第18話 やっぱり、リュウちゃんは私の勇者だ
俺たちがメインブリッジに着くと、そこにはすでに鬼更技先生や何人かのクラスメイトたちの姿があった。
「鬼更技先生、この子たちをお願いします!」
会長はそう言うと、俺たちを残して来た道を引き返して行く。
「大丈夫かな」
ミーコが不安そうな顔でそうつぶやく。
「きっと大丈夫さ」
俺は半分は自分に言い聞かせるようにそう言った。
根拠などないけど、そう思うしかない。
「ようこそ新入生諸君、イカロスのメインブリッジへ」
俺たちにそう声をかけてきたのは艦長席に座る見覚えのある男の人だった。
「学園長!?」
鯨が驚いた声でそう言った。
鯨の言う通り、艦長席に座っていたのは学園長だった。
学園長は眼帯をつけた迫力のある顔をこちらに向け、真剣な面持ちのまま口を開く。
「本当ならば君たちをもっと穏やかに迎えるつもりだったんだが、そうも行かなくなってしまった。だがこれもいい機会かもしれん。先輩たちの戦いをよく見ておいてくれ」
学園長はそう言うと再び前を向いた。
メインブリッジには次々と情報が入り、色々な人たちがそれぞれの役目を果たすために手を動かす。
俺たちはそんなメインブリッジの隅でただそれを見守ることしかできない。
少しばかりの歯がゆさを感じていると、ブリッジの中のひとりが学園長の方を振り向いて声をあげた。
「学園長、エクスユニット隊発進準備整いました!」
その声を聞くと学園長はゆっくりとうなずく。
そしてメインブリッジ内に響き渡る大きな声を発した。
「イカロスはこれよりウロボロスゲートを展開する。総員直ちに準備に入れ!」
「了解!」
ブリッジ内の人々は次々に応答すると、学園長の言葉を復唱して各所に通信を入れ始める。
さらに艦内放送でも同じ言葉が流れてきた。
「ウロボロスゲートってなんだろう?」
ミーコが俺の顔を見上げてそう言った。
俺もよくわからなかったので首をかしげて見せる。
すると近くにいた深沢がつぶやいた。
「ウロボロスゲートは転移門。つまりはワープゲートよ」
「ワープゲート!?」
鯨が目を丸くしてそう言った。
すると艦内が突然揺れた。
俺が視線を窓の方へと向けると、メインブリッジから見える景色が動いているのがわかった。
「イカロスが動いてる」
俺がそう言うと、他のみんなも釣られて窓の方へと視線を向けた。
「海上方面へと面舵。進路を維持して微速前進」
「テレポーター各員に告ぐ。目的地はゲートα。繰り返すゲートα」
「ゲート展開エネルギー充填を開始。充電完了までおよそ120秒です」
「テレポーターの同調率上昇中。もうまもなく50%へと到達します」
ブリッジ内では様々な人の声が交錯する。
俺にはこの状況が騒がし過ぎて、みんなが何を言っているのかよくわからない。
だが艦長席に座る学園長は表情を変えず、各所からの報告に静かに耳を傾けていた。
その姿はやはり軍人のように見え、学園長というよりも艦長としての方がしっくりくる。
そんな学園長に次々と作業完了の報告が届いた。
学園長は体勢を変えずに静かな口調で命令を下す。
「エネルギービーコン発射。ゲート展開装置作動」
「了解。エネルギービーコン発射。ゲート展開装置作動します」
ブリッジ内の誰かがそう言うと、イカロスが大きく揺れて地鳴りのような音が響く。
「きゃ!?」
大きな揺れにミーコがバランスを崩した。
俺はそんなミーコの体をとっさに受け止める。
「大丈夫か?」
「あっ……ありがとうリュウちゃん」
ミーコは俺の顔を見ずにそう言った。
「どうなってんだこれ? 上に動いてるぞ!?」
いつの間にか窓際へと移動していた鯨がそんな声をあげる。
俺が視線を窓の外へと向けると、確かに景色は上へと動いていた。
「窓から離れていた方がいい」
学園長のそう言う声が聞こえる。
それを聞いてか、鯨は慌てて窓から離れた。
「先生、これってどうなってるんですか?」
俺は後ろを振り向いてそう聞いた。
