第28話 次はおまえの番だ

 イカロス艦内。

 イカロス当番中に先輩たちと共に寝泊まりする部屋の中で、俺と鯨は待機していた。

 鯨は向かいにある二段ベッドの上に寝転がりながらぽつりとつぶやく。


「なあ、流之介」

「なんだよ」

「ひとつ聞きたい事があるんだけどいいか?」


 鯨はそう言うと体を起こす。


「オレはおまえの事を親友だと思っている。だからハッキリ聞かせてくれ。おまえ、リャナーナ先輩の事どう思ってるんだ?」

「どうって……」

「好きか、嫌いか」

「そりゃ嫌いじゃないさ。でも、好きだと言うと少し違う気もする」

「だぁーッ! なんだよそれ!」


 鯨がベッドから飛び降り、俺の隣へと座る。


「じゃあ質問を変えるぞ。この前も聞いたが、おまえ美衣子ちゃんの事どう思ってるんだ?」

「それは……」

「オレに遠慮するな。ハッキリ言えよ」


 鯨が真剣な顔で俺を見ながらそう言った。

 こいつのこんな顔をいままで見た事がない。

(嘘はつけないか)

 俺は小さく息を吐き、鯨を見据えると言った。


「たぶん、好きなんだと思う」

「そうか。わかった」


 鯨はそう言うと膝を叩いて立ち上がる。


「本当はおまえに教えたくはなかったんだが、教えてやるよ」


 鯨は俺に背を向けたままそう言うと、さらに言葉を続ける。


「オレは美衣子ちゃんにフラレれた!」

「えっ、嘘だろ?」

「嘘じゃねぇーよ。今朝、美衣子ちゃんが飛び出して行ってオレが追いかけて行っただろ?」

「ああ」

「美衣子ちゃん泣いてたんだ。その顔を見てたら、気持ちが抑えられなくなっちまって……告白しちまったんだ」


 鯨はそう言うと肩越しに俺を振り返る。


「でも、やっぱりオレじゃダメみたいだ」


 そうつぶやいた鯨の顔は、どこか寂しげに見えた。

(ふたりともいつも通りな感じだったから気付かなかった。そんな事があったなんて……)

 俺は鯨になんと言っていいのかわからず、視線を逸らす。


「流之介」


 鯨の声に俺が顔をあげる。

 俺の事をまっすぐ見つめ、歯を見せて笑う。


「次はおまえの番だ」

「えっ?」

「だって、好きなんだろ? なら、おまえも気持ちをぶつけろよ」

「でも……」

「おまえは優し過ぎなんだよ!」


 鯨はそう言うと俺にヘッドロックをかける。


「美衣子ちゃんがおまえの事をなんか変だって言ってたけど、ようやくわかったぜ。おまえ、俺に遠慮してやがったんだな」

「うっ……」

「あのなぁ、普通はそんな事してる間に他の奴に取られちまうんだぞ。本当に好きなら、ちゃんと行動しろ!」


 鯨がヘッドロックを解き、大袈裟にため息をつく。


「ったく、なんでフラレたばかりのオレが好きだった女の子を好きな他の男を応援しなきゃなんねぇーんだよ! ちくしょーッ!!」

「おっ、落ち着けよ鯨」

「落ち着いてられるかよ! 空しいやら腹が立つやらだぜ!」


 百面相のように表情を変える鯨を見て、俺は苦笑いを浮かべる。

 だけど、こいつはすごい奴だ。ふざけているようだが、しっかりと自分がある。


「しかし、おまえも美衣子ちゃんも似た者同士かもな」


 鯨がぽつりとそうもらす。

 俺は眉をひそめて言った。


「どういう意味だ?」

「あっ、いや、それは言えない。これだけは俺のプライドにかけて言えない」

「……よくわからないが、そうなのか?」

「ああ、そうだ。知りたかったら自分で確かめろ。もう俺に遠慮はするなよ」

「――わかった」

「よし、それでこそオレの親友だ!」


 鯨はそう言うと、再び俺の隣へと腰を下ろす。


「それとな、ついでにフラレた側の意見も教えてやる」

「はぁ?」

「曖昧な言葉で濁すな。思いっきり傷つけてやれ」


 そう言う鯨の顔は真剣だった。

 そんな鯨の顔に、リャナーナの顔が重なる。

 俺が気持ちを決めるという事は、リャナーナの思いには答えられないという事だ。

(リャナーナにもきちんと言わないといけない)

 俺は拳を強く握る。


「鯨、ありがとな」

「おうよ、肉うどん1週間おごりでいいぜ」

「なに言ってんだよ、おまえ」

「当たり前だろ。精神的慰謝料だぜ」

「なんで俺がおまえにそんなもん払わにゃいかんのだ」


 俺が呆れていると部屋の扉が開く。


「交代の時間だ」


 そう言って中に入って来たのは3年生の武威天先輩だ。

 そしてそれに続いて、深沢のお兄さんでも深沢真先輩が姿を現す。

 深沢先輩は俺たちに向かって笑顔を向けると言った。


「あとは頼んだよ。妹の事もね」

「妹さんの事はあれですが、任せてください!」


 鯨がそう言って敬礼をする。

 そんな鯨を見て、深沢先輩は苦笑いを浮かべた。


「じゃあ行きます」


 俺は立ちあがり、先輩たちにそう言った。


「気をつけてな」


 武威先輩のそんな声を聞きながら、俺と鯨はこの部屋を後にした。

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