ー最終章ー

第31話 ようこそかなみ荘へ

 ミーコとの事があってから数日が経った。

 イカロス当番も終わり、俺たちはまたいつものような寮生活に戻る。

 そんな日常の中、俺はなんとかミーコの誤解を解きたいと思っていた。しかし、どうにもタイミングが合わない。

 いままでと変わらない様子で俺に接するミーコに近づこうとすると、巧みにかわされてしまうのだ。


(どうしたらいいんだろうか)


 放課後。

 俺がひとり中庭の噴水前ベンチに座ってため息をついていると、リャナーナが現れた。


「こんなところにいたのね」


 リャナーナはそう言って俺の隣へと座る。


(リャナーナにもちゃんと俺の気持ちを言わないとな)


 そんな事を思いながら、俺はリャナーナへと視線を向ける。

 俺と目が合うと、リャナーナは嬉しそうにニコリと笑った。

 その顔を見て、俺の胸が少し痛む。


(でも、俺が本当の事を言えばリャナーナはもっと傷つく事になるよな)


『曖昧な言葉で濁すな。思いっきり傷つけてやれ』


 鯨の言葉が頭の中にこだまする。


(わかってはいるんだが、やるのは辛い)

「はぁ」

「もうなによ、さっきからため息ばっかりね」

「悪い」

「あのさ、流之介。私の前では弱音を吐いてもいいんだからね?」

「ありがとう。でも、そういうのじゃないんだ」

「ふーんっ……じゃあ、アタシが流之介を元気にしてあげるわ」


 リャナーナはそう言うと俺にひっついてきて腕をからめた。


「リャナーナ成分注入!」

「――なんだよ、それ」

「ちょっ! そんな真顔で言わないでよ!? こっちだって恥ずかしいんだから……」


 リャナーナは頬を赤らめてもじもじと体を揺らす。

 そんなリャナーナは可愛くて、俺も少しドキリとしてしまう。

 でも心のどこかにはミーコがいて、俺は自分の軽薄さに嫌気が差した。

 そんな俺の心を見透かすような瞳で、リャナーナが俺を見た。


「ねぇ、流之介」

「なんだ?」

「今度の日曜日。外出しましょう」

「外に出てどうするんだ? ここは遊ぶところなんてほとんどないぞ」

「アタシは遊ぶなんて言ってないでしょ」

「じゃあ何をするんだよ?」

「あのね、実はさっき美衣子から聞いたんだけど、美衣子の実家ってこの街にあって民宿をやってるんだって。知ってた?」

「知ってるよ」

「なら話は早いわね」


 俺はリャナーナの話の要領を得ず、眉をひそめる。

 リャナーナはと言うと、ニコニコ笑ってさらに言葉を続けた。


「みんなで美衣子の実家にお手伝いにいきましょう!」

「お手伝い?」

「そう! 海開きはまだ先だけど、釣りをするお客さんとかが増えてくるからそろそろ民宿を再開するらしいの」

(そう言えば、前はお昼時だけ開けてるって言ってたもんな)


 俺はおばさんの顔を思い浮かべながら、再会した時の事を思い出した。


「それで美衣子が実家に帰って再会準備のお手伝いをするらしいんだけど、そんな話をかなめとしてる所をたまたま聞いちゃってさ。どうせならみんなで行こうって話が盛り上がったのよ」

