第17話 イカロス


「艦内では班ごとに行動してもらう。普通に働いている人たちもおるからあんまりうるさくせんと大人しく見学するように。それから、班ごとに案内役として先輩方についてもらうから先輩の言う事はよーく聞くように、以上。行動開始!」


 鬼更技先生がそう言い終わると、俺たちのイカロス艦内見学が始まった。

 俺たちA班の案内役は生徒会長の平賀先輩と武威先輩、深沢先輩だった。


「新入生のみんなよろしくねぇ~。ワタシは平賀文子よ」


 会長はそう言ってニコリと笑う。

 その後に続いてふたりの先輩も自己紹介をした。

 お世話になる俺たち4人は頭をさげてそれぞれ挨拶を返す。


「さて、まずはどこから案内するか」

 武威先輩はそうつぶやくと、アゴに手をやって考える素振りを見せる。

 そんな武威先輩の言葉を聞いていないのか、会長は深沢の側に近寄ってきた。

「ねぇねぇ、これが真の妹さん。かわいいわね~」

「えっ?」


 俺は会長の言葉を聞いてふたりの顔を交互に見やる。

 言われてみれば名字は同じだし、顔も少し似ているかもしれない。


(兄妹だったのか)


 俺が驚く横で、深沢はいつも通りのすました顔でゆっくりと頭をさげた。


「いつもお兄様がお世話になっております」

「お兄様ぁ!?」

 鯨が声をあげる。そして俺にそっと耳打ちをしてきた。

「おい、聞いたかよ流之介。お兄様だってよ、アニキをそんな呼び方する奴って実在したんだな」

「そりゃまあ、そういう人もいるだろう」

 俺が呆れながらそう言っていると、深沢先輩は恥ずかしそうにはにかみながら言った。

「おい、かなめ。ここではお兄様はやめろって」

「お兄様がそうおっしゃるなら」

「ぷぷっ、真照れてるぅ~」 

「文子、茶化すのはよしてくれよ」


 会長と深沢先輩は仲が良さそうに笑い合う。

 そんなふたりを見ている深沢は表情はいつも通りなのだが、なぜだかやたらと怖いオーラを放っているような気がした。


(深沢、なんか怒ってる?)


 俺はそう思ったが、武威先輩の言葉がそんな思いをかき消す。


「おまえたち、授業中だ。あんまりふざけてるんじゃないぞ。それに後輩も見てるんだ。もっと真面目にやれ」

「もーっ、天は相変わらず固いなぁ~」

「平賀、おまえが自由過ぎるだけだ。それよりもやるべき事をやるぞ」

「そうだな、悪かったよ天」

 深沢先輩は武威先輩にそう謝ると俺たち方へと向き直る。

「さて、それじゃあ妹もお世話になっている事だし、今日はしっかりと君たちの事をエスコートさせてもらうよ」

「じゃあまずは、やっぱりエクスユニットを見せましょうか!」

「それは俺も思っていた。じゃあさっそく行くか」

 先輩たちはそう言うと行動を開始した。

「みんなワタシたちの後にちゃんとついて来るよーに」

「はい」

 俺は会長の言葉にそう答え、後に続いて動き出す。

 そして他の3人も俺と同じように歩き始めた。





 イカロスはものすごく大きな戦艦だ。

 港についた時にもそう思ったが、内部に入ってみてもやはりそう思う。

 エクスユニットがあるという格納庫に行く道中に先輩たちがしてくれた話によると、このイカロスは最大で60機ものエクスユニットを搭載できるらしい。


「まあ実際に運用しているのはその半分くらいでそんなに積むこともないだろうがな」


 と言うのは武威先輩の言葉。

 武威先輩はその他に色々とイカロスについて教えてくれた。

 だが俺にあまり興味がなかったから、専門的な言葉が飛び交う武威先輩の話は右から左へと流れていってしまう。

 しかし俺の隣を歩く鯨は目を輝かせて先輩の話を聞いていた。

 エクスユニットについてもそうだが、鯨はこういう類の話が好きなようだ。


「かなめちゃん、大丈夫?」


 後ろからミーコがそう言う声が聞こえた。

 気になった俺が肩越しに後ろを振り返ると、深沢はお兄さんである深沢先輩と会長の様子をじっと見つめていた。

 その瞳がなんだか恐ろしく、俺はすぐさま前を向いた。


(なんかさっきから深沢の様子が変だな)


 俺がそう思っていると、会長が俺たちの方を振り向いて言った。


「着いたわよ~」

「おおっ」


 開けた場所に出たかと思うと、エクスユニットがずらりと並んでいる光景が俺の目の前に飛び込んできた。


「ついにキタァーーー!」


 鯨は念願の本物を目にした事が嬉しかったのか大きな声で叫ぶ。

 まあ俺も男なので、鯨の気持ちはわからないでもない。

 この光景はなかなかに圧巻だ。やはりシュミレーターなどで見たのとは違い、近くで見る本物は迫力がある。


「君たちも知っていると思うがこれがエクスユニットだ。俺たちの国が宇宙開拓用に開発していた汎用人型機械マルチロールマンマシーンが元になっている。正式名称はエクソスケルトンアームドユニット。これはもう習ったかな?」

