第20話 無茶をやってこそ男ってもんだろうがぁッ!

 俺が操るエクスユニットは、ジリオンに向かって一直線に飛ぶ。

 そんな俺と並走するように飛んでいた鯨の機体が、スラスターの出力をさらに上げて前へと出た。


『1番乗りはオレだぜ!』

(こんな時にもそんな事にこだわるのかよ)


 俺はそう思ったが、鯨がいつも通りの調子でいてくれるのも少しありがたい気もした。


「他のふたりは?」


 俺がそうつぶやくと、モニターに後部カメラの映像が映し出された。

 そこには2機のエクスユニットの姿がしっかりと映っている。


「大丈夫みたいだな」

『げっ、なんだよあいつ! でかすぎだろ!?』


 鯨のそう言う声が聞こえた。

 後部カメラのウィンドウを閉じて正面を見ると、鯨の言っていた意味がよくわかった。

 金海沢近海に出現したジリオンはその言葉通り巨大だった。

 エクスユニットも決して小さいものではないはずだが、いま目の前に見えるジリオンはそんなエクスユニットの2倍以上の大きさがあるように見える。


『ええか、キミらの目的は時間稼ぎや。無茶はあかんで!』


 鬼更技先生のウィンドウが現れ、俺たちにそう忠告する。

 だがそれに答えるより先に、巨大ジリオンがこちらの存在に気がついた。

 巨大ジリオンはゆっくり頭をもたげると、触手が蠢く口のようなものを大きく開く。

 俺がなんだと思っていると、コクピット内に警告音が鳴り響いた。


「マズイっ!」


 俺は急いで回避行動を取った。

 だがエクスユニットはまだ俺の言う事をきちんと聞いてはくれず、回避というよりも海の中へと落下していく。


「うわあっ!?」

 モニターが一面水に埋もれ、強い衝撃がコクピット内を揺らす。

 次の瞬間、耳をつんざく轟音が響いた。

「なんだ!?」


 俺は機体を立て直し、周囲の様子を確かめる。

 すると巨大ジリオンが、口から光の柱のようなものを放っている姿が見えた。

 空へと伸びたその光は雲を貫き、やがて消える。


『なんだよありゃ、ビームか?』


 俺と同じように海の中に立っている鯨がそう言った。

 確かにそう見えなくもない。


(あんなのに当たったらひとたまりもないぞ)


