第29話 一点突破ァッ!

 先輩たちから哨戒任務を引き継いだ俺たちA班は、イカロスゲートを通って宇宙へと出た。

 ジリオンが現れるという事は少ないようだが、警戒を怠るわけにはいかない。

 俺は周囲に注意しながらトゥーソードを動かし、規定のルートを進む。


「ミーコ」


 俺は離れた位置にいる特殊兵装搭載型エクスユニット・フェアリーに乗るミーコへと通信を入れた。

 通信が開くとミーコの顔が映る。


『なに、星野くん』


 ミーコはそう言いながら目を逸らす。

 俺は心が折れそうになるがぐっと堪えて口を開く。


「話があるんだけど、この後時間をもらってもいいか?」

『なんの話?』

「それは直接話すよ」

『……わかった。少しだけならいいよ』

「ありがとう」


 俺はミーコの言葉を聞いてホッと胸を撫で下ろす。

(帰ったらなんとかして誤解を解かないとな)

 俺がそんな事を思っていると、突然モニターに異変が起こった。

 ノイズが走り、一部が砂嵐に覆われる。


「なんだ?」


 俺が驚いていると、他のみんなからも通信が入る。


『おい、なんかおかしくねぇか?』

『確かに変ね。これは……どこかからの通信?』


 鯨と深沢がそう言うと、突然ウィンドウがポップアップしてきた。


『リュウちゃん、この人って!』


 ミーコが驚いた顔をしながらそう言った。

 ウィンドウに映る人物を見て、俺は顔を強張らせる。

 そこに映っていたのはあの”お地蔵さん”だった。


『久しぶりだな。少年少女よ』


 頭に直接響くような不気味な声でお地蔵さんがそう言う。


「おまえ、どうやってこんな通信を!」

『その答えは簡単だ。私は君たちのすぐ近くにいる』

「えっ?」

『――おい、嘘だろ!?』


 鯨の驚く声が響いた。


「なッ!?」


 俺もモニターを見て言葉を失う。

 ありえない事だしなんと言えばいいのかわからないが、宇宙空間の中にお地蔵さんが立っていたのだ。


『マジシャンにしてもありえないわよね』


 深沢が冷静に、だが驚きを含んだ声色でそう言った。

 俺はお地蔵さんを睨みつけ、声を張り上げる。


「俺たちの前に何度も現れて……おまえの目的はなんなんだ!」

『それはこの前も言ったはずだ。私がこうして動いているのはトモダチとの約束を果たすためだ。そして君たちは選ばれたのだ。陳腐だが、”英雄”としてね』

「よくわからないが、なんの権限があって勝手にそんな事を!」

『フフっ、私は昔から気まぐれとよく言われていてね。かぐやにも叱られることがある』

『リュウちゃん、おかしいよ! イカロスと通信ができないの!』

「えっ!?」


 ミーコの言葉を聞き、俺も地上のイカロスへと通信を入れてみた。

 だが、いくら試してみても通信は繋がらない。


「おまえの仕業か!?」

『悪く思わないでくれ。あまり多くの者に見られるのは私の趣味ではないのでね』

『おい、おっさん! いくらイケメンだからってやっていい事と悪い事があるぜ!』


 鯨の乗っている特殊戦闘型エクスユニット・ケルベロスが、お地蔵さんを指差す。

 その隣にいた深沢の乗る支援特化型エクスユニット・アンブレラがアサルトライフルを構えた。


『確かに男の人とは思えないくらい美しい人だけど……こんな所にいるんだもの。普通の人間なわけないわよね?』


(ふたりにはお地蔵さんが普通の人間のように見えてるのか?)


