ー第2章ー

第13話 入学式

 2016年4月7日火曜日。俺はついにこの日を迎えた。

 今日は金海沢デザイナーズ学園入学式の日だ。

 俺は真新しい学生服に袖を通し、いま体育館の中で大勢の新入生たちと共に学園長の話を聞いていた。


 「若い君たちに大きな責務を負わせるているのは承知している。だが、それでも人類の為にこうして集まってくれた君たちに私は最大限の敬意を表する。それに重ね、君たちを送りだすことを決めてくださった父兄の方々に対する敬意と感謝の念も禁じえない」


 学園長として紹介された藤岡重実ふじおか しげざねという四十がらみの男の人は、皆より高い位置にある壇上から会場を見渡してそんな事を言った。

 学園長は眼帯などをしてなかなか厳つい顔つきをしているので、教育者というよりも軍人と言った方が似合いそうな気がする。


(ここはエイリアンと戦う学園なわけだし、もしかしたら学園長は本当に軍人かもしれないな)


 俺はそんな事を思いながら学園長の話を聞き流す。

 つまらない話を聞いていると眠くなるので、俺はなんとなく顔見知りの奴を探して視線を彷徨わせる。

 少し前には鯨の姿が見えた。

 さすがに入学式中は大人しい。大人しいと言えば、あの模擬戦の後も鯨はしばらく大人しかった。

 だがその反動なのか、夜飯の時くらいはかなりうるさかった。


『俺はいつかリャナーナ先輩を超えるデザイナーになるぜ!』


 良いのか悪いのか俺にはよくわからないが、鯨のやる気スイッチはあの模擬戦でONになったようだ。

 元々1番がどうたらとか言う奴だったので、負けたことが相当悔しかったのかもしれない。

 しかし、デザイナーとして活動できる期間は今を含めて3年間だ。

 その間にリャナーナ先輩を超えるようなデザイナーになれるかは微妙だろう。

 俺はエクスユニットについては素人も良いところだが、リャナーナ先輩が只者じゃない事は戦ってよくわかった。

 あの模擬戦の時、先輩はかなり手を抜いていたはずだ。

 それは先輩が1回も発砲しなかったことでもわかる。銃を使えば俺たちなんか簡単に倒せたはずだ。

 でも、あえて俺たちを簡単に倒さなかった。

 鬼更技先生の入れ知恵みたいなものもあったみたいだが、それを言われてその通りに実行できる実力があるという証拠だろう。


(ああいう人がエースって奴なのかもな)


 俺はそんな事を思いながら視線をまた動かした。

 女子たちが並んでいる列の中にミーコの姿を見つける。

 ついこの間10年振りに再会してからは特に連絡を取ったりはしていなかったが、いまこうして入学式に出席しているという事は元気にやっていたのだろう。


(ミーコもデザイナー科みたいだし、同じクラスになれるといいんだけどな)


 俺がそんな淡い期待を抱いていると、周囲の人たちが一斉に拍手をはじめる。

 何事かと壇上へ視線を戻すと、学園長が頭を下げていた。どうやら話は終わったようだ。

 俺も慌てて皆と同じように手を叩く。


「学園長ありがとうございました。次は本学園の生徒会長から新入生へ歓迎の挨拶です。生徒会長の平賀文子ひらが ふみこさん。よろしくお願いします」


 司会進行を担当している生徒会役員の人がそう言った。

 すると学園長と入れ替わり、舞台の袖からメガネをかけた女の人が胸を張って現れる。


(でっ、でかい!)


 俺は生徒会長を見てすぐそんな事を思ってしまう。

 悲しいかなこれが男の性。大きな胸を見たらそう思わずにはいられないのだ。

 きっと多くの新入生男子も同じように思っているはずだ。少なくとも、俺の視界に入ってきた鯨は目を皿のように丸くしているから確実にそうだろう。

 俺を含めた男子生徒諸君から熱い視線を集める生徒会長は、その豊満な胸とポニーテールを控えめに揺らしながら舞台の中央へと歩みを進めていく。

 そしてマイクの前に立つと、一礼をしてから話し始めた。


「ただいまご紹介にいただきました生徒会長の平賀文子です。僭越ではありますが、ワタシから新入生の皆さんに祝辞を述べさせていただきたいと思います」


 生徒会長はそう言うと、スラスラと口を動かしていく。


(さすが生徒会長って感じだな)


 見た目からもわかるがきっと真面目な人なんだろう。俺がそう思っていた矢先だった。

 いままで普通に話していた生徒会長が急にニヤリと微笑んだ。


「さて、形式的なご挨拶はここまでとさせていただきます。ここからはこの平賀文子が今日の日のために発明した品を皆様にお見せしようかと思います!」

「えっ?」


 俺は思わず声を出してしまう。

 会場も何事かとざわめきだす。


「かっ、会長! いけません!」


 と、司会進行の生徒が慌ててそう叫んだ。

 だが生徒会長はメガネを中指でくいっと押し上げながら言った。


「んんっ? 何がいけないのかな? このワタシがこの日の為にせっかく用意してきたというのにそれを――」

「会長を止めろォッ!」


 司会進行の人がそう言うと、ガタイのいい男子生徒がひとり舞台袖から飛び出してきた。


「こっ、こらたかし! 何をするの! 離しなさい!」

「すまんがそれはできん。行くぞ」

「ちょ、やだ、どこ触ってぇ!? あッ、あぁーれぇーッ!!」


 生徒会長はガタイのいい生徒に引きずられるようにして舞台袖に消えて行った。


「あーっ、ゴホン。失礼致しました」


 ざわつく会場をなんとか落ち着かせようと司会進行の生徒がそう言った。

 そして「続きましては!」とかなり強引にプログラムを進行させていく。


(いまのは一体なんだったんだ……)


 きっとみな俺と同じように思っているに違いない。だが、とりあえず先に進むという司会の意気込みに押されるように会場は静まりかえる。

 そしてその後は何事もなく、無事に入学式は終了した。

 入学式が終わった後は、それぞれ学科事に分かれて教室に向かうようにと言われていた。

 俺はその指示に従い、教室に向かおうと歩きだす。


「おい、流之介! 一緒に行こうぜ」


 そんな俺に鯨がそう声をかけてきた。

 断る理由もないので、俺は鯨と一緒に教室へと向かうことにした。

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