すると鬼更技先生は俺に言った。
「ゲート展開の為に艦が変形しとるんや。それよりも、そろそろ気をつけや」
「総員、対ショック、閃光防御! 1年生のみなさんは腰を低くして、窓の外は見ないでください!」
ブリッジクルーのひとりがそう言った。
俺たちは言われた通りに身構える。
「ウロボロスゲート、展開ッ!」
学園長のひと際大きな声が響いた。
その言葉をブリッジクルーのひとりが復唱すると、激しい光と衝撃が艦を襲った。
俺は思わず目を瞑る。
「ゲート展開成功。安定しています」
誰かがそう言う声が聞こえた。
俺は恐る恐る目を開ける。
「なんだ、あれ?」
目を開けた俺は思わずそんな声をもらした。
そして視線は、正面の窓の向こう側に突如として現れたとてつもなく大きな光の輪に釘付けになる。
その光の輪は消えることなく宙に留まり、輪の内側はシャボン玉のように虹色の輝きを放っていた。
なんだかとても神秘的だ。
「あれがウロボロスゲートや」
そう言う鬼更技先生の声が後ろから聞こえてきた。
その直後、再び学園長の声が響く。
「エクスユニット隊、発進!」
その言葉が合図になったかのように、艦上にいたエクスユニットたちが次々と光の輪に向かって飛び出していく。
(どうなるんだ?)
俺はそう思いながら、その行方を見守った。
先輩たちが乗っているであろうエクスユニットたちが光の輪に触れると、機体は輪の中に吸い込まれていった。
そして海上を波立たせる衝撃波だけを残して忽然とその姿を消した。
「ホントにワープしたのか?」
目をパチクリさせながら鯨がそうつぶやく。
「ゲートα付近の映像出ます」
ブリッジクルーのひとりがそう言うと、艦橋の大型モニターに宇宙空間の映像が表示された。
その映像の中には大きな輪のようなものが映っている。
(あれがゲートαとかいうやつか?)
そう思いながら俺が映像を見ていると、紫電を走らせたゲートαから今目の前にある光の輪と似たようなものが飛び出してきた。
そして今度は、そこからエクスユニットが次々と出現した。
『テレポート成功。これより作戦行動に移ります』
そんな報告をする声がメインブリッジに響く。
その声を聞いたミーコが言った。
「これ、会長さんの声だよね」
「そうだな。よくわからないけど、あのゲートを通って本当に宇宙に行けたみたいだ」
俺はそう言いながら再び光のゲートへと視線を移すと、その形はもう崩れ去ろうとしていた。
「イカロスは単独でワープゲートを展開し、地球軌道上に設置されたゲートへとエクスユニットを送りだすことができる」
学園長がひとりごちるようにそう言った。
そして俺たちの方へと顔を向けると、口元を皮肉な形に歪める。
「ただテレポーターたちによる人力展開故に長時間の維持と連続使用は不可能だがね」
「す、すげぇー」
鯨がぽかんとした顔でそんな言葉をもらす。
俺も同じような顔をして映像へと視線を向けた。
いまは暗い宇宙の中に浮かぶ輪の映像しか映っていない。
「映像、各エクスユニットのメインカメラへと切り替えます」
ブリッジクルーの1人がそう言うと、映像が切り替わり、いくつもの分割された画面がモニターに広がった。
『どういうことよ?』
困惑した会長の声が聞こえた。
その声に学園長が少し眉をひそめる。
「どうしたのかね?」
『本当にジリオンの反応はあったんですか?』
「それは確かなはずだ」
『機械の故障、という事はありえませんか?』
今度は深沢先輩のそう言う声が聞こえた。
さらにそれに続き、武威先輩が報告する。
『現地での反応がありませんし、こちらではジリオンらしき存在も確認できません。こんな事は初めてです』
その後も他のデザイナーたちから同様の報告が続き、メインブリッジはにわかに慌ただしくなる。
「一体どういうことだ?」
あまり表情を崩さなかった学園長が、難しい顔をしてそうつぶやく。
俺たちも互いに顔を見合わせて首を捻った。
「がっ、学園長!」