 そう思い、俺は眉をひそめる。

 ミーコには犬のような頭をした男に見えていたみたいだし、ますますよくわからない奴だ。


『さて、本題に移ろう』


 お地蔵さんはそう言うと、宇宙そらを滑る様に上へと動いていく。


『私がここに来たのは君たちに試練を与えるためだ』

「試練だって?」

『そうだ。英雄に試練はつきものだろ?』


 お地蔵さんがそう言うと、宇宙空間にウロボロスゲートのようなものが突如として展開する。

 そしてそこから巨大な黒い虫のようなモノたちが姿を現した。


『これはジリオン反応!?』


 深沢がそう叫ぶ。

 俺たちはそれぞれのエクスユニットを動かし、武器を手にする。


『この前のように助けはないぞ。今回は君たちだけで切り抜けねばならない』

「くそっ!」


 俺は刀でお地蔵さんを斬りつける。

 だが手ごたえがまったくない。


「どうなってるんだ!?」

『少年よ、私にかまっている暇などないぞ』

「■■■■!!」


 虫型のジリオンたちは奇声をあげて俺たちに襲いかかる。

 俺たちは一度散開し、虫たちをやり過ごす。


「エキゾチック!」

 俺はそう宣言し、エキゾチックシステムを起動させた。

 すると、周囲の景色が加速する。

「でりゃあっ!」


 俺は虫たちの間を縫うようにトゥーソードを動かし、手にした刀で虫たちに斬撃を加えた。


『コア情報を送るわ!』

 深沢がそう言うと、アンブレラの頭部が展開する。

『……視えた!』


 アンブレラから送られてきたコア情報により、ジリオンのコアが判明した。


『よっしゃっ、燃えるぜぇッ!!』


 鯨の声に答えるように、ケルベロスの手足が言葉通りに燃え上がる。

 鯨の中には【パイロキネシス】という力が眠っているらしく、炎を生み出すことができる。

 その力で炎を纏ったケルベロスは、虫型ジリオンに拳を突き入れた。


『ファイヤーッ!』


 鯨が叫ぶとジリオンの体が燃え上がる。

 そしてケルベロスが拳を引き抜くと、そこにはコアが握られていた。


『破ッ!』


 ケルベロスがコアを砕く。

 すると形を維持できなくなったジリオンはそのまま消滅した。


『エキゾチック!』

 ミーコの操るフェアリーが羽――フライブレードと呼ばれる特殊兵装を展開した。

『いっけぇー!』


 ミーコの声と共にフェアリーのフライブレードが周囲に飛び立つ。

 ミーコの持つ能力は【念動力ねんどうりき】というものらしく、自分の意思で物を遠隔操作できる。

 その力で操られたフライブレードは、その名の通り空飛ぶ剣となってジリオンを切り刻む。

 そして体を切られたジリオンのコアがむき出しとなった。


『えいッ!』


 ミーコは気合いの声をあげてアサルトライフルをコアへと撃ち放つ。

 その攻撃でコアは砕け、ジリオンは宇宙空間で消滅した。


『なかなかやるな。ではこれでどうかね?』


 お地蔵さんはそう言うと、おもむろに手をあげた。

 すると虫型ジリオンたちは集まっていき、その姿を変えた。


「なんだよ、あれ」

『ひっ――むっ、むむっ、ムカデ!?』


 モニター越しの深沢が顔を青ざめさせながらそう言った。

 深沢の言う通り、それはムカデのように見える。

 合体して巨大なムカデへと変じたジリオンは、思った以上に素早い動きで俺たちに襲いかかる。


「■■■■!!」

「くっ!?」