 俺がそんな事を思っていると、巨大ジリオンがこちらへと顔を向けた。

 そして鋭い爪の生えた手を振りかぶる。


「くっ、スラスター全開!」


 俺の声で機体は急上昇を開始。

 振り下ろされた巨大ジリオンの手は狙いを外し、海面を叩いて激しい水しぶきを巻き起こす。


『リュウちゃん!』


 ミーコの声が聞こえ、ジリオンに銃撃が加えられる。

 見れば、ミーコと深沢の機体がいつの間にか巨大ジリオンの後ろへと回り込み、アサルトライフルを撃ち放っていた。

 ジリオンはその攻撃で注意を後ろへと向ける。


『みんな、このままジリオンをこちらへ惹きつけましょう!』


 深沢からそんな通信が入った。

 俺と鯨は短い言葉でそれに答え、ミーコや深沢たちの側へと着水した。


「■■■■■――!」


 聞くものたちの精神をかき乱すような言葉にし難い唸り声をジリオンが上げる。

 その声を聞いた俺は、本能的な恐怖を感じた。

 そんな俺の心の動きを敏感に感じ取ったのか、エクスユニットまでもが後ろへと一歩下がる。

 だが怖がってなどいられない。

 俺は周囲の仲間たちの姿を見やり、足を前へと出した。


「いくぞ、みんな!」


 俺の声にみんなは答え、一斉に動き出す。

 そして巨大ジリオンを金海沢やイカロスから遠ざけるために、俺たちは後ろに下がりながら注意を惹きつける。

 その行動に敵はまんまと乗ってきた。

 目の前の獲物を捕えようと、ジリオンはその巨体を揺らして俺たちを追ってくる。


『へへっ、図体がでかいだけで頭はよくないみたいだな!』

『どこかのおバカさんと一緒ね』

『んだと!』

『あら、わたしはあなたとは言ってないわよ? それとも自覚があるのかしら?』

「おい、深沢! 鯨! ふたりともじゃれるなら後にしろ!」


 俺がそう言うと、ウィンドウに映るふたりの顔が何か言いたそうに歪んで大人しくなる。

 少しキツイ言い方になってしまったが、いまの俺にふたりのような余裕なんてない。目の前の敵に対処することで精一杯だ。


『キミたち、後ろに下がり過ぎや! 沖に出過ぎると海が深い! 動きが制限させるで!』


 ポップアップしたウィンドウの中の鬼更技先生がそう言った。

 とにかく遠くへと思っていた俺は、その言葉に少し足を止める。

 見れば、海はいつの間にか俺たちの機体の腰辺りまで達していた。


「■■■■■!!」


 と、巨大ジリオンが再び咆え、突然海の中へとダイブする。

 その衝撃で海が激しく波立ち、勢いの強い波が俺たちの機体を襲う。


「うわああ!」


 波に飲み込まれて俺は体勢を崩す。

 周りのみんなも同じように海の中へと倒れ込んでいく。

 そしてジリオンの生んだ波に、俺たちは海のかなり深い方まで押しやられた。

 自分の重さで海中へと沈むエクスユニットの中に、鬼更技先生の声が響く。


『キミたち、体勢をはよ立て直せ! そこから逃げるんや!』

「くそっ!」


 その声に俺はなんとか機体を立て直そうとした。


『きゃあッ!』


 ミーコの叫ぶ声。

 俺がハッとなってミーコの機体の姿を探す。

 すると、少し離れた場所で巨大ジリオンに捕まるミーコの機体が見えた。


「ミーコッ!」


 俺は思わず叫ぶ。

 そしてミーコを助けようと思った俺の思いを汲み取ってか、目の前に搭載武装を表示するウィンドウが展開された。

 俺は無意識のうちに、展開された武装の中から刀のイラストが描かれたパネルへと視線を向ける。

 するとエクスユニットは腰に装備していた2本の刀を引き抜いた。


「いま助ける!」


 俺がそう言うと、機体は唸り声をあげて海の中を直進した。

 だが、海の中のジリオンは地上に出ていた時とはケタ違いに素早かった。

 巨大な体をしているとは思えないスピードで海の中を泳ぎ、俺は近付くことさえできない。


『いやあああ!』


 腕に掴まれたままのミーコが悲鳴をあげる

 映っているウィンドウの中では赤い警告灯が光り、機体までも声をあげていた。


「ミーコを離せえぇええええッ!!」


 俺は咆え、ジリオンを追う。

 その時、コクピット内に異変が起きた。

 突然モニターに”EXOTIC”という赤い文字が躍り出たのだ。

 そして機体にも変化が起こる。

 あきらかに先ほどまでと動きが違う。

 まるで水の抵抗がないかのように機体が進んでいる感覚がある。


「なんだこれ?」

 そして俺にも不思議な事が起こっていた。

「ジリオンの動きが”解る”」

 それは直感的なもので言葉では表し難い。

 だけどいまの俺には本当に解る。

「よくわからないけど、これならいける!」

 俺は操縦桿を握りしめ、前へと押し倒す。

「行くぞッ!」


 俺とエクスユニットは一体となった。

 まるで自分の体であるかようにエクスユニットを感じ、俺は海中を翔ける。

 すべての抵抗を感じない。

 ――ミーコを助ける。

 純粋なその思いを叶えるために、俺の操るエクスユニットは音速を、光速を超える。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!」


