第15話 ジリオン

 何事もはじまってしまえば時間が過ぎるのは早いもので、俺がデザイナーズ学園に入学してからもうすでに1週間が経とうとしていた。

 寮生活やクラスメイトたちとの関係にも慣れ始め、新鮮だったあらゆるものが俺の日常へと溶け込んでいく。

 そして学園で学ぶことによって認識が変わったものも出てきた。


 1番はやはり【ジリオン】関連の事についてだろう。

 世間的にはエイリアンや怪物、怪獣など様々な呼ばれ方をしている宇宙生物だが、デザイナーズ学園ではジリオンと呼称するようだ。

 そのジリオンなのだが、新聞やネット上でよく言われていたように地球を侵略しに来ているというのが一般的な見方だった。


 しかし、事実はそれとは逆だった。

 これまでのデータから、ジリオンは人類を地球から外に出さないようにしている節があるそうなのだ。

 侵略侵略という割には地球上が直接攻撃されたような話は聞かなかったので、俺は言うほど騒ぐほどの事でもないし大丈夫だろうとか思っていたりもしたが、あながち間違ってはいなかったことになる。

 もちろん地球に接近してきたような事もあったらしいが、ジリオンと意思疎通ができるはずもなく、侵略しようという目的があったのかは不明らしい。

 ともかく人類は今、ジリオンによって地球という籠の中に押し込まれる形になっていると言っていいようだ。


 でもジリオンたちの気が変わり、いつ地球が攻撃されてもおかしくないのも事実だ。

 さらに人類はいま増え過ぎてしまっている。このままでは地球という籠からいずれ溢れてしまう。

 だから人類は宇宙という舞台に飛び出すために、どうしてもジリオンたちと対峙しなければならない。

 その為にも各国は協力してこのデザイナーズ学園のような組織を作り、いつか来るべき飛翔の日の為に爪を磨いている――という状況らしい。

 すべて座学で鬼更技先生から学んだ事だが、そう言う事になっていたのかと俺は思った。


 それと少しだけ安心する話も聞いた。

 デザイナーの主な任務は地球に接近するジリオンを撃退するという事だが、その頻度はそれほど多くないということだ。

 ここ10年は大きな動きはほとんどないらしく、ジリオンはこちらが先に進もうとしなければ現れず、攻撃はして来ないらしい。

 一応、宇宙空間へ出ての哨戒任務などはあるそうだが、入学して日の浅い俺たちデザイナーにはその仕事も回って来てはいなかった。

 というわけで、特殊な事を学ぶ以外はほとんど普通の学校がするような事をして俺は過ごしていた。


「つまんねぇー」


 昼時。学食で肩を並べて飯を食べていた鯨がそうつぶやいた。

 こいつが何に対してつまんないと思っているかはだいたい察しがつく。

 エクスユニットにもまだ乗らせてもらっていないし、シュミレーター訓練もまだ始まっていない。

 ここ1週間はジリオンやエクスユニットについてなどの基本的情報を教えてもらうような座学が続いていた。

 その他は普通の学校と同じような普通科目の授業ばかりだ。

 鯨はそれがつまらないのだろう。


「お前は脳筋か? 色々と知らない情報を教えてもらって俺はそこそこ面白いと思うけどな」

 俺がそう言うと鯨は眉をひそめた。

「流之介、俺はエクスユニットに乗るためにこの学園に来たんだ。勉強するために来たんじゃねぇ!」

「なんだ、やっぱり脳筋か」


 向かいの席に座っていたミーコが「あははっ」と苦笑いを浮かべる。

 俺と鯨とミーコ、最近昼時はこの3人でいることが多い。

 ミーコは箸を置いてから言う。


「でも今日の午後はみんなでイカロスに行くんだったよね」

「ああ、そういえばそうだったな」


 俺はそう言うと、今日の昼飯である肉うどんの大盛りをすする。

 そんな俺の横で、鯨は思い出したかのよう姿勢を正した


「そうだった。今日はついに本物を拝めるんだったぜ」

「よかったね、鯨くん」

「よっしゃあ! 燃えてきたぜ!」

(単純なやつでいいよなー)