 俺はムカデのたいあたりで吹き飛ばされる。

 なんとか態勢を立て直したが、ムカデは一直線に深沢の乗るアンブレラへと向かっていた。


「まずい!」


 俺はエキゾチックシステムを起動させるが、少し遅い。

 ムカデはあぎとを開いてアンブレラに喰いかかる。


『かなめちゃん!』


 ミーコの声が響き、フライブレードがアンブレラとムカデの間に割り込んだ。

 そしてアンブレラを守るようにビームシールドが展開する。


『いっ、嫌ぁッ!!』

『かなめちゃん、しっかりして!』


 ミーコが動きのおかしい深沢に向かってそう言った。

 深沢のアンブレラはシールドの中で頭を抱える。


『にっ、苦手なのよ、ムカデぇぇええ!』


 恐怖によって深沢の集中力が切れたからか、コア情報を伝えていたリンクが途切れる。


「このぉッ!」


 俺はトゥーソードのスラスターを全開にしてムカデに接近。

 2本の刀で胴を断つ。

 ムカデはその身を崩したと思ったが、分離して虫型ジリオンへと戻っただけだった。

 そして分かれたジリオンたちは再び集結すると、ムカデジリオンへと変じる。


『おい、深沢! 集中しろよ!』

『わっ、わかってるわ!』


 鯨に言われ、深沢が体勢を整える。

 そんな中、ムカデジリオンは身をよじりながら再び俺たちに向かって襲いかかった。


「みんな、行くぞ!」


 俺の声に仲間たちは声をあげ、ムカデジリオンと対峙する。


『燃えちまえッ!』

 鯨の乗るケルベロスが、炎を噴きあげる脚で向かってきたムカデジリオンを蹴り飛ばす。

『まだまだァッ!!』


 ケルベロスはさらに拳と蹴りの追撃を加えた。

 俺はそんなケルベロスを飛び越えるような機動でトゥーソードを操り、手にしていた得物でムカデジリオンを一閃する。

 トゥーソードとケルベロスの攻撃を受けたムカデジリオンは体をバラバラにしたが、またすぐに元の形に戻ってしまう。


「くそっ、きりがない!」

『おい、深沢! コアの位置はどこなんだよ!?』


 モニターの中の鯨が苛立った様子でそう言った。


『今やるわ! ちょっと黙っててくれるかしら!?』

 深沢はそう言うと、顔を歪める。

『見たくないけど……視る!』

 アンブレラの頭部が展開し、ムカデジリオンのコア情報が送られてくる。


『えっ、なにこれ!?』


 モニターの中のミーコがそう言って口元を押さえた。

 俺も送られてきたコアの位置を見て目を剥いた。

 ムカデジリオンは虫型ジリオンの集合体であるからなのか、コアの数が無数に映っている。


「こんなにたくさんあっちゃどれを壊せばいいのか……」

『こうなりゃ一個ずつやるしかねぇだろ!』

『それは無理だよ……その前にこっちの機体のエネルギーが無くなっちゃう』


 ミーコのその言葉に、俺はエクスユニットの残りエネルギーを心配した。

 すると、目の前にエネルギーの残量を示す表示がポップアップする。

 俺はそれを見て眉をひそめた。


(あまり長くは持ちそうにないぞ……どうする!)

『あのジリオンたちのように力を合わせるのだ。少年少女たちよ』


 そんな声と共に、モニターにお地蔵さんの顔が大きく映る。


『どんなに個人が強くとも、歯も立たない強大な相手がいる。だが、異なる力を持つ者同士が手を取り、力を合わせれば、力は膨れ上がる。そしてその膨れ上がった力を強大な相手に対して如何に使うか――それは!』


