第32話 早乙女はじめと月読かぐや
かなみ荘。
金海沢という田舎町にある民宿でありミーコの実家でもあるこの場所は、たぶん今この宇宙の中で1番混沌としていると思う。
「どうぞ」
おばさんに挨拶をしている俺たちに、そう言ってお茶を出しているのはお地蔵さんだった。
(なんなんだ。この状況)
俺はお地蔵さんがまた何かを企んでいるんじゃないかと思い、警戒しながらその一挙手一投足を見つめた。
「あらあら、みんなどうしたの? 怖い顔しちゃって」
おばさんがそう言って小首を傾げる。
「ほんとよ。さっきからアンタたちおかしいわよ」
お地蔵さんとはじめて会ったリャナーナもそう言って眉をひそめた。
「お母さん!」
と、ミーコが少し大きな声をあげる。
「なに、美衣子?」
「その……この人たちは?」
「ああっ、そういえば紹介がまだだったわね――こちら
「早乙女はじめだ。よろしく」
お茶を配り終わったお地蔵さんはそう名乗ると、和服美人の隣へと腰を下ろした。
(早乙女って……顔に似合わな過ぎるだろ。というか、本名なのかどうかも疑わしいよな)
俺がそんな事を思っていると、おばさんは手のひらをお地蔵さんの隣に座る和服美人さんへと向ける。
「それで早乙女さんの隣にいるのが
「みなさん、よろしくね」
紹介をされたかぐやさんはニコリと微笑んでそう言った。
(この人どこかで見たような……)
俺がそう思ってかぐやさんをじっと見つめていると、視線が合った。
するとかぐやさんはなぜか可笑しそうにして口元を押さえた。
「まだ伝えてなかったんだけど、今年から美衣子がいないでしょ? だからお手伝いしてくれる人を探してたのよ。そしたらこの2人が来てくれてね。手伝ってもらうこにしたの」
おばさんはそう言うと、ふたりを見て「若い人がいてくれると助かるわ」とつぶやく。
おばさんの口ぶりから、やはりお地蔵さんのように見えているのは俺だけのようだ。
「ふーん、ところでふたりはどういう関係なんですか?」
お茶をすすりながら、リャナーナがいきなりそんな質問を口にした。
(確かに気になるけど、初対面の相手によく聞けるな)
俺が密かに関心していると、おばさんが少し困ったように眉をさげた。
「リャナーナちゃん。ダメよ、そう言う事はいきなり聞いちゃ」
「でもおばさんも気になってたんじゃないんですか?」
「そっ、それはそうだけど――ねぇ?」
おばさんがお地蔵さんたちを見て苦笑いを浮かべる。
お地蔵さんは押し黙ったままだったが、かぐやさんは微笑みながら言った。
「そうねぇ、いまは友達以上恋人未満って感じかしらね?」
「なに!?」
かぐやさんの言葉に珍しくお地蔵さんが動揺した声をあげる。
そんなお地蔵さんを見て、かぐやさんはクスクスと笑う。
「でもそうね、本当の所はご想像にお任せしておくわ」
「か、かぐや!」
「あら、どうしたのはじめさん?」
「あっ、いや……なんでもない」
俺は口を開けてふたりのやり取りを見ていた。
いつも偉そうなあのお地蔵さんが、かぐやさんの前ではまるで子供のようだ。
そんなふたりの様子を見ておばさんが笑い声をもらす。
「仲がいいのはよくわかったわ」
そしておばさんはそう言うと、ゆっくりと席を立つ。
「それじゃあ挨拶も済んだ事だし、そろそろはじめましょうか」
俺はおばさんの言葉に短かく返事をして席を立つ。
お地蔵さんの事は気になったが、今の所はなにか変な事をするわけでもなさそうだ。
(とりあえずはこのかなみ荘でやる事が先決だな)
おばさんは俺たちに色々とやって欲しい事を告げる。
それを聞いた俺たちは、それぞれ動き出した。
*
準備をはじめて数時間が経った。
かなみ荘はそんなに大きな建物でもなく、人数をかけてやったからか、思ったよりもあっけなく準備は終わってしまった。
開け放たれた2階の窓から見える太陽はだいぶ高い位置に昇っており、いまはちょうどお昼時くらいかなと俺は思う。