「なるほどな。そういう事か」

「うん、そういう事。もちろん流之介も行くわよね?」

 俺は少し考えるが、特に断る理由もない。

「わかった。そういう訳なら俺も行くよ。おばさんにはお世話になったしな」

「じゃあ決まりね」


 リャナーナはそう言うと体を押し付け、からめた俺の腕をぎゅっと胸元に引き寄せる。


「楽しみね」


 リャナーナの甘い声が聞こえる。

 俺はと言うと、腕に当たるリャナーナの胸の感触を意識しないように精いっぱいで返事をすることができなかった。





 日曜日。

 リャナーナと話していたように、俺はミーコの実家であるかなみ荘を手伝うために外出する事になった。


「で、なんでお前たちもいるんだ?」


 待ち合せの校門前。そこに行くとすでにいた鯨と深沢に言った。

 すると、私服姿の鯨が口を開く。


「おいおい、なんでって当たり前だろう。流之介が行くならオレもセットで付いてくる事に決まってんだよ」

「ハンバーガー屋みたいなノリで変な事を言うな。それに行くなら一緒に行けばよかっただろうが」

「サプライズってやつだぜ!」

「……嬉しくないサプライズだな」

「ふたりは相変わらず仲が良いわね」


 ふわりとした女の子らしい服装をした深沢がそう言ってくすりと笑う。

 そんな深沢をジロジロと見て鯨が言った。


「ふむ、馬子にも衣装だな」

「あなた、そんな事言ってるとモテないわよ」

「ぐっ!」


 鯨が胸を押さえて顔を引き攣らせた。

 俺はそんな鯨を見て苦笑いを浮かべる。


「ごめんね、みんな」


 そんな声が後ろから聞こえ、俺は後ろを振り返る。

 するとそこにはリャナーナとミーコの姿があった。

 はじめて見るリャナーナの私服姿は、ショートパンツにタイツというとても動きやすそうな服装だ。

 元々スタイルがいいのもあり、とても似合っている。


 ミーコも家の手伝いをするという事をわかっているからか、動きやすそうなパンツスタイルだった。

 リャナーナはカッコいいという感じだが、ミーコの方は素朴だがとても可愛く見える。


「いやぁ~、目が癒されるぅ」


 鯨が両手を合わせる。

 大袈裟な奴だと思うも、俺も否定はできない。

 リャナーナは俺を見てニヤリと笑ってポーズを取って見せる。


「どう流之介、かわいい?」

「ああ、うん。かわいいよ」

「ありがと」


 俺たちのそんなやり取りを見て、周りのみんなが苦笑いを浮かべる。

 俺はそんな周りの視線に気づいて鼻の頭をかいた。


「じゃあ行こっか」


 ミーコがそう言うと、俺たちはゆっくりと歩き出す。

 学園からかなみ荘までは歩いていける距離なので、俺たちは自分たちの足を使うことにしていた。

 学園近くにバス停もあるのでそれを使う事も考えたが、田舎な事と日曜日と言う事もあり本数が少ないので歩いた方が早いのだ。

 だが結局的この選択は正しかったと思う。

 みんなでどうでもいいような事を話しながら歩くのはなんだか楽しかった。

 そして不思議なもので、楽しいと思っているとあっという間に目的地についてしまった。


「ここが私の家です」


 ミーコが少し恥ずかしそうにそう言ってかなみ荘を紹介した。

 そしてみんなを先導して先に中に入っていく。


「おかあさーん」


 中に入るとミーコがそう言った。

 俺はその声でおばさんが出てくるものだと思った。

 だが、奥から姿を現したのは予想もしない人物だった。


「やあ」


 そう言って片手をあげる人物を見て、俺たちA班の面々はそれぞれに驚いた。

 ただリャナーナだけは、きょとんとした顔をして俺たちの顔をみていた。


「嘘だろ」


 俺の口からそんな言葉が自然ともれた。

 きっと他のみんなも俺と同じ気持ちのはずだ。

 なぜならあのお地蔵さんが、かなみ荘のエプロンをつけてそこにいたのだ。


「お、おおっ、おまえがなんでこんな所に!」


 鯨がそう言ってお地蔵さんを指差した。

 すると、お地蔵さんは当たり前のように言った。


「見てわからないかね? ここで働いているのだが――」


 お地蔵さんのその物言いに俺たちは誰も言い返せない。

(なんでこいつ自然に溶け込んでいるんだよ)

 俺はよくわからない存在のお地蔵さんが、さらによくわからなくなる。

 そんな俺たちの混乱をよそに、お地蔵さんの後ろからおばさんともう一人、和服姿の美人さんが現れる。

 そしておばさんは、俺たちを見るとニッコリと笑った。


「あら、おかえり美衣子。それにお友達たちも、ようこそかなみ荘へ」

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