と、ブリッジクルーのひとりがひと際大きな声を出してこちらに振り返った。
「どうした?」
「じ、ジリオン反応です!」
「なに、どこでだ?」
「そ、それが――」
「どうした? 早く報告したまえ!」
「は、はいッ! ジリオン反応確認。確認場所は金海沢近海です!」
「なんだって!?」
冷静に振る舞っていた学園長が席を立ちあがって叫んだ。
それとほぼ時を同じくして、地震が起きたかのようにイカロス全体が大きく揺れた。
「うわっ!?」
不意な出来事に俺は思わず声を出しながら尻もちをいた。
そんな俺の上にミーコが重なるように倒れてきた。
「ぐほっ!?」
「きゃっ、ごめんねリュウちゃん!? 大丈夫」
「だっ、大丈夫……」
俺はそう強がっていたが結構なダメージがあった。
(とりあえず、ミーコをどけないと……)
俺がそう思って手に力を入れる。
だが、その時不思議な感触が俺の手のひらを包む。
「ッ――!」
びくりと俺の上に乗っていたミーコの体が震える。
そして俺と目が合うと、ゆでダコのように顔を真っ赤にしていった。
俺はハッとし、この手の中にある感触がなんであるかに気づく。
「わ、悪い!」
俺は思わずそう謝った。
ミーコは俺の上からさっと身を退けると俯いて言った。
「だ、大丈夫! 悪いのは私だから」
「いや、本当に……悪い」
俺はそう言いながらもついつい手の中に残った感触を思い出してしまう。
(やわらかった)
「なっ、なんだありゃあああ!?」
だが鯨の叫ぶ声が俺の余韻を吹き飛ばす。見れば、鯨は前を指差して腰を抜かしていた。
俺はそんな鯨の指さす方へと視線を向ける。すると、海面を押し上げて何かが現れた。
海の底から湧き上がるように現れたのは巨大な生物だった。
そいつは魚のような顔をし、人間でいえば口に当たる場所には何本もの触手が蠢く奇怪な姿をしている。
手は4本もあり、2本は人と同じように生えていたが、もう2本は肩口から伸びていた。
そしてその肩口から伸びる手には水かきと鋭い爪が生えているのがここからでもわかる。
「バカな、ジリオンが地上に現れるなんて――」
学園長が目を見開いてそうつぶやく。
そんな学園長に向かってブリッジクルーのひとりが言った。
「学園長、どうしますか!? 3年生たちを呼び戻すにしてもすぐには不可能ですッ!」
学園長はその言葉に我を取り戻したのか、表情を引き締めると腕を振って指示を出す。
「早急に2年生のデザイナーたちを召集しろ!」
「はい!」
「学園長、少しいいですか?」
鬼更技先生が前に出てそう言った。
学園長はその声にこちらへと振り返る。
「なんだね、鬼更技くん」
「あのジリオンには早急に対応せんといけません。1年生を使いましょう」
「なにを言うかと思えば……彼らはまだシュミレーター訓練もしていない。現段階では素人と何も変わらないのだよ?」
「承知の上です。ですが、2年生が到着するまでの時間稼ぎくらいならあの子らにもできるでしょう」
鬼更技先生が放った言葉を聞き、俺は驚くと共に正直ムッとした。
(鬼更技先生は俺たちを捨て駒にする気か?)
俺がそんな事を思いながら眉をひそめていると、学園長は目を細めて口を開く。
「そんなわずかな時間の為に若い命を使えと?」
「そんなわずかな時間で取り返しのつかない事になることもあります。町に被害が出んように、あいつは海上に留めておくべきです。それに万が一イカロスが沈みでもしたら、宇宙にいるあの子らはどこに帰れと?」
「ふむ……確かに君の言うことも一理ある」
学園長はそう言うと艦長席を降り、俺たちの方へと歩みよってきた。
「君たち、今の話は聞いていたな」
俺はこれから言われるであろう言葉を予想して身を強張らせる。
――この人がこの後言うであろう一言が、俺の運命を決めるのだ。
そう思ったら、俺の中にすごく悔しいような気持ちが生まれた。
(俺はばあちゃんに”俺の人生だ。これからは自分でなんとかする”と啖呵を切ってきたはずなのに……!)
