ー第3章ー

第23話 オレ。美衣子ちゃんの事好きかもしれない

 巨大ジリオンが地上に現れたあの事件から早いものでもう1ヶ月以上が経った。

 気づけば辺りの景色も青々しくなりはじめ、夏がすぐそこまで迫っている気配が漂う。

 あの日の夕方、謎のお地蔵さんが現れてよくわからない事を俺たちに告げた。

 俺は何かが起こるかと思っていたのが、どうやらそれは思い過ごしだったのかもしれない。

 あの後はジリオンが地上に現れたという事もなく、至って平和な日々が続いていた。

 お地蔵さんが何者なのか不明だが、人にどう説明していいかわからないあの出来事を俺やミーコは口に出来ずにいた。


「はぁ」


 俺は小さなため息をつく。

 あの日の事を思い出すと、自然とあの事も思い出される。

 それは俺がミーコにしようとしていた事だ。

 あの後も、ミーコは何事もなかったかのように相変わらずだった。

 俺もそんなミーコに合わせ、いつも通り普通に接してはいる。

 ミーコがどう思っているかはわからない。

 でも相手の態度を見る限り、俺に興味がないという事なのだろうか。それはそれでしょうがないと思うのだが、やはり堪えるものがある。


「はぁ」


 俺は再びため息をついた。


「よおよお、なに辛気臭いため息なんかついてんだよ!」


 そう言って鯨が俺に声をかけてくる。

 今はシュミレーターを使って行う授業前で、俺たちは更衣室でILSに着替えている最中だった。

 俺はILSに袖を通しながら言った。


「いいだろう。別に」

「ツレない事言うなよ。オレたち仲間なんだぜ。何かあれば話くらい聞いてやるって」

「おまえに話してもなぁ」

「なんだよそれはよー。まあ、話したくないんだったら無理にとは言わねぇけどさ」


 鯨はそう言うと、ILSの袖口から腕を出す。

 そして続けてこう言った。


「なあ、じゃあオレの話を聞いてくれよ」

「なんだよ?」

「おまえ、美衣子ちゃんとは幼なじみだよな」

「一応そうだな」

「ただの幼なじみだよな?」

「そう……だな」

「おまえはどう思ってんだ?」

「えっ」


 俺は思いもよらない鯨の言葉を聞いて言い淀む。


(なんて言えばいいのだろうか)


 答えのようなものがないわけではない。だが、それを言葉にするのを俺は躊躇ってしまう。

 すると鯨が言った。


「あのさ、オレ。美衣子ちゃんの事好きかもしれない」


 鯨の言葉に俺の心臓が大きく脈打った。

 周囲のざわめきが一瞬聞こえなくなり、下に向けたままの顔をあげる事ができない。

 ――鯨の事を見て、いつものように何かを言おう。

 そう思ってみても、体は石のように固くなって動かなかった。

 そんな俺に向かって、鯨がさらに言葉を続ける。


「おまえとは友達だからな。一応言っておく。幼なじみだからなにかしてくれってわけじゃないから安心しろよ」

「鯨、おまえいつから」

「うーん、わかんねぇな。なんかホラ、美衣子ちゃんって優しいじゃん。そう言う所がいいなーってかさ」

「そっ、そうか」

「でもまあ、脈はなさそうだけどな」


 鯨はそう言うと、苦笑いを浮かべた。

 俺は眉をひそめる。


「ダメそうだってわかってるのになんで……」

「しょうがねぇだろ。こういうのって理屈じゃねぇんだよ。ダメでも好きなもんは好きなんだよ」

 鯨はそう言いながらロッカーを閉めた。

「んじゃ、先に行ってるぜ」


 鯨はそう言い残すと俺の後ろを通って更衣室を出ていく。

 俺は鯨の話を何度も反芻する。


(あいつはとても男らしいし、良い奴だ。俺は……)

 俺は拳を握りしめる。

(いまは考えるのはよそう)

 俺はそう思い、ロッカーの扉を閉めた。





 今日の授業はすべて上の空だった。

 ぼーっとしながら1日を過ごしていると、気がつけばもう放課後だった。

 それに気がついた俺は、自分の席で帰り支度をはじめる。


「リュウちゃん、大丈夫?」


 俺の顔を覗きこむようにしてミーコが現れた。

 俺は椅子の上で体を仰け反らせる。


「うわっ、ミーコ!?」

「どうしたの? なんか今日変だよ?」

「そっ、そうか? 俺はいつもこんな感じだけどな」

「うーん、やっぱり変だ」

 ミーコはそう言うと唇を尖らせる。

「よお、おふたりさん!」


 と、鯨が俺たちの間に割り込んできた。

 俺はなんだかバツが悪くなり、思わず席を立つ。

 ミーコはそんな俺を不思議そうな顔で見ると言った。


「リュウちゃん?」

「悪い、俺ちょっと用事があるから先に行くわ」

「なんだよ流之介。用事なんて珍しいな」

「ああ、少しな。それじゃあ!」


 俺はこの場から逃げるようにして教室を出た。

 そして早足で下の階へと降りていく。


(俺はなにをやってんだ)


 俺はそう思いながら、足を動かすのをやめた。

 そして小さなため息をつく。

 用事なんてものはもちろんない。あの場から逃げるための嘘だ。


「情けない」


 自分の事ながら本当にそう思う。


『オレ、美衣子ちゃんの事好きかもしれない』


 鯨の言葉が俺の頭の中に過った。


(あいつはあんなに素直に言ってくれたのに、俺は……)


「あれ、流之介じゃない?」


 誰かが俺にそう声をかけてきた。

 聞き覚えのあるその声に顔をあげると、そこにはリャナーナ先輩の姿があった。

 その先輩はきょとんとした顔をしながら言った。


「こんな所で立ち止まってなにやってんのよ?」

「いえ、特には何も」

「なにそれ、おかしいわね。そうだ、アンタ暇?」

「まあ、暇ですね」

「じゃあちょっと付き合いなさいよ」

「えっ?」

「いいから、ホラ」

 リャナーナ先輩はそう言うと俺の腕を掴んで強引に引っ張っていく。

「うわぁ!? ちょっ、ちょっと先輩! どこに行くんですか!?」

「自主トレよ、自主トレ」

「自主トレ?」

「いいから付いてきなさい」

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