第21話 いま、俺には勇者の力が必要だ

 昼間の騒動も一段落し、いまはもうすっかりと日が暮れていた。

 突如として金海沢に出現した巨大ジリオンと戦っていたのがまるで嘘のように、いまはいつも通りの穏やかな時間が流れている。

 そんな中、学園内にある中庭へとやってきた俺は、噴水前にあるベンチへと腰を下ろした。


(あのジリオンを倒した後は大変だったなぁ)


 俺はそんな事を思いながら、小さなため息をつく。

 あの後は色々とあった。

 まず学園長が行ったのが、宇宙へと上がった先輩たちの回収だった。

 もう一度イカロスのウロボロスゲートを起動し、先輩たちを無事に地球へと帰還させる作業は成功した。


「お兄様!」


 そう言いながら帰ってきたお兄さんに抱きついた深沢には少し驚かされた。

 いつもどこか冷静なイメージのある深沢だったが、お兄さんの前だと借りてきた猫のように可愛らしい一面を覗かせる。


「あいつ相当なブラコンだな」


 そう言った鯨の言葉に、俺は苦笑いを浮かべるしかなかった。


 次に俺たちを待っていたのは、聞き取り調査という名の長い拘束だった。

 ジリオンが地上に現れたという事はこれまでになかった。それに学園長や鬼更技先生によるとあんなジリオンは見た事もないらしい。

 そのせいか、大人たちは色々と報告やらで忙しそうに動き回り、戦った俺たちやリャナーナ先輩たち2年生はイカロスでの待機を命じられる。


 しかし、その待機とやらが長かった。

 どうやら政府関係者の到着を待っていたらしく、聞き取り調査のほとんどの時間はその待ち時間だった。


(最初からこっちにいろよな)


 俺は心の中でそう思ったが、偉い人たちには色々と事情というものがあるのだろう。


(まあ、今回のような事があったら命の危険があるので、安全な首都圏にいるというだけかもしれないけど)


 俺はそんな皮肉な事を考えながら、調査員の質問に答えた。

 聞かれた事自体はたいしたことはなく、調査はすぐに終わった。

 聞き取りは個別に行われたが、俺が調査の行われた部屋を出るとそこでばったりとミーコに出会った。


「お疲れ様」


 ミーコが俺にそう言った。

 俺も返事を返し、なんとなしに俺たちは並んで歩きだす。

 あんな戦いの後だし、ミーコは危険な目にあったからか、ずっと黙っていた。

 疲れてもいるだろうと思い、俺も何も言わずにいた。

 するとミーコがふいに俺に言った。


「リュウちゃん、この後少し時間ある?」

 特に何もなかったので大丈夫だと言う事を伝えると、ミーコは俺にこう言った。

「じゃあ戻ったら、中庭の噴水前で会えないかな?」

「別にいいけど、なにかあるのか?」

「うん、それはまた後で」

 ミーコはそう言うと微笑む。


(そして現在いま、俺はこうしているわけだが……)


 俺は少し落ち着かない気持ちで周囲をみる。

 ミーコの姿はまだ見えない。

 俺は少し表情を引き締め、なんとなく着ていた制服の襟を正す。


(ミーコは俺に一体なんの用があるんだろうか)


 俺はそう思いながら、腕を組んでミーコが言いそうな事を想像してみる。

 学園の噴水前、夕暮れ時……シチュエーションは良い感じだ。

 まさかとは思うが、これはもしかしてアレか? 気持ちを伝えるアレなのか?


「いやいや、ないだろ」


 俺は自分で自分の考えを否定する。


(俺とミーコは昔の顔なじみってだけで、再会してまだそれほど時間も経ってないんだ。それなのにいきなりそんな展開になるはずがないじゃないか)


 俺はそうは思うが、気持ちはどこか浮ついてしまう。

 そしてふと思う。


(でも、もし本当にそうならどうなんだ?)


 ミーコは幼なじみで、なんとなく昔から知ってるから仲良くしていて、クラスも一緒だから最近はよくつるんでいるし、嫌いじゃない。


(それに――)


 俺は今日の出来事を思い出す。

 ミーコが巨大ジリオンに捕まった時、俺は心の底から彼女を助けたいと思った。

 自分はどうなってもいいから、彼女を守りたいと思った。


(あの気持ちは嘘じゃない。嘘じゃないってことは……)

「リュウちゃん」

「うわぁッ!?」


 俺は心臓が飛び出るかと思うくらい驚き、思わずベンチから立ち上がる。

 見れば、制服姿のミーコがすぐそばに立っていた。


「そんなに驚いた?」


 ミーコがクスクスと笑いながらそう言った。

 俺はまだドキドキと脈打つ心臓を抑えながら言う。


「いきなり現れるなよ」

「いきなりじゃないよ。リュウちゃんが下を向いてたから気づかなかっただけ」

「そっ、そうか……それで、こんな所に呼びだしてなんの用なんだ?」

「あっ、うん」


 ミーコはそう言って言葉を一度切ると少し俯く。

 そして上目づかいで俺を見上げ、唐突に言った。


「リュウちゃん。目、つぶって」

「えっ!?」

「いいから、つぶって」

「お、おう」


 俺はミーコに言われるままに目をつぶる。


(こっ、ここっ、これはやっぱりアレをするんだよな? ベタベタだけどそうだよな!?)


