第14話 深沢かなめ

 中庭のある大きな学園校舎の2階。そこに俺たち1年生の教室があった。

 鯨と共にデザイナー科の教室を探して廊下を歩いていると、ほどなくして目的地が見つかった。


(さて、どんな奴らがいるのやら)


 俺はそんな事を思いながら扉を開け、教室内へと足を踏み入れる。

 ロボットを運用するような学園なのでさぞや近未来的な設備の整った教室なのだろうと思ったが、黒板や机の感じを見ると他の学校とさほど変わりはないようだ。

 期待していただけに少しがっかりする。


「あっ、リュウちゃん」


 聞き覚えのある声が俺の名前を呼んだ。

 それが誰であるかすぐにわかった俺は声が聞こえてきた方へと視線を向けて軽く手をあげる。


「よう、ミーコ」


 俺がそう言うと、黒板に近い席に座っていたミーコがニコリと笑った。

 どうやら俺の願いは叶ったようだ。

 俺はミーコの顔を見て、少し安心する。


「おい、流之介。誰なんだあの子」


 肘で俺を小突きながら鯨がそう聞いてくる。


「説明すると面倒だから簡単に言うと、幼なじみってところかな」

「幼なじみ!」


 鯨がそう言って俺とミーコを交互に見やる。

 そしてミーコへ近づいていくと、咳払いをひとつしてから言った。


「あーっ、どうもはじめまして。流之介のルームメイトの双葉鯨です。よろしく!」

「は、はじめて。園村美衣子です。よろしくね、えっと――双葉くん」

「おうよ! それから俺の事は鯨でいいぜ、美衣子ちゃん」


 鯨は親指をびしっと立て歯を見せて笑う。

 ミーコは苦笑いを浮かべながら頷いた。

(そろそろ助け舟を出してやらないと鯨に何をされるかわからないな)

 そう思った俺はふたりの間に割って入る。


「ミーコ、同じクラスになれたな」

「うん、リュウちゃんが一緒でよかった。知らない人ばかりだったから安心したよ」

「俺も同じだ」

「リュウちゃん、オレも安心だぜ!」

「鯨、茶化すな」


 俺と鯨の様子を見てミーコが微笑む。


「いいな、リュウちゃん。もう新しい友達が出来たんだね」

「嬉しくはないがそうだな」

「おい、嬉しくないってどういう事だよ流之介!」

「うるさい。黙れ」


 俺は鼻の頭をかきながらそう言った。


「大丈夫だよ、鯨くん。リュウちゃん恥ずかしがってるだけだから」

「そうなのか?」

「うん、絶対そう。だって癖が出てるもん」

「ミーコ、お前も少し黙れ」


 俺がそう言うとミーコはイタズラっぽく笑った。


「くそっ、流之介がうらやましいぜぇ」

「何で急にそうなるんだよ」

「こんな可愛い幼なじみがいるからに決まってんだろ。こういうのはアニメの世界だけの話だと思ってたのによ、チクショー!」


 鯨はそう言うと、腕で涙を拭う。


「おいおい、そこまでの事じゃないだろ」

「いいや、オレとおまえには大きな差ができた。見てろ流之介、俺は青春でも1番を目指す!」

「なんだそりゃ、勝手にやってろ」

「鯨くんって面白いね」


 ミーコがそう言って笑う。

 その意見には同意してもよかったが、癪だったので俺は黙っておく事にした。


「ちょっとそこのあなた」


 突然誰かがそう言った。

 俺が声のした方へ視線を向けると、鯨の後ろにいた女の子の姿が目に入った。

 その子は長い黒髪の女の子で、席に座って本を広げていた。

 鯨は後ろを振り向き、自分を指差して「オレ?」とつぶやく。

 その女の子は無言で本を閉じると、鯨を見上げて口を開いた。


「あなた以外誰がいるのよ。しゃべるのはいいけど大袈裟に動いて机を揺らさないでくれる? 本を読んでいるのだけど」


 切れ長の目つきをさらに細くして、女の子はあからさまに不機嫌な顔をする。


「いやあ、悪い。後ろだったから見えなかったぜ」


 そんな女の子に鯨はいつもの軽い調子で謝った。

 女の子はさらに眉をひそめたが、もうそれ以上は何も言わず再び本を開いて静かになった。

 俺たちの方へと向き直った鯨は、眉を大袈裟に下げて”怖い怖い”と言った表情を浮かべる。

 俺は苦笑いを浮かべたが、ミーコは申し訳なさそうな顔をしながら本を読む女の子に言った。


「あの、ごめんね。うるさくしちゃって」


 すると本を読む女の子は視線を本に向けたまま言った。


「別にあなたが謝る必要はないわ。ここは図書館じゃないからしゃべるのは自由だし、ただバカみたいな男が悪いのよ」

「なに?」


 鯨がアゴを突き出して眉をひそめる。

(これはマズイ予感がする)

