるのだ」

「うっ、嘘だろ。それじゃあ、このイカロスのパイロットって……」


 俺はそう言いながら、学園長へと視線を向ける。

 さっきのお地蔵さんの言葉から考えると間違いない。


(パイロットは学園長なのか!?)


 俺がそう思っているとイカロスが大きく揺れた。

 何事かと窓の外へと視線を向けると、イカロスの巨大な船体に黄金の翼が生えているのが見えた。

 そして周囲の景色が上へと持ちあがり、ありえない事にイカロスが空へと浮き上がっている。


「おっ、おおっ、おい! 学園長がッ!?」


 鯨の驚く声に俺が顔を動かすと、視界の先に見える学園長の全身が黄金に輝いていた。

 その姿をみて、俺は他のみんながしている顔と同じ顔をしてぽかんと口を開く。

 そんな俺たちの方へ、黄金に輝く学園長が肩越しに振り返って口元に笑みを浮かべる。


「諸君、ちゃんと捕まっておきたまえ」


 そしてそう告げると再び前を向き、黄金学園長は力強い声で言った。


「イカロス、全速前進!」


 その声に巨大エクスユニット・イカロスは答え、黄金の翼をはためかせてウロボロスゲートの中へと突入していった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る