 お地蔵さんはそう言うと、暗い宇宙を照らして燦然と輝く太陽を指差した。


『一点突破ァッ!』


「そっ、そうか!」

 俺はモニターに映る深沢に言った。

「深沢! あのコアの中にひとつだけ違うものがあるはずだ!」

『えっ、それはどういうこと星野くん?』

「俺たち人間がみんな違うように、ジリオンにも個体差があるだろ。だったら、あのジリオンを纏めて中心となっている奴がいるはずだ!」

『確信があるの?』

「わからない。でも、やってみる価値はあるだろ?」

『……わかった。やってみるわ!』


 深沢がそう言うと、アンブレラの顔がムカデジリオンへと向いた。

 だが、相手もただ黙って見ているわけではない。

 ムカデジリオンは奇声を響かせながら、素早い動きで俺たちに襲いかかる。


『深沢には指一本触れさせねぇぞ!』


 鯨のケルベロスが前に出て、ムカデジリオンと激突する。

 高出力を誇るエクスユニットであるケルベロスは、全身から炎を噴射してムカデジリオンの動きを抑えた。

 ムカデジリオンはそんなケルベロスを嫌い、振り払おうと身をよじる。


『暴れんじゃねぇ!』


 鯨の気迫に呼応して、ケルベロスの手足で燃える炎が一段とその大きさを増した。


『――視えたわ! これよ!!』


 精神を集中させてムカデジリオンを見ていた深沢が声をあげる。

 それと共にコア情報が更新され、ムカデジリオンの中にあるひとつのコアがターゲティングされた。


『よっしゃあ! 流之介! 美衣子ちゃん! 後は任せたぜぇえぇぇッ!!』


 鯨がそう言うと、ムカデジリオンを掴んで離さなかったケルベロスがその体を回転させはじめた。

 そしてまるでジャイアントスウィングをするかのようにムカデジリオンを振り回し、太陽が輝く方角へと投げ飛ばす。


「ミーコ!」

『うん、リュウちゃん!』


 ミーコがそう答えると、フェアリーの背中に搭載されたフライブレードがムカデジリオンに向かって飛び立つ。


『いけぇッ! フライブレード!!』

 ミーコの念動力で動くフライブレードは狙いを定め、ムカデジリオンの体の一部を切り刻んでいく。

「いくぞ、トゥーソード!」

 俺の声にトゥーソードが出力をあげて応えた。

 そしてエキゾチックシステムが作動し、機体が加速していく。


『リュウちゃん、あそこだよ!』


 ミーコからそんな通信が入る。

 俺はミーコのフライブレードがむき出しにしてくれた中心コアを真っ直ぐ見つめながら言った。


「ああっ、わかってる――後は任せろ!」


 俺はさらに加速し、トゥーソードと共に弾丸となる。

 そんな俺たちにとって、距離などあってないようなものだ。


「くらえええええッ!!」


 俺は加速した勢いのまま、目の前に見えた中心コアに向かって2本の刀を突き出した。

 確かな手ごたえと衝撃がコクピットを揺らす。


「■■■■■■!?」


 ムカデジリオンが叫び声をあげた。


「うおおおおおおおッ!」


 俺は操縦桿を押し込み、腕部に出力を集中させる。

 2本の刀はさらに中心コアに深く入り込み、コアはひび割れ、そしてついに砕けた。


「■■■■■■――――!!」


 ムカデジリオンは断末魔の声を響かせ、その巨体を仰け反らせる。

 そして制御を失ったのか、体中のあちこちがボコボコと膨れ上がり、最後には派手な爆発音と共に消滅した。


『やっ――やったぜぇッ!』


 そんな鯨の声がコクピットの中に響き、俺はすべてが上手くいったのだと理解した。

 俺は大きなため息と共に、操縦桿を手放す。

 すると、刀を突き出していたトゥーソードの腕も一緒に下がった。


『見事だ少年少女たちよ』


 お地蔵さんの声が聞こえ、俺はハッと気を取り直す。

(まだ終わってない。こいつがいたんだ――!)

 俺は慌てて操縦桿を握り直し、お地蔵さんの方へと向き直った。

 他のみんなも、俺と同じように機体をお地蔵さんへと向ける。


『あなたはなんなんですか?』


 ミーコがそう言った。

 お地蔵さんは「フフフっ」と不気味な笑い声をあげると両手を広げた。


『労をねぎらうために少しばかり教えてやろう。セト、スサノオ、哩底王ねいちりおう黄衣こういの王……君たちに呼ばれる時は様々だが、それらすべてが私であり、そうではないとも言える』

『神様ってことかよ……?』


 鯨がぽかんとした表情でそう言った。

 お地蔵さんはゆっくりと両手を下ろす。


『正確にはそうではないが……そう思ってもらってもかまわない』

『神様なんてわたしは信じないわ!』

『それもまたいいだろう』


 深沢の言葉にお地蔵さんはそう答える。

 すると、彼の頭上にウロボロスゲートのようなものが現れた。


『だが気をつけたまえ、少年少女たちよ。約束の時は近い。もうすぐだ』


 そしてそう言うと、お地蔵さんはゲートに飲み込まれるようにして消えていった。


「約束の時ってなんだ」


 俺がつぶやく。

 すると、突然ウィンドウがポップアップし、そこに兎草さんの顔が映る。


『繋がった――! あなた達、大丈夫なの!?』


 だいぶ焦っている様子で兎草さんがそう言った。


(この様子だと、イカロスの方では大騒ぎになってそうだな)


 俺はそう思いながらも、見慣れた人の顔を見てホッと息をつく。

 そして全員が無事だと言う事を伝えたのだった。

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