 流れる周囲の景色。

 迫るジリオン。

 狙いは、ミーコを捕えている腕。


「でやあああああああッ!」


 俺は手にした刀で巨大ジリオンの腕を両断した。


「■■■■■!?」


 ジリオンが苦悶に満ちた声をあげる。

 そして、拘束を解かれたミーコの機体がゆっくりと沈んでいく。


「ミーコ!」


 俺は機体を反転させてミーコのエクスユニットを助けた。


「大丈夫か!」

『……リュウちゃん』


 涙をためた声でミーコが俺の名前をつぶやく。

 俺はミーコが無事であったことに安心して胸を撫で下ろす。


『流之介! あぶねぇ!』


 鯨の叫ぶ声。

 俺が意識を切り替えてモニターを見ると、ジリオンが触手蠢く口を大きくあけていた。

 その中に光が見える。


(しまった! 間に合わない!?)


 俺がそう思った時だった。


『――リュウちゃんは、やらせない!』


 ミーコが乗るエクスユニットのカメラアイが強く光り輝く。

 そして後ろについていた羽のようなものが突然飛び出したかと思うと、俺たちの周囲に展開し、光の膜のようなもので包みこんだ。


『星野くん! 園村さん!』


 深沢の声が響くのとジリオンが放ったビームが俺たちに向かって放たれたのはほぼ同時だった。


「くッ!?」


 俺は思わず顔を腕で庇う。

 凄まじい光と衝撃がコクピットを襲う。

 だが、不思議な事に機体が壊れている様子はない。


「どっ、どうなってるんだ?」


 俺が腕をどけてよく見てみると、ミーコのエクスユニットが展開した光の膜が俺たちを守っているようだった。

 俺がウィンドウの中に映るミーコを見ると、その体が薄く光っているように見える。


「もしかして、ミーコがやったのか?」

『わからない。でも、リュウちゃんを助けたいって思ったら勝手に……』

『――こんのやろおおおッ!』


 鯨の声が響く。

 見れば、鯨の乗るエクスユニットが巨大ジリオンの背後から掴みかかっていた。


『無茶よ!』

 深沢がそう叫ぶ。

 だが鯨はニヤリと笑うと言った。

『無茶をやってこそ男ってもんだろうがぁッ!』


 その声に応えるように、鯨のエクスユニットが変化した。

 他のエクスユニットとは違う形状をしていた手足が展開し、そこから凄まじい勢いで炎が生じる。

 しかも海の中だとその炎は消えることなく、さらにどんどんと大きくなっていく。


『オレの仲間はやらせねぇ!!』


 その炎を力にして、鯨のエクスユニットは自分の倍はある巨大ジリオンを持ち上げて上へ上へと昇っていく。


『嘘でしょ!?』

『双葉くん、すごい!』

「ふたりとも驚いてる場合じゃない! 行こう!」


 俺は深沢とミーコをそう促し、海面に向かっていく鯨の後を追って動き出す。


『表に出ろおおッ!!』


 もの凄いパワーでジリオンを押し上げた鯨のエクスユニットは、そのまま海面を突き抜けて空へと飛び上がる。

 そして鯨は、気合いの入った声と共にジリオンは海面に叩きつけるように投げ飛ばした。


『アンタたちよくやったわね!』


 と、聞き覚えのある声がコクピットの中に響いた。

 俺は思わず顔を綻ばせて言った。


「リャナーナ先輩!」

『お待たせ!』


 そんな声と共に、赤いエクスユニットを駆るリャナーナ先輩が先陣を切ってこの場へと現れる。

 そしてその先輩の後に続いて、他の上級生たちもその姿を見せた。


「助かった……」


 俺は大きな息を吐いて思わずそうつぶやく。

 すると、コクピットの中にリャナーナ先輩の姿がポップアップしてきた。


『後はアタシたちに任せなさい』

「お願いします」

「■■■■■――!!」


 不気味な叫びが響き、海中からジリオンが立ち上がる。

 その姿を見て俺は目を丸くした。