 俺はそう思って鯨に手を伸ばしたが少し遅かった。

 鯨は再び後ろを振り向き、女の子へと突っかかる。


「おい、おまえ。名前も知らない相手をバカ呼ばわりするなんて失礼だろうが!」

「――深沢かなめ、あなたは?」

「んっ? ああ、双葉鯨」

「そう、ならこれで顔見知りね。だから黙って頂戴、おバカさん」

「んなッ!」


 鯨がさらに表情を歪めた。

 なんだかわからないが、あの深沢かなめという女の子の方が一枚上手のようだ。

 鯨は苦悶したような表情で深沢かなめを見ていたが、当の彼女はもう興味をなくしたのか本へと集中している。


「はいはい、みんな。先生が来たでぇ、席につきや」


 そんな声が聞こえ、教室の扉が開く。

 すると扉の先から鬼更技先生が現れた。

 俺はぽかんとした顔でそんな先生を見つめる。


「ほらほら、流之介。マヌケな顔しとらんとはよ席につき」

「あっ、はい。ほら、鯨も行くぞ」

「ぐぬぬっ!」

 俺は悔しそうにしている鯨を深沢かなめの側から引き剥がすと聞いた。

「おい、お前の席ってどこだよ?」

「あん、えっと――ゲッ!」

「どうした?」

「あいつの後ろだ」

 鯨はそう言って深沢かなめの後ろの席を見つめた。

「最悪だ」


 鯨はそう言ってがっくりと頭を垂れる。

 俺はそんな鯨の肩を叩いた。

 小さなため息をつき、鯨は渋々といった様子で自分の席に着いた。

 それを見届けると、俺も机に貼られた名前のラベルを確認ながら自分の席を探す。すると後ろの方に俺の席があった。

 俺はそこに腰を下ろして前へと視線を向ける。

 鬼更技先生は周囲を見回し、全員が席に着いたのを確認すると口を開いた。


「ウチの名前は鬼更技舞。今日からキミらの面倒を見る事になりました。よろしく頼むで」


 そして先生は簡単にそう自己紹介をすると、次は俺たちに自己紹介をするように促した。

 俺が教室を見回してみると、それほど人数は多くなかった。全員で20数人と言った所だろうか。

 どういう基準で選ばれるのかわからないが、鯨の言っていた通りデザイナーに選ばれるのは本当に稀なのかもしれない。


「とりあえず端のキミから頼む」


 鬼更技先生がそう言うと、端に座っていた男子生徒が立ち上がって自己紹介をはじめた。

 名前と趣味程度を言うだけの簡単な自己紹介だが、知らない人が大勢いる場所で発言するのは緊張する。

 そしてだんだんと順番が近くなり、ついに俺の番がきた。

 俺は前の人が座ると代わって立ち上がり、自己紹介をはじめた。


「星野流之介です。趣味は……特にありません。よろしくお願いします」


 俺はそう言うと少し頭をさげて席に座った。

 自分で言うのもなんだがすごく無難だ。だがこうして俺の番が無事に終わったことにホッとする。


(後は見ているだけだから楽なもんだ)


 俺がそんな事を思っていると、先ほど鯨とやり合っていた深沢かなめの番になった。

 彼女は淀みなくスッと立ち上がると静かな口調で言った。


「深沢かなめです。趣味は読書。嫌いなものはうるさいものです。みなさんよろしくお願いします」

(うわぁー、アレ完全に鯨への当てつけだよな)


 俺は後ろの鯨が苦い顔をしているのを想像しながら苦笑いを浮かべた。

 深沢かなめと入れ代り、今度は鯨が立ち上がる。


「双葉鯨です。趣味はサッカー! 嫌いなものは根暗な奴です! みんなよろしく!」

(おいおい、鯨もやり合うなよな)


 俺はそう思うが鯨の方はやってやったと言うつもりなのか、踏ん反りかえって再び席についた。


(なんだか入学そうそう面倒なことになりそうだな)


 俺はそんな予感を覚えながら他の人の自己紹介を聞くのだった。

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