すると下の階にいたおばさんから声が掛かり、好意でお昼をごちそうになる事になった。
「ありがとう。助かったわ」
俺が鯨と共に2階から1階に降りると、すでに昼食の準備を整えていてくれたおばさんがそう言った。
「うおーっ、美味そう!」
鯨がテーブルの上に並べられていた料理を眺めながら、今にもかぶりつきそうな顔でそう言う。
すると、すでに隣に座っていた深沢が小さなため息をついた。
「まったく、はしたないわね」
「んだよ、美味そうなもんを美味そうって言って何が悪いんだ!」
「別に悪くないわよ。でも、言い方ってものがあるでしょ?」
「もう、ふたりとも喧嘩しないでよ」
料理を持って後からやってきたミーコが苦笑いを浮かべる。
そんなミーコに向かってリャナーナが言った。
「それ、美衣子が作ったの?」
「えっ、あっ……はい。お母さんのと比べるとアレですけど」
「美衣子ちゃんの手作りだと……!」
「どうした鯨?」
「流之介、オレは生きていてよかった!」
「ハハハっ」
大袈裟な奴だとは思うが、鯨の気持ちがわからないわけではない。
「――料理が出来るとはポイントが高いわね」
「んっ、リャナーナ? なにをひとりでぶつぶつ言ってるんだ?」
「べっ、別に。それより流之介。やっぱりこういう料理が出来る人が好き?」
「えっ……まあ、好きかな」
ぽつりとそんな言葉がもれ、俺の視線は自然とミーコに向かう。
視線が合ってしまったミーコと俺は慌てて視線を逸らした。
「ふーんっ、じゃあ今度がんばってみるわ」
腕組みをしてリャナーナはそう言った。
俺はなんと答えていいのかわからずに苦笑いを浮かべる。
「さて、いただくとするかな」
椅子に座っていたお地蔵さんが偉そうにそう言った。
(さすが自称神様だ)
俺はそう思いながらも、空いていたかぐやさんの隣へと腰を下ろす。
するとかぐやさんがそっと俺に耳打ちをした。
「ねぇ、君が気になってるのはどっちの子なの?」
「えっ!?」
いきなりそんな事を言われるとは思っていなかった俺は思わず大きな声をあげた。
周りのみんなは不思議そうな顔で俺を見る。
俺は鼻の頭をかいて口元を歪めた。
そして隣のかぐやさんに小さな声で言った。
「いっ、いいっ、いきなり何言うんですか!」
「だって、感じるんですもの――恋の波動」
「はぁ?」
俺が眉をひそめると、かぐやさんは口元を隠して微笑む。
(そうか、あのお地蔵さんと一緒にいるんだ。この人も普通じゃないよな)
俺はそう思い、かぐやさんを見つめた。
するとふいに金海沢に戻ってきた日の事が頭に蘇る。
「あっ、かぐやさんってあの時の!」
「あら、今頃気付いたの?」
クスクスとかぐやさんが笑う。
どこかで見た事があるとは思っていたが、かぐやさんは道を教えてくれた美人さんだった。
(そういえばお地蔵さんをはじめて見たのもあの時だったな)
俺はそう思い、かぐやさんの隣に座るお地蔵さんをちらりと見やる。
すると箸を握ったお地蔵さんが料理を口に運ぶ所だった。
(んっ――あれ、どうやって食べるんだろう)
俺はふとそんな疑問を抱き、その行方を見守った。
すると料理は掃除機に吸いこまれるように、動かないお地蔵さんの口の中に消えていった。
(なんかもう滅茶苦茶なやつだな)
俺はそう思うが、もう何度も会っていて不思議な事を目撃していたからか、驚きはさほどなかった。
「美味しいよ、美衣子ちゃん!」
鯨がそう言う声が俺の隣から聞こえる。
「さぁ、私たちもいただきましょうか」
かぐやさんがそう言ってニコリと微笑む。
不思議な人だと思いながらも、俺は目の前に置かれた箸を手に取った。
「いただきます」
そしてそう言うと、俺もみんなと同じく昼食を食べ始めた。
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