第30話 俺にとってミーコはただの幼なじみなんかじゃない!

 俺たちは無事にイカロスに帰還し、事の顛末を報告した。

 その話に大人達は眉をひそめる。


(無理もないよな)


 信じてもらえるとは鼻から思っていなかった俺は、半ば諦める事ができた。


「くっそー、なんだよ。絶対に俺たちの話信じてないよな!」


 だが、鯨は納得がいかないようで、部屋に戻ってからもぐちぐちと俺にそんな事を言う。


「しょうがないだろ。神様が現れて俺たちの邪魔をしました――なんて話をいきなりされて、信じる人の方が少ないって」

「まあ、そう言われてたらそうなんだけどよぉ……なんかこうさぁ!」

「わかるわかる」


 俺が鯨に相槌を打っていると、部屋の扉がふいに開いた。

 俺や鯨、部屋にいた先輩たちの視線が扉の方へと向く。


「ミーコ」


 開いた扉の先にいたのはミーコだった。

 みんなの視線が集まっているのに気付くと、ミーコは顔を俯け遠慮がちな声で言った。


「あの、リュウちゃん……」

「あっ」

 色々な事があってすっかり忘れてしまっていたが、俺はミーコに話があると伝えていたんだった。

「ごめん」


 俺はすぐさま立ち上がり、ミーコの側へと駆け寄る。

 みんなの視線があるここではさすがに話しにくい。


「ミーコ、他のところへ行こう」

「うん」


 ミーコがうなずき、俺たちは部屋を後にする。

 扉が閉まる前に部屋の中へと視線を向けると、みんなが親指を突き立てているのが見えた。

 だが鯨だけは俺たちの方を見ずに顔をそむけていた。


(鯨、ごめんな)


 俺は申し訳ない気持ちになりながらも、鯨の気持ちを無駄にしないためにもちゃんと話をしなければと決意を固めたのだった。





 俺たちは場所を移し、甲板へと出た。いまはここに誰もおらず、暗い海がただ広がっている。

 俺とミーコはここに来るまで言葉を交わさなかった。そしていまもふたりで押し黙り、海面に映る月をみつめていた。

 俺の瞳の中の月は、波にゆられてたゆたっている。

 俺は視線を流してミーコを見た。

 わずかに吹いてる風が、ミーコの綺麗な黒髪を揺らす。なにか言わなければいけないと思うが、言葉が出て来ない。

 情けないことに、さっきしたばかりの決意が早くも揺らぐ。

 早く言え――そうは思うが、俺の口は固く閉じて動かない。ただ単純な事を伝えるだけなのに、心は激しくかき乱される。


「今日は海が穏やかだね」


 ミーコが沈黙を破ってそう言った。

 俺はドキリとしながらもうなずいた。


「ああ。そうだな」


 …………。

 再び沈黙の時。

 こんな感じになるのは、10年振りに再会したあの時以来だ。

 あの時は久しぶり過ぎて、会話のリズムが掴めなかったっけ。

 だが、いまはそういうわけじゃない。

 10年の歳月などなかったかのように、いまはお互いの事がわかっている。

 でも、わかっているからこそ黙るしかなかった。

 俺は決定的な事を言おうとしている。その決定的な事が、この関係を変えてしまうのが怖かった。

 良い方に変わるとは言い切れない。

 だけど、言わなければずっとこのままだろう。

 俺は拳を握りしめ、意を決して声を出す。


「あの!」

「あの!」


 俺とミーコはタイミングばっちりで何かを言おうと声をあげた。

 ふたりで顔を見合わせ、苦笑いを浮かべる。

 そしてミーコが片手を俺に差し出して言った。


「リュウちゃん、お先にどうぞ」

「えっ、いや……ミーコが先でいいぞ」

「ううん、私は後でもいいからお先に……」

「いやいや、ミーコが先で!」


 いつかのように、何回か同じようなやり取りが続いた。

 バカバカしくなってきた所で、ミーコが笑いだす。


「あははっ、私たちぜんぜん変わらないね。10年振りに会った時と同じだよ」

「はははっ、そうだな」

「……これからも、変わらないよね?」


 ミーコは笑顔を浮かべたままそう言った。

 俺はその言葉に息を飲む。


「ごめんね、リュウちゃん。私、なんだかひとりで勘違いして怒ってた。リュウちゃんにとって私はただの幼なじみなのに……わかってたのに、ごめんね」

「そっ、そんな事ない! 俺にとってミーコはただの幼なじみなんかじゃない!」

「リュウちゃんは優しいね。でもね、今は優しくしないで」

 ミーコはそう言って俯いた。

「ミーコ?」

「私はいいの。リャナーナ先輩みたいに綺麗じゃないし、可愛げもないし……だから、いいの」


 ミーコは顔をあげた。

 その顔には、いつものような笑顔が浮かぶ。


「これかも友達として仲良くしてね、リュウちゃん」


 そして俺にそう言うと、ミーコは俺の脇をすり抜けて走り去っていく。


「ミーコ!」


 俺はミーコを呼びとめるために声を張り上げる。

 だが、突然強く吹いた海風に俺の声は流されてしまう。

 走り去るミーコの背中を見つめたまま、俺は茫然と甲板に立ち尽くす。


「……なにをやってるんだよ、俺は!」


 俺は自分自身の不甲斐なさに憤り、拳を握りしめた。

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