 俺の心中は穏やかではない。

 しかも、壊れてしまったんじゃないかと心配になるくらい心臓の音が大きく聞こえる。

 すべての音が心音に支配された世界で、俺はきっと次に起こるであろう事に備え、口元を少し尖らせる。


(――さあ、いつでも来い!)


 そんな体勢で俺が待っていると、ミーコの手が俺の手に触れた。

 俺の心臓の音がさらに一段上へと跳ね上がる。


(く、来るのか!?)


 俺がそう思っていると、俺の手になにやら重くてひんやりと冷たい感触が生まれた。


「んっ?」


 俺は目を瞑ったまま声を出し、眉をひそめる。

 するとミーコの声が聞こえた。


「はい、もう目を開けていいよ」

「へっ?」


 俺の口からマヌケな声がもれる。


(まだ終わってないと思うんだけどなぁ)


 俺はそう思いながらも言われた通りに目を開けた。

 すると目の前にはニコニコと微笑むミーコの姿が、そして俺の手にはなかなかの重量感のあるおもちゃが握らされていた。


「これって……」


 俺はそのおもちゃを持ち上げてよく見てみた。

 どこかで見覚えのあるロボットだ。


「あっ」


 ロボットを間近でみて俺の記憶の中からあるアニメが浮かび上がってきた。


「勇者グランガード」

「正解」


 ミーコはそう言うと、おもむろにベンチへと腰を下ろした。

 俺もそんなミーコの隣に座る。


「なんでミーコがこんなおもちゃを俺に?」

「足の裏、見てみて」

「んっ?」


 俺はグランガードのおもちゃをひっくり返してみた。

 するとそこには、薄くなっているが黒いマジックでハッキリと”りゅうのすけ”と書かれていた。

 俺は目を大きく見開いてミーコを見る。


「これ、俺のか?」

「うん、そうだよ」

「なんでミーコが俺のおもちゃを持ってるんだ?」

「……リュウちゃん、やっぱり忘れてる」


 ミーコはそう言うと唇を尖らせて少し俯いた。

 俺は訳が分からず眉をひそめる。

 そんな俺に、ミーコが流し目を向けた。


「私だけずっと覚えてたのは不公平だよ」

「なんなんだよ? 不公平って言われてもわからないぞ」

「本当にぜんぜん思い出せないの?」

「うーん」


 俺は腕を組んで頭の中から昔の記憶を掘り起こす。

(10年以上前、金海沢、ぼくらの勇者グランガード、園村美衣子……)

 関係のありそうな言葉を思い浮かべながら俺はさらに頭を捻る。


「やっぱり覚えてないんだ」

「いや、待て。いま思い出してるところだ」

「もういいよ」

「いや、よくない!」


 俺は思わず大きな声を出してそう言った。

 驚いたミーコが目を見開いて俺を見る。


「あっ、悪い」

「ううん、大丈夫。でも本当にもういいから、昔の事だし覚えてなくてもしょうがないよ」

「あのさ……俺、ミーコに何か言ったのか?」

「うん、言ったよ」

「なんって言ったんだ?」

「それは」


 ミーコは急に歯切れが悪くなると視線を逸らす。

 夕焼けに染まっていたからそう見えたのか、ミーコの顔がいつもよりも赤く見えた。


「そうだ」

 と、ミーコが思いだしたような声をあげて再び俺の方を見る。

「リュウちゃん、まだちゃんと言ってなかったから言うね。今日は本当にありがとう」

「ああっ、別に気にするなよ」

「またリュウちゃんに助けられちゃった」

「また?」

「うん、小さい頃も助けてもらった事があるんだよ。リュウちゃんは覚えてないだろうけどね」

「うっ、小さなトゲで刺すなよミーコ」


 ミーコが口元を手で隠しながら笑う。

 そして少しはにかみながら言った。


「かっこよかったよ、リュウちゃん」

「ミーコ」


 俺とミーコの視線がぴたりと合う。

 そして時が止まったように俺たちは見つめあった。

 この時間ときを長く感じる。

 鼓動が再び高鳴り、俺の視線がミーコの口元へと滑る。

 形のいい唇は夕日に染まり、燃えるように赤い。

 俺は手の中に握っていたグランガードのおもちゃを強く握りしめた。


(いま、俺には勇者の力が必要だ。力を貸してくれ)


 俺はゆっくりと体を前へと動かした。

 ミーコがびくりと震える。

 俺が何をしようとしているのか、きっとわかったのだろう。

 だがミーコは逃げることはせず、少しだけまぶたを下げる。

 爆発しそうな勢いで心臓が脈打つ。

 俺はその勢いにまかせて顔をミーコへとさらに近づけた。

 吐息が熱い。

 あと、少しで届く。


「――邪魔立てしてすまない」


 と、突然そう言う誰かの声が聞こえた。

 俺とミーコはその声に弾かれるよう身を引いた。

 そして声が聞こえてきた方へと視線を向ける。


「なッ……!」


 俺はそこにいた人物を見て、言うべき言葉を失った。


(なんでこんなところにアイツがいるんだよ!?)


 俺はそう思いながらまっすぐにそいつに視線を向ける。

 そこに立っていたのはお地蔵さんのマスクを被ったあの不気味な男だった。

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