だが、学園長が口にした言葉は俺が予想していたものよりも優しいものだった。
「これは命令ではない。私個人の願いだ。君たちにとって酷な事だと言う事は承知している。だが、この中で金海沢を守るためにエクスユニットに乗ってくれる者はいないだろうか?」
学園長はそう言いながら、ゆっくりと俺たちを見回した。
だがあるものは顔をそむけ、あるものは下を向いた。
(それはそうだ)
俺たちは先輩たちと違ってまだ何も教わってもいない。学園長もさっき言っていたが、俺たちはまだ素人とほとんど変わらないんだ。
こんなバカげたお願いをされて誰が進んで手をあげるはずがない。
(自分の命をかけるなんてとてもじゃないが……無理だ)
俺がそう思って顔を下に向けかけた時、隣にいたミーコが顔をあげた。
「――私が行きます」
「えっ!?」
俺は目を見開いてミーコの横顔をみた。
その表情には強い意思が宿っており、いつものミーコとは大きく違って見えた。
そんなミーコを学園長が見つめる。
「行ってくれるか?」
「はい」
「ちょ、ちょっと待てミーコ!」
俺は思わず声をあげて横槍を入れた。
「お前わかってるのか? エクスユニットに乗った事もないのに、あんな化け物を相手にして何する気なんだよ!」
「なんにも出来ないかもしれない。でもね、リュウちゃん! 私はやりたいの……ううん、守りたいの! 金海沢を!」
ミーコにそう言われ、俺はハッとなった。
(そうだ。ミーコにとって金海沢はずっと住んでいた場所なんだ。都会からやってきた俺たちなんかと違ってここがミーコの居場所なんだ)
俺の中におばさんや学生寮の貫島夫婦の顔が浮かぶ。
「そうだ。そうだったな……」
思い返せば、金海沢は俺にとっても縁がない場所じゃなかったじゃないか。
(俺はデザイナーに選ばれたくせに、やれる事があるっていうのにやらないのか?)
『
ばあちゃんに言われたあの言葉が俺の中で響いた。
(覚悟があるのかと言われればそうだとは言えない。でも、ミーコが……仲間が守りたいと願うものがあるのなら!)
「俺も行きます!」
俺は顔をあげてそう言った。
その言葉に一番驚いていたのは学園長ではなく、隣のミーコだった。
「リュウちゃん、でも――!」
「いいんだ。町にはミーコのおばさんや寮長さんたちがいるんだ。それに女の子をひとりで行かせたりできるはずないだろ?」
「……やっぱり、リュウちゃんは私の勇者だ」
「ハハハっ、美衣子ちゃん! 勇者様はひとりじゃないぜ!」
そう言うと、腰を抜かしていたはずの鯨が勢いよく立ちあがった。
「このオレも行く!」
「双葉くんも?」
「ああ、流之介ひとりじゃ頼りねぇからな。それに俺と流之介は少しばかりエクスユニットを動かしたことがあるんだぜ? この中で行くなら俺たちしかいないだろ」
「おバカさんね」
そう言う深沢の声が聞こえた。
鯨は自分の事を言われているのかと思ったのか、いつもの調子で深沢に喰ってかかる。
「んだと!?」
「あなただけの事じゃないわ。園村さんと星野くん、それにわたしも含めてよ」
深沢はそう言うと、静かに立ちあがった。
鯨は目を丸くしながら言った。
「なっ、おまえも行くのか?」
「ええ、この艦が沈めばお兄様が困るそうですから……それに、あなた達だけでは心配ですし」
「こんな時だって言うのに相変わらずな奴だなぁ。でもよ、ありがとな!」
鯨が珍しく深沢にそんな言葉をかける。
だが深沢はいつもの調子で鯨を無視すると言った。
「学園長、そう言う訳でわたしたちA班が1年生を代表して出撃します」
「……わかった。ありがとう。では、すぐに準備にかかってくれ」
学園長が俺たちの顔を見てそう言うと、鬼更技先生が動く。
「A班はウチの後についてき!」
「はい!」
俺は立ちあがり、そう答える。
それに続いて他の3人も声をあげると俺たちは動きだした。
「諸君」
と、そんな俺たちを学園長が呼びとめた。
俺がその声に後ろを振り返ると、学園長は敬礼をしてみせた。
俺はそれにうなずいて答え、前を向く。
そして気を強く引き締め直した。
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