 俺はそう思いながら、肉うどんを咀嚼する。


「ハーイ!」


 と、そう言う誰かの声が聞こえてきた。

 なんだと思って俺が声が聞こえた方に視線を向けると、そこには金髪美少女のリャナーナ先輩が立っていた。

 俺は驚いて思わず肉うどんを詰まらせる。


「ちょっと大丈夫?」

 リャナーナ先輩が苦笑いを浮かべながら近づいてくる。

 そして空いていたミーコの隣の席へとしれっと座った。

「先輩がどうしてここへ!?」

 鯨が体を仰け反らせながらそう聞いた。

 するとリャナーナ先輩は、形の良い眉を歪めて言う。

「生徒のアタシがここに来ちゃいけないわけ?」

「いけないことはないです! でもなんかこうイメージに合わないといかなんというか……」

「ハァ? なによそれ。アタシに変なイメージ持たないでよね」


 リャナーナ先輩はそう言いながら隣のミーコを見た。

 ミーコは突然現れた見知らぬ先輩に萎縮しているのか、肩を小さくして俯いていた。

 先輩はそんなミーコを指差して聞いた。


「ねぇ、この子誰?」

「こいつは俺たちのクラスメイトで園村美衣子って言います」

「ふーん、そう。クラスメイトねぇ」


 先輩はそう言いながらミーコをさらにジロジロと見る。

 その視線攻撃に耐えられなくなったのか、ミーコは叫ぶように言った。


「そ、園村美衣子です! 先輩、よろしくお願いします!」

「ああ、ハイハイ。よろしくね、美衣子。アタシはリャナーナ・チェレンコフよ。リャナーナでいいわ」

「うおおっ、先輩のフルネーム初めて知ったぜ!」

「そう? この前言ってなかったっけ?」

「聞いてないですね」


 俺がそう言うとリャナーナ先輩は少し考えるような素振りを見せる。

 そしてニコリと笑うと言った。


「そういえば、アタシもアンタたちの名前よく知らなかったわ」

 俺はその言葉を聞いて苦笑いを浮かべる。

「あの時はなんか色々と急でしたからね」

「そうね、舞はああいうおかしな事好きみたいだからアタシは結構慣れっこだけどね」

「じゃあ改めまして。俺の名前は星野流之介です」

「オレは双葉鯨っす! よろしくです!」

「流之介に鯨ね、覚えておくわ」


 リャナーナ先輩はそう言うと俺たちにウィンクして見せた。

 単純な俺はそれだけ少しドキリとしてしまう。

 俺が鼻の頭をかきながらふと先輩の隣のミーコを見ると、なんだか少し落ち込んでいるような感じの表情をしていた。


「おっ、先輩も肉うどんっすね!」


 先輩の前に置かれたトレイの上にのっている物を見て、鯨がそう言った。

 すると先輩は少し頬を赤らめて言った。


「ちょっ、バカ! そんな大きな声で言わないでよ」

「別にいいじゃないっすか。それ美味いっすもんねー」

「あーっ、わかったわ。アンタにはデリカシーってもんがないのね」

「デリカシー? なんすかそれ、美味いんっすか?」

「もういいから黙ってて」

 リャナーナ先輩はそう言うと箸を持った。

「あの、リャナーナ先輩とリュウちゃんたちはどういう関係なの?」


 黙って話を聞いていたミーコが俺たちにそう聞いた。

 俺はこの間あったことを簡単にミーコへと説明する。

 するとミーコは目を丸くしながら言った。


「そんな事があったんだね」

「まあ俺たちは先輩にボコボコにされたんだけどな」

「あったり前でしょ。アンタたちにアタシが負けてたらそれこそ問題よ」

「ハハっ、おっしゃる通りです」

「でも流之介。アンタは結構筋がいいかもね」

「そうですか?」

「ええ、はじめてにしてはって事だけどね。判断能力はあるんじゃないかしら?」

「どうもありがとうございます」


 俺の口元が自然と緩む。褒められて悪い気はしない。しかも先輩のような人にとなると尚更だ。


「そういえば、アンタたちもうイカロスには行った?」

 リャナーナ先輩は口の中のうどんをキチンと飲み込んでから俺たちにそう聞いた。

 すると隣のミーコが口を開く。

「それなら今日行く予定です」

「そっかー。じゃあそろそろね」

「なにがそろそろなんですか?」

「アンタたちが実際に宇宙に上がる事よ」


 リャナーナ先輩はそう言って箸を上に向ける。

 鯨は天井を見上げてつぶやいた。


「宇宙か……すげぇ」

 鯨の言う通り確かにすごい事だ。

(でもエクスユニットみたいなロボットをどうやって宇宙に上げるんだろう?)

 俺がそんな事を思っていると、ミーコが俺の疑問と同じような事を口にする。


「先輩、私たちデザイナーはどうやって宇宙に行くんですか?」

「そりゃあ、エクスユニットに乗ったまま宇宙に行くのよ」

「そうなんですか。エクスユニットって宇宙まで飛んでいけるんですね」

「アハハっ!」


 リャナーナ先輩が突然笑い出す。

 俺たちがきょとんとしていると、先輩は「ごめんごめん」と謝ってから言った。


「確かにエクスユニットはすごいモノだけど、さすがにそれは無理よ美衣子」

「あっ……そうだったんですね」

「まあでもどうやって宇宙に行くのかは、お楽しみにしておいた方がいいかもね」

 リャナーナ先輩はそう言うとウィンクしてみせる。

「あっ」

 と、ミーコが突然声をあげる。

「どうしたんだ?」

「ほら、私たちそろそろ行かないと時間に間に合わないよ! イカロスに行くから早めに集合しろって先生にも言われてたし」


 ミーコはそう言いながら食堂にあった時計に視線を向ける。

 俺と鯨も時計を確認すると声をあげた。


「ホントだ、さっさと行こうぜ!」

「ああ、そうだな」

 俺と鯨はそう言い合うと席を立った。

「先輩、すいませんが私たちはこれで」

 ミーコはリャナーナ先輩にそう言って軽く頭を下げる。

「気にしなくていいのよ美衣子。アタシは席が空いてなかったから顔見知りのアンタたちの所に勝手に来ただけだからね、さっさと行きなさい」

「はい、じゃあまた」

「ええ、またね」


 俺たちは使った食器を返却口へ戻すと、リャナーナ先輩を食堂に残してこの場を後にした。

 そして、鬼更技先生に集まる様に言われていた学園の地下フロアに向かって急ぎ向かうのだった。

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