「はい、お兄様」

「おい、かなめ。だからお兄様は――」

「まあまあ、いいじゃないの真。それよりもみんなはエクスユニットのすごい機能については知ってるかな?」

「あの、それってエキゾチックシステムの事ですか? まだ詳しくは習っていませんけど……」


 ミーコが恐る恐ると言った感じでそう言った。

 そう言えば特機の授業でそんな話を聞いた気がする。


「うんうん、それそれ。まあ言葉にしてもわかりにくんだけど、そのエキゾチックシステムっていうのは人間の秘められた超能力を引き出してそれを具現化するっていうシステムなのよ!」

「超能力っすか……あの、オレにはそんなのないっすよ?」

 鯨がそう言うと武威先輩が笑いながら言った。

「そんなのは俺にもないさ。だがエクスユニットのエキゾチックシステムは搭乗者する人間の隠れたその力を一時的に引き出すことができるらしい」

「それはすごいですね」

 俺が関心しながらそう言うと武威先輩は頷いた。

「ああ、だが誰でもってわけじゃないらしい。大人より子供の方がその力が強かったり、引き出しやすいみたいだな。だから俺たちのような若い奴らがデザイナーに選ばれるそうだ」


 そうだったのか。

 俺はなんで俺みたいなのがデザイナーになれるのかと思っていたが、ようやく納得がいった。


「でもホントにエクスユニットってすごいわよね。ワタシの発明魂が燃えてくるわ!」

 会長がそう言うと、深沢先輩が苦笑いを浮かべる。

「文子はもう少しその発明魂とやらを落ち着かせた方がいいな」

「なによー! 発明は爆発なの! 落ち付かせたりしたら良いモノはできないわ!」

「爆発させるのはいいが、時と場合を考えてくれ」

「天までなんでそんな事言うのよ~」


 ぶぅーと唸りながら会長が頬を膨らませる。

 俺はそんな先輩たちのやり取りを見て苦笑いを浮かべた。

 と、鯨が勢いよく手をあげて言った。


「先輩質問っす! 俺たちはいつ頃これに乗れるようになるんっすか!?」

「そうだなぁ、たぶん来月にはもうイカロス当番がはじまるんじゃなかったかな?」


 武威先輩がそう答える。

 それに頷き、深沢先輩がさらに言った。


「最初はたぶん僕ら上級生も一緒に付くことになるだろうけどね。もし一緒になったらよろしく頼むよ」

「お兄様とご一緒できるんですか!」


 深沢にしては珍しく、大きな声を出してそう言った。


「その可能性もあるって話だよ」

「わたしはぜひそうなって欲しいです」

「ハハっ、そうなったら嬉しくないわけじゃないけど、兄としては複雑だね」

「なぜですか?」

「イカロス当番っていうのは哨戒任務や急なジリオンの襲来に対応するためにこの艦にいるって事だからね。もし何かあればかなめも出撃しなきゃいけない。やっぱり妹が危ないめに会うかもと思うとね」

「お兄様……やっぱりお優しいのですね」


 かなめはとても嬉しそうにして頬を少し赤らめた。

 深沢先輩はハハハっと笑って頭をかく。


「文子ぱんーち!」

「はぅっ!」

 深沢先輩に会長のパンチが飛ぶ。

 先輩は殴られた頬を抑えながら言った。

「なにをするんだよ文子」

「ふーんだ」

「おいおい、まさか妹にやきもちを焼いたのか?」

「はっ、ハァ!? やきもちなんて焼いてないですし! なに言ってるんですかー!?」

「……十分やいてるじゃないか」

「おい、おまえら!」


 武威先輩が少し語気を改めてそう言った。

 するとふたりはハッとなって苦笑いを浮かべる。

 俺と鯨は顔を見合わせ首を捻ったが、後ろにいたミーコはクスクスと笑っていた。


「さ、さあ! 気を取り直して次にいきましょうか!」

「そ、そうだな!」


 深沢先輩と会長がそう言い、俺たちが別の場所に移動しようかと思ったその時だった。

 突然艦内にけたたましい音が鳴り響く。


「なんだ!?」


 俺がそう言って周囲を見回す。すると赤いランプが各所で輝き出し、艦内アナウンスが流れた。


『ゲートα付近にジリオンが接近との報告あり! デザイナー各員は速やかに出撃の準備を行ってください! 繰り返します。ゲートα付近に……』

「マジかよ!」


 鯨がそう言って眉をひそめる。


「まさかジリオンがこのタイミングで現れるなんて!」


 深沢先輩がそう言った。

 確かにその通りだ。俺たちはどうしたらいいのだろう。

 俺がそう思っていると武威先輩が口を開く。


「平賀、おまえは新入生たちをメインブリッジへ移動させろ」

「わかったわ!」


 会長はそう答えると素早く動いた。

 俺たちを促し、早急に格納庫を後にする。


「お兄様……!」


 深沢が心配そうな声でそう言った。

 先輩はそんな妹を安心させるかのようにニコリと笑う。


「おい、深沢! 行こう!」


 俺は慌ただしくなる周囲の音にかき消されないように大きな声でそう言った。

 深沢は心配そうな顔をしてこちらを振り返ったが、小さくうなずくと俺の元へと駆け寄ってきた。

 そして俺たち4人は、会長の後に続いてメインブリッジへと続く道を急ぐのだった。

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