「そんな、なんで腕が――」

『ジリオンはコアを潰さん限り完全には倒せんのや』


 鬼更技先生のウィンドウが出現し、そう言った。


「コアってどこにあるんですか?」

『わからん。コアはジリオンの個体ごとに場所は異なるし、レーダーで捉えることもできへん』

「じゃあどうやって!?」

『かなめ、キミに頼めるか?』

『えっ?』


 先生の突然の指名に深沢は戸惑ったような声をあげる。


『詳しい説明は後や。キミには”千里眼”の力がある。その力でコアを見つけるんや』

『先生、わたしにはそんな力は……』

『エキゾチックシステムでその力を呼び起こすんや』

『呼び起こす……でも、そのシステムはどうやれば?』

『エキゾチック! そう叫ぶだけや』

『えっ、ええ!?』


 深沢は困惑したような顔になった。

 だが先生は大真面目に言っているようで、「早くするんや」と深沢へと催促をする。

(たぶん、恥ずかしいんだろうな深沢)

 なんとなくその気持ちはわかった。

 だが深沢が躊躇っている間にも、先輩たちとジリオンの戦いは激しくなる。

 それを見ていた鯨が声をあげた。


『おい、おまえ早くやれよ! 先輩たちが戦ってんだぞ!?』

『あ、あなたに言われなくたってわかってるわ!』


 深沢は覚悟を決めたのか、そう言うと静かに深呼吸をする。

 そして気を引き締め直したような顔になってから叫んだ。


『エキゾチック!』


 すると深沢の乗るエクスユニットに変化が生じ、特徴的だったアンテナ頭がさらに展開する。

「なんだ?」

 ピピッという機械音が鳴り、こちらのエクスユニットのモニターにも何かが出た。


『なに、この感覚? えっ、嘘でしょ。見える、視えちゃう!?』


 深沢が両手で頬を覆いながらそう叫ぶ。

 そんな深沢の額が微かに光っているように見えた。


『よし、各機データリンク。頼むでかなめ! あのジリオンのコアを見るんや!』

『はっ、はい!』


 深沢はそう言うと真剣な表情でジリオンを見つめた。

 するとジリオンの頭部にマーカーのようなものが表示された。


『そこかぁッ!』


 リャナーナ先輩が乗る赤いエクスユニットが、両手に持っていたライフルをひとつに合わせる。

 その銃口は、マーカーが打たれた頭部へと向いていた。


『これで終わりよ、エキゾチック!』


 先輩の声と共に赤いエクスユニットが変化する。腕や足、頭部などの各部を開閉し、光る粒子のようなものを取り込んでいく。


「■■■■■!!」


 ジリオンが大きく口を開いた。

 それを見て俺を思わず叫ぶ。


「先輩、あぶない!」

『アゴーニ!』


 リャナーナ先輩が叫び、ツインライフルから強烈な閃光が放たれる。

 さらにジリオンからも光の柱が伸びた。

 真っ直ぐ進んだふたつの光は、正面から激しくぶつかり合う。

 その衝撃に海が、大地が揺れる。


『もっと激しくよ、クラースニイ!』


 先輩がそう言うと、赤いエクスユニットの放つ閃光がその威力を増した。

 そしてついにはジリオンの光をかき消して、その頭部を貫いた。

 頭を失ったジリオンはもうあの不気味な声をあげることもなく、体中の力を失ってぐったりと海の中に横たわっていく。


「すっ、凄い」


 俺は口を開けたままそうつぶやいた。


『みんな、よくやった。本当によくやったで! 大金星や!』


 鬼更技先生のそんな声が聞こえる。

 それを聞いて、俺はこの戦いが終わったのだとようやく思えた。

 そしてここまで支えてきたミーコの乗るボロボロなエクスユニットを見つめてこうつぶやいた。


「本当に無事でよかった」

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